姫君と暗殺者(達)








「どうぞお召し上がりください」
 恭しい仕草で差し出されたカップからは、いい香りが漂ってきた。
 受け取りはしたもののすぐに口をつけるのもためらわれて、アイリーンは束の間どうしようと考える。
「どうなさいました?」
 カップを差し出した男が丁重に尋ねてくる。その傍らでは、更に数人の男達がアイリーンに視線を向けていた。
 彼らは皆、欠片も悪意があるようには見えず、むしろ妙に気遣わしげな素振りだったが、あまりいい気持ちはしない。
 スラムの真ん中で、まだよく知りもしない、しかも暗殺者の集団から出されたものを素直に口に運ぶようなおめでたい奴、ギルカタールにいるもんですか。
 余程そう言ってやりたかったが、アイリーンはその言葉を飲み込んだ。
 カーティスのいないこの場所で、彼の部下相手に、そんな怖気づいてると取られかねない台詞、言いたくない。
 アイリーンは挑むようにカップの中の琥珀色の液体を見据えると、思い切りぐっと飲み干した。
「……おいしい」
 しかし、途端に清涼かつ豊かな芳香と味わいが広がって、アイリーンは目を丸くした。
「ありがとうございます」
「そうでしょう、プリンセス! そいつはとっておきの茶なんですぜ!」
「紅茶の味なんて分からないくせに偉そうに言うな」
「んだと、殺すぞ!」
 思わず漏れた感想に、周囲の空気が一気に和らぐ。和やかというには些か殺伐とした内容を含んではいるが、彼らが緊張から解き放たれたのは確かなようだった。 
 どうやら自分は本気で歓待されているらしい。
 アイリーンは、まだ半信半疑ながらもそう結論付けた。



 今日もカーティスに同行を頼もうと、朝一でスラムまでやって来たのはいいが、あいにく彼は留守だった。
 そういうことは時折あって、どうやら最近カーティスは、どうしても外せない仕事関係のあれこれを早朝に片付けるようにしているらしい。
 毎日毎日アイリーンに付き合って朝から夕方までは王都の外でモンスター退治、夜は夜でカジノや酒場で夜遊び三昧なのだから、確かに時間が取れるのはそのくらいしかないだろう。
 だから、彼の部下に申し訳なさそうにそう告げられて、特に腹が立ちもしなかった。何しろ頼んで連れ回しているのはこっちなのだ。あまり強いことは言えない。
 しかし、しょうがないわねと呟く彼女に、何故か部下達が慌てだした。
『すぐです! カーティス様はすぐ戻ってきますから。だからどうかそれまで待っててください、プリンセス!』
 必死な面持ちでそう乞われ思わず頷くと、彼らは露骨にほっとしたようだった。それからアイリーンをどこかの家の前の石段に腰掛けさせると、茶まで差し出すもてなしぶりだ。
 もちろんそれがまったく善意だと思うほど、アイリーンはお人よしには出来ていない。甘い顔には気を付けろ、なんて、ギルカタールでは3つの子供でも知っている。
 おまけに彼らは、あのカーティスの部下だ。彼が自分のことを部下達にどう説明しているか分からない以上、どんな感情を持たれているか予測がつかない。
 むしろ、プリンセスとは言え、たかが小娘一人に自分たちの長が引っ張り回されているのだから、快く思われていない公算の方が高いだろう。
 なので今まで、一応の警戒は崩さなかったのだが、まったく無用の気遣いだったらしい。明らかにくだけた様子になった部下達に、アイリーンは思わず気が抜けた。
 よく思い返してみると、今彼女が座っている石段は、以前うっかりギルド内の制裁を覗き見てしまった時にカーティスが座っていた場所だ。
 彼らの流儀ではここが特等席なのだろうか。よく分からない感性だ。

