日差しはぽかぽか暖かいけれど、吹く風はひんやり涼しい今日この頃。
 澄み切った空の下、ぱんぱんと勢いよく布団を叩く音が辺りに響いていた。
「よーし、布団干し完了!」
 一仕事終えたイルカは軽く汗を拭うと、満足そうに呟いた。
 そう広くもない物干し場一杯に布団がはためいている様は、かなり壮観だ。
 両手に軽く余るほどの数のそれらはすべて子供用で、もちろん全部イルカの子供達のものである………わけがない。
 年より老けて見られることがあるもののまだ20歳をいくらも越していないうみのイルカ、子供どころか結婚もまだだし彼女すらいない。
 といっても心情的には『みんなオレの可愛い子供達だ!』と言い切る気満々ではあるけれど。
 ここ木の葉保育園は、イルカが幼い頃からの夢を叶えて保育士になって以来、ずっと勤めている愛着ある職場だ。
 手がかかるけれど可愛い子供達に囲まれた毎日はこれ以上ないほど充実しており、『7回生まれ変わってもオレはきっと保育士になる!』と決意を新たにする今日この頃である。
「これで今日は皆にふかふかの布団でお昼寝させてやれるなあ」
 ここ数週間雨や曇りのお天気続きで、布団乾燥機は使っていたものの本物のお日様に当てたお布団には到底かなわない。
 最近お昼寝の時間にぐずる子供が多かったけれど、これなら皆大喜びだろう。
 なおも布団を叩きながらイルカが顔を綻ばせていると、
「イルカせんせ〜〜っっっ!」
 耳がキーンとする程甲高い声とともに、足元にぽすんと柔らかい感触。
 見下ろすと、金色のふわふわ毛玉、もとい金色のつんつん髪の子供が、しっかりと足にしがみついていた。
「どうしたナルト?」
 声をかけながら抱き上げてやると、空色の瞳が嬉しそうにイルカを見つめる。
 うずまきナルトは園児達の中では年長さんの方だけれども、一番にぎやかで、一番手がかかって、そして一番イルカに懐いている子供だ。
 もちろん保育士として、イルカはすべての子供達を平等に可愛がっているけれども、両親を早くに失くしているナルトにはつい余計に構ってしまうところがある。
 しつけの為にもっと厳しく接せねばと思いつつ、これだけ無邪気に慕ってこられたらどうにも可愛いのは仕方ない。
 もっとも、祖父母にベタ可愛がりされているらしいナルトには、みなしごの暗い影なんぞこれっぽっちもありはしないのだが。
「まだ外で遊んでる時間だぞ。サスケはどうしたんだ?」
 いつもナルトと一緒にいる同い年の子供の名前を出してみれば、嬉しそうにイルカにしがみついていたナルトは、はっと我に返ったようだった。
「そうだった! せんせい、たいへんたいへんたいへんなんだってば!」
「た、大変って………わ、分ったから、ちょっと力ゆるめ………」
 途端に思い切り襟首を掴んでゆさゆさと揺さぶるナルトに、イルカは目を白黒させた。
 いかに子供の力といえど、これだけ力いっぱい掴まれたら馬鹿に出来ない。
 むしろ力加減をまったくしない分、余計に厄介とも言えた。
 酸欠を起こしかけるイルカに構わず、ナルトはとどめを刺すようにその耳元で大声で叫んだ。
「サスケがたいへんなんだってばよーっっっ!」





