容れもの  



「全く乙女相手にデリカシーがないわよね。」
ぶつぶつと呟きながらサクラは支給された弁当を口にする。
「カロリーと油分ばっかりでこんなんばっかじゃお肌荒れちゃうわ。」
「だから、首つっこむのやめとけばよかったのに。」
「そういうわけにはいかないわよ。わたしをのけ者にしてナルトになんかしたら承知しないんだから。」
乙女のわりには驚異的な速度で弁当を食べ終わると、サクラは合掌してごちそうさま、を唱える。
「消化にわるいでしょ、それ・・・。」
「胃に入っちゃえば一緒よ。さあ、時間ないんだから、やるわよ。」
そういうと、また、古文書の山のなかに分け入る。
時間がない。それは本当のことだ。
あと一年、そう火影に告げられたとき、思わず口をついてでた言葉。
「一体、12年なにをやってたわけ・・・」

小さな生まれたばかりの赤ん坊にそんなものを押しつけて、いざとなればその子供を抹殺する。
12年前の死傷者に比べれば、犠牲はわずかに1人。
血生臭い殺傷が日常のこの里ではなんの事件にもならない、ささいなこととして処理してお終い。
押しつけて、忌み嫌って、閉じこめて、殺す?
臭いものに蓋?
最初からそのつもりだったわけ?
「・・・ふざけてんじゃないわよ。」
理屈では分かるが、感情は数字じゃない。
なにがなんでも、私が。
(・・・死なせない。)
決意を胸に、サクラは火影の古文書部屋にいる。
その部屋には様々な禁術・歴史・指令がどっさりと埃とともに積まれていて。
管理者はどこのだれよー!と悪態をつきながら、次々と古文書を読破する。
忍の里の情報統制はかなり厳しく、サクラは今さらながらに一般に知らされていない事実に驚く。
機密ともいえるその情報を閲覧するため、彼女には常に監視がついていた。

「乙女の監視って、ストーカーみたいよね・・。役得じゃない?」
「都合のいいときだけ乙女になんないでくれるー?」
今日の担当はよく見知った上忍、カカシだったから、サクラはいろいろと溜まった鬱憤を晴らしにかかる。
「この術、覚えてくださいね。」
そういってサクラは古文書のとおりに術の型をとる。
彼女のチャクラでは体現できない。下手に使えば暴走するかもしれない術ばかりだ。
その術を写輪眼でコピーすると、サクラよりはるかにきれいに術に組み直す。
悔しいが、さすがといわざるを得ない。
「なんで先生にさせるかなー。」
「だって私か弱き乙女ですもん。無駄な体力は使えないし。・・・それにサスケ君にも伝えてもらえるでしょ。」
「ハイハイ、伝えます。ついでにサクラが頑張ってるってこともね。」
「わかってんじゃない。」
クスリと笑うと、サクラはまた巻物に埋もれた。
とにかくできるだけ早く、策を練りたかった。
里を巻き込む以上は完璧な形を示さなければ上層部は納得しないだろう。
名目上ナルトを守るためについている上忍たちはおそらくは暗部。
九尾に少しでも異変が有ればためらわずに任務を遂行する。
最悪でっちあげるにしても、まだ、戦術の形さえ見えてこない。

サクラは火影に願い出た。
「一度、ナルトに会わせてください。」



*****************


「というわけ。」
「・・・何が『というわけ』なんだ。」

会いたい。が、今自分が行って果たしてなにかの役に立てるだろうか。
情けない姿を晒したくない思いが邪魔をして連れていけと素直には言い出せない。
「でも会いたいでしょ」
「誰が!」
「ナルトがさ。」
カカシがそういうと、ムキになりかけた少年は口をつぐんだ。
「・・・」
「会いたくない?なら、これ、明日の修行のメニューね。」
ぴらり、とポケットから取り出したメモをちらつかせる。
「誰もそんなこと、言ってねえだろ!」
「素直じゃないねえ、全く。じゃ、明日9時に火影屋敷ね。」
そういって、先ほどちらつかせたメモを手渡す。

