Sweet Drunker











 突き抜けるような青空に湧きあがる入道雲。
 蝉の声は途切れることなく、木々の緑は触れれば切れそうな程に鮮やかだ。
「いーい天気だねえ」
 口布と額あてで顔の半分以上が覆われているという、いつものことだがこの典型的な真夏の一日にまったく相応しくない格好で、カカシは目を細めた。
「気温、35度超してますけどね」
 手の中のカップアイスに勢いよくスプーンを突き立てながら、サクラがすかさずツッコミを入れる。
「アイス食べるには丁度いい天気だと思うがなあ」
「マッハで食べないと溶けちゃうけど」
「そこが醍醐味でしょ。おまけにオレの奢りだし。他人の奢りだと余計美味しいって普通言わない?」
「あら、だってこれは正当な代償だもの」
 にっこりとサクラは微笑んだ。
 ちらりと向けた眼差しは、真夏の日差しも真っ青なほどに冷たかったけれども。
「この非の打ち所のないすーばらしいお天気の中で、木陰もない場所で4時間も待ちぼうけ食った部下へのお詫びとしては、むしろ安いってカンジ?」
「………ミもフタもないご説明、ありがとう」
「全部事実じゃない。で、どうするの。カカシ先生」
「どうするって?」
「これから任務にせよ演習にせよ、アレはどうにかなるのかしらって聞いてるのよ」
「アレかあ。うーん、そうだなあ」
 言いながら二人は同時に同じ方向に目をやった。
 今までその存在を意図的に無視していた光景を。
「これはまた」
「ますますすごいことになってるわね」
「………てめえら」
 いっそ感嘆しているようにも見えるサクラとカカシを、サスケがじろりと睨みつけた。
 が、その目付きにちっとも迫力が感じられないのは気のせいではあるまい。
 何しろひどく不機嫌そうなサスケには、このくそ暑い中ナルトがしっかりとしがみついているのだ。
 サスケの首にぎゅうっと腕を回したナルトは、今にも喉を鳴らしそうな程これ以上ないくらいにご機嫌だ。
「さすけさすけさーすーけー」
「うるせえ、ウスラトンカチ」
「とんかちー、えへへへー」
 いつもならすぐに喧嘩が始まる筈の悪態をこれっぽっちも気にせずに、ナルトはすりすりとサスケに頬を擦り寄せて、にぱっと笑った。
 うわあ、お気の毒。 
 思わず同情の視線を向けるサクラとカカシをもう一度睨むと、サスケはたまりかねたようにため息を吐いた。
「どうにかしろ、この酔っ払い」