「お代わりはいかがですか。プリンセス」
「ありがとう、ユージーン。じゃあもう一杯頂こうかしら」
「お口に合われたようで光栄です」
 あくまで丁寧な口調のこの男、見た感じではカーティスの第一の部下といったところか。彼とどこか雰囲気が似ている。
(けど、カーティスと比べたらまだまだね)
 慇懃な言動は共通しているが、ユージーンはまだ、目付きや動作に剣呑な気配が滲み出ている。カーティスだったら、何も知らない人間たちの間でならまったくの一般人として紛れ込める。そこが彼の恐ろしいところだ。
 現在の暗殺者ギルドは、トップのカーティス=ナイルが飛び抜けていて、後の幹部連中は、暗殺の腕も組織内での権力も横並びに近い。
 一歩間違えばカーティスなしでは烏合の衆になり下がりそうだが、その中ではこのユージーンが比較的上手く取りまとめているように見える。
「だから、とっておきだって言ったでしょう!」
「いい加減知ったかぶりはやめておけ」
 豪放な喋り方をするのがイディットで、比較的冷静に突っ込んでいるのがアリク。
 一度会った相手の名前と顔は覚えること。そして、その場の力関係をなるべく速やかかつ正確に把握すること。どちらもこれまでの英才教育の賜物だ。
 盗賊の教育なんて受けたくなかったが、やっておいて損はなかったと、アイリーンは今になって思う。かなり複雑な心境ではあるが。
「でも本当においしいわ。どうしたのよ、これ」
 犯罪大国の、と但し書きはつくが、これでも一国のプリンセス。舌はとびきり肥えている。
 カップこそ実用一点張りの質素なものだが、茶葉も淹れ方も間違いなく最上級だ。正直、こんな場所で出される物とは思えない。
 スラムで暮らしていると言っても、彼ら暗殺者は稼ぎがいい。その気になれば高級茶葉の一つや二つ揃えられるだろうが、そもそもその気になること自体あり得なさそうだ。まして、王宮の召使いもかくやという淹れ方が出来ようとは、想像の範囲を超えている。
「暗殺者の訓練の一環ですよ」
「訓練?!」
「ええ。うちのギルドは実働が主で、色や何かの間接的な手段は使わないんですが。上流階級への潜入任務くらいはたまにありますので、最低限の作法や教養は身につけておくんです」
 道理で、とアイリーンは納得した。
 本人は育ちが悪いの何だの言うが、婚約者候補の中では外面だけにしてもカーティスが一番礼儀正しい。隙がなさすぎるきらいはあるが、その挙措には少しも卑しいところがなく、王宮でも十分に通用する。
 そういう訓練を受けてきたなら不思議はない。もっとも、慇懃無礼過ぎて傍若無人になっているのは、本人の性格だろうが。
「まあ、やっても無駄だと分かりきっているので、最初から訓練を施さない場合もありますが」
「おい、そりゃあ誰のことだ?!」
「言われないと分からないような単純馬鹿のことですよ」
「てめえっ、この野郎!」
 何だかいっそ微笑ましく思えてきて、アイリーンは小さく笑った。
 職業を考えなければ、割と普通っぽいとすら言えるかもしれない。こんな人達があのカーティスの部下なんて、大変だろう。何しろ自分だってこんなに苦労してるのだから。
 ……何となく、同類相憐れむの心境になってしまった。もしかして彼らもこんな風に自分を見ているのかもしれない。
 と、そこまで考えて、ふとアイリーンは苦笑した。
 さっきから何かにつけてカーティスのことばかり考えている。それなりに自覚はあったにせよ、これは相当重症かもしれないと、今更ながらに気が付いた。
「そ、それにしてもカーティス、遅いわね」
 何だか妙に決まり悪くなってしまって照れ隠しを兼ねて呟いてみると、途端にその場がざわめいた。
「も、もうすぐ来ますって! ほんと、もうちょっとですから!」
「それより、もう一杯お茶いかがですか」
「何なら焼き菓子もありますよ。作りたてのほやほやです」
「や、もうお腹がぼがぼだし、お菓子もいらない……」
 見るからに焦った様子の彼らに、アイリーンは反射的に首を横に振ったが、すぐにちょっと惜しいような気持ちになった。
 焼き菓子って、もしかしてそれも、暗殺者達の手作りなんだろうか。斡旋所に持って行ったらレア物として意外と高く売れそうだ。ああでも、毒物と同レベルで扱われるかも。
 それにしても、彼らは何故こんなに慌ててるのだろうと訝しく思う。先刻もだが、どうしてここまで懸命に自分を引き留めようとするのか。
「あなたをこのままお帰ししたら、私達がカーティス様に殺されます」
 期せずして疑問に答える形になったユージーンの言葉は、口調こそ冗談めかしていたが、彼も含め傍らで一斉に頷いた男達の目は、掛け値なしにマジだった。
(カーティス、あんた一体私のこと何て言ってんのよ)
 非常に気になるが、同じくらい知るのが怖い。
「心配しなくても、このまま帰る気なんてないわよ。というか、最初からカーティスが来るまで待ってるつもりだったんだけど」
 実の所、取引の残り期間は少ないし、本当はこうしている時間だって惜しいくらいだ。
 だけど、他の婚約者候補を同行させるのはカーティスがひどく嫌がるし、アイリーン自身、出来る限り彼に一緒に来てほしい。……どうしてかなんて訊くのは野暮だ。
 だから今日も最初から、勝手知ったる彼の自宅でしばらく待たせてもらうつもりだったのだが。
 そう告げると、おおっと歓声が上がった。
「ありがとうございます、プリンセス!」
「その調子でこれからもカーティス様のこと、よろしく頼んますぜ!」
「は、はあ……それはどうも」
 何なんだこのノリは。
 どうやら部下達は、正真正銘心の底から、アイリーンがカーティスと親しくしていることを喜んでいるらしい。
 一体、何がどうしてそういうことになったか分からないが、都合がいい状況ではある。実は前々から彼らに尋ねてみたいことがあったのだ。
「ねえ、ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」
「私どもで答えられることでしたら」
「あんた達にしか聞けないわよ。……カーティスと上手くやっていくって、どうすれば出来るの?」
「はあっ?!」
「ほら、カーティスってああいう人じゃない。付き合い方のコツなんてあったら教えてほしくって」
 カーティスと一緒にいるのも最近は慣れてきた。楽しくもある。が、何しろ彼はカーティス=ナイルだ。
 稀代の暗殺者なのはおいとくとしても(本当は一番おいといてはいけない気がするが)、あの四次元にでも繋がってるかのような思考回路には時々ついていけない。どこでうっかり地雷を踏むか分からないので、出来るだけ傾向と対策は知っておきたい。
 その点部下達は、カーティスとの付き合いはそれなりに長い。その間、カーティスに殺されもせず無事に過ごしてきた上に、本心から彼を慕っている。実に見上げた根性だ。
 そう思って問いかけたのだが、何故か彼らは、驚愕に目を見開いていた。
「……ああ、びっくりした。何言ってんですか、プリンセス!」
「それは俺らの方が聞きたいですよ!」
「どうみても、あなたが一番上手に付き合ってらっしゃいますよ。本当に、秘訣を教えてもらいたいものです」
「ええ〜っ、何よそれ!」
 彼らの顔は一様に真剣で、つまり本気で言っているのが分かる。
 使えない。
 アイリーンはがっくりと肩を落とした。
 自分程度で上手い部類なら、カーティスとつつがなく付き合える人間なんて存在しないのではなかろうか。
 がっかりするアイリーンに、フォローするように部下達が次々と話しかけた。
「本当ですよ。何しろあなたと会った後のカーティス様はこの上なく機嫌がいい。つまり最近いつもとびっきり上機嫌で、おかげで私達は大助かりです」
「そうそう。どうやってあそこまで手なずけたのかって、すげえ話題になってますぜ」
「ちょっ……手なずけるって……っ」
 一体誰がそんなガセを、と思わず顔が青くなる。あの男を手なずけるなんて恐ろしい真似が出来る人間が、この世にいるとは思えない。
 ぞっと背筋が寒くなったその時。
「随分と楽しそうですねえ」
 不意に聞き慣れた声がして、目の前で赤い髪が揺れた。




