古さびたアパートの階段を、薄紅色の髪の少女が両手一杯の荷物をものともせずに駆け上る。
 慣れた足取りでとあるドアの前に立ち、ノックしようとしてサクラは一瞬躊躇った。
 果断即決がモットーの彼女には珍しいことに、かなりの間その場で逡巡する。
 やがて、躊躇いながらもドアを叩こうとした瞬間、それは内側から開かれた。
 「・・・・」
 ドアを開けた人物をサクラはしばし凝視して、やがてこれみよがしにため息を吐いた。
 そこにいたのはこの部屋の持ち主たる少女ではなく、しかしサクラが予想していた通りの人物。
 「こんにちは、サスケ君。ところで中には入れてもらえるのかしら」
 「・・・悪いが」
 悪いなんて欠片も思っていない表情で、サスケはあっさり却下する。
 ズボンは一応はいてるものの、上は素肌にシャツを引っ掛けただけなんて寛ぎきった格好、ここで何をしているかなんて問うまでもなく明白だ。
 「ここんとこナルト見かけないから様子見に来たんだけど」
 「あいつなら、今寝てる」
 「ああ、そう。一応寝かせてはあげてるわけね」
 「荒療治が必要って言ったのはおまえだろう」
 「・・・そうだけど」
 ナルトが何を思って、サスケの手を取らないのかは知っていた。
 かつて里を災厄に陥れた妖狐は、今はもういない。
 『ナルト』という檻の中で、長い時間をかけて浄化され、融けて消えた。
 九尾とその容れ物が里の禁忌ではなくなってから、長いと言えないまでも短くはない時が過ぎているのだけれど。
 キツネツキ
 彼女をそう呼び、穢れとみなす目はまだ根強い。
 サクラは軽く舌打ちした。
 忌々しい。
 自分達を救ったのが誰なのか理解しようとしない愚か者も。
 そして、まんまとそれに乗せられている少女も。
 (ほんと、あんたバカよ)
 もっと幼い頃はともかく今のサクラにとっては、この人もあの子も大切な友人で。
 特に金色の髪の少女は、妹も同然のような存在になっていた。
 多少ほろ苦い感情は伴うものの、幸せになって欲しいと掛け値なしに思ってる。
 このままあの子が泣くようなことになど、絶対させるつもりはない。
 だから、サスケをたき付けた。
 ナルトが他の誰かに取られてもいいのかと半ば脅すように。
 思っていたより過激な方法を取られてしまったが、それは効を奏した筈なのだけれど。
 「・・・用はそれだけか」
 なぜだろう、胸がざわめく。
 無表情にサクラを見下ろすサスケ。
 まったくの他人なら冷たいとしか映らないだろう素っ気ない口調と表情は、サクラへの悪意を含むものではない。
 まったくいつも通りのサスケだ。
 なのに、何かおかしい。
 「・・・ナルトを傷つけないで」
 「あいつがそれを望んでいたとしたら?」
 淡々と告げられた言葉。
 サクラはやっと違和感に気付いた。
 落ち着き過ぎている。
 サスケの態度はあまりにもいつも通り過ぎるのだ。
 曲がりなりにもナルトの身体を手に入れたという余裕なのか。
 違う、とサクラは心の中で頭を振る。
 うちはサスケはそれだけで満足できるような男ではない。
 「サスケ君はナルトが好き?」
 「当然」
 「ナルトはサスケ君が好きよ」
 「知ってる」
 サスケの言葉は静かで、気負いも衒いもなく事実だけを告げる。
 なのになぜ、背筋が震える程の寒さを感じるのか。
 (怖い)
 間違ってしまった、と思う。
 何が、なんて分からない。
 ただ、強い確信が胸を貫く。
 同時に、
 「・・・これ、差し入れね。それからサスケ君とナルトの休暇願、出してあるから」
 もう止められない。
 その事も分かってしまった。
 「ああ」
 「それじゃ、ね」
 両手の荷物をサスケに押し付けて身を翻しかけたサクラは、もう一度だけ振り返る。
 「あの子を大事にしてあげて。じゃないと、私が許さないんだから!」
 返事はない。
 闇色の瞳には僅かの揺らぎもなく、ただ微かに口元に薄い笑みを佩いて。
 ばたんと音を立てて、サクラの目の前でドアが閉まった。




 寝乱れた寝台の上で、身体を丸めて眠る少女。
 その傍らに、サスケは静かに跪いた。
 ・・・大事になんて、したくないわけがない。
 サスケは、薄く開かれた唇を覆うように、そっと口付ける。
 『オレはおまえのものにはならない』
 なれない、とあの日拒絶の言葉と共に走り去ったナルトを、サスケは追わなかった。
 待てると想っていた。
 いつかナルトは自分を選ぶ。それくらいには想われていると知っていた。
 待てる筈だった。
 ナルトが、逃げ出しさえしなければ。
 「その辺の奴らに逃げ込んで、それでオレが諦めるとでも思ったか?」
 見事に火に油が注がれて、サスケは知ったのだ。
 ヤサシイアイなんかじゃ、ナルトは手に入らない事に。



 白い頬にかかる金髪をかきあげれば、ナルトは僅かに見動いて。
 はっと身を引くよりも早く、すり、とサスケの指に擦り寄ってくる柔らかな感触。
 待ってるだけでは、彼女はきっと気付かない。
 サスケの望みも、自分自身の本当の心も。
 ・・・だったら、気付かせればいい。
 恨むかもしれない。泣くかもしれない。
 返す刃で傷つけられるのは、サスケの方かもしれない。
 ・・・そんな事はどうでもいい。
 何故ならば
 (これは、オレの女)
 ただひとりの女。




 「逃がさない」
 絶対に。
 誰をどれだけ傷つけても、何を捨て去っても
 それだけを、決めた。








 この話のサスケについてさよの意見。
 「拉致監禁」・・違います。だってここナルトの家だし。ただサスケが居座ってるだけ。
 「不法侵入」・・それも違う。ちゃんとノックして入れてもらって、茶まで出してもらってる。
 「犯罪者」・・・・それは否定できない(汗)。
 とか言いつつ、さよは結構このサスケ好きみたいです。
 非常に分かりやすいっつーか愛に生きる男だもんな。やってることはともかく(笑)。

 

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