その瞬間、目の前でびっくり箱を開けられたような顔をして
それからみるみる真っ赤になって、何も言わずに俯くものだから
(……勝った)
なんて咄嗟に思ってしまったって、無理はないだろう?
甘ぇよ ドベ
今日のサスケはひどく機嫌がいい。
とは言っても、某ウスラトンカチが散々主張するところの「イヤミったらしいスカシ面」は相変わらず健在なので、それに気付く者は殆どいない。
サスケとしては別に誰かに知って欲しいわけじゃないので、そんなことはどうでもいいが。
とにかく近年稀に見る気分の良さだと、サスケはしみじみ思っている。
そう、
「サスケ君がこんなに神経太いなんて思ってもみなかったわ」
唐突なチームメイトの声に任務の合間の僅かな休憩時間を邪魔されても、さして腹が立たない程度には。
ゆっくりと振り仰げば、木の幹に凭れて座り込むサスケを覗き込むように、サクラが視線を向けてくる。
目が合うと、彼女は呆れた口調で言葉を続けた。
「むしろ面の皮厚いってゆーか、心臓に毛が生えてるってゆーか、そんなカンジ?」
「えらい言われようだな」
「……何だかねー。ちょっと平然としすぎよ、サスケ君。かえってナルトの方が調子くずしちゃって大変じゃないの」
「そうか」
失敗続きの今日のナルトを思い出して、サスケは僅かに笑みを浮かべる。
それを見たサクラは、やってられないと言いたげに首を振った。
「とてもじゃないけど告白の返事待ちしてる最中には、まったくこれっぽっちも見えないわ」
サスケが意中の相手に生まれて初めての愛の告白をやらかしたのは、ほんの昨日のことだ。
そんなレアな出来事を何故もうサクラが知っているかといえば。
『サスケのバカやろー! 何でこんな奴とおんなじ班になっちゃったんだってば。オレってば運悪すぎ!』
『オレはラッキーだけどな。好きな奴と同じで』
『ええっ、お、おまえやっぱりサクラちゃんのこと……ちくしょー、負けないからな!』
『違う』
『まさかカカシ先生?! うわー、えんがちょ切ったー』
『……殴るぞ、てめえ』
『先生も違うってば? じゃあそしたら……え? え、え、うえええええええ!』
喧嘩を売ってるんだか買ってるんだかよく分からない告白劇は、思い切り昼日中の任務中に、しかも他のメンバーの目前で行われたわけで。
もっともサクラとカカシは、サスケの年季の入った片想い事情なんぞとっくに承知済みだったので、さして驚くこともなく、あーあとうとう言っちゃった、それにしても時と場所くらい選びなさいよね、と呆れ半分からかい半分の眼差しで見守るのみにとどまった。
よって、天地も引っくり返るような衝撃を受けたのは、当の告白を受けた相手、うずまきナルトただ一人。
彼にとってはまさに寝耳に水だったに違いないが、サスケ的には、きちんと計画していたとまでは言わなくても殊更予定外のことでもない。
するとしたらああいう状況だろうと、実の所かなり前から考えていた。少なくとも、一番勝算が高いだろうと。
何しろ相手は同い年とは思えないくらいのお子様なので、サスケの『好き』を即座に理解してその場で色よい返事をくれるなんてありえない期待は、最初から持っちゃいない。
かと言って、いきなりお断りされるのはいくら何でも堪えるし、とりあえず返事を引き延ばせれば色々と手の打ちようもあるはず。
なんてかなり姑息な思惑は、どうやら正解だったようで。
うずまきナルトは、単純でイタズラ好きでちょっとばかり考えなしの所はあるが、実はひどく人に気を遣う心優しい子供なので、公衆の面前で誰かを傷つけるような言葉を吐けはしない。
バカだのスカシ野郎だの、いつも耳タコの悪態は、それが本当にはサスケを傷つけることがないと知っているから言えるのだ。
羞恥心や道義心なんて言葉は腹の足しにもなりゃしないので、とりあえず蔵の奥にでも仕舞いこむ事にして。
満を持しての告白は、今のところ悪くない展開を辿っているようで、サスケの機嫌はすこぶるよろしい。
とはいうものの。
(ちょっと惜しかったかもな)
