コドモのケンカ?







 日課はそうそう変えるもんじゃない。
 その瞬間、カカシはしみじみとそう考えた。
 久しぶりの休日、いつもの如く昼過ぎまで惰眠を貪って目覚めてみれば、外は雲一つない快晴で。
 あまりにも見事な青空だったから、たまには健康的に散歩もいいかななんて、うっかり外に出てみたのが運の尽き。
 「こんの、バカサスケー!!」
 「相変わらずボキャブラリー少ねえな、ウスラトンカチ」
 気の向くままふらりふらりと歩き回るうちに、ふと前方から聞こえてきたのは、あまりにも聞き慣れた掛け合いだった。
 その声の持ち主達なんて、今更確かめるまでもなく。
 非常に目立つ黒髪と金髪の取り合わせが、声高に争っているのを遠目に眺めて、
 (下手に首を突っ込んでも、あてられるだけだし)
 滅多にない休日にまでそんな目に遭うことはなかろうと、踵を返そうとしたその時。
 「あら、カカシ先生じゃない」
 後ろから襟首をひっつかむようにかけられた、澄んだ声。
 口論中の彼らの傍らで所在なげに佇んでいたサクラが、にこりと笑って手を振った。
 三人一緒ということは、皆で修行でもした帰りだろうか。
 チームワークがよろしくて結構な事、とは今現在の状況を鑑みるに断言してよいものかどうか些か躊躇われるけれども。
 「先生、お散歩?」
 一見柔らかな口調でサクラが問いかけてくる。が。
 妙に底光りする瞳が、ひたとカカシを見据えている。
 (逃がさないわよ)
 内なる声を聞きとって、カカシは、はあとため息を一つ吐いた。
 「・・・やあ、おまえら。相変わらず賑やかだねえ」
 「あ、カカシ先生」
 「・・・・・」
 片方は嬉しそうにぱあっと顔を輝かせ、片方はヤなもん見たと言いたげにむうっと顔を顰めて。
 (やっぱ、いつも通りイチャパラでも読んでりゃよかったなあ)
 対照的な表情で振り返るナルトとサスケに、カカシは乾いた笑みを浮かべた。




 「サスケが、オレのジュース横取りしたんだってば!」
 「おまえの方がオレに寄越したんだろうが」
 「ちょっと持っててって、言っただけだってばよっ」
 「ちょっとじゃねーぞ。ずっとオレに持たせてたくせして、何言ってやがる」
 「だって、サクラちゃんがくれたお菓子食べてたんだから、しょうがないだろ!」
 「その間持っててやったんだから、一口くらい飲んだっていいじゃねーか」
 ああ、低レベル。
 カカシは救いを求めるように傍らのサクラに目をやったが、当の少女は無表情に肩を竦めるだけ。
 いつもであれば、この二人のしょうもない争いに関しては、仲裁するか楽しげに茶々を入れるか方法は様々にせよ、どうにかその場を収める技を持つサクラであるが、今回に限ってはさすがに馬鹿馬鹿しくて口を挟む気にもなれないらしい。
 かと言って一人で眺めているのも空しいので、うっかり通りがかった上司を引きずり込んだというわけか。
 実際、サスケとナルトの喧嘩なんて日常茶飯事、ない方がむしろ雨でも降るんじゃないかと思ってしまうくらいだ。
 アカデミー時代からそうだったらしいが、スリーマンセルを組んで以来、顔を合わせる頻度が高くなったせいか、日を追うにつれ激しくなるばかり。
 しかしこの二人、嫌い合っているのかといえば決してそんな事はなく、むしろまったく話は逆で。
 お互い気になって気になってどうしようもないから、つい突っかかってしまうなんて事は、傍から見てれば嫌になるくらい明らかだった。
 どうでもいいけど、たまには静かに仕事したいし。
 いっそきっちりくっついちゃえば、二人とも落ち着くんじゃないでしょーか。
 いい加減辟易してきたサクラとカカシが色々と画策し、すったもんだした挙げ句、どうにかこうにか一組のカップルが誕生したわけなのだが。
 「サスケのばかばかばかばか!もひとつおまけに大バカヤロー!」
 「馬鹿って言う奴の方が馬鹿って知らないのか、ドベ」
 治まるどころかますますひどくなって来た感さえする、相変わらずの言い争い。
 本日はとりわけ脱力を誘う事甚だしい。
 (これは放っとくしかないでしょ)
 そんな思いを込めて、サクラを見遣れば、
 (そうしたいのは山々だけど、往来でこれ以上エスカレートしたらどうすんの)
 ばっちりのアイコンタクトで返ってきた答えに納得せざるを得ず、カカシは嘆息する。
 ちなみにこの場合のエスカレートとは、殴り合い云々なんて事態では決してなく。
 どれだけいがみ合ってるように見えたって、所詮好き同士である二人の事、痴話喧嘩の挙げ句どんな仲直りの方法を取るかなんて、詳しくは言いたくもないけれど。
 とても公衆の面前で公開できるシロモノじゃない。
 それが、否応なくその一端を垣間見せられた経験を持つ者達の共通認識だった。