 驚いたなんてもんじゃなかった。
「……カーティス!」
 唐突にアイリーンと部下達の間に姿を現した男に、思わず叫び声を上げる。
 まったく気配を感じさせなかったのは、彼ならある意味当然ではあるが、それでも心臓に悪いものは悪い。
「お待たせして申し訳ありません。プリンセス」
 聞こえてくる声はいつもどおり穏やかだったが、こちらに背を向けているのでその表情は窺えない。が、見ずにすんでよかったと思えるものに違いなかった。
 その証拠に部下達は、声すら立てられないでいる。
「お待たせついでに、もう少しだけ待っていてもらえますか? そんなに時間は取らせません。すぐ終わらせますから」
 何気なく聞こえるが実はかなり剣呑な台詞に、部下達はますます青褪める。
 それにしても短気な男だ。少しばかり面白くないことを言われたくらいで、こんなにキレやすくてどうするよ。
 カーティスの勘気が直接自分に向いてないせいか、アイリーンは妙にのんびりと考えた。もしもそれが部下達に聞こえたなら、問題はそこじゃないと思い切り否定されただろうが。
「いつの間にそこまでプリンセスと仲良しになっていたなんて、全然知りませんでしたよ。……まったく、油断がなりませんね」
 気が付くとカーティスの手には、ナイフが数本握られていた。彼の前で硬直している部下達と同じ本数だ。
 一人一本で仕留めるつもりなのだろう。彼ならきっと朝飯前だ。
 完全に傍観者の気分で眺めていたアイリーンだったが、さすがにここではっとした。
 いけないいけない。一応今命を狙われているのは、さっきまでそれなりに楽しく言葉を交わしていた相手だ。
 それをむざむざ見捨てるのは多少気が引けるし、第一『普通』ではないだろう。
「あのね、カー」
「待ってなさいと言ったでしょう。他の男を探しに行く必要なんかありません。そんなことしたら殺します」
 命令なのか。しかも何か誤解している。というか、殺すって、一体誰を。
 目の前の部下か、他の婚約者候補か、アイリーン自身か。いっそまとめて全部なのか。
 これは、やばい。
 ようやく本能が警鐘を鳴らした。
 下手に止めると自分にまで害が及んできそうだ。以前、何を言っても殺さないでおくという言質は与えられたが、それがどこまで信用置けるかは微妙なところだ。
 ならばいっそ、部下達に犠牲になってもらうのが一番穏便かもしれない。彼らも鍛えられた暗殺者だ。そう簡単に死にはしないだろう。……運がよければ。
 思い悩んでいると、ふと彼らと目が合った。が、次の瞬間、見なきゃよかったと後悔する。
 屈強な男達に一斉に見つめられるのは、カーティスとは別の意味で恐い。恐いのだが。
 たすけてどらえもん
 まったくわけの分からない幻聴が聞こえてくる程、彼らの表情は必死だった。
 縋るような目にアイリーンは、何で私がと理不尽な思いに駆られる。しかし、どうにか出来るかもしれない人間が他にいないのは残念ながら事実だ。少なくとも、この場には。
 ごくりと唾を飲み込んで、アイリーンは、カーティスのナイフを持っていない方の腕にがばっとしがみついた。

