もう砂漠へなんか行かない







「暑い……」
 砂漠なんだから当たり前。
「何でこんなに暑いんでしょう」
 だから砂漠だって見りゃ分かるでしょう。
「僕、暑いの嫌いなんですよね……」
 それはよく知ってるから。

 すぐ横から絶え間なく聞こえてくる愚痴を、アイリーンは悉く無視した。 
 心の中で一応返事はするものの、下手に口に出したりしたらこっちの身が危ない。
 何しろ、理不尽が服を着て歩いてるような男なのだ。カーティス=ナイルは。
 アイリーンは口を閉ざしたままひたすら足を動かした。
 とある事情のため、今現在かなり歩きにくい状態にあるのだが、それでも取引開始の頃と比べれば彼女の砂を踏む足捌きは随分滑らかだ。何しろもう、洞窟だって行けるレベルなのだ。
 それが何故、今更砂漠にいるのかと言えば、それにもちょっとした事情がある。
 だが、今アイリーンは、やめときゃよかったと心底後悔していた。
「砂漠だの太陽だの、一体誰が創ったんでしょう。殺してやりたい……」
 冗談めいた言葉だが、おそらく本気なのだろう。カーティスが「殺したい」という言葉を使う時、それがどんなに突拍子もない状況であろうと、冗談だったためしはない。推定だが。
「暑くてたまらない……。ねえ、プリンセスもそう思いませんか?」
「……そうね」
 暑さのあまり壊れ始めたカーティスに対処するには、どれだけ愚痴られようと全部聞き流すこと。
 それは重々承知の上だが、話を振られたからには答えなくてはならない。
 無視なんてしようものなら、もっと面倒なことになるのは確実だ。
「砂漠の暑さ自体はどうしようもないけど。とりあえず、少しは涼しくなる方法があるわよ」
「へえ、どんなことです? 教えてくださいよ」
「あんたがこの手をどけてくれれば、一気に涼しくなること請け合いだわ」
 アイリーンは、肩に回されたカーティスの手の甲を軽くつねりつつ、にっこりと微笑みかけた。
 すると、カーティスも同じくらい満面の笑みを返してくる。
「嫌です」
 言うと思った。
 だから今まで言わなかったのに、とアイリーンはがっくりと肩を落とした。
 無駄と分かってやったことでも、やっぱり徒労に終わってしまうと殊更空しい。

 ただでさえ暑い砂漠がこの上耐え難いまでに暑く感じるのは、とりもなおさずこの体勢のせいだった。
 さっきからずっとカーティスはアイリーンの肩をしっかりと抱き寄せ、自分の方に引き寄せている。必然的にアイリーンは彼に大幅に凭れかかる格好になるので、歩きにくいこと夥しい。
 さほど大柄ではないカーティスだからまだマシと言えるが、それでも十分暑苦しかった。
 それは彼も同様のはずで、苦手な砂漠に連れ出されて憂さ晴らしにやってるんだろうが、本人へのダメージも大きいだろうに。
 そこまで嫌いか、砂漠が。……まあ、知っていて連れて来ているのだが。
 せめてこれが街中だったら、アイリーンもさほど文句はない。
 どう見てもベタベタの恋人同士の歩き方だが、実の所アイリーンとカーティスも、そうしたっておかしくない間柄ではあるのだ。
 うっかり陥ってしまったこの状況を顧みる時、アイリーンはいつも、何でこんなことにと、途方に暮れる思いがする。
 普通でない政略結婚から逃れるためにこの取引を始めたはずなのに、一体どうして、筋金入りの悪党揃いの婚約者候補の中でもとりわけ普通からかけ離れたこの男に、よりにもよって引っかかってしまったのか。
 自分の気持ちに気付いてしまった時、一生の不覚だとしみじみ思ったものだ。
