今日までの愛情に報いて出来ることはたったひとつ。
 もう会わない。 
 もう呼ばない。
 ・・・・あなたと他人になる。









 目を覚ますと、今が何時か確かめる癖がついた。
 宙に向かって腕を伸ばせば、辛うじて輪郭だけがぼんやりと浮かび上がる。
 カーテンの隙間からは白々とした光が細く差し込み、闇の中に一筋の線を作っていた。
 今は、夜。
 けれど・・・・何日目の夜だろう。
 ナルトはゆっくりと身を起こした。
 その拍子に長い髪が肩から背中に零れおち、一糸纏わぬ肌をさらりと撫でていく。
 「・・・・っ!」
 ぞくりと背筋に走った感触に身を震わせる。
 まるで、彼の指が触れていったようで。
 己の肩を抱きしめながら、ナルトはふと傍らのシーツの冷たさに気が付いた。
 「・・・・サスケ?」
 サスケがいない。
 ここ数日、絶えてなかったことに、ナルトは当惑した。
 気を失うまでナルトを抱いて、眠りに落ちても離すことなく、そうして目覚めればまた、快楽に追い立てていくあの腕が。
 ここに、ない。
 思わず叫び出しそうになった瞬間、浴室からシャワーを使う音が聞こえて来た。
 「あ・・・・」
 いなくなったんじゃない。
 安堵感に大きく息を吐いて、そして。
 先程とは比べ物にならない震えがナルトを襲った。
 それは快楽でも寒気からでもなく、純然たる恐怖の震え。
 どうしよう。
 殆どパニック状態になったナルトの頭の中で、ただその言葉だけがリフレインする。
 どうしようどうしようどうしよう。・・・・・・・オレは。
 水音が止まる。
 かちゃりとドアが開く音。
 とっさにナルトはシーツを掴んで窓を開け放った。
 満月が皓々と白い裸身を照らすのも構わずに、一気にそこから身を踊らせる。
 音もなく地面に降り立つと、シーツ一枚纏っただけの姿で駆け出した。
 早く。今ならまだ間に合うかも知れない。
 ・・・・逃げなければ。




 一度だけだから。
 初めてサスケに触れられた時、ナルトがその手を振りほどかなかったのは、そんな思いがあったからだ。
 一度抱かれれば、きっとサスケは満足する。
 思い通りにならない相手を屈服させたと、支配できたと思ってくれれば、そうしたら。
 サスケの前から消えるのは簡単。そう思った。
 ああ、だけど。
 (オレは、慣れてしまった)
 サスケの手、髪、唇。
 彼が与える熱さ、痛み、激しさ、優しさ、その存在すべてに。
 馴染んでしまった。
 ・・・・どうしよう。
 離れられなくなってしまう。
 傍にいてと縋り付いてしまいたくなる。
 (それだけはダメだってば)
 だから、今すぐに遠ざからなければいけない。
 自分を捕らえる愛しい男の元から、少しでも遠くへ。







 サスケは、ゆっくりと開け放された窓辺に近寄った。
 濡れたままの髪から水滴が滴り落ち、頬から首筋をゆっくりと流れる。
 「・・・・やっと」
 後から後から伝い落ちる雫を拭いもせずに、彼は薄く笑みを浮かべた。
 ひどく満足げな笑みを。
 「やっと、おまえが手に入る」







 白い足が軽やかに地を蹴る。
 欠けることのない望月が空をしろしめすこの夜、通りに人影は絶えてない。
 この里では、満月は忌むべきもの。
 かつて九尾が現れたあの夜も、真円の月が白々と里を見下ろしていたという。
 だから、今でも人々は月を嫌う。
 里を蹂躙した妖狐がいなくなった今でも。
 (満月の夜に出歩いちゃいけないよ。バケモノがやってきて攫っていってしまうよ)
 ナルトは軽く頭を振って、走るスピードを上げた。
 身を包む薄布が大きくひるがえり、素足が殆どむき出しになるのにも構わず、ただ駆ける。
 不思議な程、身体が軽かった。
 ここ数日間というもの、夜となく昼となく抱かれ続け、殆どベッドから離れることすら許されなかった身体の隅々に、何故か力が漲っているのを感じる。
 逃げられるかもしれない。
 かすかな希望に、ますます足が速くなる。
 それでも息ひとつ乱すことない自分に、ナルトはもう疑問を覚えない。
 ただ走って走って走り続ける。少しでも彼から遠ざかるように。
 そうして気が付けば。
 「・・・ここは」
 さわりと風が金色の髪を揺らした。
 長く伸びた草が、足元を撫でる。
 そこは、里の外れに近い野原。
 今となっては途方もなく遠く感じられる昔、まだスリーマンセルを組んでいた頃に、よく演習で使っていた場所。
 「こんな所まで来ちゃったんだ・・・」
 呟いて、ナルトは草の間にしゃがみ込む。
 すうっと息を吸い込めば、懐かしい匂いがした。
 何も持ってはいなかったけれど、これ以上何かを失うなんて考えもしなかった、ただ前を見ていればよかったあの頃の。
 「夜の散歩は終わりか?」
 不意に降って来た声が、ナルトを追憶から現実へと一気に引き戻す。
 身体を強張らせて恐る恐る振り向けば。
 「一人で出かけるなんて、冷たいじゃねえか」
 誰よりも会いたくて会いたくない男が、そこにいた。



