サクラがその物体にナイフを入れるのを、ナルトは息を詰めて見守った。
「サクラちゃん、オレ、そのじーさんの人形がのってるとこがいい!」
「サンタクロースって言いなさいよ、ナルト」
 呆れながらもサクラは、慣れた手付きですっすっと、その白くて丸くて甘い匂いのする物体……大きな生クリームケーキを7等分に分割した。
 一切れだけごく薄くカットされている他はほとんど同じ大きさで、おそらく1度未満の狂いしかないと思われる。さすがチャクラコントロールが得意なだけある、とは、同席していたカカシの言。
「いっただきまーす!」
「こらナルト! がっつくんじゃないわよ。こういうのにはまず、始まりの挨拶ってもんがあるでしょ!」
「え?え?そうなの?」
「はは、まあそう堅苦しいこともないだろ。んじゃ、とりあえず、メリークリスマス」
「メリークリスマス!」
 カカシの発声に、ナルトとサクラが唱和する。ジュースで軽く乾杯すると、待ちかねたようにナルトはケーキにかぶりついた。
「すっげーおいしい!」
 顔をクリームだらけにして笑うナルトに、サクラとカカシも満足そうな様子を見せた。
 今年の任務も今日で終了ということで、打ち上げを兼ねてナルトのアパートでクリスマスパーティーをしようと言い出したのはサクラだった。そして、あまり広くないテーブルの上に所狭しと並べられているケーキやフライドチキンやピザ等の購入資金を出したのはカカシ。
 もっともそれは、『職場のパーティーに上司の金一封は基本でしょ』と微笑んだサクラの眼力に負けたと言う説がもっぱらである。
 ナルトの部屋はあまり広くないけれど、余計な物も殆どないので、三人の人間が集まって飲み食いするくらいなら差し支えない。
 いや、この場にいるのはそれ以外にもう一人、ではなく、一匹。



「なあなあサスケ。いい加減下りて来て、一緒に食べようってば」
 極薄カットのケーキを小皿に載せて、ナルトはタンスの上を覗き込んだ。
 ナルトの目線の先にあるのは、だらりとぶら下がる黒い毛並みの長いしっぽ。ひとつ揺れてタンスを叩いた。
「クリスマスケーキって、おまえも初めて食べるだろ? すっげー美味しそうだってばよ」
 タンスのてっぺんには、真っ黒な猫がそっぽを向いて座っている。
 まだ子猫と言っていい大きさの、けれど俊敏そうな体躯のその猫は、かきくどく声に振り向こうともしなかったが、耳だけはしっかりナルトの方向を向いていた。
「サスケ君、今日はずっとその調子ね」
 にんまりと笑いながら、サクラは黒猫に手を伸ばす。
 つやつやした毛皮にもう少しで手が触れそうになった時、突如振り向いたサスケが、しゃーっと威嚇の声を上げた。
「こらサスケ! サクラちゃんに何すんだってば!」
「いいのよ、ナルト。サスケ君ったら、ナルトとの愛の巣に私たちが侵入してきたもんだから拗ねちゃって、もう」
「サクラちゃん、その言い方ちょっとヘン……」
「サスケは特にテリトリー意識強いからなあ。ま、ここは、犬のご主人様と呼ばれたオレの出番?」
 その言い方もすごく違う気がする。と、不審そうに見つめる部下二人を尻目に、カカシはちっちっと舌を鳴らしながら手を出した。
 次の瞬間、
「うわあ」
 何とも間の抜けた声と裏腹の、実に素早い動きでカカシはさっと飛び退った。
 見ると、ベストの胸の辺りが見事に横一直線に裂かれている。
 サスケが、今度は威嚇すらせずに、その黄金の爪で切り裂いたのだ。
「普通、猫が直接やり合う前にまず威嚇するのは、無駄な喧嘩を避けるためってのもあるらしいんだけど」
 興味深そうにサクラが呟く。
「前置き一切なしの先制攻撃なんて、とりあえず殺っとけって認識されてるみたいね、先生」
「もーサスケっ! 先生の服破いちゃってどうすんだってば。オレ金ないから弁償なんて出来ないってばよ」
「……別に心配してくれなんて言わないけどね」
 いい部下持ったなあオレ涙が零れそうよ、とカカシはいじけてみたが、誰も見てくれはしなかった。