 そのまま片想いで終わっていれば、そのうちに若さゆえの過ちだったと振り返る日も来ただろうに、相手も同じ気持ちだったから始末に悪い。
 実は両思いでしたなんてオチ、『普通』の少女だったら天にも昇るような心地だろうが、あいにくとアイリーンは、しまった!と舌打ちしたい気持ちが先に来た。
 しみじみ普通じゃない。そして、この先普通に近づける望みもほぼ無いに等しい。それくらい、カーティス=ナイルは普通とは縁遠い。
 それでも、好きな相手に好きと言われて、心が震えた。まずいことになると分かりきっていたから最後まで躊躇いはあったけれど、差し出された手を、結局は取ってしまった。
『よかった。断られたら殺してしまうところでした』
 ほっとしたように言われた台詞に、思わず手を引っ込めそうになったことは生涯の秘密だ。
 この選択が正解だったかどうかなんて分からない。多分、間違いだと言う人間が大多数だろう。
 けれど後悔はするまいと思っている。好きになってしまったのはこちらのミスだし、決めたからには腹を据えて付き合っていく覚悟だ。
 ……時折、愚痴はこぼしたくなるけれど。
 
 アイリーンはため息を吐くと、カーティスを睨みつけた。 
「嫌じゃないわよ。暑いんでしょ。だったらも少し離れればいいじゃない」
「こんなに暑いんだから、せめてプリンセスに触ってでもいないと気が紛れません」
「それで余計に暑くなってどうすんの。大体私は、あんたの気晴らしの道具じゃないのよ」
「もちろんです。道具なんかの頼みで、僕がこんな砂漠までついて来るとでも思ってるんですか? 見くびらないでくださいよ」
「だったら、嫌がらせなんかするんじゃない!」
「嫌がらせなんかしてませんってば」
 カーティスはいかにも心外そうに唇を尖らせながら言う。
 子供じみた仕草に、あんた一体いくつよと問いつめたくなるのをアイリーンはどうにか抑えた。
「じゃあ八つ当たり」
「当たってませんよ。僕はただ、あなたに癒してもらいたいだけなんです」
 言いながらカーティスは、空いた手で彼女の腰を引き寄せて、ますます身体を密着させた。
「やめてよ! 余計暑苦しいから!」
「暑いけど苦しくなんかありませーん」
 駄目だ。本格的に壊れている。
 アイリーンの抗議もどこ吹く風とばかりに、カーティスは犬か猫のように彼女の髪にすりすりと顔を擦り付けている。
 彼のそんな仕草は嫌いじゃないが、砂まみれでさぞかし傷んでいるであろう髪に触れられるのは、あまり有り難くない。はっきり言って恥ずかしい。
「離しなさい、カーティス!」
「……分かりました。じゃあ、僕の質問に答えてくれたら、離してあげます」
 びしっと言うとカーティスはようやく顔を上げたが、両腕はがっちりとアイリーンを掴んだままだ。
「質問って?」
 意外な言葉に首を傾げながらカーティスを窺うと、彼は久しぶりに見る表情を浮かべていた。
 口元は笑みの形を作っているのに、目が笑っていない。
 多分、それが彼お決まりの表情なのだろう。取引開始の頃はよくこんな顔を向けられていた。ある意味非常に懐かしい。
「何で今頃、砂漠なんです? お金は十分たまってるでしょう」
 物思いに耽っていると、いきなり直球が来た。核心を突かれて思わず目が泳ぐ。
 それでもアイリーンは辛うじて体勢を立て直した。ここで悟られるわけにはいかない。
「そ、そうね。あんたが頑張ってくれたから、お金は随分たまったわ」
 ここのところカーティスのやる気はただごとではなかった。何しろ、出てくるモンスターの悉くをアイリーンが攻撃する暇も無く一撃で屠ってしまうのだ。
 曰く『あなたを他の男と婚約させるわけにはいきませんから』
