寒い日
「おはよう諸君。今日は人生という迷い道をひとつ間違えてしまってなー」
今日も今日とてお日様が真上を過ぎる頃、相も変わらずとぼけた台詞と共に七班の担任が現れた。
午前9時集合なんて、どこの世界の話?てなカンジでまったく悪びれるそぶりも見せないのもいつもの事。
「・・・・・・」
が、彼を出迎えたのは、いつもとはまったく違う冷ややかな沈黙だった。
常ならば、
『はい嘘!』
見事な反射神経でツッコミを入れてくる少女も、
『おはようじゃないってば。もう昼だってばよ!』
ぎゃんぎゃんと至極真っ当な非難を浴びせる少年も、
『で、今日の任務は?』
不機嫌なオーラをまき散らしながら必要最低限の問いを放つ少年も、
ただただつめたーい眼差しをグサグサと投げつけてくるだけ。
無言の圧力に、さすがのカカシも少しばかり戸惑ったようで。
「どうした? いい若い者がそんなシケた顔するもんじゃないぞ」
「・・・誰のせいだと思ってんの・・・」
常ならば綺麗なソプラノを響かせるサクラの声が、今はまるで地獄の底から響くような低音だ。
それに同調するように、夜色と空色の視線が険しさを増す。
が、まったく知らぬ素振りでカカシはわざとらしく首を傾げた。
「今日は随分機嫌悪いねえ。って、おまえら顔色悪くない?」
「・・・だから、てめえのせいだと言ってるんだ・・・」
「カカシ先生のバカ・・・寒くて死にそーだってばよ・・・」
見渡せば、晴れ上がった空の下に広がるのは一面の雪景色。
一見穏やかそうな日差しとは裏腹に、吹く風はキリキリ冷たくて。
唇まで紫色になった子供達の姿に、ようやく得心いったようにカカシはぽんと手を叩いた。
「ああ成る程。いやー悪い悪い」
はっはーと、言葉とは裏腹に一向に悪びれる様子もなく白々しい笑いを見せる。
・・・憎しみで人が殺せたら・・・
三つの殺気が一斉にカカシに突き刺さったのは言うまでもない。
里に初雪がもたらされたのは昨夜遅くのこと。
一夜明けて広がった見事な銀世界に、子供達は約一名を除いて歓声を上げた。
が、それも束の間、雪なんて家の中で見るのが良いのであって、そのまっただ中にいるもんじゃないと悟るのに、さして時間はかからなかった。
集合時間なんてとっくの昔、すっかり冷え切って手足の感覚もなくなった頃に悠々と現れたカカシに対する風当たりは、超大型台風並に荒れ狂っても不思議はない。
「オレってば、おしるこ!」
「私はミルクティーね」
「緑茶」
注がれる絶対零度の視線の圧力に、否応なくカカシは近くの自販機に向かう。
しかしながら、
「あ、ちなみに熱いのと冷たいのとどっち?」
「この状況で冷たいの頼むバカがいるかーっっっ!」
いかなる状況でもボケを忘れない上忍は、やはり子供達が敵うところではなかった。
「ふわあ、生き返るってばよー」
「この一杯のために生きてるってカンジー?」
良くも悪くも子供というのは感情の起伏が激しく、切り替えも早い。
暖かい缶ジュースに頬を擦り寄せてすっかりご機嫌なナルトとサクラに、カカシは目を細める。
だが、何事も例外はあるもので。
「てめえ、缶ジュース1本で誤魔化せるんなら安い物なんて考えてるんじゃないだろうな」
緑茶の缶を握りしめつつ、底冷えのする目でずばりと核心をついてきたのは、うちはサスケ。
表情程には感情が動かないわけではないけれど、それでも他の二人に比べれば、格段に浮き沈みは少ないと言っていいだろう。(その分内に籠もってたり根深かったりするのだが)
とは言うものの、この少年にも、まるで原子炉に突っ込んだ放射能測定装置の如く、針が振りきれるんじゃないかと思うほど顕著な反応を示すアキレス腱が存在しているわけで。
