それは、いつも突然だった。







 シーソーゲーム







 不意に、肩に手がかけられた。
 はっとする間もなく近付いて来る、キレイな顔。
 (あ、また)
 そう思うより早く。
 重なる、唇。






 「なななな、なにしてんだってばっっっっ」
 ようやく解放されるやいなや、ナルトはばっと後方約1.5m程の地点まで飛び退った。
 ぎゅっと握りしめた拳で口元を覆ったけれど、自分の手の柔らかな感触に先程の感覚が蘇りそうになって、慌てて外す。
 代わりのように目の前の相手をぎっと睨み付ければ、しかし相手は平然と。
 「何って、キス」
 「言うなーーーっ!」
 「おまえが何してるって聞いてきたんだろ」
 「そうじゃなくて! 何でこんな事するんだってばよ、サスケ!」
 さらりと言ってのけたサスケに、ナルトは憤然と噛み付いた。
 けれど、サスケはしゃあしゃあと。
 「好きな奴にキスしたいと思うのは、当たり前だろ」
 開いた口が塞がらない。
 まさにその言葉どおりに、ナルトがぱくぱくと空しく口を開閉させていると、
 「そんな事も分からないのか、ウスラトンカチ」
 とどめのように、投げ付けられた言葉。
 しかも、ふてぶてしいというか、底意地悪そうというか、いかにもサスケらしい笑みもおまけについてきて。
 「オレはまだ、全然、ひとっことも、返事してないってばよ!」
 「そういえば、そうだな」
 猛抗議にも、それがどうしたと言いたげな余裕シャクシャクの態度が崩れる気配は微塵もなかった。
 ああ、ムカツク。





 うちはサスケは、うずまきナルトに惚れている。
 何だか冗談みたいな事実だと、ナルトは思う。
 実際、最初に言われた時は何の冗談だと笑おうとした。
 けれど、その笑いは形になる寸前で引っ込んだ。 
 サスケと冗談なんておよそあり得そうにない取り合わせではあるし。
 そんな悪質な冗談、言うような奴じゃない。
 確信というより、そう信じたかったのかもしれない。
 何より、じいっと見つめてくるサスケの眼差しは、かつて見たことないくらい真剣で。
 もしかして本気なのかなと思ったら、身体中がかーっと熱くなって、到底返事なんか出来なくて、思わず逃げ出してしまった。
 それが、数日前の出来事。
 けれど、実は今だに、何も言えないでいる。
 何と言えばいいか分からないというのもあったけれど、まず第一に。
 「いきなりキ、キスして来るのやめろよな!」
 「いきなりじゃなかったらいいのか」
 「そ、それは〜〜〜」
 告白以来、箍が外れたのか吹っ切れたのか、煮え切らないナルトに対してサスケが積極的行動に出ようと決意したのは確かなようだった。
 任務中や修行中、あるいは今みたいな帰り道。
 周りに人がいなくなる瞬間を見計らって、サスケはナルトに触れて来る。
 髪に触れたり、指を握ったり、時には唇に唇で触れて。
 びっくりしてドキドキして、どう反応を返していいか分からないのをサスケはどう思ったのか、次第に唇の触れ合いの頻度は増していき。
 「好きだから、キスしたい」
 「んっ・・・・」
 深く舌を絡め合う、苦しくなるような口付け。
 それすらも、もう珍しくない。
 そこから訳の分からない感覚が身体中を駆け巡るようで、それが気持ちいいのか悪いのか分からないけれど。
 触れられるのが嫌だとは思わない。多分、最初から思わなかった。
 だけど、これではまるっきりサスケの思うままに流されているようで、それがめちゃくちゃ気に食わない。
 「オレの意志は無視ってわけ?」
 離れた瞬間、思いっきり睨み付けて問い詰めてみるけれど、やっぱりサスケは顔色ひとつ変えなかった。
 「嫌なら嫌って言えばいい。逃げたきゃ逃げればいい。誰も止めねえよ」
 「逃げてもいいのかよ」
 「オレに止める権利はないな」
 「・・・・あっそ! じゃあ、そうさせてもらうってばよっ」
 言うなり、ナルトは身を翻して駆け出した。
 振り返ろうなんて、思いもせずに。
 (ムカツクムカツクムカツク〜〜〜)
 走りながらも、胸の内でサスケへの罵倒は止まらない。
 突然人の事、好きだなんて言って。
 しょっちゅうキスなんかしてくるくせに。
 (何であんな平然としてるんだってば!)
 ナルトは、まだ何も答えていないのに。
 サスケは、一度も訊ねる事さえしない。
 『好きだ』
 いつもいつもそんな言葉を投げ付けるだけで。
 一方的に触れてくるだけで。
 何も、ナルトに求める事をしない。
 してくれない。
 (オレがどう思ってるかなんて、どうだっていいのかよ、バカサスケ!)
 気持ちを返してほしいと思わないのなら、それは本当に好きだと言えるのだろうか。





