木の葉の里の端っこに、おんぼろアパートが建っている。
 ひょろっと高い建物の空に一番近い部屋、子供と猫が住んでいた。
 生まれた時からひとりぼっちだった子供と。
 ずっとひとりで生きてきた猫。
 今は、ふたりで住んでいる。
 だからちっとも寂しくない。









 「う、ぎゃあーっっっっ!」
 最近のナルトの朝は、自らの悲鳴で始まる。
 枕を抱えたまま起き上がることもできず硬直しているナルトを、サスケの黒い瞳がじーっと見ていた。
 サスケは殆ど鳴かない猫で、やたらとじゃれつくようなこともなく、ちょっと見には何を考えているか分かりにくい。
 ただ、黒くて長い尻尾が今はゆっくり振られているから、あんまり機嫌がよくないことが分かった。
 ちなみに、何が言いたいのかも何となく分かる。
 (いつまでも起きないからわざわざ起こしてやったのに)
 (ちゃんと朝ご飯も持ってきてやったのに)
 ずいっと更に近寄って来たサスケが、口にくわえた物体をナルトの目の前にぽとりと落とした。
 結果、ナルトはそれと真正面から目を合わせる事になる。
 元はつぶらだったと思われる目を半眼に閉じた、恨めしそうな顔の雀の死体と。
 「獲物は持って帰るなっていっつも言ってるだろ、バカサスケー!」
 喉も裂けんばかりの絶叫に、黒猫は不満そうに喉の奥で唸った。





 「あー、またシーツ洗濯しなくちゃ」
 ぶつぶつと呟きながら、ナルトはシーツを洗濯機に放り込む。
 きちんと水を張ることも忘れずに。
 血を綺麗に落とすにはお湯ではなく水につけるといいという事は、最近覚えた。
 もちろん、サスケが盛んに持ち込んでくる収穫のためだ。
 鳥やらネズミやらトカゲやら蛇やら。
 毎日毎日、よくもまあこれ程というくらいあらゆる種類の小動物を狩ってくるサスケは、とびきり腕のいいハンターだ。
 猫の本能だからしょうがないし、狩が下手より上手い方がいいのは確かなのだけど、それをナルトの枕元まで持ってくるのが困り物。
 一緒に暮らし始めてから、朝に弱いナルトを起こすのがサスケの日課のひとつになった。
 それだけならいいこと尽くしだったのに、いつの間にやらよろしくないオプションまで付いてくるようになって、ナルトは毎朝生きた心地がしない。
 『それって、あんたに餌を持ってきてくれてるんでしょ。愛されててよかったじゃない』
 困り果ててクラスメートのサクラに相談してみたところ、あっさりとあしらわれてしまった。
 猫が飼い主の所に捕まえた獲物を持ってくるのは、褒めてもらいたいからという説と、餌を与えて養おうとしているからという説があるが、サスケに関する限り前者はまずなさそうなので、必然的に後者ということになる。
 ナルトにとってサスケは単なる猫じゃなく、家族で仲間で友達で、とても大事な存在だ。
 ペットだなんて思ってないし、まして飼ってるという意識はない。
 だからサスケがそうやって一所懸命自分のために餌を取って来てくれるのは、正直嬉しい。
 それは、サスケも同じようにナルトを大切に思ってくれてるということだから。
 ・・・・・嬉しいが、気持ちだけにしてもらいたい。
 ため息を吐いて洗濯機の蓋を閉めたナルトの足元に、サスケがすっと近寄った。
 少しかがんで黒い毛並みに指を滑らすと、喉を鳴らしはしないけれど気持ちよさそうに目を細める。
 けれどそれは一瞬で、サスケはすぐに身を離すと、意味ありげにナルトを見て頭をめぐらせた。
 つられて見遣った視線の先には、テーブルに並べて置かれたサスケのお皿とナルトのマグカップ。
 どちらも中身は、並々と注がれた牛乳だ。
 「やっぱバレた? 賞味期限切れてるの」
 当たり前だと、しっぽがぱたん。
 「でもさ、まだ3日しか経ってないし」
 ぱたんぱたんぱたん。さかんに振られるしっぽ。
 「・・・・・分かった。帰りに新しいの買うってばよ」
 少しゆっくりになったけれど、黒いしっぽはまだ何か言いたげにゆらめいている。
 「そんで、これも捨てればいいんだろ」
 諦めたようにナルトが皿とマグカップの中身を流しにぶちまけると、ようやくサスケは満足したようだ。
 ひらりと戸棚に飛び乗ると、今度は置時計を軽く突付いた。
 「げっ、もうこんな時間?! アカデミー始まっちゃうってばよ〜」
 慌てて身支度を始めたナルトを、サスケが小馬鹿にしたような目で見下ろしている。
 人間だったら肩を竦めて鼻で笑っているだろう雰囲気に、ナルトはぷうっと頬を膨らませた。
 「誰のせいで遅くなったんだってばよ!」





 アパートから100m先の曲がり角。
 毎朝、ナルトとサスケはここまで一緒に歩いて行く。
 そしてナルトがアカデミーから帰る時刻には、ここでサスケが待っていて、ふたり並んで家に帰る。それが日課。
 もっとも朝に限って言えば、遅刻寸前のナルトが必死で走っていく傍らで、塀の上のサスケが同じ速度で併走していることの方が多いけれど。
 そして今朝も、全力疾走の子供と猫が分かれ道までやって来た。
 「それじゃサスケ、行ってくるってば」
 いつも必ず、ナルトはここで一端立ち止まってサスケに声をかけ、サスケも短く鳴いてそれに応える。
 どんなに急いでいても、この朝の儀式を欠かしたことはない。
 「行って来ます」と「いってらっしゃい」を言い合える相手がいること。
 それは何だかくすぐったくて、でもとても嬉しくて、気持ちが弾んでしょうがない。
 ナルトはへへっと笑みを浮かべて。
 サスケはぴんとしっぽを立てて。
 軽い足取りで、ふたりは反対方向に走り去った。
 




 夕方になったら同じ場所で、今度は「ただいま」と「おかえりなさい」を伝え合える。
 ふたりともそう信じて疑わなかったけれど。
 あいにくと、昨日まで続いてきたことが今日も同じに続いていくとは限らないわけで。
 ちょっぴりそそっかしい子供といささか思い込みの激しい猫の、あんまり平穏無事でない一日のこれが幕開けだとは、誰も気付かなかったのだった。





 

 
 
  
 

 またまたやってしまいました、動物ネタ。短いですが、ちょっと気力落ちてるんで、キリのいいところで続きにしてみたり。
 一応、同名絵本が元ネタなんですが、今回そこんところまで話行きませんでした。実在の絵本には雀の○体(意味のない伏せ字)なんて出てきませんので念のため。
 私が動物話書くとやたら狩とか餌とか出てくるのは、野生動物(今回は野生じゃないけど)の最重要課題は餌の確保と思ってるせいかも。昔、ムツゴロウさんの著作結構読んだもんなー。内容あんまり覚えてないけど。
 だから、この話で書きたかったのはそこじゃなくて(笑)。ほんの前振りだった筈なのに、おかしいなあ。
 続きはなるべく早く書こうと思います。なんでナルトじゃなくてサスケを動物にしたかは、後編のあとがきで書くつもり。
(04.01.09)
(06.12.23修正)続き物にするつもりでしたが、断念しました。申し訳ありませんが、今後このシリーズは基本的に一話読みきりにします。




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