当然の如くその辺りは了承済のカカシ、にんまりと人の悪い笑みを浮かべる。
「それにしても寒いなあ」
「遅れてきた分際でがたがた言うな」
「いやいや、こう寒いとぬくもりが恋しいでしょ?」
「あ?」
「ほら、寒い時は寄り添って暖をとるってのが定番だろう。特にナルトは寒がりだし?」
ちろりと、カカシはわざとらしくサスケを横目で眺める。
対するサスケはといえば、睨み殺したそうな視線はそのまま、色のなかった頬にみるみる血が上った。
『さーむーいー』
『おいこらひっつくな』
『だって寒いんだってば! いーもんサスケがダメなら・・・サクラちゃーん』
『仕方ないわねー』
『・・・ちょっと待て』
いかにもしょうがなさそうに、その実、しがみつく身体にしっかりと両手を回して。
暖を取るためなんて言い訳しながら、カカシがやって来る直前までナルトの温もりをじっくり堪能していた事実、一体どうやったかは知らないがきっちりチェックされていたらしい。
「とゆーわけで、ほんっとーに、もっと早く来た方がよかった?」
返事の代わりに飛んできたクナイを、カカシはあっさり躱した。
「おまえね、無言で行動に訴える癖どうにかしたら? そんなんじゃ色々見込み薄いぞ」
「黙れ!」
図星を刺されると人は怒り狂うとの定説通り、サスケの怒りのオーラはそりゃあもう猛り狂っている。
幾度かわしても次々繰り出されてくるクナイに、カカシもさすがに辟易してきたようだ。
「そんだけ武器仕込んでるのは、誉めてやってもいいんだけどねえ」
さて、どの辺で一段落させようかとしばし思案していると、
「あーっ、二人で遊んでるなんてずるいってば!」
甲高い声が聞こえてきた瞬間ぴたっとサスケの動きが止まり、カカシはやれやれと肩を竦めたのだった。
「何して遊んでるんだってばよ?」
わくわくと好奇心丸出しのナルトに、サクラが嗜めるような表情を向ける。
「何馬鹿言ってんの。先生はともかく、サスケ君がこんな状況で遊んでるわけないでしょ」
サクラの意見は正しい。
カカシはいざ知らず、サスケは100%本気だ。
本気で殺る気に満ちている。
「それじゃサスケってば一人だけ修行つけてもらってんのー?! ずるいずるいずるいってばっっっ」
しかしながら、その場の雰囲気を読んで状況を正しく推察するなんて高等技術、単純なお子様に使える筈もない。
サクラの言葉を額面通り受け取ったナルトは、おしるこの缶を握りしめたままサスケに詰め寄った。
「修行じゃねえ」
「じゃあなんだってばよ」
むうっと睨み付けてくる視線にサスケがたじろぐ。
まさか、カカシに痛いところを突かれた挙げ句の報復行動なんて、言えるわけがない。
何より、大きな目で上目遣いに見上げるなんてサスケ専用おいろけの術を発動されてしまっては、畜生持ち帰りてえ、という衝動を抑えるので精一杯だ。
「気にしなくていいのよ、ナルト。フラストレーションが溜ったネズミと同じような物なんだから」
「ふ、ふらすと???」
「フラストレーションが溜ったネズミは暴力行動を頻繁に起こすようになるってアカデミーで習ったでしょ。それと同じ」
「ぼーりょくこーどー?」
「・・・簡単に言えば、苛々して怒りっぽくなって、すぐ周りに当たり散らすってこと」
「なんだ、そっかあ。もーサクラちゃんてば、最初からそう言ってってばよー」
「おい、サクラ・・・」
黙って聞いてればさんざんな言われように、ただでさえ不機嫌そうなサスケの目つきはますます剣呑になる。
小さい子供なら裸足で逃げ出しそうなそれにまったく怯む様子も見せず、サクラは反対にふふんと胸を反らした。
(あーら、じゃあ本当のこと言っちゃっていいのかしらあ?)