「集合 火影屋敷前9時(時間厳守) 
 引率 カカシ  
 生徒 サクラ・サスケ
 雨天決行 おやつはなし 」


この一ヶ月、必死に訓練を続けて来た。
目の前の上忍はまだ下忍であるサスケに高度な技を要求する。
「だって敵は子供だとか下忍だからって手加減してくれないでしょ。下手な攻撃仕掛けたら返り討ちだし。」
ついていくのがやっとの自分に、次々に叩きこまれる禁術。
「俺より九尾は強いんだからねー。知ってる?」
分かってはいるが、目の前の上忍との未だ埋められない圧倒的な差にくじけそうになる。
「そりゃ年の功ってやつでね。今お前に抜かれたら、引退しちゃうよ、俺。」
「・・・すぐに引導渡してやる」
「はい、そのチョーシ。」
なによりも九尾は強い。それを倒せなければ、何も意味がないのだ。
そしてもうひとつ危惧することがあった。
早く強くならなければ。
こいつは火影側の人間だ。いざとなれば。3人とも抹殺することもあり得ない話ではない。
任務中の「事故」として処理されれば、何も残らないのだから。
飄々と立つ得体の知れない上忍をまず超すことをサスケは心に誓った。


夜になっても、サスケは寝付けないでいた。
いろんなことを考えると目が冴えて、落ち着かなかった。
布団から起き出すと廊下を歩いて庭へでる。

(あいつは元気だって言ってた。)



目を閉じる。

どうして。
ひとりでいってしまう。

好きと言って、ぎゅうぎゅうとひっついてきて、
けれど手を伸ばすと、そこにはいない。
本当には何も望んでいないようで。
自分に答えなど求めていないようで。

それはサスケを言いようのない不安に陥れる。

化け物が腹にいるなんて話も、自ら封印を望んだことも、全部後から。
他の奴から聞かされて。
たとえその化け物が、自分が太刀打ちできないほど強いものであっても。
ナルトの口からせめて、言って欲しかったのだ。


俺をなんだとおもってんだよ・・・。

ため息をついて空を見上げると、冷たく冴える冬の月に星が綺麗だった。



************


次の日の朝、珍しく遅刻してこなかったカカシは、
「えらいでしょ。だって、今日はまじめなお仕事だからねー。」
「ていうか当たり前。普段があんまりにもいいかげんなだけです!」
サクラにぴしゃりと言われて、そーかなーなんて呟きながら、火影屋敷に入っていく。
「屋敷の中?」
「いや、火影様に挨拶だけ。」
執務室で型どおりの挨拶をすませると、火影は後ろの壁に向かってなにやら唱える。
すると壁だったところに空洞ができ、下に伸びていく階段が現れた。

「ひとつ警告する。心して聞け。」
「はい。」
「ここから先のことについて、何一つ訊ねる事は許されておらぬ。」
「はい。」
「封印の中の者にもだ。」
「・・・はい。」
「これを破った場合、道を閉ざす。往け。」

ほとんど闇に近い階段を明かりを持って進む。
わずかな光に足元だけが照らされるなか、その階段はどこまでも続いていく。

道を閉ざす、とは。
サスケは唇をかむ。

「火影様はヒントをくれたのよ、サスケくん。」
「・・・?」
「百聞は一見に如かず、ってね。それと、向こうが勝手に喋る分については問わないってことね。」
かすかに震える声は強がりなのか、サスケは離れないように腕を組む少女に頷く。

やがて下りの階段は平地になり、時折上ったり、くねったりしながら、続いていく。
地下通路があるなんて聞いたことはなかったが、この里の事情を考えればありえない訳ではなくただ黙々と歩く。

どこをどういったものか2時間も過ぎた頃、突然外へ道が開けた。

カカシが封印を人ひとり通れるの大きさで解き、中へと足を踏み入れるなり、異様な力を感じる。
凶悪で醜悪な。ひどく禍々しい気配。

砂に赤茶けてさびれた廃墟にはひどい霧がたちこめていた。
その向こうにナルトの気配を感じ、サスケは走り出す。
「先生、今走っていったの止めなくていいんですか?」
「いいんじゃない?多分。ゆっくり行ってあげましょ。」
「・・・そうですか。・・はあ、サスケくんは情報収集には役に立たないわね。」
サクラは溜息をついた。

この気味の悪いチャクラの質とかそういうのはサスケが感覚的に覚えておけるだろう。
願わくばあの単純小僧をなんとか誘導尋問して多くのことを聞いて欲しいが、まあそれは最初からあまり期待していない。
この里の特性と、街の構造、敵の位置から水のありかまで、可能ならばできるだけの情報を手に入れたい。
一時も無駄に出来ない。

「2時間だ」
「え?」
「おまえらのチャクラじゃ、それ以上は気が狂う。」
「・・・」
「相手はほんとの化け物だからね。」
その言葉に、サクラは絶望的な賭けなのだと今更ながらに痛感する。

(私たちのやっていることなんて、無駄なのかもしれない・・・。)
気弱になったところに、大きな手がぽんと頭におかれた。
「ま、なんとかなるでしょ。」
「・・・当たり前じゃない。」
少女は、泣きそうになる自分を必死で堪えた。




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