 意外性だけNo.1なんて言われていても、ナルトとて仮にも忍者。
 1kmや2kmくらい一息で走り抜けるくらいの体力はある筈なのだが、怒りながら走るとやはりペースを崩してしまうらしい。
 いくらも行かないうちに、いつもよりずっと早く息が上がってしまって、どんどん足が重くなっていく。
 とうとう立ち止まると、しばらく深呼吸を繰り返して息を整えた後、ぼそっと呟いた。
 「サスケのばーか」
 すると、
 「誰がバカだ」
 「うわあ!」
 突如後ろからかけられた声に、ナルトは思わず飛び上がった。
 振り返りたくないと真剣に思うが、振り返らないでいるのも相手の様子が窺えなくてかえって怖い。
 とうとう恐る恐る振り向いてみれば、案の定、そこには息一つ乱さずスカした顔のサスケが立っていた。
 「な、何で追いかけて来るんだってば! 逃げたければ逃げろって言っただろ。止めないって言ったくせに」
 「実際止めちゃいないだろ。それに」
 「それに、何だってばよ」
 言い訳があるなら言ってみろ。
 そんな感情をありありと浮かべたナルトの胡乱そうな表情に、ふっとサスケの口角が吊り上った。
 「逃げてもいいとは言ったが、追いかけないとは言ってないぜ?」
 「・・・・・」
 「逃げるのはおまえの勝手。追いかけるのはオレの勝手だ」
 今、こいつをギャフンと言わせられるなら、何だってする。
 憎らしい程小揺るぎもしないサスケの面に、歯噛みしたい思いでナルトは考えた。
 だけどこの自己完結男に対する効果的な反撃なんて、到底考え付かない。
 悔しくて悔しくて、言葉も出ずに、うーっとかちくしょーとか唸っていると。
 不意にサスケの表情が和らいだ。
 そしてそのまま、すいっと顔が近付いて来る。
 焦点が合わない程間近に迫った黒い瞳に、ナルトはぎゅっと目を閉じた。
 完璧な条件反射。
 閉じた後、しまったと思ってももう遅い。
 唇に、仄かな体温。
 掠めるだけのそれはすぐに離れ、思わずぱちぱちと瞬きをすれば、目の前には嫌味なくらい整った顔があって。
 ナルトの頭に一気に血が上った。
 再びサスケの前から逃げ出してしまいたい気持ちにかられる。でも。
 「おまえ、いい加減ふざけんのナシにしろってば」
 ナルトは、ぶんと頭を振ってサスケを睨み付けた。
 ここで逃げても結果は同じ。
 大体、逃げるなんて自分らしくない。
 「ふざけてない」
 「嘘つけ。さんざんオレの反応見て、面白がってるくせに」
 「面白がってなんかいない」
 「信用できないってばよ」
 ごまかされるもんか!と決意を込めて、睨む瞳に力を込めれば、サスケが不意にため息を吐く。
 ここ最近中々拝めなかった、ほんのちょっぴりにしろ弱気を含んだ反応。
 あれ?と思わず首を傾げたら、サスケはいかにも渋々と口を開いた。
 「しょうがねえだろ。こっちはそれくらいしか出来ないんだから。おまえが何も言わないから、態度で判断するしかないんだろうが」
 「何だってばよ、それ! そんなの口で聞けばいいことだろ?!」
 「聞いたら言うのかよ、おまえ」
 問い返されて、ナルトはぐっと詰まった。
 サスケの反撃は見事に核心を突いている。
 求められているのは、好きか嫌いかの二者択一。
 簡単なことだ。
 たった一言、それだけでいい。
 ・・・・でも、どっちの言葉を言えばいいのだろう?




