初 恋



    名前さえ呼べなくて 
    とらわれた心 みつめていたよ



 「おい」
 「‥‥‥」
 「おい、ドベ」
 「‥‥‥」
 「ウスラトンカチ」
 「‥‥‥」
 「ビビリ君」 
 「‥‥‥オレはそんな名前じゃねえっっ。バカサスケ!」
 「聞こえてんなら返事くらいしろよ、バカナルト」
 噛み付くように喚き立てる黄色い頭を見下ろして、サスケはしらっと言葉を続ける。
 「バカでもないってば!」
 「んなことより、おまえ何やってんだよ」
 問われて、ナルトは慌てて膝上に広げた巻物を隠した。
 が、サスケの素早い目線は、一瞬の内に巻物の内容を把握してしまったようだ。
 はあーっとわざとらしくため息をつく。
 じろりと横目で睨まれて、ナルトは首を竦めた。
 「今更アカデミーレベルの忍術のお勉強かよ。しかも、めちゃくちゃ基礎じゃねーか」
 「う‥‥うるさいっっ」
 だから知られたくなかったのに、とナルトは後ろ手に巻物を隠したまま、そっぽを向く。
 まだこんな忍術でてこずってるなんて、カカシ先生やサクラちゃんや、ましてやこの嫌味なヤロウに知られたくなかったから、休日にこっそり勉強してたのに。 
 家の中だとどうも集中できないからって、いつもの修行場の隅っこなんかでやんなきゃよかったなあ。
 後悔してもあとのまつり。
 どんな嫌味を言われることやら、と待ち構えていると。
 「‥‥おまえ、分からないことは人に聞けってイルカセンセイには習わなかったのか?」
 呆れ返ったような口調には、けれど馬鹿にする響きはなかった。
 「へ?」
 思わず振り返ると、綺麗に整った顔はやっぱりいつもどおりにすかしていたけれど。
 もしかして、でも、まさか。
 「‥‥‥聞いたら教えてくれるの?」
 「ドベがいつまでもドベだと任務に差し支えるんだよ。てめーが一人でやったって、いつまで経ってもマスターできっこないだろうし」
 「ドベドベ言うな! 俺だってひとりでできるってば!」
 「ほー、アカデミーん時も、あんなにしごかれて結局できなかったくせに。別にいいんだぜ、俺はどっちでも。それともサクラにでも教えてもらうか?」
 「むきーっ! おまえ、ほんとヤなやつ!!」
 腹をたててみても、たっぷり半日は同じ部分で四苦八苦していたのは事実。
 結局目の前の相手に頼るしかないのは明白だ。
 でもさ、とナルトはひとりごちる。
 なんでサスケってば、こんなにむかつくことばっかり言うんだろう。
 それさえなければ、ちょっとは‥‥‥いや、かなりいいやつかも、と思えるのに。
 「‥‥‥しょうがないから、教えてってばよ」
 「それが人にものを頼む態度か」
 ぶつぶつ言いながら、サスケが隣に腰掛ける。
 促されて巻物を渡しながら、ナルトは、ふと浮かんだ疑問を口にした。
 「おまえ、何で俺がアカデミーのときからこれ苦手だったの知ってるんだ?」
 それは、本当に何気ない質問だった。
 ちょっとばかり気まずい空気を埋めるための、単なる話の接ぎ穂。
 少なくともナルトにはそれ以上の意味などなかったのだが。
 サスケの巻物を繰る手が止まった。
 「おーい、サスケー?」
 硬直したように動きを止めたままのサスケの袖を引っ張ると、ようやくひとつまばたきをした。
 なんだってば、こいつ、と目を丸くしていると、
 「‥‥あれだけ毎日居残りしてりゃ、嫌でも目につく」
 返ってきたのは憮然とした表情と素っ気ない言葉。
 「悪かったな!」
 何故だか妙にがっかりして、ぷいっと横を向いてしまったから、ナルトは気が付かなかった。
 巻物に目をやる振りして俯いているサスケの頬が、僅かに紅く染まっていたことを。
 