「お、おかえりなさいっ、随分遅かったじゃないの。あんまり遅くて待ちくたびれちゃったわよ。もう置いて出かけようかと思ったんだけど、部下の人達に引き止められたから待ってたのよ。それにしてもおいしいお茶だったわびっくりよ部下のしつけがいいじゃない。まあきょうは返り血もついてないのねさすがだわそれじゃもう外に行けるわねさあ早く早くさくさく行ってモンスター退治しまくりましょうねカーティス!」

 まったくの棒読みで、最後はほとんど息継ぎもせずアイリーンは一気にまくしたてた。
 地団駄踏みたくなるくらいお粗末な言い訳である自覚はあるが、カーティス=ナイルの殺気を浴びながらにしては、口が開けただけでもマシじゃないだろうか。
 自棄混じりにカーティスの腕をぐいぐい引っ張りながら、さて次はどうしようと考えていると。
「……もう一度言ってください」
「は?」
 いつの間にか、カーティスがこちらを振り返っていた。殺気は綺麗さっぱり消えうせていて、いつも通りの彼だ。
 いや、全部がいつも通りではない。滅赤色の瞳がやけに熱を含んでアイリーンを見つめている。
「さっきの言葉をもう一度言ってくださいませんか、プリンセス」
 何か言ったっけ?
 正直、何を言ったか半分も覚えていない。が、ここで答えられなかったらどうなるか分からない。……ような気がする。
 アイリーンは、慎重に口を開いた。

「モンスター退治しまくりましょう……?」
「もっと前です」
「おいしいお茶だったわ」
「違います。もっと最初の方ですってば。……また、あいつら殺したくなっちゃったじゃありませんか。他の男が出したお茶なんか飲まないでくださいよ」
「他の男も何も、あんたにお茶を出してもらったことがそもそもないんだけど」
「ご希望ならいくらでも」
「……遠慮する。何か入ってそう」
「大丈夫です。死ぬような薬は入れませんから」
「やっぱり何か入れるつもりじゃないの!」
「嫌だなあ。嗜みですよ、嗜み。それより、プリンセス?」 

 脱線したのは自分のくせに、促すようにカーティスは小首を傾げて微笑んだ。年頃の少女の専売特許な仕草が妙に似合ってて不気味だ。
 正直アイリーンは、このわけの分からない言葉遊びにうんざりしてきたが、カーティスがやたらとわくわくした顔をしているので、やめるわけにもいかない。というか、やめてもらえそうにない。
「えーと、それじゃ。……もう置いて出かけようかと思っちゃったわ?」
「……わざとやってるんですか?」
 カーティスの笑顔が、微妙に恐くなりつつある。びくびくと怯える部下達を尻目に、アイリーンは必死に頭を巡らせた。
「じゃあ…………おかえりなさい?」
 もう思い出せる言葉はこれだけだ。
 恐る恐る口にすると、途端にカーティスの表情が変わった。
 ビンゴ。
 ようやく正解を引き当てたと知って、アイリーンは安堵した。が、それは次にカーティスが口を開くまでのほんの束の間に過ぎなかった。