「サスケーっ、大丈夫か!」
 ナルトを抱えたまま、イルカは怒涛の勢いでで庭を駆け抜けた。
 もしもきちんと計測していたら、世界記録も夢じゃないくらいのスピードで。
 その姿はとてもさっきまでナルトに絞め落とされかけていたようには見えないが、子供達の為なら命だって張る男、それがイルカだ。
「あっちだってばよ!」
 ナルトが指差したのは、庭の片隅。
 砂場の脇に、水色のスモックを着た黒髪の子供がぽつんと立っていた。
 自分の足でちゃんと立っているということは、病気だか怪我だか知らないが、そんなに酷い状態ではないらしい。
 少しほっとしたイルカがスピードを緩めると、その腕から飛び降りたナルトが、反動でよろけながらとてとてとサスケに近寄った。
「サスケ、イルカせんせいだってばよ」
 覗き込むように話しかけるナルトから、サスケはぷいと顔を逸らしたようだ。
 途端にむーっと頬をふくらませつつ、ナルトはなおも言い募った。
「ほら、せんせいにみてもらえってば」
「ひつようない」
「なんでだってばよ! せっかくつれてきたんだから、みてもらうの!」
「誰も頼んでなんかない」 
「なんだとーっ」
 押し問答している子供達に、ああこれは本当に心配はなさそうだと、イルカはほっと胸を撫で下ろした。
 どう見てもケンカしているようにしか見えないが、ナルトとサスケの間ではそれは日常茶飯事だ。
 何だかんだといいつつも結局いつも一緒にいるから、きっとこれもコミュニケーションの一つなんだろうとイルカは思っている。
「ほらほら、二人とも落ち着け。で、サスケはどうしたんだ? ナルトがすごく心配していたぞ」
「……………」
「オレ、心配なんかしてねーもん!」
 宥めつつも一応は様子を見ようと、サスケの肩を掴んで振り向かせようとすれば、サスケはぐっと足を踏ん張って抵抗した。
 意外な反応に、イルカは、おや?と首を傾げる。
 うちはサスケはこの界隈では有名な旧家の子供で、そのせいかどうかは知らないが、ひどく人見知りをする。
 入園当初は殆ど誰とも口もきかず、おまけに表情にも乏しかったものだから、発達障害でもあるのかとひそかに心配したものだ。
 けれど、書き取りをさせれば下手するとイルカよりも綺麗な文字を書いてくるし、ナルトに対してだけはケンカばかりではあるもののよく喋っているし、また、ごくたまに微笑むこともあるらしい。
 今のところ目撃者はナルトしかいないので、真偽は定かでないのだが。
 まあ、要するに性格なんだろうと、周囲は半ば諦めつつ納得しているのがとりあえずのところ。
 けれどここまで依怙地な態度を取るような子供でもなかったはずだ。
 訝しみつつ掴んだ手にほんの少し力を込めると、そこはやはり大人と子供、あっさりとサスケは振り向かされた。
「サ、サスケ………」
 真正面からサスケと向き合って、イルカは愕然とした。
 幼児のくせにやたら整ったその顔はいつものごとく無表情で、けれど違うところがたったひとつ。
「なあなあせんせい、サスケどうしちゃったんだってばよう」
 脇から不安げに覗き込むナルトに、イルカは答えることができない。
 呆然と見つめるその先で、サスケの黒い瞳から大粒の涙がとめどなく流れていたからだ。
 しかも、ポタポタとかハラハラなんてありきたりものではなく、ダーッとかガーッと表現したくなるような勢いで。





