やっぱりおしゃべりには、お茶とお菓子は必須アイテム。
どうせあの子の家にはお客様用カップなんてあるわけないから、景気よくカップ一式プレゼント。
ティーポットからきっちり煎れるなんて面倒な事も嫌いだろうからティーバックも付けて、勿論お気に入りのケーキ屋さんでしこたま兵糧を確保する事も忘れない。
ダイエットが気にならないわけじゃないけど、それでも。
オンナノコとして初めてのお茶会、せいぜい豪勢にしてやるのが心意気ってもんでしょう。
「と言っても、一度に持ってくとなると、かなりキツイわね」
腕にずっしり食い込む重さに、サクラは思わず呟いた。
右肩に下げたスポーツバッグと、両手に一つずつの紙袋。
どちらも中身はみっしりと詰まっている。
下忍になってから随分と体力がついたと言っても、これは結構堪える。
重さそのものもだが、ケーキやらカップやら持ち運び注意の品が多いため、余計な気を使うのだ。
「やっぱりナルトんち行ってから一緒に買い物行くべきだったかなあ。でもどうせなら驚かせたいわよねえ」
ぶつぶつ言いながら歩き続けるサクラを、黒い影が遮った。
唐突な出現に足を止めるも、慌てず騒がず、サクラは影に向かってにっこりと笑いかける。
「あら、サスケ君」
(ナーイスタイミング!)
ぐっと親指を立てる内なる己を微塵も感じさせない晴れやかな笑顔を向けられた相手は、だがしかし。
「・・・・ああ」
素っ気ない返事を仏頂面のオプション付きで返すだけ。
(いつもの無愛想なんかじゃなくって、本当に機嫌が悪そうね)
サスケはその整い過ぎた外見と少な過ぎる口数のせいで、四六時中不機嫌そうな印象があるが、実は意外とそうでもない。
感情の振幅が少ないから、滅多な事ではあからさまに怒りを顕わしたりしないのだ。
けれど、ある条件においてのみ、その彼が驚く程素のままの感情を見せることがある。
その条件というのが、同じくスリーマンセルを組んでいるもう一人の仲間なもんだから、サクラがそうしたサスケに遭遇する確率はかなりなもので。
そういうわけで今現在、恐らくサクラはサスケの感情を読み取るという点では、里随一を誇るだろう。
おかげで彼を諦める決心が否応なくついてしまったという、有り難いんだかそうでないんだかよく分からない副産物があったりする。
そのサクラの目から見ると、今日のうちはサスケは明らかに機嫌が悪い。
しかもその不機嫌は、微妙にサクラの方も向いてるっぽい。
大抵の場合、正負どちらにせよ、サスケの感情が向けられるのはたった一人だけなのに珍しい。
剣呑な視線に怯む事なく、サクラはのんびりと考えた。
(まあ、結局の原因はあの子に決まってるんだけど)
現在の時刻、お天気、サスケがやって来たと思われる方向、更にはサクラ自身のこれからの予定。諸々の条件からとある結論を導く事は、嫌になるくらい簡単だ。
「サスケ君、ナルトにふられちゃったのね」
途端にサスケの眉間の皺が深くなり、サクラは自分が正解を引き当てたのを知った。
「・・・・別にふられたわけじゃない」
たっぷり数十秒の沈黙の後、サスケはようやく言葉を絞り出す。
「修行に誘ったら用事があると言われただけだ」
「修行、ねえ」
こんないい天気の休日に好きな女の子を誘うには、無骨に過ぎる台詞ではある。
けれどあらゆる意味で女の子という範疇に括り切れないナルト相手には、おそらく現時点ではかなり有効だ。
が、それはナルトに何も予定がない場合の話で。
「ごめんね、サスケ君。今日は私がナルトをひとりじめさせてもらう事になってるの」
「先に約束してたんじゃしょうがない」
これっぽっちも悪いと思っていない表情で宣うサクラに、サスケもむっつりした表情で答える。
理性では納得していても、感情としては当然面白くないらしいが、それでもゴリ押しする気はないようだ。
意外と律儀なナルトのこと、余程の事がない限り先約を断るなんてできるわけもない。
ましてそれが大好きなサクラ相手だったら余計に。
サスケとしてはひどく面白くないだろうが、そんな事でナルトを困らせるのは本意ではないし、これ見よがしに拗ねてみせるには高すぎるプライドが邪魔をする。
気の毒にと思わないでもないが、同情しようという気はサクラにはまったくない。
「悪いけど、早い者勝ちの世の中だもんね。こういう事だけに限らないけど」
さりげなく意味ありげな視線を向けてみれば、何か思うところがあったのか、サスケは見返す事なく目を逸らした。
「それ、あいつんちに持って行くんだろ。貸せよ」
「ありがと」
敢えてそれ以上追求せずに、サクラは手にした紙袋を二つとも渡す。