あの日あの時あの状況で、告白したことを後悔する気はカケラもないが、可能ならもっぺんくらいやり直してもいいかとサスケは思う。
大きく目を見開いて、ぽかんと口を開けて、これまで見たこともない程のマヌケ面、はっきり言って目茶苦茶そそった。
さすがに告白なんてやってる最中にじっくり鑑賞する余裕はなかったのが、後悔と言えば唯一の後悔。
できればもう一度くらい拝みたい。
「ハイ、思い出し笑いしない!」
同じものを思い出したのか、びしっとツッコミを入れつつサクラは苦笑を浮かべた。
「でもホント意外だったわよ。サスケ君のことだから、いつまでも告白できずにねちねちねちねち内に篭もってるか、ぷっつん切れて一気に突っ走っちゃうか、どっちかだとは思ってけど、ここまですっぱり開き直っちゃうとはね」
意外なのはそっちの方だと、サスケは内心呟いた。
ほんの少し前まで彼女がサスケを想っていたことは、本人が半ば公言していたくらいに明らかなのだが、今はそんな素振りも見せず、他の相手への告白劇を目撃しても動揺する気配もない。
里一番の切れ者は、切り替えの早さもピカイチだ。
サスケとしてはそっちの方が都合がいいし、切り替えの早い女は嫌いじゃない。嫌いじゃないが興味もない。
自分でも感心するくらい、サスケの興味も関心も、向かう先は一つだけ。他に入る余地はない。
負けると分った勝負から、サクラは早々に手を引いた。
そこに至るまでどれだけの葛藤があったかは想像するに難くなく、それはそれで大した精神力だとも思うが、サスケは同じことをする気はない。できるとも思わない。
どれだけ負けが込んだところで諦めるつもりは更々ないし、いざとなったら引っ攫ってでも相討ちに持ち込む覚悟もついている。
もっとも勝つに越したことはなく、そのための算段や計略も、柄じゃないけどそれなりに練ってはいるわけで。
「で、これからどうするつもり?」
「………知ってるか、サクラ」
興味津々の問いかけに、サスケはにいっと口の端を引き上げた。
「あいつは、先着順なんだ」
頑張ってねと、笑いをこらえつつ立ち去ったサクラを見送って、サスケはおもむろに立ち上がった。
わざと足音を立てて歩き出し、少しばかり先にある茂みの前で立ち止まる。
「何立ち聞きしてんだ、ウスラトンカチ」
しばし間があった後、そこからごそごそと現われたのは、金色の頭。
空色の瞳がほんの少し後ろめたそうにサスケを見た。
「……言っとくけど、立ち聞きなんかしてないってばよ」
「だったら、んな所で何やってる」
「ふ、ふたりで何か話してるから邪魔しちゃ悪いかなあって……」
「へえ?」
実の所、聞かれて困る話もしてないし、怒ってるわけでは更々ないが、気まずそうに言い訳するナルトというのも、普段あまり見られないだけ新鮮で。
思わず笑みをもらせば、ナルトには嫌味な笑いにしか見えなかったようだ。 たちまち不機嫌さ丸出しに噛み付いてくる。
「ウソじゃねーってば!」
別に嘘だなんて言ってないし、そもそもフツーに楽しくなって笑っただけなのにこの反応。
いささか心外ではあるけれど、己のこれまでの行状を思い起こせば無理はない気もするし、それに。
「オレ、そんなひきょーなことしないってばよ! 大体この距離で、何しゃべってるかなんて分るかってーの!」
いっそ気持ちいいくらい逆ギレしてぎゃんぎゃん喚きたてるのも、いつものナルトらしくていい。
要するにナルトだったら何でもいいのかと自分ツッコミしてみれば、そのとおりと間髪入れずに返事が返ってきて、つくづく終わってるとサスケは思う。
もっともそんなことに悩んだ時期はとっくの昔に過ぎていて、今更後悔もためらいもありはしないが。
それでも悩んだことがあったのは確かなので、ナルトにも同じ程度は悩んで頂きたいとこっそり思っていたりする。
「……で、サクラちゃんと何話してたんだってばよ」
「おまえの話」
あっさり答えてやると、ナルトは一瞬押し黙った。
実際それは事実だったし、第一サクラとサスケの間で共通の話題なんて数えるほどもありはしない。
