夏のいじわる







 どうせなら、雲ひとつない空にぎらぎら太陽。ちょっとでも素肌を晒せば、途端にじりじり焦がされていくのが実感される灼熱の日差しとか。
 でなければ、一転俄かにかき曇り、この世の終わりのように轟く雷鳴、唸る風、バケツをひっくり返したような豪雨とか。
 どうせ夏なら、これくらいはっきりした天気になってほしい。
 座っているだけでも自然ににじみ出る汗をぬぐいながら、サクラは考えた。
 今日の空はどんよりと薄曇り、そのくせおそらく夜半過ぎには雨が降るのだろう、これでもかというくらい湿度が高く、温度自体はそう高くないのに吹く風はなまぬるく、何より腕を動かすだけでもまとわりついてくる湿った空気。
 ああ、巨大な水取りぞうさんが欲しいわ……。
 思わず埒もないことを考えてしまうのは、実はこの天気のせいばかりではなかった。
「どうだ参ったか、サスケ!」
「ふん、こんなもんかよ、ウスラトンカチ」
「何をう!」
 否応なく耳に入るのは、聞きなれた怒鳴り合い。
 声だけならば飽きるほど繰り返された言い争いに過ぎないが、実際は。
「じゃあこれでどうだってばよ!」
 叫ぶと同時にナルトは、サスケの首に回した腕にぎゅうっと力を込める。
 自然、二人の身体はますます密着して、見ていたサクラはうんざりした。
 さっきから繰り広げられているこの光景、片膝を立てて座るサスケの背後から、ナルトがべったりともたれかかっておんぶおばけになっているという、今の季節にはおよそ見たくないものだった。
 真夏だと言うのに、いつものもこもこ上着のナルトに、半袖とは言え黒シャツ姿のサスケ。ピンでも暑苦しいのに相乗効果。倍率ドン、更に倍な感じだ。
 ただでさえ蒸し暑いのに更に不快指数を上げてくれちゃって、ホントどうしてくれちゃおうかしら、とサクラが不穏なことを考えてしまっても無理はない。
 おまけに、バカップルが単にいちゃついてるだけならまだしも、いや、そうだとしても許す気にはなれないが、たとえ気温がどうあろうともひっついていたいその心情には同情の余地はあるのだが。
「どうだ、暑いだろ! 参ったって言えってばよ!」
「まだまだだな。おまえの方こそ限界なんじゃねえか?」
 汗をだらだら流しながらのこの会話、どこをどう取っても普段の口喧嘩の延長に過ぎない。
「いい加減にしたら? 二人とも」
 たまりかねて、サクラはとうとう口を挟んだ。
 途端に、二対の目が振り返る。単にびっくりしたような空色の瞳と、邪魔すんなてめえと怨念が滲み出るような夜色の瞳と。
 いつもなら、この二人が何をしてようと所詮犬も食わないという奴なので、茶々は入れても止めようなんて滅多なことでは思わないのだが。
 だがしかし、せっかくの休憩時間にこんな暑苦しくも不毛な光景を見せられ聞かされ続けるのはさすがにうんざりだ。
 ていうか、せめて目に入らないところでやってほしい。
 そんな思いを込めてじろりと睨むと、不服そうな顔が返ってきた。
「だってサクラちゃん、まだ勝負ついてねーもん」
「何の勝負よ。あなた達が何やってようと私は一切関知したくなんかないけど。でも人の忍耐にも限りってもんがあるのよ。ただでさえ暑いのにますます暑くなるようなことしてどーすんの。今は休憩時間なのよ。あんたらが体力消耗するのは勝手だけど、見てるだけで不快指数倍増のこっちの身にもなってちょうだい!」
 しゃーんなろーっと、これまでの苛々を一気にぶつけるように言い募るサクラに、ナルトが怯えた様子で一歩身を引いた。
「勝負っていうか……、これは、いじわるなんだってばよ」
 サスケの背に隠れながらも、ナルトはおずおずと言い返した。
 盾にされたサスケはと言えば、できれば自分も逃げ出したい気分だろうが、ナルトの手前そういうわけにもいかず、精一杯背中に庇っている。
 感情が顔に出ないタチでよかった、としみじみ思っているに違いない。
「意地悪、ねえ」
「そ、そうだってば。夏のいじわるってゆーんだってばよ。こうやってがばーって後ろから抱きついて、相手が暑くて参った!って言ったら勝ちなんだって」
「ふうん、そうなの」
 腕を組んでナルトの言い訳を聞いていたサクラの口元に笑みが浮かぶ。
 何とも子供じみた意地悪、というか遊びだが、それにしても。
「それってどこで教わったの、ナルト」
「えっと、サスケ。小さい頃によくやった遊びだって」
「ふううううん」
 サクラの笑みが深くなった。
 そうか、そうくるか。
 彼にそんな無邪気な子供時代があったなんて初耳だが、どうせナルトとスキンシップを取りたいがゆえの捏造だというのは分かりきっている。