元々最初に見かけた時から荷物持ちをしてもらうつもりだったし、渡りに船ではあるのだが、とりあえず釘をひとつ。
「でも、仲間には入れてあげないわよ。今日は女の子だけでおしゃべりするんだからね」
「・・・・分かってる」
ますます眉間に皺を寄せながらサスケは頷いた。
軽々と荷物を持ち上げて歩き出すその表情は、これ以上ないくらいの仏頂面だけれども。
(あーあ、もう一度ナルトに会う口実が出来たからって、そんなに嬉しいかな)
妙に軽い足取りのサスケを追いながら、サクラは心の中で舌を出した。
一歩前を歩く団扇のマーク。
おそらくサスケとしてはかなり加減をしているのだろうが、やはり男女の歩調の差はいかんともしがたい。
声をかけるか、少しだけ足を速めるかすれば並んで歩けるだろうがそうせずに、サクラはサスケの背中を見ながら歩いている。
少し前、彼に恋心をガンガンぶつけていた頃のサクラだったらこれだけでも有頂天、あるいは何とか話のひとつもしようとやたらと話しかけてはうざがられる事になっていたかもしれない。
時折すれ違う少女達の痛い程の視線も、あの頃なら心地よかっただろうけれど。
(他の誰かを死ぬ程好きな相手の事なんか、とっとと見限った方が身のためよ)
遠慮なしに嫉妬と羨望の眼差しをぶつけてくる彼女達に、元同類として哀れみすら感じてしまう。
「おい」
振り返ったサスケが声をかけてくる。
「えらく大荷物だが、何が入ってるんだ」
「ティーセットが一式。あとついでに家で余ってた食器類も持って来ちゃった。で、こっちは食べ物。ラーメンじゃないから安心してよ」
「単に家の中で喋るだけだろ? 何でそんなにいるんだ?」
「女の子のお茶会には必需品なの! ナルトの家って、ほんっとに何もないんだもの。コップと茶碗とドンブリが一つずつっきゃないなんて、冗談じゃないわ。これからばんばん遊びに行く予定なのに」
握りこぶしを作って力説するサクラに、サスケが何とも言えない顔をする。
オレだってナルトの家に上がった事なんか数える程しかないのに面白くない。だけど今のナルトには同性のサクラの協力と理解が不可欠だし、第一サクラの訪問なんかいつだって何度だって飛び上がって喜んじまうんだろ。畜生、あのウスラトンカチ。
(分かりやす過ぎだわよ、サスケ君)
一見むすっと黙り込んでるだけでも、サクラにかかればその奥の葛藤なんか手に取るように分かってしまう。
何しろ内なる己の扱いかけては、サクラの方に一日の長があるのだから。
しかし、しばしの沈黙の後、サスケが妙に改まった様子で口を開いた。
「・・・・あいつの事、頼む。多分、オレよりおまえの方が、今のあいつには役に立つ」
少しばかり不本意そうに、けれどひどく真剣に、軽く頭を下げる事さえしてみせるサスケに、サクラは目を見張った。
サスケの性格からして、誰かに頼み事をするなんて集合時刻を守るカカシくらい稀な事に違いない。
それでもあの子の為ならば、山より高いプライドも妥協の余地はあるようで。
本当なら、何があろうと人任せになんてしたくないのだろうけど、これまでのアイデンティティをひっくり返されて突然女の子として生活しなければならなくなったナルトの心理的負担は、きっととてつもなく大きいから。
自分のプライドなんて些細な事より、大事な大事なあの子の為に、一番いいと思える事を最優先させる。
口で言うのは簡単だけど、これまでのサスケを知る者には想像もできない変わりようだ。
(ナルト、あんたってすごいわ)
掛け値無しにそう思う。
そんなあの子が誇らしいとも思う。
それでもまだ、ほんの少し悔しい気がするのも確かだけれども。
「よかったわね、サスケ君」
「何が」
「ナルトが女の子で」
さりげなく話しかけてみれば、サスケの足がぴたっと止まった。
向けられる殆ど睨むような眼差しを、サクラは正面から受け止める。
「そんな怖い顔しないでよ。サスケ君が誰を見てるかなんて、私が知らないとでも思ってたの?」
からかうような口調に、サスケはムッと唇を引き結んで視線を逸らす。
そのまま歩き始めるサスケをサクラは小走りに追いかけて、今度はその横に並んだ。
ちらりと覗き込めば、怒っているというよりどこか困ったような横顔。
見つめ続けていると、サスケはやがて諦めたようにため息を吐いた。
「確かに、その方がオレには都合がいいんだろうな。でも、そんなのはどうでもいい」
言葉を探すようにしばし考えて、
「おまえ、あいつの泣いた顔、見たことあるか?」
「・・・・そういえば、ないわね」
