Dislike
軽く歯を当てる。
最後の抵抗のような弾力に、ほんの少し力を込める。
じんわりと広がる酸味の中のほのかな甘さ。
噛み千切って咀嚼すると、妙に乾いた味がした。
「おまえ、その顔どうにかなんない?」
唐突にかけられた声に、サスケは顔を上げた。
「一応おまえの好物なんだろ、これ」
ひどく不機嫌そうな顔をしたナルトが、じっとサスケを見つめている。
らしくない表情にふと口元を緩めると、ナルトはますます顔を顰めながら、あてつけのように手の中のトマトに噛り付いた。
サスケの手にあるのと同じトマト。
ひどく赤くてみずみずしい。
口元から零れた果汁はごくかすかに赤みを帯びて、ナルトの顎に滴り落ちる。
触れてみると、さらりとした感触が指を伝った。
(違う)
あれはもっと、ねっとりとまとわりついて離れない。
それでもこれは、あれと似ている。
「別に、好きじゃない」
「ウソつけ、いっつも食べてるくせに」
一言の元に切り捨てて、それでもナルトは顎にかかる手をふりほどかない。
ほんの僅か見上げるように睨む眼差しが、いつもサスケには心地いい。
「なのにすげー変な顔で食べるから、こっちまで不味くなるってばよ」
「どんな顔だ?」
ふと青い瞳が揺らいだ。
迷うようなためらうような、不確かな色。
「……親のカタキを見るような、顔」
がたんと椅子が倒れる音をどこか遠くで聞いた。
気がつくと床の上にナルトを組み敷いていて、呆然と見上げる青色に喉を鳴らす。
「親の仇、ねえ」
ドベでウスラトンカチなサスケの恋人は、時折ひどく聡いことを言う。
愛しいけれど憎たらしい。
「おまえ、見たことあるのか?」
ゆっくりと、サスケの口元が吊り上がる。
一般的には笑みと形容される表情。でも。
押さえつけた肩がかすかに震えるのが分った。
どこか怯えを含んだ瞳に自分はどう映っているのだろう。
ちらりとよぎった考えは、すぐ片隅に追いやられた。
一瞬だけぎゅっと目を瞑ったナルトの視線が再びサスケに注がれる。
「ある」
ほとんど挑むような強さで。
「オレ、あの顔キライ」
ナルトの手がサスケの頬に伸びた。
ためらうように触れて、すぐに離れて。
「だから、サスケにそんな顔してほしくないってば」
また触れて、今度は両手で包み込むように。
じわりと伝わるぬくもり。
まるで、心までほどけそうな。
これは違う。
これは自分に必要なものじゃない。
サスケは顔を振ってその手を払いのけた。
目の前の床に転がるトマトに手を伸ばす。
熟し切ったそれは軽く掴んだだけで、呆気なく潰れた。
床に広がる赤い果肉。
こうすれば、もっと似てる。
あの日目の前に広がった、一面の赤。
近しく優しかった人々の、なれの果てに。
「オレがこいつを食べるのは、忘れないため」
彼らの肉体と一緒に壊れたサスケの心の一部、そしてそこから生まれた感情を。
「それだけだ」
何を、とはナルトは訊かない。
訊かずとも分るのか、それとも訊いたところで答えはないと悟っているのか。
どちらでもサスケには不都合はない。
サスケには好きなものなんかない。
サスケが興味を抱くのは、近くあるのを許すのは、宿願を果たすのに都合がいいものだけ。
今目の前にいる恋人も同じ。
浮ついた言動が目立つお調子者の見かけと裏腹に何故だろう、その子供からは闇と血の匂いがする。
触れるたびにぞくりとする。恐怖か陶酔かは分らない。
これは自分に近い生き物だ。
己を忘れないためには丁度いい。
何よりこれは、いつかサスケに強大な力を与えるもの。
うちはの血に秘められた力を目覚めさせてくれるもの。
それだけ、のはずだった。
「じゃあ、そんなの食べる必要ないってば」
静かな声でナルトが言った。
普段の彼からは想像すらつかないような、いっそ穏やかと言ってもいい声。
「だって、サスケは忘れない」
果汁の滴るサスケの右手を握り締めて、ナルトは微笑む。
「何をどうしたって忘れてくれない。………忘れられない」
悲しげに紡がれる言葉は、まるで呪いのよう。
サスケをがんじがらめに絡めとる。
ナルトは正しい。
サスケは忘れない。
絶対に、忘れられない。
なのに殊更、あの記憶を激情を鮮明にさせる手段を求めるのは。
(本当は、忘れたいから)
もう忘れて、自由になりたい。
ずっと目を背けてきたそれに気付いてしまったのは、目の前の子供のせい。
手段の一つに過ぎないくせに。
自分と同じ暗い何かを抱えているくせに。
向けられる眼差しが眩しくて、触れてくる手が暖かくて。
気がつけば、赤い果実を手にする回数が増えた。
今度こそ忘れてしまえるかもしれない。
浅ましい期待は、今も叶うことはなく。
「おまえには関係ない」
言い捨てて立ち上がり、ナルトに背を向ける。
歩きながら足元に転がるトマトを踏みにじれば、容易く潰れて飛び散った。
やはり似ている。思い出させる。あの光景を。
知らずサスケの口元に笑みが浮かぶ。
それならばもう、他に残された道はない。
「サスケ」
背中に視線を感じるが、サスケは振り向かない。
振り向けなかった。
たかがトマトごときで何をグダグダぬかしやがってるのでしょうか。この坊ちゃんは。
よく考えると(考えなくても)単なるギャグですね、これは。
さよにも、「実はトマトが好きじゃないサスケの話を書こうと思うのー」「ふーん」「多分薄暗い話になるかなあ」「…ギャグじゃなくて?」とか言われちゃったし。
ちょっと最近荒みモードなので、何も考えずに書きなぐってみました。推敲なし。読み返すとツッコミどころありまくりすぎなのでしないことにします。潔く(笑)。(04.8.12)