もしもあした なにもかもなくして
ただのこころしかもたない やせたねこになっても
いえるなら そのとき
あした
「ニャン」
短く声をあげて、茶トラのネコがゆっくり起き上がった。
軽く指を曲げて手招きすると、とことこと近付いてきて、伸ばした指先に軽く顔を擦り付ける。
首筋を撫でるとますます擦り寄って、喉をごろごろ鳴らした。
甘えた仕草にナルトの瞳も嬉しそうに細くなる。
「おまえ、野良のくせにすげー懐っこいな」
柔らかくかけられた言葉に短く鳴いて、ネコはナルトの手にしきりに頭をすり寄せた。
ごろんと仰向けに寝そべって見上げてくるから、目の前で手をぱたぱたと動かしてやると、前足でナルトの指を掴もうとしてくる。
それをぎりぎりで躱してやると、意地になったようにそのくせ楽しそうに、どうにか掴まえようと身を捩らせて。
そうしてしばらくじゃれていると、ふ、と目の前に影が差した。
「あ、サスケ」
「‥‥何やってるんだ?」
冴え冴えとした黒瞳がナルトを見下ろしていた。
感情の出にくいその眼差しは、傍目には怒ってるようにしか見えないが、本当は違うと分かっているので、ナルトは動じない。
むしろこれは心配している目だ。
その証拠に、すらりと立つ姿は、盾のように道行く人々の冷たい視線からナルトを庇っている。
「なあなあ、このネコ、すげー人懐っこいんだってば。おまえも触ってみる?」
「いや、いい。それより行くぞ」
「え、ちょっと待てって!」
さっさと歩き出すサスケに、ナルトは慌てて立ち上がった。
「悪い、またな」
最後にひと撫でして走り出す黄色い後ろ姿を見ながら、ネコはゆっくり欠伸をして丸くなった。
数歩先を歩く後ろ姿に小走りに追い付いて裾を掴まえると、少しだけサスケの歩みが緩くなる。
横に並んで顔を覗き込むと、目線だけで僅かに笑みを見せる。
他の人間には見せることのないサスケの笑みに、ナルトも嬉しくなってにぱっと笑った。
「そーいや、サスケ、ネコ嫌いだったっけ?」
思い出したようなナルトの問いかけに、サスケは一瞬眉を顰めたが、不承不承というように口を開いた。
「‥‥別にそんなことはない」
「でも、さっき、なんか嫌そうだったってば?」
「嫌だったわけじゃない」
「じゃあ、なんで?」
「‥‥野良を構うのが好きじゃねーんだよ」
いかにも嫌そうな返事にナルトは目を丸くする。
「どうせずっと面倒みてやれるわけじゃないなら、下手に餌付けなんかしない方がそいつのためだろ」
そっぽを向いてぼそぼそと続けられた言葉が何だかすごくサスケらしくて、ナルトはぷっと吹き出した。
アカデミー時代から現在に至るまで、この極上の外見と能力を持つ少年に告白してくる女の子は後を断たない。
しかしサスケときたら、けんもほろろなんて言葉じゃ足りない程、きっぱりと退け続けている。
余計な期待など抱かせないくらいこっぴどく断ってやった方がいい。
その方が早く諦められていいだろ。
あっさり言ってのけるサスケに、可哀相だなと思いつつ、ナルトは頷くしかないのだけれど。
あまりの容赦のなさに、もう少し優しくしてもいいんじゃねーの?と意見してみると、てめーが言うかと怒鳴られた。
確かに。
サスケが他の誰かに応えるところなんて、見たくない。
いつかその日が来るかもしれなくても、少なくとも今は。
「相変わらずだってばよ、サスケ」
「笑うな、このウスラトンカチ」
だから言いたくなかったんだと言いたげに、足早になるサスケ。
慌てて背中を掴むと、がくんとサスケの首がのけぞって。
「てめえ、何するっ」
「あのさ、でも、そんな心配いらないってばよ」
「あ?」
訝しげに振り返るサスケに、ナルトはにこりと笑った。
「ネコはさ、別にずーっと面倒見て欲しいなんて思ってるわけじゃないってば」
ただ、ほんの少しだけ。
「ちょっとだけ立ち止まって、頭撫でてくれて、もしかしたら今日のご飯をくれたりしたらいいなあって、多分それだけ」
少しだけ、一瞬だけ、自分の存在を気に留めてくれたなら。
「だから、セキニンとかそんなこと気にしないで、気が向いた時に遊んであげればいいってばよ」
それだけでいいんだよ。
そしたら、あした忘れてしまってもかまわないから。
だから今だけでいいんだ。
優しくして。
「おまえ‥‥」
不意にサスケがナルトの腕を掴む。
ぎりっと痣ができるくらい強い力で掴まれて、一瞬上げそうになった悲鳴をナルトは辛うじて押し殺した。
じっと見下ろしてくるサスケの顔。
ひどく怒ってるような、そのくせ悲しそうな眼差しに、
何も言っちゃいけない。
そう思ったから。
ナルトの腕を掴んだまま、サスケは足早に歩き出した。
コンパスの違いからか、サスケとナルトの歩幅は少しばかり差があって。
いつもはサスケがナルトのペースに合わせてくれるのだけれど、今はまったく容赦がない。
腕を引かれて、人気のない路地裏に連れ込まれる頃には、少しばかりナルトは息を切らしていた。
「サスケ?‥‥んっ」
立ち止まるやいなや、サスケが唇を押し付けてくる。
噛み付くようなそれに、抗議するように伸ばした手も容易く捕らえられ、却って塀に身体を押し付けられて、身動きがとれなくなった。
ひとしきり貪られて、すっかり身体の力が抜け切った頃、ようやく唇を解放される。
しかし、呼吸を整える暇もなく、強い力で抱き締められた。
「オレは、嫌だからな‥‥」
ナルトの肩口に顔を埋めるように喋っているサスケの吐息が熱い。
顔を見たくて、身体をずらそうとしても、抱き締める腕の力がそれを許さない。
「オレは、ずっと一緒にいると決めた奴にしか、優しくなんかできない!」
「サスケ‥‥」
「ずっと」
「サス‥‥」
「ひとり、だけだ」
ナルトの腕が、おずおずとサスケの背中にまわった。
ためらいがちな指先に応えるかのように、抱き締める力が強くなる。
「何で、分からないんだよっ」
苛立つような、泣いてるようなサスケの声。
「何で、信じない‥‥」
震えるサスケの背中をそっと撫でて、
ナルトはゆっくりと笑った。
幸せそうに。
ごめんね。
ほんとは、信じてるよ。
痛い程抱きしめてくれる今はサスケのこと信じてる。
でも、明日も明後日もその次も、ずっと同じだなんて、変わらないなんて。
そんなことは信じられない。
だって、オレはおまえとは違うから。
道端のネコと同じくらい違うイキモノだから。
だからこうやって、おまえを試して、傷つけて、アイジョウをカクニンして。
それでほっとしている、
ずるいオレを許して。
でもね、サスケ。
大好きだよ。
本当だよ。
いつか、オレが何もかもなくして、みにくい化け物になってしまっても、
この心だけは、本当だから。
きっと残るから。
だから、
言えるならその時。
愛を、聴かせて。
冒頭とラストは中島み●き「あした」を少々もじりました。
ナルトで中島ってどうよ。それ以前に選曲古すぎ。
ネコと遊ぶ場面が妙に細かいのは私がネコ好きだからです。つーか願望。