 「だから、ここはこう」
 「こう?」
 「違う。この印」
 「これ? ‥‥いてっ。指つった!」
 「‥‥てめえ、まじでどうやってアカデミー卒業したんだ?」
 「ほっとけってば!」
 「いいか、もう一度だけ手本見せるからな。ちゃんと見てんだぞ、ドベ」
 「またドベって言った!」
 「なら一度で覚えろ、ドベ」
 サスケの指が印を組む。
 もう完璧に暗記しているのだろう、淀みのない流れるような動きに、ナルトは目を丸くする。
 「どうだ、分かったか」
 「う、うん‥‥、えーっと、ここでこうして、次が‥‥いててっ」
 ふーっと、サスケはため息をついた。
 「おまえ、覚えも悪いがとんでもなく不器用だろ」
 「ち、ちげーもんっ、俺の指ってば、おまえより短いからうまくいかないだけだってばよ!」
 「んな違わねーだろ。手のせいにしてんじゃねえ」
 「そんなことないってば! ほらっ」
 ナルトはいきなりサスケの左手を掴むと、ぱんと音がするほどの勢いで己の右の掌と合わせた。
 「な、お前の方がでかいじゃん」
 ぴったりと重ねられた掌は、ほんの少し、関節半分ほどサスケの方が大きい。
 その事実には少しばかりむかつくけど、ほーらオレの言ったとおりじゃんと、少しばかり得意な気持ちになる。
 よく考えたら、いや、考えなくても、男としては情けなかったりもするのだけれど、とりあえず今のナルトにはサスケを言い負かしたという事実の方が重要なのである。
 あー、でもこいつの手って、ひんやりしてて気持ちいいかも。
 なんとなく離しがたくて、合わせた手をにぎにぎしていると、不意に強い力で握りしめられた。
 驚いてサスケを見ると、ひどくキツイ視線が向けられていて。
 「何すんだっ」
 反射的に手を引けば、あんなに強かった手の力はあっさりと緩められ、ナルトの右手は自由を取り戻した。
 「赤ん坊みてえにやわっこい手だな。忍びの手とは思えねえ」
 「! バカにすんなっ」
 おそろしく剣呑に見えたサスケの瞳は、いつの間にか無表情なすかしたものに戻っている。
 それは、まったくいつものサスケだったのだけれど、何故だか今はそれが無性に癪に障った。
 「もう帰る!」
 乱暴に立ち上がって、くるりと背を向けて、忍びらしくないけれど、殊更乱暴に足を踏みならして。
 そうやって、怒ってるんだぞ!と全身で表現したのに。
 「帰るのはいいが、ちゃんと復習しとけよ」
 なのに返ってくるのは小憎らしいほど平然とした声。
 むかついて。
 あんまりむかついて悔しいから、声なんて出したら、わめき散らしそうで返事もせずに駆け出した。



  やなやつやなやつやなやつ!
  なんだよ、ちょっとは優しいかも、なんて。
  ‥‥‥期待して、ソンした。
  ほんとは、トモダチとお勉強って、はじめてだったから。
  教えてやる、なんて言われたの、はじめてだったから。
  すごくすごくすごく、‥‥‥うれしかったのに。
  あいつなんか、だいっきらい!
 


 「あのバカ、これ忘れてどうすんだ‥‥」
 一人取り残されて、サスケは地面に放り出された巻物を拾い上げた。
 土の汚れをぽんぽんと払い、くるくると丸めるとホルダーにしまう。
 そんな何気ない仕草の続きのように、自然に右手を上げると。
 隠し持ったクナイを傍らの木の上めがけて投げ付けた。
 「何見てやがる」
 「こらこら、いきなりそんなもん投げちゃ危ないでしょーが」
 ざわざわと風以外の何かが枝を揺らす音がして、降ってきた声は、ただいまのところ直接の上司たる上忍のもの。
 ただし、降りてくるつもりはないらしく、わざとらしく枝がきしむ音が聞こえてくるだけだ。
 「どうせあんたはよけるだろう」
 「よけなきゃ死ぬでショ。まったく、お目当てに逃げられたからって八つ当たりするんじゃないよ」
 途端に強張った空気に気付いているのかいないのか、のほほんとカカシは言葉を続ける。
 「お前もねー、照れ隠しも大概にしないとなあ。大体あの子はとんでもなく鈍いんだから、分かりやすく言葉にしないと通じないよ? 心配なら心配、気になるなら気になる、好きなら‥‥」
 最後まで言い終わらないうちに、木の幹にクナイが突き刺さる音が再び響き渡った。
 「任務でもないのに殺気を込めるのはやめとけよー」
 つーか、任務中にそんなに殺気ばりばりだったらやられるけどー。
 「うるさい! とっとと失せやがれ!」
 「はいはい、それじゃ先生は退散しましょ。まあがんばれよー」
 お気楽な余韻を残して、去っていく気配。
 「‥‥ちっ」
 確実に遠ざかるのを確認して、サスケはひとつ舌打ちする。
 『言葉にしないと通じないよ』
 「んなこと言われなくたって分かってんだよ」

 

    好きだよと言えずに 初恋は
    振り子細工の心



 「‥‥簡単に言えるくらいなら、誰も苦労しねえよ‥‥」
 
 


 世間にこのタイトルのサスナル話、やまのよーにあると思うけど、村下○蔵の歌を持ってきたのは私くらいでしょーか?
 めちゃくちゃ古いけど好きなんですよ、この歌。
 そしてまたもや情けないサスケ。
 今回「せめて手を握る」を目標にしてたはずなんだけど、奴があまりにもふがいないからこんなお粗末なものになってしまったとさ。


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