 
 「ドロボーはウソツキの始まりなんだぞ!」
 いや、それ何か違うし。
 もう何でもいいから、早く終わってくれないかなあ。
 傍観者に徹するしかない少女と大人のそんな祈りは、当分聞き届けられそうにない。
 「いつまでもしつこいぞ、ドベ。大体、飲んだ分は返してやっただろうが」
 「そ、その返し方が問題なんだってばっ」
 飽きもせずハイテンションの応酬が続く中、何だか微妙な新展開に、カカシはおやと眉を上げる。
 淡々と、かつ速攻で切り返すサスケの、憎らしいほどの無表情っぷりは相変わらずだが、対するナルトの方はと言えば。
 よくも悪くも感情丸出しの幼い顔は、今はゆでだこのようにまっかっか。
 興奮のためもあるのだろうが、むしろ、どこか恥じらっているような雰囲気も感じられて。
 何だかなあと思っていると、その気配を察したのか、サクラがそうっと声を出さずに唇だけ動かした。
 (く・ち・う・つ・し)




 「返せ戻せ、オレのジュース!」
 憤然と食ってかかる金髪の少年。
 それに対峙する黒髪の少年は、憮然とした表情を崩しもせず、無言のままで。
 「聞いてんのかってば!」
 癇癪が爆発する直前に、黒髪の少年は金髪の少年の腕を掴み、慣れた仕草で引き寄せて。
 「・・・ちょ、サスケ・・・んーっっっ」
 深く重ねられた唇に、瞬間逃げだそうとした身体はすぐに力を失って、きゅっと相手の服の裾を掴むだけ。
 やがて、白い喉が何かを飲み込むようにこくりと動く。
 ようやく唇を離すと、勝ち誇ったような黒い瞳が笑った。
 「ほら、返してやったぞ」



 
 (いかん、幻覚が)
 突如浮かんだ脱力度百%の幻に、カカシは軽く頭を振った。
 しかしおそらくほぼ確実に、実際起きた光景そのままなんだろうなあと、嫌な確信を持ってしまう。
 まったく、犬も喰わないどころか跨いで通るとはこの事だ。
 これは早々に収まり所を見つける必要があるかもなんて、らしくもなく思案を始めるが、そんな上司の心情など子供達が忖度する筈もなく。
 「人がいる所であんな事すんなって、いつも言ってるだろ!」
 「いなきゃいいのかよ」
 「二人っきりの時にイヤって言った事ないってば・・・って、そーゆー問題じゃなくて!」
 「じゃあ、どういう問題だ?」
 「・・・おまえってば、ほんっとサイテー!この根性悪!どすけべ!」
 「何だ、今更気付いたのか。ウスラトンカチ」
 さらりと。
 あまりにもあっさりと言われたものだから、ナルトは一瞬怒るのも忘れたかのように、ぽかんと口を開けた。
 勿論、その隙を見逃すようなサスケではない。
 「せっかく気付いてもらえたんだ。ご期待に添ってやろうじゃねえか」
 今後きっちり忘れないように。
 囁いて、サスケは世にも楽しそうな笑みを浮かべた。
 非常に珍しいそれは正にレアもの、写真にでもしたら里の少女達に高値で売れるだろう。
 が、実際目の当たりにした者からすれば、ひたすら寒いモノを感じさせる笑みで。
 まして、それを直接向けられたナルトは。
 「サ、サスケ?」
 思わず一歩退いてしまったが、その分の距離はたちまちに埋められてしまう。
 笑みを保ったまま、サスケは逃げ腰のナルトの肩を掴んだ。
 おもむろに細い首の後ろに手を回し、金髪の感触を楽しむかのようにひと撫でして。
 そして。