(こ、これは、目にゴミ?! しかもこれだけ涙が出てるところをみると相当大きなゴミ……いやそんなに大きなものが入ったら涙くらいですむ筈がない。はっ、そうするともしや眼病?! ならばすぐ病院へ……いや医者を呼んだ方がいいか。もしもうつるような病気だったら他の子供達にも診察を受けさせねば!)
 普段さほどマメに使っているわけではない頭脳をフル回転させ約1.5秒で結論に至ると、イルカはサスケを抱え上げた。
「大丈夫だサスケ。すぐお医者さん連れてくるから、それまで奥で休んでような」
「せんせー、サスケやっぱり病気なの?」
「ナルトは心配しなくていいから、みんなのとこに行ってなさい。あ、その前に手をしっかり洗うんだぞ。それからみんなにも手を洗うように言っておいてくれ。手を洗う前に目を擦ったりしたら、絶対ダメだからな」
 心配そうに見上げるナルトの頭をひとつ撫でて、室内に戻ろうとする。が。
「はなせ」
 当のサスケの拒絶に足が止まった。
 というより、止めざるを得ない。
 言いながら、サスケがイルカの腕から逃れようと暴れ始めたからだ。
 喉元の急所を手刀で攻撃しつつ両足で思い切り腕を蹴りつけてくる力は、先にイルカの首を締め上げたナルトと同じくまったく容赦がない。
 違うのは、ナルトは加減を知らないだけだが、サスケの場合は100%意図的であることだろう。
「いてててっ、こらサスケ!」
 たまらずイルカが手を離すと、サスケはすたんと危なげなく地面に降り立った。
 すぐにナルトが駆け寄ってきて、心配そうに覗き込む。
「サスケェ、平気?」
「平気だ」
 答えるサスケの顔は相変わらずの無表情で声にも殆ど抑揚はないが、その瞳からは相変わらず涙がだらだらと流れ続けており、これっぽっちも平気なようには見えない。
 が、単純なナルトはあっさりサスケの言葉を信じ込んで安心したようだった。
「そっかー、ならいいや」
「いやよくないぞ、ナルト! うつるかもしれないからこっちに来なさい!」
「うつらない」
「そうかもしれないが、まだどんな病気か分らないんだ。だからサスケ、しばらくみんなと遊べないけど、我慢してくれないか?」 
「病気じゃない」
「病気じゃなくって、何でそんなに………」
 言いかけて、イルカはふと口を噤んだ。
 サスケの涙が病気や怪我以外だという可能性に、初めて思い至ったからだ。
 そもそも子供は、何かといえばすぐに泣き出す生き物だ。
 寂しくて泣く。ぐずって泣く。気の弱い子供だったら大きな音がしただけでも泣く。
 特に理由がなくても泣き出すなんて日常茶飯事で、涙の臨界点は大人には考え付かないほど低い。
 だから泣いてる子供がいたとして、その理由の大半はごくたわいのないことだと言っていい。
 そんな当たり前のことを思いつかなかったのは、ひとえに泣いているのがサスケだったせい。
 ほかの子供だったら、イルカもここまで慌てはしなかっただろう。
 抱っこして、ゆっくりと話を聞いて、背中でも叩いてあやしてやれば、それでいい。
 そうしたことにかけて、木の葉保育園でイルカの右に出る者はいないのだから。
 だが、あのサスケが。
 泣くどころか、笑うことすら殆どないうちはサスケが。
 怪我でも病気でもなく、ただ感情のたかぶりだけで泣き出すなんて。
 …………ありえない。
 即座に否定しようとして、イルカはすぐに考え直した。
 何事も頭から決め付けるのはよくないし、それにもし本当にサスケがただ単に泣いてるだけだとしたら、それはそれで言い方は悪いがほっとする。
 病気や怪我でなかったという安心感もあるがそれ以上に。
 感情表現の乏しいサスケにひそかに心を痛めていたイルカにとって、こうした子供らしい態度は何にせよとても好ましく思えた。
 顔を歪ませてわめくことも、声を震わせることすらなく、ただ淡々と無表情に涙を流すだけの子供というのはあまり普通でない気もするが、まあそれは置いといて。
「一体何があったんだ、サスケ」
 ここに来て初心に戻って、イルカはサスケに問い直した。
 もっとも、眼病かもしれないという疑いはまだ捨て切れていなかったので、さりげなくナルトを脇に追いやって接触させないようにしながらだったが。
 けれどサスケはただ首を振るばかりで何も答えようとしない。
「何でもないのか?」
 こくりと、一回だけ頷く。
「そんなわけないだろう。………弱ったなあ」
 困りきったイルカの声にサスケは一瞬顔を上げたけれど、すぐにまた俯いた。
 きっと結んだ口元は、何があろうと開かないぞという意志を感じさせるには十分だった。
「何にもなくてそんなに涙が出るなら、やっぱりお医者さんにみてもらわなきゃいけないぞ」
「えーーー?!」
 ほんの少し脅しめいた言葉に反応したのはサスケではなく。
「サスケ、やっぱ病気だってば? だったら今日はもう遊べないの?」
「うーん、分らないが。もしかしたら今日だけじゃなくて、明日もあさっても遊べないかもなあ」
「そんなのつまらないってばよー。なあなあサスケ、病気なんてやめちゃえってば!」
 やめようとしてやめられるもんなら、病院もお医者さんもいりません。
 なんて正論は、子供………とりわけナルトに対しては言うだけ無駄というもので。
 頬をふくらませて不満たらたらの子供に、サスケはひどく困ったような目を向けた。
 何か言いかけてはやめることを繰り返していたが、ナルトのじーっとおねだりするような、かつ恨みがましげな視線に根負けしたかのように、ようよう口を開く。
「………ナルトが」
「え、オレ?」
「ナルトが、嫌いって言った」
 言い終えた瞬間、また堰を切ったかのようにサスケの目から涙がぼろぼろと流れ落ちた。
 











 とうとうやっちまった感がぬぐえません。園児…園児だよ…(遠い目)
 しかもイルカ先生出張ってます。この人まともに書くの2度目なんで、しゃべりとかキャラが掴めてないかも。
 つーか3年以上サスナルやってて、まだイルカ先生が掴めてないってどうなんだろう。
 えと、前科がいろいろあるんでアレなんですが、この話は間違いなく次で終わらせます。少なくとも年内には必ず!……多分。
 とか言いつつ前後編ではなく番号振ってるのは、また園児ネタで何か思いついたら続くことがあるかもしれない(ないかもしれない)ので、保険。

(04.11.12)




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