余裕に満ちた態度が雄弁に伝えるメッセージを正しく受け取って、サスケは開きかけた口を閉じる。
悔しげに拳を握る少年に更に追い打ちをかけるように、カカシが口を挟んだ。
「そーそー。つまりオレは、サスケのストレスの捌け口にされてるわけ。うう、オレって可哀想」
「先生は自業自得」
きっぱりはっきり間髪入れず言い切ったサクラに、カカシはがっくりと肩を落とす。
「サスケ、ストレスたまってるんだってば? 忍者は常に感情をセイギョできなきゃいけないなんて言ってるくせにー」
おまえに言われたくない。
そう思いつつも、下手に言い返せば途端に口の立つ外野から倍になって返ってきそうで、サスケはむっつりと黙り込んだ。
「サスケってば軟弱ー!」
「うるせえ、ドベ」
いつもの悪態にも力がなく、ナルトは鬼の首を取ったかのように機嫌良く笑う。
「しょうがないから分けてやるってばよ」
ほら、と手の中の物を差し出して、
「イライラしてる時は甘い物食べるといいって、イルカ先生が言ってたってば」
途端、硬直してしまったサスケの様子なんてまったく気付く様子もなく、どーだ!とばかりに胸を張る。
この場合食べるじゃなくて飲むだろ、とか、ドベがよくそんなこと覚えてたな、なんてどうでもいい考えが、サスケの真っ白な頭の中に浮かんでは消えた。
元来サスケは甘い物をまったく好まない。
特にあずきを使った和菓子類など、見るだけで歯が浮きそうになる。
幼い頃、鏡開きに出されたぜんざいなんか、餅だけ食べて後は捨ててしまったくらいの筋金入りだ。
だがしかし。
目の前に差し出された口の開いたおしるこの缶。
ナルトの飲みかけの。
・・・これはひょっとして。
(間接・・・になるんじゃねえか?!)
「いらねーの?」
どのぐらい固まっていたものか。
いい加減焦れた様子で、ナルトが口を尖らせる。
不満そうな表情には、ちょっぴり傷ついたような色が見え隠れして、サスケははっと我に返った。
「いや・・・」
ごくりと喉が鳴るのを気付かれないように、缶を受け取ろうとしたその時。
「あら、サスケ君って甘い物嫌いじゃなかった?」
「え、そうだったんだってば?」
実にいいタイミングで飛び出した発言に、ナルトの手が止まった。
「私のデータに間違いはないわよ」
自信たっぷりに断言するサクラの後ろに尖った尻尾が見えたのは、見間違いじゃないとサスケは思う。
ぎっと睨み付けると、動じた様子もなくサクラは鮮やかに笑った。
(・・・絶対わざとだ)
となると、もう一人の人物が尻馬に乗らないわけもなく。
「じゃあ、先生に分けてくれる? さっきから身も心も冷え切っちゃって、寒くてしょうがないんだよねえ」
「せんせー、それは自分のせいだってばよ?」
辛辣な台詞を吐きつつも根が素直なナルトのこと、そのままカカシに缶を渡そうとして・・・その手は途中で阻まれた。
「サスケ?」
缶を持った右手を掴まれて、ナルトは首を傾げる。
構わずに、サスケはナルトの手からおしるこの缶を奪い取った。
大きく息を吸い込んで、そのまま自分の口元に持っていき、
・・・数秒の沈黙。
「ごちそーさん」
「あーっっっっ、サスケ! おまえってば全部飲んだろ!」
サスケの喉がごくりごくりと動くのを呆然と見ていたナルトが、我に返って喚き出す。
殆ど息を止めて一気に飲み込んだせいか、多少荒い息を吐きながら、それでもサスケは平然と答えた。
「おまえが分けてやるつったんだろうが」
「ふつー、一口だろ、一口!」
まだ半分以上残ってたのに、と、ナルトは空っぽの缶を恨めし気に見つめる。
本気でむくれている様子に、サスケはもう片方の手に持った缶を差し出した。
「じゃあオレの緑茶飲むか。あんま残ってねえけど」