 そもそもの原因は、相変わらずのカカシの悪癖だった。
 もっとも当人が聞いたなら、いやいやそれは夏の太陽がさせたことだよと、うそぶくかもしれないが。
 チョコチップにバニラ、そしてラムレーズン。
 本日も例によって集合時間を大幅に遅れてやって来たカカシが、憤慨する子供達の機先を制して差し出したのは、人数分のアイスクリーム。
 木の葉隠れの里はこの夏、里始まって以来とも言われる猛暑に見舞われていて、連日熱中症患者が頻発する程すさまじいことになっている。
 いつもはどれだけ遅れようが、どれだけ文句を言われようが、一向に意に介する様子を見せない上忍も、さすがにこの状況での大遅刻には考えるところがあったらしい。
 というわけで、数時間待ちぼうけをくわされて些かならずぐったりしていた7班メンバーは、キンキンに冷えたアイスにまっしぐらに飛びついた。
 正確には3名中2名が。
「うわーどれも美味しそうだってば。サクラちゃん、先に選んでいいってばよ」
「ありがと、ナルト。先生もせめて後2時間でも早く来れば、余計な出費しなくていいのにね」
 素直に喜ぶナルトと一言棘を刺さずにいられないサクラ、反応は違えど二人とも実に楽しげに吟味を始めている。
 が、残る1名は。
「サスケは後でいいのか?」
「ああ」
 少し離れて不機嫌そうに突っ立っている少年へのカカシの問いは、実に素っ気なく返される。が。
 おやおや、とカカシは目を見張った。
 元々甘いものが得手でないサスケはまた、任務中の余計な飲食を良しとしないある意味生真面目な性格をしている。
 当然この場もいらないと一言で拒否されたっておかしくない、むしろその方があり得る展開だったのだが。
 もっともその原因は明らかなので、カカシはあえて言及を避けた。
 カカシのみならず今はアイス選びに夢中に見えるサクラだってそれは知っているし、ついでに言うならサスケ自身、彼らに知られているのも知っている。
 まったく何も知らないのは、肝心要のその原因たる金髪の少年ぐらいだ。
『みんなで食べるんだってばよ。仲間なんだから』
 少し前、請け負った任務で依頼人から菓子をもらった時のこと。
 即座に断ったサスケに向かって、ナルトは憤然としつつも殆ど涙目で訴えかけた。
 それ以来サスケは、ナルトの前で出された食べ物を拒んだことはない。
 と言っても一口二口かじる程度で、後は家に持ち帰ってこっそり処分しているらしいが。
「おまえも頑張るなあ」
「だったらあんなモン買ってくるな」
「でもナルトはとっても嬉しそうだねえ」
 途端にサスケはひどく複雑そうな顔で黙り込んだ。
 甘い物は願い下げだがナルトが嬉しそうだと自分も嬉しい。
 だけどその原因がクソ上忍のアイスだってのはムカつく。
(いやはや、分りやす過ぎ)
 クールが売りのうちはの末裔も片想いの相手の前では形無しで、けれどそれは決して悪い変化じゃない。
 だからカカシは、そしてサクラも余計な口出しはしない。
 もっとも、ちょっとくらい遊ばせてもらってもいいだろうとは、こっそり思っているけれど。
「はい、サスケ君。お待たせ」
 いや、待ってないし。
 そう顔に書いてある仏頂面で、サスケはサクラが差し出したバニラアイスを受け取った。
 受け取ったはいいが、スプーンの先でアイスをつつくくらいで一向に食べ始めようとはしない。
 さすがにこれは持って帰るわけにはいかないから、さてどうしようかと思案しているらしかった。
 くすくすと笑いながらサクラが自分のアイスを食べ始めたその時、それは起こった。
 突如、ドドドドと忍者としてそりゃないだろうと嘆きたくなるような足音を響かせて突進してきたナルトが。
「サスケ!」
 ものすごい勢いでがばっとサスケに抱きついたのだ。
 あまりのことに硬直するサスケに、それだけでは飽き足らないのか更にナルトは頬やら肩やら所構わず頭を擦り付け始めた。
「サスケサスケサスケ、すきー」
 ぼとり。
 衝撃の余りか、サスケの手からアイスが転がり落ちた。
 見れば少し先の地面でも同じようにアイスのカップが転がっていて。
 違うのは、こちらは中身がすっかり空になってしまっていること。
「サクラ、ナルトが食べたのって」
 珍しくも呆然とした様子のカカシが問いかければ、同じように上の空でサクラが答えた。
「………ラムレーズンよ」





