Pain   前編



 

 
 目の前で顔を真っ赤にして言葉を紡ぐ少年を、ナルトはぼんやりと見つめた。
 少し気弱そうな面ざしのその少年とは、アカデミー時代同級だったような微かな記憶があるにはある。
 けれど卒業後は殆ど言葉を交わすこともなく、中忍になった今も同じ任務についたことすらない。
 ・・・それで、何でスキとか言えるのかな。
 緊張のためか何度も口籠る少年とは裏腹に、ナルトは酷く冷めている自分を感じる。
 アイの言葉を聞くのは、これで2度目。
 だけど、あの時と今では何もかも違っている。
 少年が一所懸命言い募る言葉は、ナルトの耳をただ通り抜けていくだけ。
 呼吸も鼓動も平常通り。頭の中も至極クリアーで。
 何より、あの時感じた恐ろしい程の絶望感など欠片もない。
 理由は分かってる。
 今目の前にいるのは、あの人じゃないから。
 「それで・・・返事は」
 恐る恐る問いかけられて、ナルトはゆっくり口を開いた。 




 「ちょっとナルト!どういうことよ?!」
 バン!と思いきり目の前のテーブルを叩かれて、ナルトは思わずのけぞった。
 「サ、サクラちゃん、あぶないってばよ」
 据わった目で見据えられて逃げ腰になるナルトの肩を、サクラはぐっと掴んで引き止める。
 ついでに、二つに結った長い金髪もしっかり握って逃げられないようにして。
 「ナールートー」
 地獄の底から響くような低い声で、サクラはナルトに詰め寄った。
 「いいから答えなさい?」
 声音とは裏腹のいっそ慈愛深いとすら言いたくなるような微笑みに、ナルトは思わずこくこくと頷いた。
 こういう時のサクラ程恐ろしいものはないと、今までの付き合いで身に染みている。
 「昨日、あんた告白されたんですって?」
 「・・・サクラちゃん、情報早いってば」
 「バカにしないで。それにあのバカが言いふらしてるのよ。あんたと付合うことになったって」
 「そんな話になってるんだ?」
 びっくりして目を丸くするナルトに、サクラはほっとしたように息を吐いた。
 「それじゃ、やっぱりあいつが勝手にいい気になってるだけなのね。・・・シメてやらなくっちゃ!」
 今にも殴り込みをかけそうなサクラを、ナルトは慌てて引き止める。
 「ちょっと待って、サクラちゃん。OKしたわけじゃないけど、断ってもいないってばよ。返事は待ってもらってるんだってば」
 「何、気をもたせてんの!そりゃ誤解するのも当然じゃない!何でその場で断らなかったのよ、あ・・・」
 あの人の時のように。
 サクラが飲み込んだ言葉に、ナルトは微かに自嘲的な笑みを浮かべる。
 「だって、あの時はその気がなかったから」
 「じゃあ今度はあるっていうの?」
 「・・・キライじゃないもん。てゆーか、スキキライ言える程知らないし。だから保留って別におかしくないってばよ?」
 口元に笑みを貼り付かせるナルトに、サクラは瞳を細くした。
 「好きでもないくせに。・・・だから、あんたにとっては都合がいいわけね」
 冷ややかに切り返されて、ナルトは俯く。
 だって一番好きな人とは一緒にいられないから、いてはいけないから。
 だから、あの人に好きだと言われた時に、躊躇いもなく背を向けた。


 
 「サスケ君がね」
 唐突にサクラの口から出てきた名前に、ナルトはぴくんと肩を揺らす。
 一見話を逸らされたようにも見えるが、決してそうじゃないことは分かってる。
 サクラはナルトの反応を確かめるように、ゆっくりと続けた。
 「お見合いしたんですって」
 


 息が止まるかと思った。



 
 「・・・別にいいんじゃない?アイツもこれで一族復興の野望叶うし」
 「あんた、本気でそれ言ってんの?」 
 「うん」
 平坦な口調で告げるナルトに、サクラは柳眉を逆立てた。
 「何でよ!だってサスケ君はあんたのこと・・・。あんただって!」
 「サクラちゃん、それ以上言わないで!」
 「・・・バカじゃない?」
 必死に見上げるナルトの瞳に、サクラはやるせなさそうにため息を吐く。 
 少々言葉がきつくても、彼女がいつも気遣ってくれているのを知ってるから、ナルトは素直に頷いた。
 「・・・うん」
 「ほんと、しょうがない子ね・・・」
 サクラの口調は優しくて、向けられる視線は痛ましげで、ちょっと目の奥が熱くなったけど。
 大好きな友達を心配させたくなくて、ナルトは、へへと笑った。




 ・・・だって、オレには何も言う資格はないんです。
 『おまえなんか、ぜんっぜんそんな風に見たことないってばよ!』
 ヒドイ言葉で、心にもない言葉で。
 照れ屋で不器用なあの人が精一杯差し伸べてくれた手を、振り払ったのは自分。
 だって、オレはキツネツキ。
 こんな女相手にしたって、何の得にもならない。
 それどころかあの人があんなに大事にしてる一族の名を汚すだけ。
 きっとあの人も、いつか気付くよ。
 最初から終わりが見えてるんだったら、いっそ始めない方がマシでしょう?
 だから、あの人を傷つけました。
 あの人を諦めるために、あの人を諦めさせるために、何の関係もない他人を巻き込もうとしました。
 自分勝手な、最低な女。
 だから、どんなに心が痛くて、引き裂かれそうに辛くても。
 しょうがないことなんです。