 (あー、やっちゃった〜)
 とりあえず、カカシはあさっての方向に視線を逸らした。
 といっても、多少の体格差を利用したサスケがナルトをすっぽりと抱き込んだ上、ご丁寧にこちらに背を向けて事に及んでいるため、直接見えるわけではない。
 なけなしの羞恥心によるのか、はたまた、最中のナルトの表情を他人に見せてたまるかという狭い心の為せる技なのか、考えるまでもなく解答は明らかだ。
 (だったら、こんなトコで始めなくてもいいでしょーに)
 てゆーか、道の真ん中で部下同士のキスシーン拝まなきゃいけないってどうよ。
 見せつけたいのは別にいいんだけどもさあ、と、カカシはぽりぽりと頭を掻いた。
 そうこうしているうちに、事態はいよいよ佳境にさしかかっているようで。
 最初のうちこそジタバタ暴れていたナルトの身体は、次第に大人しくなっていく。
 「んっ・・・・・」
 鼻に抜けるような甘い息が漏れ始め、やがて小さな手が縋るようにサスケの背中にしがみついて。
 「はいっ、そこまで!」
 キレのいい声が飛んだのはその瞬間。
 叫びざまサクラはつかつかと歩み寄ると、ナルトの襟首を掴んでぺりっとサスケからひっぺ剥がした。
 「あんた達の頭の中には、時と場合と羞恥心って単語はないわけ?!」
 この場合、敢えて無視して何処かに蹴っ飛ばしているのがサスケ、存在はしているのだろうが有耶無耶のうちに目眩ましされてしまっているのがナルトというところか。
 「ふえ?サクラちゃん?」
 突然の事に、ナルトは慌てたように振り返ろうとしたけれど。
 その表情はぼうっとしていて、まるでたった今夢から覚めたばかりのよう。
 しかも、すっかり全身から力が抜けきっていたものだから。
 「あ、あれ?」
 「ちょっと、ナルトっ」
 振り向きかけた体勢で見事にバランスを崩してしまい、ナルトの身体がサクラに向かって倒れ込んできた。
 いかに小柄で体重も軽いとはいえ、少年一人分の重みをサクラが支えられるはずもない。
 「おっとっと」
 危うく共倒れになる所を、間一髪、カカシが受け止めて。
 「大丈夫か、おまえら」
 腕の中の子供二人に声をかけた・・・つもりだったが。
 「ありがと、先生」
 言いながらやれやれといった様子で身を起こしたのは、サクラ一人。
 という事は。
 「ほら、しゃんとしろよ」
 「・・・びっくりしたあ」
 倒れかかるナルトをがっちりと抱きとめたサスケの腕は、当然のようにその腰に回されていて。
 まだ些かほやっとした表情のナルトは、それでもぎゅうっとサスケにしがみついている。
 (おみごと)
 腐っても上忍、しかも暗部の精鋭だった人間に気配すら感じさせず目標をゲットしていくとは。
 単に恋のパワーは偉大だと言っていいものか、それともただならぬ執着心&独占欲の前には不可能なんてないのか。
 どちらにしても。
 (いやあ、成長したもんだ)
 しみじみと思っているあたり、カカシにもセンセイとしての自覚の欠片くらいはあったらしい。
 「これくらいで腰砕けてんのか」
 意地悪な口調に、どこかに彷徨ってたらしいナルトの理性やら良識やらが戻ってきたようで、青い瞳がさっと強い光を取り戻すと、サスケを睨み付けた。
 「お、おまえが悪いんだってばっ。つーか、また人前でキスしやがって!」
 「・・・ああ、何だ」
 ナルトの言葉に、サスケは初めて気付いたように視線を向けた。
 (まだ居やがったのか)
 一見、何の感情もなさげなその瞳の色が意味する所は、実に分かりやすい。
 (この場合、おまえらの方こそここから居なくなってくれるのが、世のため人のためってもんでしょ)
 カカシの心の声が聞こえていたなら、渦中の少年達からはあんたに言われたくないと即座に返されていただろうが、傍観者の少女からは全面的な賛同が得られていたに違いない。
 「おまえら、もう、カ・エ・レv」
 にこやかな笑みと口調の中に有無を言わさぬ凄みをそこはかとなく感じさせる上忍ならではの技に、さすがの少年達もぴたっと口論をやめた。
 が、一瞬顔を見合わせた後、同時にカカシを振り仰いだその表情は、服従の色からは程遠く。
 「だって、まだ修行の途中だってばよ?」
 「いくら上司でも、任務外の時間に特段の理由もなく自発的行動を妨げる権限があんのか」
 「ジハツテキコードー?」
 「暇な時間に何してようと、特に差し障りがなきゃかまわねーだろって事だ」
 「あ、そっか。うん、サスケの言うとおりだってばよ」
 いや、差し障りはあると思うのですが。そちらにはなくてもこちらには十分に。
 というか、喧嘩中でもやっぱり仲がよろしいことで。あれを喧嘩と言えるかは別として。
 なんて今更な事を並べ立てるような空しい真似をする気は、さらさらない。
 肩を竦めるカカシをちらっと見遣って、サクラが口を開いた。
 「私は、今日はもうやめとくわ。続けるんなら二人でどうぞ」
 ただし、もっと人気のない所でね。
 さらりと付け加えたサクラに、ナルトは不満そうに唇を尖らせる。
 「サクラちゃん、もう帰っちゃうってば?」
 「女の子をそう引き留めるもんじゃないぞ。ま、なーんにも邪魔の入らない所で、喧嘩でも修行でも思う存分やれ?」
 それ以外の事もやっちゃったりするかもしれないけど。
 そこまでは関知しません。是非ともしたくない。
 「分かった。そうする」
 ナルトはともかくサスケの方は、サクラとカカシの含みだらけの発言を正しく理解したらしい。
 あっさり頷くと、ナルトの襟首を捕まえてさっさと踵を返した。
 「ほら行くぞ、ウスラトンカチ」
 「その呼び方、いい加減やめろってば! おまえこそワンパターンだぞ!」
 「後で聞いてやるから、とっとと歩け」
 「だから首引っ張るなー!!」
 ずるずると引っ張られて行きながら、辛うじてナルトは顔をこちらに向けると、バイバイと手を振った。
 カカシとサクラもそれに応えて小さく手を振り返す。
 安堵感を表情に出さないよう、十分に気を配りながら。