 ナルトはサクラと一緒に尚も説得を試みていたが、一向に下りようとしないサスケに、いい加減焦れてきたようだった。
「もー、なんでそんなに怒ってるんだってばよ、サスケ!」
「強情ねえ、サスケ君。何がそんなに気に入らないのかしら」
 サスケが口をきけたなら、ナルト以外のおまえら皆だと言いそうだとこっそり思いつつ、サクラは相槌を打つ。
 適当な相槌に、そういえば、と何か思いついたようにナルトが首を傾げた。
「サスケ、甘いものキライだったかも」
 時々ナルトが寝っ転がりながらお菓子を食べてたりすると、すごい勢いで怒るのだ。ちょっと分けてやるからって言っても聞く耳持たない。
「それは単に、寝ながら物を食べるなって言ってるんじゃないかしら。まあホントに甘いもの苦手そうな感じするけど」
 ぱた、と僅かに黒いしっぽが揺れた。
「あ、正解だって言ってるみたい」
「え〜〜〜〜、でもさあ、そうやって食べるのってなんか、うまくね?」
「コメントはやめとくわ。……じゃあ、サスケ君はどうしたってケーキ食べたくないみたいだし。それ以前に私たちと同席するのも嫌みたいだし。しょうがないから、私たちだけでパーティーの続きしましょ?」
「そうしようそうしよう。チキンもピザも冷めないうちに食べた方がおいしいぞ〜」
 殊更にっこりサクラが笑うと、いじけていても誰も構ってくれないため早々に復活してきたカカシが、否も応もなく唱和する。
 ぽふぽふとナルトの頭を撫でながら浮かべている胡散臭い笑みは、当然デフォルトだ。
 サスケの耳がぴくぴくと揺れた。黒い瞳がすっと細まり、低い唸り声が喉の奥から零れ出る。
 にわかに高まった緊張した空気を、ナルトの声がかき消した。
「ダメっ! ダメダメダメダメ、ダメだってばよ!」
 突然の叫びに、サスケを含めて皆が驚きの目でナルトを見た。
 ナルトはひどく子供じみた性格で、いつも騒ぎまくっているようなイメージがあるが、その実、好き放題にわがままを言い散らすということは、まずない。
 わがままを言ったってきいてくれる相手のいない環境で育ったせいだろう。当然ながら、こんな駄々を捏ねるような言い方なんて、少なくともサクラとカカシは一度も聞いた事がなかった。
「だって初めてのクリスマスなんだってば! サスケは生まれて初めてで、そんで、オレは、初めて誰かと一緒にいるクリスマスなんだってば! だからサスケも一緒じゃなきゃダメだってばよっ」
 一気に言い募ったせいか、ナルトは軽く息を切らせている。
 頬を真っ赤に染めた彼の眉間には、不似合いにも深い皺が寄っていた。泣きたいのを我慢している時の顔だと知っているのは、いつも傍にいる黒猫だけだ。
 サスケは困ったように首を傾げた。
 束の間何か考える素振りをして、やがてすっと立ち上がると、一息も置かずにナルトの肩に飛び乗る。
 小柄なナルトは当然ながら肩も小さかったが、サスケは器用にその上に落ち着くと、すり、と金色の髪に頬を寄せた。
「サスケ?」
 ひとしきり頬をこすりつけると、もう片方の肩に移って同じことを繰り返す。
 ナルトが訝しげな声を上げる頃、ようやく満足したようにサスケはその動作を止めて、今度は口元をぺろりぺろりと舐め始めた。
 よく見ればナルトの頬や口の辺りには、先ほど勢いよくケーキにかぶりついた名残りのクリームがあちこちにくっついていて、サスケはそれを一つ一つ丁寧に舐め取っている。
「くすぐったいってばよー。なんだ、結局サスケ、ケーキ食べる気になったってばよ?」
 他愛もなく機嫌を直したナルトが笑顔で問いかけると、サスケは舐めるのをやめて、否定するように鋭く一声鳴いた。
 そのまま肩から飛び降りてテーブルの方に向ったかと思うと、ナルトの席で立ち止まってこちらを見る。
 早く来いと言いたげな視線に、ナルトは尚もくすくす笑う。
「おまえ散々ごねてたくせに、おっかしーの!」
 軽く毒づきながら、でもひどく嬉しそうに、ナルトはいそいそと席に戻って座り込む。
 サスケはナルトの背後に回り込むと、背中を向ける形で香箱を組んだ。お互いの姿は見えないけれど、ほのかなぬくもりを感じられる、そんな場所で。