 ヤな奴だと思うことはある。
 ムカツクと思うことなんか、しょっちゅうだ。
 めちゃくちゃ口が悪いとか、いつもつまんなそーな顔してるとか、やたら偉そうで頭くるとか。
 サスケの嫌な所だったらいくらだって挙げられる。
 実際、だいっきらい!と本人に向かって叫んだ事だって片手の指じゃ数え切れないほど。
 だけど、本当に嫌いかと問われれば、すんなり頷くことは出来なくて。
 仏頂面のくせして修行やら夕食やらナルトからの誘いは絶対断らないし、上手く隠したと思ってた風邪やケガなんか必ずバレてるし、気が付けばなんかいつも傍にいるし。
 心のどこかに穴が開いていて、そこから絶えず冷たい風が吹き込んでいるような、それがあんまりいつもの事だから、そのうち寒さも冷たさも感じられなくなってしまうような。
 幼い頃から馴染んでいたそんな感覚が、サスケと居るようになってから消えていたのに気付いたのは最近だ。
 そっぽを向いたまま差し出される手が、とても嬉しい。多分、他の誰よりも。
 そう思うのは、確か。
 だとしたら。
 スキ、なんだろうか。





 (オレが、サスケを?)
 思い到った考えに、ぽんと頭が沸騰しそうになる。
 何だか顔を合わせられなくて慌てて俯こうとするが、それは出来なかった。
 「ナルト」
 サスケの両手が、ナルトの頬を包む。
 見つめる視線の強さに目を逸らそうとしても、拘束する手の力がそれを許さない。
 「好きだ」
 一瞬、心臓が止まる。
 すぐに再開を始めた鼓動は止まっていた分を取り戻そうとしてか、早鐘のように頭の中でがんがん鳴り響く。
 きつく見つめる黒い瞳が目の前一杯に広がって、取り込まれてしまいそうになる。
 「おまえは?」
 問いかけも何だかぼうっと霞んで、どこかひどく遠くから聞こえてくるよう。
 「オレ、は・・・・」
 誘われるように口を開いたその時。
 「・・・・つっ!」
 不意に襲った痛みに、頭の中の靄がたちまち覚めた。
 「痛いってばっ、サスケ!」
 いつの間にかナルトの両肩はサスケに掴まれていて。
 ぎりぎりとそこに加わる圧力に、鈍い痛みが走る。
 ナルトの叫びに、弾かれたようにサスケは手を離した。
 謝罪の言葉ひとつなく、ムッとしたナルトはサスケを睨み付けようとしたが、そこに見つけた表情に目を見張った。
 ひどく忌々しそうで、悔しそうなそれ。
 (どこかで見た事あるってば)
 肩をさすりながら、ナルトは考えを巡らせる。
 それはサスケのものではなかったけれど、似たような表情を他の誰かがしていたような。
 あれは確か。
 そう、カカシがいつものごとく大遅刻をかました挙句、イチャパラ最新刊を買い損ねたと、ぼやきまくった時と同じ顔。
 子供達の非難の声など物ともせず、さんざん愚痴った後に、かの上忍が呟いた台詞は。
 『一生の不覚』
 (ああ、そうか)
 思い出した途端、胸のつかえがすこんと落ちたような気がした。
 これ以上ないくらいしかめっ面をしたサスケに、にいっと笑いかける。
 ひどく驚いたような表情に、ますます溜飲が下がった。
 「おまえってば、オレのこと好きなんだろ?」
 「最初っから言ってるだろうが」
 「でも、オレがどう思ってるかなんて、教えてやらないってばよ」
 「やっぱり言えないんじゃねーか、このドベ」
 すかさず返って来た悪態も、今は気にならない。
 面白くなさそうな仏頂面は、さっきと殆ど変化はないけれど。
 まだ微かに残る肩の痛み。
 指が食い込む程に掴まれたそこには、おそらく痣が出来ているだろう。
 (サスケってば、オレに応えて欲しくてウズウズしてるんだってばよ)
 スカした顔して、ナルトの気持ちなんか興味ないという素振りで。
 ナルトから応えさせようとあれこれ巡らせた手管。
 けれど、肝心要で我を忘れてしまうくらい、うっかり力の加減も忘れてしまうくらいに、サスケは渇望している。
 ナルトからの答えを。
 だったら。
 「言わないのもオレの勝手だってば」
 今まで散々振り回された事の仕返しもあるけれど。
 あのサスケが自分の為にこんなに必死になってるなんて。
 こんなに、追いかけてくれるなんて。
 すごく、ドキドキする。
 そわそわワクワク、胸の奥がくすぐったい。
 この気持ちを、もっと沢山味わっていたいと思う。
 その感情がどこから来るのかなんて、まだ、考えようとも思わなかったけれど。