サクラの知っているナルトは、いつもがむしゃらで負けん気ばかり強くて。
何があっても下を向くことはなく、涙なんか流す暇があったら歯を食いしばって前を見る、みとれるくらいに芯の強い子供。
サスケは、何かを思い出すように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「あいつのあんな顔見るくらいなら、女なんかじゃない方がいいと思った。どっちでもいいんだ。男でも女でも、オレはずっと・・・・」
途切れた言葉の先を、サクラは問い詰めなかった。
『ずっと前から好きだった』
あるいは、
『これからもずっと好きだ』
訊かなくてもその答えは一目瞭然で、さすがにまだ、そこまで自虐的にはなれなかった。
自ら葬り去った恋心は、まだ墓碑銘を立てる程には風化しきれていない。
(うっかりするとゾンビくらいには、なっちゃう程度にね)
そうやって茶化せる程には過去の物になってはいるのだけれど。
大好きな人だったから、その人がどこを見ているのかも誰より先に分かってしまって。
だけど、彼が見ているその相手も、その時にはとても大切な仲間になっていたから。
背反する感情に悩みに悩み、こうなったら毒食わば皿までとばかり、応援してやろうじゃないの!と決心した矢先に、降って湧いた今回の事件。
それでサスケが有頂天になってるかと思いきや、彼のナルトへの想いというのは、到底そんな薄っぺらい物ではなかったようで。
ここまで想われているナルトが羨ましくないとは言わないが、反面、あの子はもっともっと想われたっていいと思うのも確か。
(やっぱりここはもう一押ししてあげなくちゃ、ね)
少しほろ苦い気分で、でも迷いなくそう思う。
もっとも、そのやり方くらいは好きに選ばせてもらっていいだろう。
たとえば、どう見ても意趣返しにしか見えないような方法とか。
黙り込んだサクラに、サスケが訝しげな目を向ける。
それに、サクラはにっこりと微笑んだ。
「サスケ君って、ホントいい旦那様ね」
がちゃん。
不意に足元で響いた物音に、サクラはあーあと額に手を当てた。
軽く予想していた事ながら、サスケがここまで動揺するとは。
手にした荷物を景気良く落っことしてしまう程に。
「やだ、気を付けてよ。割れ物入ってるんだから」
言いながらサクラはその場にかがみ込み、地面に滑り落ちた袋の中身を点検する。
多少包み紙は汚れているものの、中の陶器はどうやら傷ひとつ付いてないようだ。
粗忽者のナルトのために見た目よりも丈夫さを重視した成果が図らずも実証されて、
(ナイス判断力、私!)
とりあえず自分で自分を誉めてみてから、改めてサスケに向き直ってみれば。
顔の下半分を片手で覆って懸命に隠そうとはしているものの、真っ赤になった頬とかサクラと目を合わせないようにどっか泳いでしまってる視線とか。
同期男子の羨望と女子の憧れを一身に集めるNo1ルーキーも形無しだ。
「な、何馬鹿な事言って・・・」
「別に恥ずかしがらなくてもいいじゃない。キズモノにした責任をちゃんと取ってあげるなんて、さすがサスケ君だわ」
「してねえ!」
「それにしても残念だわ。裸を見られた相手と結婚しなきゃいけないなんて決まり、もっと早く知ってたらねえ」
「・・・・」
「そしたら、そこら中の女の子みんな、毎日サスケ君の前でストリップだわね」
「・・・・やめてくれ」
壮観ねえとしみじみ言われて、サスケは苦虫を噛み潰したような顔をした。
思わず思い浮かべてしまった光景に余程げっそりしたらしく、深々と重いため息まで吐いて。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「べーつにぃ? 結局ナルト騙してるって点じゃカカシ先生達と同じだわなんて、ぜーんぜん思ってないわよ?」
とどめとばかりに満面の笑みで微笑みかければ、サスケ、ぐうの音も出ずに黙り込む。
思い当たる事ありまくりの指摘に反論する程口が達者に出来ていないし、したところで悉く言い返されるのは明らかで、結局は口を開かずにいるのが一番マシだと考えたらしい。
学習能力に長けているのか、単なる日和見なのか、判断は各自に委ねるとして。
ともかくも、それで勘弁してやる程、春野サクラは甘くない。
「これだけなりふり構わないなんて、いっそ見事だけど。でも、そこまでするからには絶対幸せにする自信があるんでしょうね?」
我ながらキツイ質問だわ、と、サクラはどこか他人事のように思いながら問いかける。
ここできっぱり頷いてくれたら、サスケも自分も色々とふんぎりが付くだろう。そう期待して。