「…………いい」
「は?」
 カーティスは何故だか、ひどくうっとりとアイリーンを見つめている。それだけではなく、いつの間にか彼女の手は彼に両手ごとしっかり握られていて、振りほどこうとしてもびくともしなかった。
「もう一度言って下さい。プリンセス」
 何だか先刻も聞いた言葉だ。
 ものすごく言いたくなかったが、言わなかったらもっと恐いことになりそうだ。多分、気のせいではなく。
「お、お帰りなさい、カーティス」
「……やっぱり、いい。すごくいいです。このままもう一度仕事に行って、帰って来たいくらいだ。そうしたらまた言ってくれますか? プリンセス」
 無邪気におねだりしてくる男に、アイリーンはぶんぶんと首を横に振った。今に始まったことではないが、カーティスのツボは本当に分からない。
「そんな時間ないから! 期限に間に合うかただでさえぎりぎりなのに、いい加減にしてよ。それともなあに? 行きたくないなら他の人誘うから別にいいのよ?」
「そんなこと言ってないじゃないですか。短気な人ですね。……では、今日のところは大人しくお供しましょう」
 あんたが言うか、短気って。
 それはアイリーンのみならず、この場にいる者皆の思いだったに違いない。
 が、ようやく腰を上げる気になったらしいカーティスの機嫌を損ねるのはどう考えても得策ではなかったので、追求するのはやめにした。
「随分時間ロスしちゃったから、今日はピッチ上げて行くわよ」
「分かりました。……ねえ、プリンセス?」
 歩き出そうとしたアイリーンの手をカーティスが引っ張って止めた。そういえば、手を握られたままだったのを忘れていた。
 カーティスはそのままアイリーンを引き寄せると、彼女の腕に両腕を絡めながらにっこりと笑った。
「……この腕は、何のつもり?」
「何だか同伴出勤みたいですね。ふふっ」
 ものすごく嬉しそうに言われた台詞に力が抜ける。何を言い出すかと思えばこの男は。
「私はホステスか! しかも腕を組まれる方?! つか、ほくそ笑まないで、気持ち悪いから!」
「体勢からすると僕の方がホステスっぽいですが。それも気色悪いので、僕がお客ということで。あ、パトロンというのもありですね」
「人の話を聞け!」
「でも僕、どっちかと言えばパトロンになるより、パトロンを持つ方が好みなんですよね」
「……持ったことあるの?」
 思わずじっとり見つめると、まさかとカーティスは苦笑した。
「あるわけないでしょう。僕、好みがうるさいんです。あくまで仮定上の趣味の話ですよ。だから、プリンセスがパトロンになってくれたら完璧です」
「その『だから』はどこから来るの。大体私より何十倍、いや何百倍も金持ちのくせして、パトロンになれなんて冗談じゃないわ! 私が欲しいくらいよ!」
「あなたがそう仰るのなら、僕がパトロンでも構いません。不自由はさせませんし、それはもう大切にしてあげますよ?」
「そんな話はしていない!」

 思い切りツッコミを入れつつ、今度こそアイリーンは歩き始めた。ぴたりと彼女に寄り添いながら、カーティスもそれに続く。
 カーティスはもちろんのこと、アイリーンも近頃急上昇したレベルのおかげでその足取りはおよそ気配を感じさせず、且つ速やかだ。
 あっという間に二人の姿は見えなくなり、その場にはカーティスの部下達だけが取り残された。
 途中からある意味二人の世界に入ってしまったアイリーンとカーティスに、見事にスルーされたような形だが、彼らは一向にそれを気にしている様子はない。
 それどころか。
「あのカーティス様を」
「たった一言であそこまで」
「すげえ、すごすぎる……」
 感極まったような崇拝の表情を浮かべながら部下達は、二人が立ち去った方向に一斉に頭を垂れた。

「あねさん……!」

 一生ついて行きます、と誓った言葉は誰にあてたものなのか。
 少なくともアイリーンにとっては、知らずにすんで幸いだったに違いなかった。

 
 







 ゲーム中で部下達、ナチュラルにプリンセスを『カーティス様の女』認定してるようなので。ボスの女だったらやっぱり『あねさん』だろうと思いまして。
 むしろ彼らのプリンセスに対する認識はもはや、王蟲に対するナウシカのようなもんではないかと(笑)。
(07.02.05)


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