ひとりじめ










 丘を越えると、大きな湖を見下ろすようにそびえる城が視界に入った。
 「本拠地だ!」
 途端に周囲の皆が勢いづく。
 今、この場にいるのは、基本的には部外者である僕を除いて、同盟軍の精鋭中の精鋭といっていい面々ばかりだけれど、長い作戦行動を終えての帰還はやはり格別のものなのだろう。
 そして、彼等の中で一際瞳を輝かせる少年。
 少年というより子供と言った方がいいほどあどけない容姿のこの子が、今現在、あの城に集う者達を統べる者。
 どこか沈んだ表情で僕の隣を歩いていた彼は、城で待っている最愛の姉のことを思い出したのか、表情を明るくして、早くも駆け出しそうになっている。
 「じゃあ、僕はここで」
 逸る気持ちに水をかけるように、僕は告げた。
 案の定、彼は足を止めて僕を見る。
 「マクド−ルさん、もう帰っちゃうんですか・・?」
 「そういう約束だから。じゃ、またね」
 少しばかり不満そうに、それでも頷くのを確認して、僕は背を向けて歩き出した。


 歩き出してなお、背中にあの子の視線を感じる。
 多分、僕の姿が見えなくなるまで見送るつもりなのだろう。いつものように。
 僕は振り向かない。
 振り向かなくても分かる。
 きっと、捨てられた子犬のように寂し気にこちらを見ている。
 もう少しだ。
 知らず、口元に笑みが浮かんだ。


 「お帰りなさい、坊ちゃん」
 グレッグミンスターに帰った僕を出迎えてくれたのは、戦士姿の女性。
 「ただいま、クレオ」
 生まれ育ったこの家に現在住んでいるのは、もはや姉同然の彼女と僕だけ。
 厳しく暖かだった偉大な父も
 エプロン姿が板に付いていた優しい青年も
 もういない。
 もっとも僕も帰って来たのは3年ぶりで、これから先、いつまでいられるのかは分からないけれど。


 「近頃の坊ちゃんは、なんだか楽しそうですね」
 夕食は食べてきたからいらないと告げて、居間でお茶を飲んでいると、クレオが話しかけてくる。
 「うん、僕、今とても楽しいんだ。こんなに楽しいのって何年ぶりかな」
 「良かった・・本当に良かった。坊ちゃんがもう一度自ら何かに関わっていこうとなさる・・それだけで私は安心できます。いえ、私だけでなく、テオ様もグレミオもテッドくんもきっと・・」
 「ありがとう、クレオ」
 涙ぐむ姿を見られまいとしてか、慌てて部屋を出て行くクレオを見送りながら、僕は込み上げる笑いを押さえることができない。
 ごめんよ、クレオ。
 多分あの人達は僕の考えていることを喜ばないよ。
 それでも僕は、多分あの戦争以来初めて、心から笑っている。
 笑えている。
 本当に知らなかったよ。
 欲しいものをあらゆる手段を使って手に入れる・・・その過程がこんなに楽しいなんて。

 
 『俺の分まで生きて、幸せになってくれ・・・』
 親友の最後の言葉。
 託された呪いの紋章と運命の事であいつを恨んだことはないけれど、さすがにこの言葉には恨み言のひとつも言いたくなった。
 自分が300年かけて出来なかったことを、人に言い残すんじゃない!
 どうしてもそうして欲しけりゃ、自分で生き返って来い!
 ・・・なんてね。
 大切な人達はみんなこの右手の中。
 これから先、どんな僥倖に恵まれて、同じくらい大切だと思える人に出会えても、下手すればみんな一緒に右手の中。
 運が良くても天寿を全うされては太刀打ちできない。
 真の紋章持ちの知り合いもいるにはいるけど、到底人生を御一緒したいとは思えない。
 それくらいなら、一人の方がまだましというもので。
 とにかく、僕は歩き出すしかなかった。
 テッドは、それでも僕に会えて幸せだったと伝えてくれたから。
 きっと僕にもそう思える時がやってくるのだろう、そう思うことにして。
 数年後か、数十年後か、300年後かは分からなかったけれど。


 けれど、それは思ったより早く訪れた。


 『あなたがトランの英雄ですか?』
 突然現われた小さな少年は、僕と同じ星を背負っているという。
 ひどく元気のいい小動物という感じのその子は、大きな瞳で真直ぐに僕を見上げてきた。
 普段の僕なら不快に思う『英雄』の呼び名も気にならなかった。
    この子にしよう
 天啓のように衝動がわき起こる。
    この子に決めた
    この子がいい
    この子が欲しい
 その衝動が、今も僕を動かしている。


 「こんにちは、マクド−ルさん!」
 「やあ、こんにちは」
 今日も彼はやってくる。
 山道を越えて、息せき切って。
 「あの、またお願いなんですけど・・・」
 聞いてあげるよ、君のお願いなら。
 手伝ってあげるよ、君の戦いを終わらせて、君の不完全な紋章を全きひとつにすることを。
 そうしたら、その時、君は僕のもの。
 他には誰も残っていないのだから。


 その時こそ、君をうんと甘やかしてあげる。
 うんと優しくしてあげる。
 楽しみだな。

 
 「じゃあ、行こうか」 
 途端にぱっと顔を輝かせる愛しい少年に向かって、僕は手を差し伸べた。

 


初の幻水です。
タイトルに偽りあり。正しくは「2主をひとりじめしようと企む坊ちゃん」略して「ひとりじめ」‥‥
これからも私の書く坊ちゃんはこーゆー人ばっかりだと思いますんで、純真な坊ちゃん好きな方はごめんなさい。
多分そんな坊ちゃんはここにはいません。
 
  
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