 面と向ってそう言われれば、なけなしの乙女心が多少なりともときめくし、実際、金もアイテムもざくざく手に入って非常にありがたかったのは確かだ。
 おかげで、取引期間を数日残しているが、もうほぼ満額に近い。この分なら明日くらいには達成出来そうな勢いだ。
 ……思えば、こんな風に変に余裕が出来てしまったのがまずかった。おかげで、今日一日は自分へのご褒美としてお遊びに当ててしまおうなんてことを、ついうっかり思いついてしまったのだ。
『砂漠でカーティスをぎゃふんと言わせる』というお遊びに。
「でも、ねずみの毛皮を集めてくる依頼受けちゃったんだもの、ねずみは砂漠にしかいないんだから、しょうがないじゃない」 
「ねずみの毛皮、ねえ。」
 用意した言い訳を並べてみたものの、冷たい目でじろりと見られて肝が冷えた。本格的に機嫌を損ねているらしい。
 こうなっては、ほんのちょっとした悪戯心だったなんて、ますます言えるわけがなかった。
 最初の頃、砂漠に慣れない自分に散々八つ当たってくれた彼へのほんの意趣返し。
 今だったら反対に、暑さにへばるカーティスを尻目に颯爽と歩いてあざ笑ってやることだって出来るだろう。そうしたらさぞかし気持ちいいに違いない。
 ただそれだけだったのに、こうまでカーティスが粘るとは想定外だった。
 念のために言うが、アイリーンにカーティスへの愛はもちろんある。
 しかし、それとこれとは別物で、やられたことをやり返すのは『普通』のことだ。少なくともアイリーンの感覚では。
 そしてその為なら、相手の弱みは最大限に利用して然るべきだろう。
 とは言っても、さすがにそれを当人に告げる気にはならない。そんなことをしたらどんな目に合わされるか分からない。
 何しろ相手は筋金入りのギルカタールの人間で、ひどい負けず嫌いで、おまけにカーティス=ナイルなのだ。
「今更そんなしけた依頼受ける筋合いはないでしょう。合理的なあなたらしくもない。洞窟でエルフでも殺してくる方が、余程稼げるじゃないですか」
 冷静に痛いところを突かれて言葉に詰まる。その通り過ぎて言い返せない。が、本当のことを言うわけにはいかなかった。
 固く口を噤むアイリーンに、カーティスは目を細めると、奇妙に優しい調子で言った。
「言いたくなければ、いいですよ。言いたくして差し上げるだけですから」
「……は?」 
 気が付くと、カーティスに抱え上げられていた。流れるような動作はまったく無駄がなく、いつの間に、と呆然とする。
「な、何してるの。カーティス」
「せめて、直射日光の当たらない所に移動しようかなあと思いまして。さすがに砂漠のど真ん中では何ですし。どうせ見物人もいませんから、僕としてはそれでも構わないんですが。でもあなたは嫌でしょう? あなたの肌を痛めるのも何ですし」
 すたすたと歩きながら、ちゃんと気を遣ってるでしょう?と、どこか得意そうにカーティスは語った。
「……直射日光の当たらない所で、どうするのよ」
「嫌だなあ。さっき言ったじゃないですか、言いたくして差し上げるって。もう忘れちゃいました?」
「…………」
 忘れたいと言うか思い出したくないと言うか。暑いはずなのに、背中に冷たい汗が流れた。
「どんなに言いたくないことだって、ちゃーんと全部言わせてあげます。ああ、心配しないでください。僕、そういうの得意なんです」
「そういうのって、何!」
「知りたいなら教えてあげてもいいですけど。逐一こまかーく説明してあなたの反応を見せて頂くのも、それはそれで楽しそうですし」
 いや、知らなくていいから!