 「でも、今日くらいは泣いてもいいよね」
 一人きりの部屋でナルトは小さく呟く。
 今日だけ、思いきり泣いて、明日からはいつも通り笑うのだ。
 今までもそうだった。
 どんなことがあっても、部屋に篭って思う存分泣いて、そうしたらまたバカみたいに笑って歩き出せる。
 ずっとそうやって生きてきたんだから、きっと今度も大丈夫。
 ・・・明日サスケに会ったら、笑っておめでとうを言おう。
 ちょっとは気まずいかもしれないけど、照れたように笑ってくれるといい。
 前みたいな仲間に戻るのは無理かもしれないけど、せめて道で会ったら挨拶できるくらいにはなれるといい。
 そのためにも。
 タオルやらティッシュやらかき集めて、水分補給にペットボトルも準備して。
 さあ、泣くぞ!と勢い込んでいると。
 コンコン、とノックの音がした。



 このタイミングは一体何事?
 仮にも人が一世一代のシツレンをして、傷心に浸ろうとしているのに!
 居留守を使おうと思ったが、ノックは執拗に続いていて。
 しぶしぶナルトは立ち上がる。
 「はーい、どなたですかー」
 押し売りならコロス。
 剣呑なことを考えながらドアを開けると、そこには。
 ちょっと前に自分がフって、今日反対に恋心にとどめを刺された相手。
 「・・・よう」
 うちはサスケが相変わらずの無表情で立っていた。



 「何飲む?」
 「何でも」
 台所でお茶の準備をしながら、ナルトは震えそうになる指先を必死に宥める。
 サスケが突然ナルトの家を訪ねることはそう珍しいことではなかった。
 任務が終わった後とか、たまに休暇が重なった日とか、どちらかがどちらかの家に行って、くだらない話をしたり忍術書を読んだり、何となく時を過ごすことはよくあって。
 ナルトはその時間がとても好きだった。
 そういう風に付き合える相手は、ナルトはサスケしかいなかったし、サスケもそうだったと思う。
 けれど、ナルトがサスケを拒絶したあの日以来、当然そんな時間も失われてしまっていた。



 なのに、どうして、よりによって今日。
 せめて昨日なら、まだ知らなかったのに。
 せめて明日なら、もう少し心の整理がついてたのに。
 ソファに腰かけながらじっとこちらを見ているサスケの視線が痛い。
 ようやく二人分のお茶を入れて、テーブルに運んでいく。
 混乱する頭で無意識に入れていたのは、サスケの好きな熱い緑茶。
 専用の湯呑みで、黙って茶を啜るサスケはいつも通りの無表情で。
 馴染んだ光景に、一瞬時間が戻ったかのような感覚に陥って、ナルトは軽く頭を振る。
 どうせ今度の事がなくたって、こんな時間、長くは続かなかったんだから。
 必死に自分に言い聞かせて。
 それでも、あまり長いこと傍にいると、平気な顔をしていられる自信がなくて。
 以前なら心地よかった無言の空間が辛くて、ナルトは必死に言葉を探す。
 それが過ちの始まりだとは知らずに。



 「えーと、サスケ、結婚おめでと」
 「・・・何の話だ」
 「隠さなくてもいいってば。お見合いしたんだろ。どんな人?・・・まあ、おまえと結婚してくれるなんて、すげーデキタ人なんだろーな」
 にっこり。
 自然な顔ができてた?
 けれどサスケはナルトの精一杯の表情には一瞥もくれず、皮肉っぽく口元を歪める。
 「・・・で?」
 「へ?」
 「おまえは何が言いたいんだ?」
 「・・・だから、おめでとうってばよ」
 その途端、サスケは音もなく立ち上がる。
 あっという間に向いに座るナルトまでの距離を詰めて、気付いた時にはしっかり腕を掴まれてしまっていた。
 反射的に振り払おうとしたけれど、サスケの手はビクともしない。
 反対にますます力を込められて、痛みにナルトは小さく呻いた。
 「何するんだってば!離せよ!」
 「おまえ、まだそんなこと言ってんのか?」
 低い低い声。
 思わず身震いして、頭一つ分以上高い所にある顔を見上げると、サスケはキレイに笑った。
 「言わせてやるよ。ホントのコト」
 







 5963(ゴクローサン)を踏まれた羅輝様からリクエスト頂きました。リク内容は後編で明かします。だって、リクが全然消化できてない(泣)。
 それ以前に終わってません。すみません。ものすごーくお待たせした上に続くって何事?!
 本当なら全部書き終わってからアップしたかったのですが、そんなこと言ってたらいつになるか分からないので、とりあえず引きを作ったところで載せてみました。つくづく外道です。




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