「先生、サクラちゃん、じゃあパーティーの続きしようってば!」
 いつの間にか固唾を飲んで見守っていた二人に、ナルトは無邪気に声をかけた。 
「え、ええ……そうね」
「そうしようかねえ。なんかオレ、帰りたい気分になっちゃったけど」
 何となく、ひどくあてられたような気分で、サクラとカカシは席に着いた。
 物言いたげな視線に気付いたか、ナルトは照れたような笑みを向けてくる。
「オレもよくわかんねーけど。時々サスケ、あんな風に甘えてくるんだってばよ」
「……たとえばあんたが、外から帰ってきた時とか? 足にまとわりついてきてすごかったりして?」
「すげえ、サクラちゃん! 何で知ってるってば?!」
 目を見張るナルトを、ちょっとねとあしらいながら、サクラは乾いた笑いを浮かべた。
 ちなみに隣のカカシも同じ笑みを浮かべている。
「これって甘えじゃなくて、あれよね。……マーキング」
「猫は、テリトリーに自分の匂いを付けて自分の物だって主張しないと安心できない生き物だからねえ。飼い主が余所に行って他の匂いをつけて帰ってきたりしたら、もう凄いよ?」
「って、ナルトはテリトリーなの? まあそれはいいとして、さっきのやっぱり先生の匂いを消して自分のを付け直したんでしょうね」
「まったく見上げた根性だなあ。ここまで来るといっそ感心するよ」
「同感」
 ナルトに聞こえないようこっそりと、サクラとカカシは囁きを交わした。固まったような薄笑いの表情のままで。
「何こそこそ話してんの? それよりこれ、見てってばよ!」
 ひどくはしゃいだ声にふりむくと、いつの間にかサスケを膝の上に乗せたナルトが、得意そうな顔を見せていた。
 憮然とした表情で抱かれている黒猫の、その首回りについているのは、いつもの金色の鈴ではなく。
「へえ、これってケーキの箱についてたリボン?」
「サスケってば黒いから、何色でも似合うってばよ」
 緩めに巻かれた、赤を基調に金と緑で縁取られたいかにもクリスマス仕様のリボン。
 真っ黒な毛並みには、確かにとても映えている。もっとも当人はあまり気に入ってないらしいが。
 ご満悦なナルトに、サクラは苦笑した。
「うん、かわいいかわいい。でもリボンがちょっと曲がってるわね」
 決して手先が器用ではない上、滅多に結ぶこともないのだろうそのリボン結びは、見事に縦結びになっていて、似合う似合わないは別として、見場はあまりよろしくない。
 直してやろうとサクラが手を伸ばすと、途端にサスケがしゃーっと威嚇した。
「こらサスケ! おまえってばまた……」
「気にしないで。なんかもう、こういう子だって分かっちゃってるし」
 少々気に食わないことでもナルトだったら我慢出来るが、それ以外に対する忍耐心なんて欠片もありはしない。
 ナルトの所に来た時から、サスケはずっとそういう猫だ。
 きっとこれからもそうあり続けるのだろう。ナルトのためだけの、猫。
「良かったわね、ナルト」
「何が?」
 きょとんと首を傾げるナルトに、サクラは言葉を返さず笑みを浮かべるだけに留めた。
 本当は頭を撫でてあげたいくらいの気持ちになっていたのだが、それをやるときっとまたサスケがマーキングに精を出すだろうし、そろそろ本当に引っかかれそうな気もするので、やめておく。
「いいからほら、ケーキもう一切れ食べなさいよ」
「ありがとう、サクラちゃん。ほら、サスケも食えってば」
 自分が食べるより先に、ナルトはたっぷりクリームを付けた指をサスケの鼻先に差し出した。
 甘い匂いに、サスケは僅かに顔を背ける仕草を見せたが。
「な、おいしいだろ?」
 満面の笑顔に黒猫は小さくため息を吐くと、その指先を舐めたのだった。


 




ネコ話は、サスケに喋らせなくていいので楽です。奴に口を開かせないとこんなに簡単にナルトといちゃこらしてくれます。バンザイ(笑)。
サスケ、ナルトを舐めまくています。猫サスだとこういうオチばっかりになってしまうのですが、動物なのでしょうがないのです。……ということにしてやってください。

(06.12.23)

 


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