「逃げようよ!」
ティントの街で。ナナミが僕に言う。
「このままじゃ、・・・壊れちゃうよ。」
窓を背に立つ姉の向こうで。月明かりがとても綺麗だ。
「・・・お姉ちゃんが守ってあげるから・・・」
そうだね。大切なものを一つづつ奪われて。
最後に残るのはきっと砕け散るふたつのこころ。

捨てていけたらいい。全て。
哀しみも憎しみも苦しみも。だけどその先に何があるの?
逃げてどこまでも逃げてそれで僕は君を守れるの?

「駄目だよ、ナナミ・・・」
どんなに望んでも。そうだねとその一言を口にすることはできない。
自由を飛ぶための羽根はもうぼろぼろで、僕は空なんか飛べない。
「そう・・だよね。ごめんね・・・」
ナナミが泣く。僕のために。
僕は泣けない。守るべき者の前で。

なにかにすがりたい気持ちが、ひどく焼け付く様で。
心の中で、かすかに悲鳴をあげていたけれど。

戻れない道。
そして。


僕は、わらう。








  
  回  帰  熱



  






「どう、なさったのですか?」
「・・・いや、何でも・・」
何かを言おうとして、一度躊躇う。
そんな癖がついて。
「・・・狂皇ルカ・ブライトを倒したのです。なにか事が起きるにしてもいましばらくは猶予があるでしょう。」
しばらくは自由にしていい、ついでに仲間を増やすことができるならそうしてほしい、そういってシュウが休息を促す。
ルカを倒せば終わるのだと思われた戦いは、新たな局面を迎える。
そしてその戦いが容易でないことをすでに年若い軍師は予測していた。

「・・・うん。」
「どうかしましたか?」
「・・・終わらないね。いつまでも。」
「戦いとはそういうものです。大将の首を取ったからといってすぐさま終わるものではありません。」
「・・・・そうだね。」
「ですが光は見えています。どうか今は体をいとわれます様」
心遣いとかけて欲しい言葉とが微妙にずれる不快感。
(もう、慣れたけど。)
本当は何を言って欲しいのかさえもう自分には分からなくて。
何を言いたいのかさえ分からなくて。
(くるしいよ。)
こえにならない。
(ねえ、だれか。)


城の中の喧騒。
明るい日差しと笑い声と。
そんなものをどこか遠くに感じながら。
さわるとひいやりとする冷たい石の壁をたどり階下まで降りていく。

石版の前で自分をみやる視線に気付き声をかける。
「ルックさん、一緒に来てくれませんか?」
「・・・ついていってあげてもいいよ。」
最初は冷たいとさえ思えたこの距離の置き方が、今はありがたい。
口をきかなくともいろいろ問いただしても来ない。
笑っていなくても。
他のメンバーもなるべく近しくない人を選んで。
「ビッキーさん、テレポートお願い!」





(それが君の逃げ方?)
ルックはふい、と目をそらす。
最初に会ったとき、この少年はまだ希望を胸に抱いているように見えた。
真の紋章使いで、幸せな奴なんてみたこともない。強大な力に歪められた運命はいつの世も呪わしい。
かなり珍しいタイプだと思ったそれが、だんだんと見知ったものになっていく。
あれは3年前。やはりレックナートに送り込まれた戦場。
運命の者に道を示すため。そして最悪の場合、ソウルイーターを葬るため。
あのときの少年は、目の前にいる少年とは明らかに似ていない。
それでいて、ひどく思い起こさせるのは、たぶん未だ失わない光を宿す、あの瞳のせい。
(だから、ガキは嫌いなんだよ・・・)
希望なんて、甘いおとぎ話。
全て無くすときに、壊れるのは。
(また、あんな結末みせるつもりじゃないだろうね。)
少年に悟られないように、ルックは小さく溜息をついた。




ついたのは、ひなびた漁村。
トランへの道へ続く、バナーの村。



何かを予感していなかったといえば嘘になるのだろう。
僕はなにもないはずのその村にかすかな違和感を覚えて、宿を取った。
かすかな既視感。ここになにかいるのかと問う皆にうまく説明することはできなかったけど。
「・・・案外大物が釣れるかもね。」
ルックが考えながらそういった。







 久々の幻水。さよ、やっと坊ちゃんにあえたんでつい嬉しくて。でもお話は暗いの。
 一応続きます。まだこの話坊っちゃん出てきてないし。





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