 思わずぶんぶんと首を振るアイリーンをカーティスは楽しそうに眺めた。
「まあ、やめておきましょう。時間がもったいない。それにほら、よく言うじゃありませんか。身体に教えた方が早いって。大丈夫、死にはしませんよ。……多分」
「〜〜〜やっぱりそういう意味なの?! ていうか死ぬってっ多分ってっ?!」
「あ、あそこの砂丘の影なんかいい感じですね。もう少し待っててください。プリンセス」
「待ってない待ってない待ちたくなんかないっ! それにここ砂漠! 砂漠だから! はやまらないでっ」
「だってあなた、砂漠が好きなんでしょう? だからご希望に沿ってあげてるんです。ありがたく思ってくださいよ?」
「ぜんっぜん、ありがたくないから!」
「あ、汗かいてますよ、プリンセス」
 額に浮かんだ冷や汗を目ざとく見つけたカーティスが、ぺろりとそれを舐めた。柔らかく湿った感触に、ざわりと肌が粟立つ。
「もったいないから、僕が有効活用してあげます。もちろん、他のところも後で全部舐めてあげますから」
「いらないーーーーーっ!」
 アイリーンの叫びが砂の中に響き渡るが、当然応えるものなどあるわけもなく。
 せめてモンスターでも出てきてくれないかという儚い望みも、結局は空しく終わったのだった。





 ギルカタールでは、夕方から夜にかけてが一番過ごしやすい。
 朝から働く勤勉な者はそろそろ仕事を終える時刻であり、昼間屋内で暑さを避けていた者にとっては活動を始める時刻だ。
 人混みでざわめく夕暮れの通りを、一際目立つ男女が歩いていた。
 と言っても連れだって歩いているわけではない。赤毛の男が黒髪の少女を荷物のように抱え上げて運んでいるのだ。
 今にも鼻歌でも歌い出しそうな程機嫌が良さそうな男に対し、少女はどうやら意識はあるものの、ぐったりと力無く身を投げ出している。
 これが他国ならば、誘拐かと不審がられて尋問に合うところだろうが、ここはギルカタール。その程度のことで、いちいち振り向くような輩はいない。
 それが何故周囲の注目を集めていたかと言えば、二人とも頭から足の先まで砂まみれだったのがまず一つ。
 そして、細身の身体のどこにそんな力があるのかと思うくらい軽々と、そしていかにも楽しげに少女を運ぶ男は誰あろう、カーティス=ナイルその人だったからだ。
 もっとも遠巻きに眺めるだけで、近寄ったり口出ししたりする者はいなかった。悪党揃いのギルカタールの民も、命は惜しいのだ。
「うそつき……」
 ぼそりとアイリーンが呟くと、カーティスはいかにも心外そうに目を見開いた。
「失礼な。僕がいつ嘘を吐いたって言うんです」
「暑いのが苦手だなんて、大嘘吐いたでしょう!」
 いけしゃあしゃあという言葉はこの男のためにあると、アイリーンは思った。
 散々砂漠を歩き回った挙げ句、あーんなことまでしておいて。その上で平然とアイリーンを街までかついで帰って来られるなんて、はっきり言って化け物だ。こっちはいまだに下半身の感覚が殆どないというのに。
 これで暑さが苦手なんて言ったら、詐欺以外の何物でもない。
「嘘じゃないですってば。何か誤解してるようですね。僕は本当に心底暑いのが嫌いです。それはもう、大っ嫌いです。でも、嫌いだからといって、弱いわけじゃありませんよ」
「……は?」
「確かに暗殺者は夜の仕事が多いですけど、昼間にやることがまったくないわけじゃありません。蒸し風呂みたいな場所で半日くらいずっと待ち伏せたりすることだってあるんです。それでいちいちへばってたら、今頃生きてません。……まあ、そんな時は大抵、加減がきかなくなって必要以上に切り刻んだり、じっくり時間をかけ過ぎてしまったり、あちこち巻き添えにしちゃったりして、効率悪かったんで、最近では殆どそんな仕事はしてませんが」
 ……そんなのあり?
 そういうことは先に言ってくれないと困る。知ってたら絶対、こんなことしなかったのに。
 ひどく高くついた悪戯心の報いに、アイリーンはがっくりと肩を落とした。
「……それ、苦手って言わないわよ……」
「苦手ですよ。耐えられるからといって、好んで身を置きたくはありません。まして仕事でもないとくれば、何かで気を紛らわせでもしなきゃ、やってられませんよ」
「それで散々、私に当たってくれたわけね」
「いえいえ、そりゃあ最初はそういう部分もありましたけど。やっぱり、隙あらばあなたに触りたいですし。触ったら夢中になっちゃいますし。いつもと違う場所もそれはそれで刺激的でしたし。おかげで暑さを忘れることが出来ました」
 ありがとうございます、と微笑まれて、アイリーンはますます脱力した。こういう男だと知ってはいたが、改めて突きつけられると、思わず疑問が湧いてくる。
 ……私、この男のどこがいいんだろう?