 「ああ、くたびれた」
 「お疲れさん」
 解放感に浸りつつ大きく伸びをするサクラに、カカシはねぎらいの言葉を口にする。
 「先生ったら、もうちょっと早目に止めてくれるかと思ってたのに」
 「サクラこそ、止めようと思えばオレが来る前にでも止められたでしょ」
 ふ、と二人は同時に笑みを浮かべた。
 「だって、ねえ?」
 「まあね」
 バカップルの痴話喧嘩なんて、毎日毎日見せられてはいい加減辟易してくるし、余計な精神力を剥ぎ取られる事甚だしいし、実に割の合わない話なのだが。
 それでも、積極的に止める気にはなれないのだ。
 いくら忍びの里とは言え、まったく係累を持たない子供なんて、そうざらにいるものじゃない。
 誰にも甘えることを許されなかった子供と甘えることを自分に許さなかった子供が、お互いを見つけて。
 言いたい放題言い合って、やりたい放題やり合って、どれだけ派手な喧嘩をしたって、それでも。
 こいつなら許せる。許してくれる。
 絶対の信頼と幾ばくかの甘えと、そんな無防備な感情を寄せ合える相手。いる筈もないから探そうとさえ思わなかった存在を、奇跡のように手に入れた。
 それを邪魔するほど冷血漢でも悪趣味でもない。
 そんな事したって馬鹿を見るだけなんてこと、嫌になる程分かり切ってもいるわけで。
 ここはひとつ、あたたかーく見守ってあげましょうという覚悟くらい、きっちり出来てはいるのだけれど。
 「・・・けど、やっぱり、公序良俗くらい守ってもらわなきゃなー」
 「先生がそれを言う?」
 「わ、ひど」
 サクラの言葉に大げさに傷ついた振りをしながら、カカシは子供達が立ち去った方向を見遣る。 
 そろそろ茜がかってきた空の下、小さな背中はもうどこにも見えなかったけれど。






 「おまえが変な事ばっかするから、サクラちゃん怒っちゃったんだってばよ」
 「お互い様だろ」
 「お互い様じゃないってば! 最初から最後までおまえのせいじゃんか!」
 「逃げなかったおまえも同罪」
 夕暮れ道、相も変わらず言い合いを続ける二つの影。
 がっくりと、小柄な影が肩を落として、どうやらため息でも吐いてる模様。
 「何でオレってば、こんな性格悪い奴と付き合ってんだってばよ・・・」
 「そりゃ、おまえの趣味が悪いからだろ」
 「自分で言う? つーか開き直るなってば!」
 「オレだって、おまえみたいなウスラトンカチに惚れてんだから、おあいこだ」
 「ほ、惚れてるって、サ、サ、サ、サスケ?!」
 「知らなかったなんて言わせねえぞ」
 二つの影がふと立ち止まり。
 黒い頭がほんの少しだけ身を屈めて、金色の頭と重なった。
 幾許かの沈黙の後。
 「・・・バカサスケ」
 「ウスラトンカチ」
 零れ落ちて来たのは、やっぱり憎まれ口だったけれど。
 吐息のかかる距離で交わされる言葉は、ひどく柔らかい響きを帯びている。
 やがて、どちらからともなくクスクスと笑い出して。
 「お互い様だな?」
 「・・・そーゆーことにしといてやるってばよ」
 そしてまた、静寂が訪れる。
 
 







 笑うサスケって不気味。と、さよに言われたけど、そこは怖がる所なのでノープロブレムです。 
 てか、単なる痴話喧嘩話の筈だったのに、何でこんなにちゅーばかりしてるんでしょう、こいつら。
 サスケさん吹っ切れ過ぎのような気もしますが、原作の反動と思ってください。こーゆー時こそ妄想力フル活動させんとやってられません(苦笑)。 (あゆりん)

サスケのくせにナマイキだー!えらそう。でも嫌いじゃないよ。(さよ)




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