「甘くないからヤだ」
「贅沢な奴だな」
「おまえが言うなってば!」
「あーあ、また始まった」
毎度お馴染みの言い合いから少し距離を置いて、サクラとカカシはこそこそと囁き合う。
「しかしサスケも思い切った事を。おしるこ一気飲みなんて、相当な甘党だってしないだろうがなあ」
「一滴でも残したら先生か私に取られるとでも思ったんでしょ。ホント心が狭いわよね」
「愛の為せる技ってヤツかねえ」
「・・・分かっちゃいるけど、ムカツクわ・・・」
実の所、囁きと言うほど小声の会話ではないのだが、お互い目の前の相手に集中し切っている少年達に聞こえる筈もなく。
「・・・ったく、しょうがねえな」
際限なく続くかと思われていた口論は、ようやく落ち着いてきたようだ。
「分かった。奢ってやればいいんだろうが」
いかにも仕方なさそうに、しかし見る者が見れば、最初から狙っていただろうとツッコミ所満載のしたり顔で、サスケが宣った。
が、すぐに飛びつくかと思われたお子様は、意に反して撃たれたように黙り込んだ。
大きな瞳を更に大きくして、信じられない物を見るかのようにサスケを見る。
「・・・何だよ」
「だってだって、サスケがそんな事言うなんてすっげーオドロキだってばよ。どーりで雪が降るわけだってば」
「・・・そうか、奢らなくていいんだな」
「わーウソウソウソ! さっすがサスケ、いいヤツだってばよ!」
「ったく調子のいい奴だな。それじゃ行くか」
「って任務は?」
「どうせこの雪じゃ任務も演習も無理だろ」
おいおい、おまえが決めるな。
思わずカカシが心の中で突っ込むが、あっさりナルトは頷いた。
「あ、そっかー。じゃあさ、一楽のラーメンがいい」
「ジュース一口でラーメンなんて、いくらなんでも暴利じゃねえか?」
「一口じゃないもん。半分以上残ってたってばよ。それにこーゆー時には、えーと何て言ったっけ、・・・そうそう、ばいがえしが基本なんだってば」
「倍返しの意味を言ってみろ」
「えーと?」
「・・・まあいい。行くぞ」
「うん! 先生、サクラちゃん、ばいばーい」
いやだからまだ解散命令も何もかけてないんですが。
仮にも忍びたる者、上司の言葉はちゃんと聞きましょう。
なんて言葉は、既に口に出す気力もない。
「・・・はいはい」
「・・・また明日ね」
肩を並べて去って行く後ろ姿を見送って、上忍と少女は同時に疲れたようなため息を吐いた。
「どうでもいいけど」
構成員4名中2名に抜けられては班の体裁が成り立たないし、この雪ではにっちもさっちも行かないというのは事実だったりするわけで、とりえあず残りのメンバーも解散という事になったのだけれど。
2本目の紅茶を両手に持って、サクラは苦笑した。
「サスケ君たら、おしるこの缶きっちり持って帰ったわね」
「神棚にでも飾るんじゃない?」
「それ、シャレにならない・・・。あーもう、一生やってればいいんだわ!」
しゃーんなろーと叫ぶサクラを宥めつつ、カカシは缶コーヒーを口に運ぶ。
あの二人、というよりサスケに関する限り、一生というのは誇張でも何でもないだろうと思いながら。
7班で一番立場が弱いのはサスケだろうと、さよと見解の一致をみまして。なら、そういう話を書いてみようかと思ったのですが。
結局サスケ、そこはかとなく報われてるあたり、私はまっとうなサスケスキーだったらしい(笑)。
さよが書いたらサスケがまったく報われない話になっただろうなあ。
しかし、ぎゅうやちゅうどころか、手すら握ってない話って随分久しぶりに書いた気がする。
ジュースの飲みまわしなんて小さい頃は誰とでもよくやってたけどなー、そーゆーこと考えてる奴がいたら嫌だったろう、うん。(さよ)