 ラム酒。蒸留酒の一種。酒精は強い。クセがあるので万人向けでないが意外と用途は広く、カクテルや洋菓子によく使われる。
 アイスクリームも一応その範疇内ではあるのだが。
「でも、せいぜい香り付け程度にしか入ってないけどなあ」
「そうよね。じゃないとアイス屋さんに20禁表示が付いちゃうもの」
「じゃあこれは何だっつーんだ、ええっ?!」
 一時の衝撃はどこへやらあっさりマイペースを取り戻したカカシとサクラに対して、サスケの機嫌は甚だよろしくない。
 それもまあ無理はないことで、今現在皆でその場に座り込んでの話し合いの最中なのだが、相変わらず酔っ払いスマイル全開のナルトは、サスケの背中にべったり張り付いたままなのだ。
 体重をかけてがっちりと首をロック、おまけに酔っ払いの馬鹿力とくれば、さすがのサスケもそう簡単に振り解くことは出来ない。
 やろうと思えば出来なくはないが、サスケにはもうその気力はないだろう。
 何故なら既に先程それは試し済みで、かなり乱暴に力技で振り解いた瞬間ナルトの瞳にみるみる盛り上がった涙に呆気なく降参した記憶は、未だ新しい。
「いいじゃない。そんなに懐かれて願ったり叶ったりでしょ」
「酔っ払いに懐かれたって嬉しいわけあるか」
 からかうようなサクラの言葉に、サスケは不機嫌に返した。
「………覚めたら、すぐ忘れるに決まってる」
 その口調に見え隠れする拗ねたような響きに、サクラは失笑を辛うじて抑える。
 実の所さっきから、抱きついてくるナルトをうっかり抱きしめ返しそうになっては寸前でこらえるサスケの姿に、そろそろ笑いのツボも決壊寸前になってはいるのだが。
「正気だったら嬉しい?」
「正気だったら絶対こんなこと言わねーし、しねーだろ」
 自嘲的に言ってはみたものの自分の言葉にひどく傷ついた顔をしたサスケに、サクラはあーもう、と額に手を当てた。
(処置なしだわ)
「さすけぇ」
 と突然、サスケにくっついてご満悦だったナルトがぐずり出した。
 どうやら自分の方を見もせずに、他の人とばかり話しているのが不満らしい。
 ぐずりながらサスケの髪や服を引っ張り始めるナルトに、サスケはあらん限りの自制心で耐えながら、必死で無視していたのだが。
 あいにくと、酔っ払いナルトはそんなものであしらえる程容易くない。
「サスケ!」
 叫びざま、ナルトは両手でサスケの頭をがっと掴むと、そのままぐきっと音がしそうな勢いで自分の方を振り向かせたのだ。
「ナ、ナルト………?」
 さすがに驚いたサスケがまじまじとナルトを見つめると、ようやく注意を向けられて、ナルトの表情がほっとしたようにほころんだ。
 しかし一転、真面目な表情でじーっと地面を見つめ始める。
 正確には、片膝を立てて座るサスケの、無造作に投げ出された方の足を。
 何かを検分するかのようにぽんぽんと軽く叩いて確かめたりながら、真剣に眺めること数秒。
 ころん。ぽすん。
「ここおれのばしょー」 
「……………っっっ!」
 サスケの膝に頭を乗せて、満足そうにナルトは笑った。
 そのままころころと何度か寝返りを繰り返していたが、ようやくジャストフィットする位置を見つけたらしい。
 手足を抱きこんで胎児のように丸くなったかと思うと、直にすやすやと気持ちよさそうな寝息が聞こえ始めて、息を詰めて見守っていた観衆は思わずほうっと息を吐いた。
「酔っ払いと言うより、ネコにマタタビってカンジ?」
「なんか、鼻ひくひくさせて寝てるしー」
「うるせえ。起きるだろ」
 呆然としつつも目が離せない様子で眠るナルトを見つめていたサスケだったが、脇から覗き込んでくるサクラ達を牽制することは忘れない。
 さりげなく姿勢を変えて、彼らの視界にナルトが入らないようにもしたりして。 
「やっぱり、嬉しいんじゃないの」
 鋭い指摘にサスケは一瞬言葉を詰まらせたが、辛うじてむっとした表情を作るとそれをサクラに向けた。
 もっとも僅かに赤くなった頬は全然隠せていないので、無理は見え見えであったけれども。
「所詮、酔っ払いだろうが」
「酔って枷が外れてるからこそ、普段言えない本音を言ったり、やりたくても出来ないことをやったりすることもあるかもよ?」
「そうかしら。酔ってハイになったら、全然まったくこれっぽっちも思ってもいないようなことをやっちゃって、後でめっちゃくちゃ後悔しまくりって話も聞いたことあるわよ」
「………どっちだよ」
 正反対の意見を述べるカカシとサクラに、サスケの眉間の皺が深くなる。
 この少年がどちらの答えを望んでいるかなんて分りきった話だが、そこで安心させてやる程少女と大人は親切な性格をしていない。
「しーらない」
 見事なハモリに、ますます表情を険しくするサスケに更に追い討ちをかけて。
「気になるんなら自分で聞けばいいでしょ」
「勿論ちゃーんと酔いが覚めた後にな」
「…………」
 それができれば苦労はない。
 沈黙で答えるサスケだったが、その表情は何よりも雄弁だった。
 苦笑をこらえながら、まずカカシが立ち上がった。
「それじゃそーゆーことで。ナルトはしばらく使い物になりそうにないし、今日はこれでかいさーん、と」
「ここまで待たされてそれはないでしょ!……って言いたいとこだけど、しょうがないわね」
 こちらははっきりと薄笑いを浮かべながらサクラが続いて立ち上がる。
 肩を並べて立ち去りかけた二人はこれまた計ったように同時に振り返り、膝に重しを乗せたままの少年に声をかけた。
「じゃあ、それの始末は任せたから。起こすなり寝かしとくなり、煮るなり焼くなりご自由に」
「持ち帰っちゃってもかまわないわよ」
 それができるもんならね。
 頑なに顔を背けるサスケに彼らの内なる声が届いたかどうかは、定かではない。
 
 