おまけに昨日の今日で他にどんなことを話せというのか、いっそ教えて欲しいくらいだ。
ナルトはしばらく目を白黒させていたが、やがておそるおそる問いかけた。聞きたいような聞きたくないような、ひどく複雑な顔をして。
「……まさかサスケ、サクラちゃんに何か変なこと言ってないだろうな」
「変って、どんな」
「それは、そのう……」
「オレが、おまえを好きだって話とか?」
「ああああ、あれって、本気だったってば?!」
「当たり前だ。オレは冗談は好きじゃない。つーかてめえ、それってすげえ失礼じゃねえか?」
嘘だろうと言わんばかりのその口調、さすがのサスケも少しばかりムッとしたが、ほんのり赤くなった頬を目ざとく見つけて溜飲を下げた。
唇を尖らせて、窺うような上目遣い。知らずサスケの鼓動も跳ねる。
信じさせてほしいなら素直にそう言え、ウスラトンカチ。
「だってサスケ、あん時すっげーへろっと言ったじゃん。おまけにその後も今日も、ぜんっぜん普段どおりだったしさ。そんなんで本気なんてふつー思えないってばよ」
「てめえが普通を語るな」
「どーゆー意味だってば!」
「うるせえ。そっちこそ、あれから何も言わなかったじゃねえか。おまえにとっちゃどうでもいいことだから聞き流しちまったんだろうと、オレは思ってたんだぜ?」
言いながら、サスケは心の中で舌を出す。
何も答えが返ってこなかったのは事実だけど、あの後のナルトときたら。思い起こせば今でも顔が緩む。
道を歩けばこけるし、木登りすれば落ちるし、くないを投げればただでさえ怪しいコントロールはめったくそのぼろぼろで。
果てはやたらとサスケに視線を向けては慌てて逸らすことを繰り返していて、どう見ても意識しまくりなのはバレバレ、はっきり言って思う壺状態だった。
けれどそんなことはおくびにも見せず、むしろほんの少し恨みがましげな視線をナルトに向ける。
わざとらしいかと思わないでもなかったが、ナルトは一向に気付かぬ様子で、落ち着きなく目を逸らした。
「……そんなこと、ないってば。だ、だってすっげーびっくりしたんだもん、しょーがないだろ。……それよりサスケ! 何でオレがあそこに隠れてるの気がついたんだってば。けっこー距離あったってばよ」
まったくみえみえの話題転換。
乗ってやる義理はないけれどここは譲ってやることにして、ふふんとサスケは鼻を鳴らした。
「甘ぇよ、ドベ。てめえの気配くらい読めないでどうする」
「ドベ言うな!……って何度同じこと言わせるってばよ! おまえやっぱりオレが好きなんてウソだろ!」
「どこがウソだ、このウスラトンカチ。そうじゃなくて」
言いながらサスケはナルトにすっと顔を近づけた。
反射的に後ずさろうとする肩を抑えて、耳元で囁く。
「好きな奴の気配くらい、読めて当たり前だろうが」
途端、ナルトの顔が見事なほどに真っ赤に茹だった。
首筋まで赤くなってうつむいて、そんじょそこらのオトメでも今どき滅多にみられない。
うっかり引き寄せてしまいたくなるのを辛うじて堪えて、もう一押しとばかりに囁きかけた。
「ナルト」
「なななな、なんだってば!」
「さっき、オレとサクラが何話してたかって聞いた時、おまえ、オレがサクラに何て言ったかって聞いただろ」
「お、おう、言ったってばよ」
「サクラがおまえのこと何て言ったかじゃなくて、オレがおまえのこと何て言ったのかって聞いたよな」
「だから、それがどうしたってばよ!」
「それって、サクラよりオレの方が気になるってことか?」
大好きなサクラではなく、ライバル心むき出しに喧嘩ばかりしているサスケのことを。
今のところ世界でたった一人、ナルトを好きだと公言しているサスケのことを。
「そ、それは…………」
口ごもるナルトに、ああやっぱりと、サスケは思う。
(やっぱりこいつ、先着順だ)
今現在、ナルトが一番信頼している人は『イルカセンセイ』。
だって一番最初に認めてくれた人だから。
一番好きな女の子は『サクラちゃん』。
だって一番最初に優しくしてくれた女の子だから。