 「ったく、ウスラトンカチ」
 ふう、とサスケがため息を吐く。
 どこか諦めたような雰囲気に、ナルトは勝った!と会心の笑みを浮かべたが。
 「〜〜〜〜!!!」
 次の瞬間唇を襲った感覚に、目を見開いた。
 いつの間にかまた、目の前にはサスケのドアップがあって。
 「何でまたキスなんかすんだってば! オレってば言わないって言ったろ?!」
 「しょうがないから振り出しに戻って、口説き直してるんだろうが」  
 「く、くど・・・・」
 あまりと言えばあまりな台詞に、ナルトは言葉を失った。
 かっと頬が熱くなり慌てて隠そうとしたが、我ながらあまり成功したとは思えない。
 目を白黒させているナルトに、再びサスケの顔が近付いてくる。
 「言いたくなるように、させてやるよ」
 吐息のかかる距離の囁きに、ナルトはまたしても条件反射的に目を閉じた。
 いい加減情けなくなりつつ、次に来る感触を予測して、唇を噛み締める。
 しかし。
 「・・・・つっ」
 触れられたのは予測していた場所ではなく、というか触れて来たのは唇ではなく。
 驚きに目を見開けば、視界一杯に広がるサスケの顔はひどく満足気で、まるで悪戯が成功した子供のようだ。
 視線が合うと黒い瞳がすうっと細まり、舌がぺろりとナルトの鼻の頭を舐めた。
 今し方、サスケ自身が噛み付いたその場所を。
 「〜〜〜〜〜!」
 言葉もなく鼻を押さえて、ナルトはざざっと後ずさった。
 噛み付かれたと言っても、ごく軽く歯を当てられたくらいで、歯形すら残らないようなものだけれど。
 手で押さえたままサスケを睨み付けると、サスケはにやにやした表情を浮かべている。
 何て、締まりのない顔をしていることか。
 (こんなの、里の女の子たちが見たら大ゲンメツだってば) 
 思って、そうなったらいいのに、という考えがナルトの頭をよぎる。
 そうなったら、ちょっと安心なんだけどなあ。
 ・・・・どうしてそんな事を考えたのか、ナルトにはまだ分からない。
 分からないけど、あんまり考えない方がいいような気がして、ナルトはただ、サスケを見据えた。
 「言いたくならねえ?」
 「誰がなるか!」
 けんもほろろに言い放っても、サスケは一向に堪えた様子を見せない。
 ふんと鼻を鳴らす様も余裕たっぷりで、ナルトは地団駄を踏みたくなった。
 さっきまで、確かにサスケの弱みを押さえたと思っていたのに。
 今も、切り札はナルトが持っている筈なのに。
 (ほんとに、フリダシに戻っちゃったってばよっ)
 ぎりぎりと奥歯を噛み締めながら、ナルトは必死に反撃の手段を探す。
 サスケに口で勝てた試しなどないことに、思い至りもしない。
 仮に至った所で、不屈の闘志の持ち主であるナルトのこと、諦めようなんて露ほども考えないだろうが。
 「おまえが喜ぶようなことなんか、ぜーったい言ってなんかやらないってばよ!」
 腹の底から振り絞るように、気合満々で投げつけた言葉は、だがしかし。
 「・・・・ふーん?」
 何故だか、満面のサスケの笑みで受け止められた。
 少しばかり不意を突かれたような、けれど、ひどく嬉しそうな。
 意地悪くも腹黒そうでもなく、サスケにしてはとんでもなく珍しい、というか誰も見たことないんじゃないか?という程の、ただ笑いたいから笑う、そんな自然な笑み。
 呆然とナルトがそれに見惚れていると。
 「・・・・!」
 くいっと顎に手がかけられて、ちゅっと小さな音と共に、唇に、最早馴染んだ感覚。
 「それって、オレが喜ぶようなこと、考えてるってことだろ?」
 絶句するナルトにそう呟いて、サスケはそれは綺麗に微笑んだ。






 開き直りまくった恥知らずには誰も勝てない。
 かなりマイナーだが誰もが納得するだろうその真理を、ナルトが否応なく体得するのは、そう先のことではないかもしれない。














 め、めるへん?(笑)
 普段は、なるべくサスケに直接的な言葉を言わせずにナルト馬鹿っぷりを表現しようなどと思ってるのですが。その反動か、デキてない状態でこれほど積極的に迫りまくってるサスケ、初めて書いたような気がします。
 ここまで突き抜けられたら人生怖いものはないでしょう。もう、どこまでも行って下さい(笑)。
 サスケ編もちょこっと考えてるのでそのうち書きたいけど、かなり先になります。つーか書けるか分からん。 




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