「それじゃサクラちゃん、ばいばーい」
「ちょっと待って、ナルト」
 次の日、任務が終わって帰りかけるナルトをひどく真剣な顔をしたサクラが引き止めた。
 珍しい出来事に訝しそうな顔をしつつも、素直にナルトは立ち止まる。
「何?サクラちゃん」
 小首を傾げて問いかけるナルトに、サクラは一瞬躊躇した。
 昨日あれから何があったかなんて、尋ねなくても何もなかったことくらい分っている。
 今朝、集合場所に現われたナルトの様子は普段と変わらず、むしろいつもより元気一杯だったし。
 対するサスケは、これまた変わった様子はなかったが、ひどく日に焼けた肌があれからずっとナルトの日除けになっていた事実を知らしめていた。
 ただ、日除けになってただけだろうことも。
 だからサクラが聞きたいのは、そんなとっくの昔に予想済のことではなく。
「あんた、サスケ君と何処行くの」
 解散と同時に軽く合図をして歩き出すサスケと弾むようについていくナルト、という珍しい光景を拝んだ日には、思わずその襟首を掴んで問い質さずにおられようか。
「サスケが、お菓子奢ってくれるんだって」
「おかしぃ?!」
「うん。昨日の借りだとか礼だとかよく分かんねーこと言ってたけど。でもどっちかってーと、迷惑かけたのってもしかしなくてもオレの方だってばよ?」
 よく覚えてないけど、目が覚めたら夕方で、目の前にすげー疲れた顔したサスケがいてびっくりした。
 不思議そうに語るナルトに、サクラの目が段々眇められていく。
 その視線はさりげなく、会話が届くか届かないか微妙な距離でこちらの様子を伺っているサスケに向けられていて。
 目が合った瞬間、サスケはぷいとそっぽを向いた。
「で、何を奢ってもらうの?」
「えっとー、さ、さ、さばみそ?じゃなくて、えーと、なんてったっけ」
「………もしかして、サバランって言うんじゃない?」
「あ、そーそー、それそれ! さっすがサクラちゃん物知りだってば」
「………まあね。ところであんた、サバランがどんなお菓子か知ってるの?」
「知らない」
「それにしちゃ、やけに嬉しそうね」
「うん!」
 ぶんぶんと音がしそうなくらい、力一杯ナルトは頷いた。
「だって、サスケが奢ってくれるんだもんよ!」
 心の底から嬉しそうな、くらくらするくらい眩しい笑顔で。





「ねえ、先生はサバランって知ってる?」
 遠ざかる少年達の後姿を見送りながら、サクラは背後の影に問いかけた。
 解散命令を出した後あっという間に消えたかに見えたカカシは、実はこっそり気配を絶って見物して………もとい、見守っていたらしい。
 姿を現したカカシは、苦笑しながら答える。
「西方の国のお菓子だな」
「そう、生地をラム酒にたっぷり浸して作るお菓子よ」
 一瞬の沈黙の後、サクラとカカシは何とも言えないうすら笑みを交わした。
「………私、一言言いたいことがあるんだけど」
「一言ですむの?」
「語ろうと思えば一日だって語れちゃうけど。でも一番言いたいのはこれだけよ」
 

 言 え よ

 
「まったくもってそのとおりでございます。で、サスケに忠告してやるのか?」
「冗談。ここまできてそう簡単にくっつかれたら、面白くないでしょ」
「………ま、お手柔らかにな」
「やあね先生、何言ってんの」
 心外そうに軽く睨みつける視線は、一見あどけないとすら言えるもの。が。
 じゃり、とカカシの足元の土が小さな音を立てた。
 様々な修羅場を乗り越えてきた暗部上がりの上忍を無意識に後ずさらせるという偉業を成し遂げた少女は、ひどく楽しげな口調で言い切った。
 ただし、その目はちっとも笑っていなかったけれども。




「もちろん、全力で遊ばせてもらうに決まってるじゃないの」
 













 イーシャ様より80000キリリク頂きました、「酔っ払いナルトを見たサスケ」です。最早言い訳の仕様のないほど遅れてしまいました。本当にごめんなさい。
 追求される前に自分で突っ込みますが、ラムレーズンでそれはありえねえだろ、と私も激しく思いますです、ハイ。
 でもやっぱりお酒は二十歳になってからだし、大人サスナル、読むのはいいけど書くのは苦手。だって私は子供好き(違)。
 私自身は、ラム入りお菓子は好きじゃないけどそれベースのカクテルは大好きです。以前友人が「初めての店ではまずダイキリを注文して店の味をみる」と言ってたのを聞いて、そんなもの?と思って飲んでみたら好みにぴったりで。
 酒の味はあまり分りませんが、口当たりはジン系みたいに辛苦い感じはあまりなくてむしろ甘みがある、だけど甘すぎはせず、飲み干すと喉や胃がカッと熱くなってくるのが、ああ美味しいわ〜、と。
 何か飲みに行きたくなってしまいました(笑)。
 イーシャ様、本当に遅くなってしまいましたが、リクエストありがとうございました。
(04.09.18)



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