 
 どうしてここに、なんて問うも愚か。
 (サスケは、オレを追いかけて来た)
 一瞬走った陶然とした感覚を、ナルトは辛うじてやり過ごす。
 それが喜びだなんて、気付かない振りをして。
 「オレがいつ、どこに行こうと勝手だってば」
 声が震えているのを隠せただろうか。
 自信はなかったが、ここで怯むわけにはいかない。
 崩れるわけにはいかない。
 ナルトはシーツを胸元にかき寄せて、目の前の相手を睨み付けた。
 「オレはおまえのものなんかじゃない。おまえの指図は受けない」
 「・・・・誤解があるようだな」
 ったくウスラトンカチ、とサスケは苦笑を浮かべる。
 その口調はまるであの頃と同じで、ふと緩みかける心を、ナルトは大きく首を振って引き戻した。
 懐かしい場所にいるから、錯覚しているだけ。
 あの頃とは違う。
 サスケも、自分も、二人の関係も、何もかも変わってしまった。
 「オレは、おまえを自分の物にしようとも支配しようとも、最初から思っちゃいない」
 「強姦監禁しといてよく言うってばよ」
 「違うだろう、ナルト?」
 つとサスケはナルトの方へ一歩踏み出した。
 反射的に同じ歩数だけ後ずさるナルトに軽く肩を竦めると、それ以上は近付いて来ない。
 「オレは、おまえに無理強いなんかしてないだろう? 今だっておまえは自分の意志でここまで来たじゃねえか。いつだって、選択権はおまえにあるんだ。ナルト」
 何を言ってるのだろう、この男は。
 ここまで人を追い詰めておいて、逃げ場をなくしておいて。
 そんな優しい顔をして、優しい声で、何を今更。
 殆ど泣きたくなるような思いで、それでもナルトは声を振り絞った。
 「自分に都合の悪い答えなんか、聞く気ないくせに」
 「聞く気はあるぜ。それが本当におまえが望んでることなら」
 「最初っから言ってる! オレは本当にっ・・・・本当に、おまえなんか・・・・」
 「オレは」
 言いかけた言葉をサスケが強く遮った。
 ほらやっぱり、とナルトは思う。
 やっぱり、自分が聞きたくないことは聞かないくせに。
 なんて狡い男。
 「オレはただ、本当のおまえが欲しいだけ。おまえの全てでオレを選んで欲しいだけだ」
 傲慢な口調とは裏腹に、夜色の瞳がひどく真摯な光をたたえてナルトを捕らえる。
 つきんと胸の奥に痛みが走って、ナルトはシーツを握る手に力を込めた。
 痛みはやがて甘い疼きになって、全身に散らばっていく。
 (選んでるんだってば、サスケ)
 ・・・・もう、とっくの昔に。
 ぎりっと噛みしめた唇から滲む鉄の味に、眩暈がした。
 「ナルト」
 サスケの手がナルトに向かって伸びる。
 肩を掴む指の強さ。甘やかな拘束の痛み。
 言わなければ。
 もう選んでいるから。
 誰よりも何よりも大切な、たったひとりを。
 ずっと、おまえだけを。
 だから、
 (オレは、おまえなんかいらない)
 そう告げなければいけないのに。
 ナルトは動かない。動けない。
 どうしよう。
 再び惑乱に襲われて、ナルトは目を閉じた。




 抱かれればおまえは満足する。
 どうしてそんな事を思ったのだろう。
 本当は、一度だけでも愛された証が欲しかったのはオレの方。
 そうしたら、おまえの前から消えられると。
 この想いと痛みと僅かな幸福の欠片を抱えて、おまえのいない生を生きていく覚悟が出来ると。
 なんて、愚かな。
 どうしよう。
 オレはおまえから逃げられない。
 どうしよう。
 おまえはオレを諦めてくれない。
 どうしよう。
 ・・・・どうしようもなく、嬉しい。




 身に纏うシーツがゆっくりと落とされる。
 閉じた目蓋の端からこぼれ落ちる透明な雫を、唇が辿っていく。
 肌にかかる熱い吐息。
 たまらなく愛しい。




 ああ、それでも。
 オレはおまえと一緒にいてはいけない。
 おまえはオレに捕まってはいけない。
 (離れなきゃ、いけない)







 たとえ、苦しさにこの息が止まったとしても。




 






  

 続いてしまいました(泣)。なんでこんなに引っ張るんだか。さして長い話じゃないのに。後一話で終るはずです。・・・・だといいなあ。
 冒頭の歌詞は、中島み○き「愛情物語」。ひそかにこの話のテーマソングなので、そう内容とリンクしてるわけじゃないけど、入れてみました。
 今回のサスケ、性格悪いというか根性悪いですね。さよには、ちんぴらみたいと言われた。確かにナルトに追いついた時の台詞とか、まるでヤクザがインネンつけてるよーだ。その辺は原作の影響かも(笑)。
 しっかしナルト、こんな男がどうしてそこまで好きなのさ?(あゆりん)


・・・・・サスケさん、一体何者なんだろう・・・・・。(さよ)




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