 まったくそんなにやりたいなら、ハグでもチューでも変な言い訳せずにやればいいのだ。それでとっととくっついちゃってちょうだい。きっちり出来上がってしまえば少なくとも公衆の面前でいちゃつかれずにすむのに。ああ迷惑だったら。
 さすがのサクラも、暑さでどこか思考がキレている。
 それでも笑みだけは崩さないまま、硬直したように佇むナルトとサスケに殊更ゆっくりとした足取りで近づいていった。
「う、うわ、えっと、サクラ、ちゃん……?」
「ねえ、ナルト?」
 にっこりと、それはまさに夜叉の笑み。
 微笑みながらナルトの腕を取ると、オレンジの上着を肘まで一気に捲り上げた。
「うきゃっ!」
「おい、サクラ!」
「夏の意地悪はねえ、こうするともっと効果的だと思うわよ?」
 露になった白い腕に、サクラは己の手をそっと重ねた。
 微妙に指の力を加減して、掴むという程ではないがただ置くだけとも違う、まさに手のひらを密着させるような握り方で。
 サクラは体温がそう低い方ではない。
 まして、この暑さとちょっとテンパり気味の思考のせいで、その手の平はますます暖かく、しかもじんわりと程よい湿り気まであったりして。
 そんな手のひらを押し付けられたらたまったものではない。
「サ、サクラちゃん、手、離して、ってば……」
 ナルトはだらだらと汗を流しながら必死に訴えた。
 触れられたところから伝わる得体の知れない熱さもさることながら、微笑み続けるサクラが恐ろしいのだろう。がたがた震えてさえいる。
「あら、寒いの? じゃあもっと暖かくしてあげるわ」
 言いながらサクラは、もう片方の手で同じようにナルトの腕を握った。
「ふえーん、ギブ、ギブだってば! ぬくいー、ぬくくて気持ち悪いーこわいー」
「ま、気持ち悪いなんて失礼ね」
「やめろ、サクラ!」 
 たまりかねたようにサスケが、ナルトをサクラから引き剥がした。
 そのままナルトを抱き込んで、威嚇するようにサクラを睨みつける。
「こいつ、嫌がってんだろうが」
「あら、意地悪なんだから、嫌がられたら余計に続けなきゃいけないわよね?」
 サクラの言葉はある意味正しい。論理的に破綻はない、という程度には。
 しかし。
「嫌がること、すんな」
 ぎゅっとナルトを抱きしめる腕に力を込めて、サスケは言った。
 あらら、雛を守る親鳥みたい。
 今度こそ本当におかしくなって、サクラはくすりと笑った。
「じゃあサスケ君も意地悪なんてやめときなさいよ。ほら、ナルト、茹ってるわよ」
 はっと見てみれば、ぎゅうぎゅうにサスケに抱き込まれたナルトが、顔を真っ赤にしていた。
 それは暑さのせいなのか、それとも何か他に理由があるのか。
 慌てて腕を解いたサスケと視線が合って、ナルトはますます頬を赤くして俯いた。
 つられるようにサスケも頬をかすかに染めて、そっぽを向く。
「はいはい、つもる話はあっちでやってくれるかしら。……私の目に触れないところでね」
 そこまで出歯亀したくないし、何より。
「これ以上、暑苦しいのは真っ平なの」
 にっこりと、本日最大の笑みで言われて、サスケとナルトは何か言いたそうな素振りを見せつつも結局サクラに背を向けて歩き出した。
 しばらく後姿を見送って、サクラはやれやれとその場に座り直した。
 見上げると映るどんよりとした空は、先程までとまったく代わり映えしない。
 けれどまあ、地上の鬱陶しいことはちょっぴり片が付いたような感じだし?
 あの二人は片付いたところで、すっきり涼しくはならないだろうけど。むしろますます熱くなるかもしれない。
 でも、どっちつかずでいるよりマシだから。
 本人たちにも、見ている者にとっても。
「せめて、早く涼しくならないかしら」
 呟くと、残り少ない休憩時間を有効活用するために、サクラは木の幹に凭れて目を閉じた。

 











 さすがにサイトほっぽり過ぎだし、サスケの誕生日だし、とりあえず小話です。
 つっても、誕生日ネタってもう尽きた感があるので、一番書きやすい「女帝サクラ」でいってみました。で、でもサスケ、いい目見てるよねえ?
 しかし、書いててさすがに、このサクラちゃん怖すぎとか思いました。
 あ、ちなみに「水取りぞうさん」はタンスなんかに入れる除湿剤のことらしいです。使ったことも見たこともないんだけど、とある漫画で見かけて、えらいネーミングが可愛いなーと印象に残ってたので。
 ほんと巨大除湿剤を天空にふりまきたい今日この頃。
(06.7.23)



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