「嘘吐きなのは本当でしょうが。私全部白状したのに、ぜんっぜんやめてくれなかったじゃない」
 最初のうちは、本当のことを言ったらどんな目に合うか分からないと必死で口を噤んでいた。
 けれど、それはもうしつこくねちっこく容赦のない仕打ちに、既に十分酷い目に合ってると今更ながらに気付いてからは、洗いざらい白状して泣きを入れたのだ。
 なのにやめるどころか、ますますヒートアップされて。最後は本当に、死ぬかと思った。
「あの状況で途中でやめられる男なんているわけないでしょう。今更カマトトぶらないでくださいよ」
「カ、カマトト?!」 
「それに、人の弱みにつけこもうなんてする人は、何をされたってしょうがないんです」
「う……」
 すっぱり言い切られて言葉に詰まる。
 それを言われると弱い。弱いのだがしかし。
「あんたにだけは、言われたくない……」
 恨みがましく呟けば、おやそうですかと軽く返された。
 からかうような声。意地悪そうな目付き。本当にどうして、こんな男が好きなんだろう。
「だけど僕、あなたのそういう無茶で無謀で無鉄砲なところ、好きなんです」
 不意に降ってきた心を見透かされたような言葉に、アイリーンは目を見開いた。
 よく考えると結構酷い内容だが、それでも好きと言われて胸が鳴る。
 馬鹿みたい。
 アイリーンは心の中で呟いた。
 たわいもない言葉一つで嬉しがって、まあいいかと流されてしまうなんて。
「もちろん、それ以外のところも全部好きですけど」
「……馬鹿」
 こんな男がこんなに好きで、本当に馬鹿だ。





「ところでカーティス。何処へ行くの?」
 しばらくは大人しく運ばれていたのだが、たまりかねてアイリーンは恐る恐る問いかけた。
 カーティスは疲れた素振りも見せずひょいひょいと路地を曲がっていくが、それはどう見ても王宮への道ではない。
 ……何だかものすごく、似たシチュエーションがあったような気がする。それもごく最近に。
 漂い始めた思考はすぐに、カーティスの声に遮られた。
「とりあえず、僕の家に行きましょう」
「何で、あんたんちへ?」
「うちにも風呂くらいありますよ。プリンセス、あなたそんな格好で王宮に帰るつもりなんですか?」
 言われて、自分の格好を顧みる。
 頭の先から足先まで、更には服の中までどこもかしこも砂まみれだ。もっともそれはカーティスも同様なのだが。
「普通にモンスター退治してるだけじゃ、そこまで砂まみれにはなりませんからね。それに砂以外にも色々付いてますし。何て言い訳するつもりです?」
「あんたのせいでしょ!」
「元々の原因はあなたです。でもまあ、まったく責任がないわけでもありませんから、責任取ってお風呂に入れて綺麗にしてあげますよ」
 僕って好きな人には甘いんです、とカーティスは微笑んだ。
 何だか微妙に恩着せがましい気もするが、悪くない提案かもしれない。守り役のチェイカはよく気が付いて勘が鋭い上に、カーティスをとても嫌っている。誤魔化しきれる自信はあまりない。
 と、そこまで思いかけて、アイリーンは我に返った。
「ちょっと待って。お風呂に入れてあげるって……。貸してくれる、ではなくて?」
「大丈夫です。あまり広い風呂じゃありませんが、二人で入るには十分です」
 やっぱりそう来たか。
 こんなとこばっかり分かりやすくてどうするよ、と頭を抱えたくなった。
「いえ結構! ほら、あんたも暑い中色々あったし、お風呂くらいゆっくり入って疲れ取りたいでしょ? 私、後でいいから。あんたが上がるの待ってるから」
「その間あなたは何処で待ってるんですか? 僕はそこまで綺麗好きではありませんが、部屋中砂をばら撒かれるのはご免です。……ちなみに同じ理由で、僕が後であなたが先というのも却下です」