しかし。
「自信なんかあるわけねーだろ」
意に反して返って来たのは、どこか開き直りすら感じさせる言葉。
吐き捨てるように呟いたサスケを見るサクラの目が、一瞬にして温度を下げた。
例えるなら、小春日和の穏やかな日がたちまちのうちにブリザード吹き荒れる雪山に変わったかのように。
「最低。好きな子を幸せにする自信もなくて、結婚だ何だってよくも言えたわね」
「何をどうしたらあいつにとって幸せかなんて分からないから、絶対幸せにするなんて言えない」
が、情けないんだか誠実なんだか分からない答えに、思わず毒気を抜かれてしまう。
サスケが大真面目なのは確実だけれども。
しかし何というか、こんな男に可愛いあの子を任せていいものか。
思わず花嫁の父的感慨がサクラを襲う。
「・・・・あのねえサスケ君、嘘でも勢いでもオレが幸せにするんだ!って気合い一つなくてどーすんのよ」
「出来るかどうか分からない事を断言出来るか。けど」
「けど?」
「オレにやれる事なら何でもするし、もしダメだったとしても、少なくとも」
一旦サスケは言葉を切った。
ややあって、躊躇いながらもきっぱりと。
「オレが、幸せになる自信はある」
告げられた言葉は、ある意味甚だ自分勝手にも聞こえるが、それでも酷く真摯で。
サクラは一瞬、呆気に取られ・・・・やがて、爆笑した。
「あっはっはっ、す、すごいわー、サスケ君!」
乙女らしからず腹を抱えて笑い転げるサクラを憮然と見つめるサスケの表情が、段々と剣呑になっていく。
「・・・いつまで笑ってる」
「ご、ごめんね。でも、今のはかなりナイスな台詞だったわよ。一瞬クラリとしちゃった」
ムッとしたままのサスケの表情は、おまえがクラリとしたってしょうがない、と雄弁に告げている。
それを口に出す事をしないのは、それでもサスケが仲間としてサクラを尊重しているからなのだと、サクラには分かっていた。
まだほんの少し、胸の奥に感じるちくんとした痛み。
それは、治りかけたかさぶたがむず痒いのと同じレベルの痛みだという事も分かっている。
だから、その小さな棘の存在は綺麗に無視した。
跡形もなく消え去る日は、きっともうすぐだから。
「まあ、合格って事にしといてあげるわ。今の所は」
「今の所?」
不審そうな顔を向けるサスケに、サクラはチッチッと指を振った。
「当然。言っとくけど、私のチェックは厳しいわよ? それに、告白もしないで結婚まで持ち込もうなんて、ちょっと都合よすぎるんじゃない?」
「・・・・何も言ってないわけじゃない」
「『一緒にいるのが嫌じゃない』程度じゃ告白なんて言わないわ」
「何でそこまで知ってる!」
「ナルトに教えてもらったのよ」
当たり前じゃない、とさらりと言うと、サスケの表情が変わった。
「・・・・あいつ、何て言ってた?」
ひどく真剣で、それでいてどこか不安気な口調に、サクラは耳を疑った。
答えを待つサスケの姿は、どこかひたむきですらあって。
(本当に、こんなサスケ君を拝めるなんて、思いもしなかったわ)
それは、あの子と出会いさえしなければ、絶対に見る事の叶わなかったもの。
ちょっと複雑ではあるけれど、多分これはとてもいい事なのだ。
サスケにとっても、ナルトにとっても、きっと自分にとっても。
束の間、思案するように首を傾げてから、サクラはにっこりと微笑んだ。
「教えなーい。そんなに知りたければ自分で聞けばいいじゃない?」
爽やかな拒絶に、サスケは打たれたように黙り込む。
唇を噛み締めるその様子は、どうせ、それが出来れば苦労しない、なんて思ってるのは丸分かりだ。
苦労する価値はあるのに。
その事を教えてくれた時のナルトを思い出しながら、サクラは苦笑する。
本当に、あれで諦めがついたのだ。
(だけど、これ以上は自分でどうにかしてくれないとね)
この程度の意地悪、彼に恋する乙女だった身としては当然の権利。
ナルトでなくてはダメだと言い切ってみせたのだから、これくらいは。
「根性見せてよね、サスケ君」
途端にまた苦虫を噛み潰したような顔をするサスケに、サクラはクスクスと笑い続けた。
笑う度に胸の棘が消えていく、そんな気がした。
ナルトがまったく出て来ませんでした(笑)。
登場人物、サスケとサクラのみ。でもこれを読んでサスサクと思う人はおるまい。そのつもりはカケラもないしー。
次は、サスケが出て来ません。次つってもいつになるか分からないけど、今度はナルトとサクラの話になります。ってこれ、サスナルコって言っていいんだろうか?
とにかく、次でサクラ編が終る予定。・・・終ると思います。多分。