それは刷り込みに近いかもしれないけれど、それだけにナルトの中では絶対で、不可侵で、変わりようがないもの。
ならば。
一番最初に好きだと言って、一番最初に欲しがって、一番最初に手を伸ばした相手には、ナルトはどんな一番をくれるのだろう。
たとえばそれがサスケでも、その心を向けてくれるのだろうか。
確かめたくて、他の誰かに抜け駆けされるわけにもいかなくて、だから恥も外聞も捨て去って、なりふり構わず告白した。
皆と同じ好きなら、そんなものはいらないけれど、自分だけにくれる特別ならば、喉から手が出るほど欲しい。
くれなければ奪うだけと物騒な覚悟も決めてはいるが、どうせなら。
こっそりと、サスケは胸の中で誓う。もう、何度も何度も繰り返し誓った決意。
どうせならば自発的に、そしてなるべく穏便に。
嫌になるくらいガキで、途方もないドベで、そしてどうしようもないくらい大好きなウスラトンカチを、この手に。
「えと、だから、そーゆーわけじゃ……ちょっとはあるかもしれないけど、でも、だからって……」
なにやら意味不明のことをもごもごと呟き続けるナルト。
首筋まで赤くして、餌をせがむ鯉みたいに口をぱくぱくさせて、ホントにカワイイ。
あんまり可愛いからついこらえきれなくなった出来心。
「……っっっっ!」
柔らかそうで甘そうな、その唇をふさいでみることにした。
「ちょーしにのるなってばよ!」
「……結構、きいたな」
呟いて、サスケは痛む頬を手で押さえた。
じんじんと鈍く痛むそこは熱を持っていて、多分もうじき腫れ出すだろう。
目を眇めてナルトが駆けていった方向を見るが、オレンジ色の背中はもう影も形も見えない。
けれどサスケの表情に悔しそうな色はなく、浮かんでいるのは、してやったりと言いたげな笑いだけだった。
頬の腫れは当分引かないだろうが、それはむしろ都合がいい。
それを見る度、きっとナルトは思い出す。
今度こそ事故じゃない、正真正銘の口付けを。
『なにすんだってば、このエロサスケ!』
怒鳴り声と共に拳が飛んできたのは、サスケがナルトの唇を思う存分堪能した後で、いつもと比べても力もスピードも格段に落ちるそれを避けるのは、別段難しいことではなかったけれども。
さすがに先走りすぎた自覚はあるので、これくらいの意趣返しは受けておくことにした。
怒ったナルトもいいけれど、あんまり拗ねさせても後が厄介そうではあるし。
それにしてもと、サスケはしみじみ考える。
「とことん甘えよ、あのドベ」
性格も、詰めも手際も、何もかも。
本気でサスケがイヤならば、もっと早くに逃げようと思えば出来たはず。
仕返ししたいなら、あんなパンチ一発じゃ何の効果もありはしない。
何よりも。
『オ、オレはおまえなんか好きじゃないからなっ! ぜったいぜったい、好きになんかならないってばよ!』
立ち去り際の捨て台詞、そんな真っ赤な頬で、上ずった声で、泣きそうな目で言われたって、逆の意味にしか聞こえない。
「ったく、ウスラトンカチ」
低く笑ってサスケは唇に指で触れた。
何かの感触を思い出すように、愛しげに。
「どこもかしこも甘すぎだ」
サスナルパラダイス様へ投稿したお話です。お題選択式で、「甘ぇよドベ」に挙手させて頂きました。
つい先ごろ閉鎖されたので、再録しました。びみょーに修正してますが、あんまり変わってないと思う。
こちらからお願いして参加させてもらったのに結局これ1本しか投稿できず、痛恨の極みでありました。素敵なお題、たくさんあったのに…。こんな所でなんですが、ほんとすみませんでした。
確かこの頃、丁度サスケ里抜け編終了直後辺りで。あまりにあまりな展開に、「補完してやる!」とばかりに、ナルトにめろりんきゅーなサスケさんを書こうとしてたよーな覚えが。めろめろ過ぎて突き抜けちゃってますけど(笑)。
こーゆーイケイケなサスケさん、また書きたいなあ。
(05.10.22)
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