 ああ言えばこう言う。カーティス相手に、口で勝てたためしは殆どない。
 ないのだが、アイリーンは気力を振り絞ってもう一度反撃を試みた。
「……一緒に入るだけよね? そしてすぐ、帰してくれるのよね?」
「愚問ですよ。プリンセス」
 にっこり笑うカーティスに、背筋がぞっと寒くなった。
 やっぱり、こんなこと、以前にもあった。
 再び覚えた既視感を、今度こそ手繰り寄せる。答えはすぐに出た。
 思い出した。あれは、戦闘中に気絶して街に連れ帰ってもらった時だ。
 あの時は、確か……。
 さっと青ざめたアイリーンに、カーティスは爽やかに言い切った。
「そんなわけ、ないじゃないですか」

「…………じょ」
 冗談でしょ、と言いかけてアイリーンは言葉を切った。
 じっと見つめてくるカーティスの瞳には覚えがある。
『獲物を追い詰めるのは楽しい』
 何かの折に彼の仕事の話になって、ひどく楽しそうにそう言った。あの時とまったく同じ瞳。
「さっきはさすがに慌しくて、色々端折っちゃったんですけど。今度はじっくり丁寧にしてあげますから、楽しみにしててくださいね」
 こんなに彼女を消耗させた砂漠でのアレコレが、あれでも省略されていたというのか。だとしたら、完全版って一体。
 アイリーンは、さっと血の気が引くのを感じた。 
 ……死ぬ。今度こそ、死ぬ。  
「い、いやーっ! 離してっ、人殺し〜〜〜!」
「今更そんな本当のことを。……でも僕、あなたは殺さないって言いましたよね。まだ信用してもらえないなんて、悲しいです」
 カーティスは悲しげに目を伏せた。
 胡散臭い。すべてが胡散臭過ぎて、後が怖い。
「信用してるっ、してますから!」
「きっと僕の努力が足りなかったんですね。しょうがないから、一晩かけて信用してもらうことにします」
「してるって言ってるでしょお! ていうか、その証明の仕方はかえって殺意感じるわっ! 離せ、この人さらいっ、人でなし!」
 じたばたと暴れるアイリーンだが、ただでさえ力が入らない上に、彼女を拘束しているのはカーティスなのだ。逃げられるはずもない。
「いつも本当のことを仰るんですね、あなたは。そういう正直なところも大好きです」
 ひどく嬉しそうに言われて、力が抜ける。さすが人の話を聞かない男。見事に答えになっていない。
 何を言っても無駄だ。むしろ逆効果だ。
 荷物のように運ばれながら、もうどうにでもなれとアイリーンは自棄っぱちに考えた。
 結局、こんな男を選んでしまったのが運の尽きなのだ。
 今更離れる気はないし、それ以前にきっと離してもらえない。
 ため息を吐きつつふと顔を上げれば、遠くに夕日が見えた。砂漠の向こうに沈んでゆく太陽は、とても美しい。
 アイリーンは遠い目をしてそれを眺めた。
 ……明日、無事に陽の目を見ることが出来るかしら。
 無理かもしれない、と半ば諦めにも近く思いながら。





 結局アイリーンが王宮に戻れたのは、翌日の昼も回った頃合だった。
 予想外のロスに余裕があったはずの取引は一転ぎりぎりになってしまい、最後の方は相当綱渡りだったが、それもどうにかクリアーして。
 次期女王として政務をこなし、引退した元暗殺者が常に傍にいる生活を送るようになったが。
 その後二度とアイリーンは、彼を連れて砂漠へ出かけることはなかった。










 婚約者候補を一通り攻略してみて、カーティスはエロ要員だな、と。しかも、あからさまにえっちいな、と。
 なので頑張ってそれっぽいの書いてみたけど、所詮私に書けるのはこの程度…。
 期間内にここまで能天気に出来上がっちゃった二人はあり得ない気もしますが、それはそれということで。
(07.01.20)



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