特別じゃない日
何だか落ち着かない。
テーブルの上に頬杖をついて、ナルトは途方に暮れたような視線を室内に漂わせた。
そこかしこに置かれた植物の鉢と壁のぼろぼろのポスターが、辛うじてアクセントになっている殺風景な部屋。
そこは確かに長年住み慣れたアパートの筈なのだけれど。
ひとつため息を吐いて、視線を台所の方向へ移す。
リビングと暖簾ひとつで区切られているだけのその場所からは、包丁の音やらぐつぐつと何かが煮える音やら、普段あまり聞く事のない音が響いていた。
久しぶりの休日、いきなりやって来たサスケがナルトの部屋の台所を占領してから、もう随分時間が経っている。
何度か覗いては見たものの、その度狭いし邪魔だと追い出されてしまう始末。
しょうがないから忍術書でも読もうかと巻物を広げても、どうにもこうにも集中できなくて結局は放ってしまっている。
ふわりといい匂いが漂ってきて、ナルトは思い切ったように立ち上がった。
「サスケー、何か手伝うことあ・・・うわあっ!」
台所に入った瞬間、何かが風を切って飛んできて、すぐ脇の壁に突き刺さる。
同時に、硬直しているナルトに冷ややかな言葉が投げつけられた。
「大人しく待てねーのか、ウスラトンカチ」
「だ、だからって、クナイを投げることないだろ! 壁に穴が開いちゃったってばよ!」
「こんなぼろ壁、今更穴のひとつやふたつ変わらないだろう」
無造作にクナイを引き抜きながら、サスケがにやりと笑う。
確かに、黄ばんだ壁にはくぼみやひび割れが一杯あって、そのうちのいくつかはナルトの室内特訓のせいだったりもするのだけれど。
「とにかく、手伝うってば」
「どうせもうすぐ出来る。手伝うような事は残ってねえよ」
「じゃあ、後の支度はオレがやる」
「しつこいぞ、てめえ」
「だって、オキャクサンばっか働かせるわけにはいかないってばよ」
「・・・客じゃねえだろ」
一段と低くなった声音に、ナルトはしまったと口を噤んだ。
そっと窺うと、案の定、不機嫌そうな顔。
「こっちはいいから、邪魔すんな」
「・・・分かったってばよ」
クナイを包丁に持ち替えたサスケに睨み付けられて、首を竦める。
「テーブル片付けとけよ」
すごすごとひき下がる背中に飛んでくる容赦ない声に、ナルトはこっそりあかんべーと舌を出した。
「あーもう、サスケってば、短気すぎだってばよ」
サスケに聞こえないように小声でこぼしながら、ナルトは床に寝そべった。
確かに、サスケがこの部屋に来るのなんて、もう珍しいことじゃない。
反対にこちらからサスケの家に遊びに行った数だって、両手の指じゃ数え切れないくらい。
サスケがナルトに好きだと言って、
ナルトもサスケを好きだと言った、その時から。
お互いにお互いが、誰よりもたくさん一緒の時間を過ごす相手になった。
嬉しくないわけじゃない。
むしろ、とても嬉しいんだと思う。
帰りたくない。帰ってほしくない。もっと一緒にいたい。
そう思う程度には。
・・・ただ、慣れないだけだ。
一人に慣れているというより、そんな生活しか知らなかったから、日常的に誰かが傍にいるという事実にはまだ戸惑う事の方が多い。
だからまだ、サスケが部屋に来る事はナルトの中では特別な行事で、時折サスケはそれに苛立ったような態度を見せる。
加えて、今日は更にナルトを落ち着かない気分にさせる事情があった。
「サスケの奴、マジで作る気なのかなあ」
両手一杯の食材を買い込んでやってきたサスケが、高らかに宣言した今夜のメニュー。
ものすごく難解な料理というわけではない。
サスケの料理の腕ならどうって事はない部類に入るだろう。
問題は、普段のサスケならまず絶対に作りはしないし、ナルトが食べている所を見かけたら直ちにお小言が飛んでくるというのが、これまでのセオリーだったという事だ。
「・・・やっぱサスケって何考えてるか分んねー」
しばらく頭を捻った後、しょうがなしにナルトはそう結論づけた。
「メシ、出来たぞ。片付けしとけつったのに、これじゃ食う所ねーじゃねーか」
突如降って来た声にはっと起きあがると、右手に盆、左手に大皿を持ったサスケが無表情に見下ろしている。
無愛想な面であるが、それは十分普段通りの範疇に入るもので、どうやらもう怒ってはいないらしいとナルトは見極める。
「すぐ片付けるってばよ」
「なら言われる前にやっとけ」
「あーもうおまえうるさすぎ!」
ぶつくさ言いながら、ナルトは手早くその辺りを片づけ始めた。
もっとも、散らばった物を部屋の隅に寄せるだけであったが。
その間に、サスケは手早くテーブルに皿を盛り付けた。
「ほら、とっとと食え」
大皿に盛られているのは、大量の野菜炒め。
生野菜嫌いなナルトになるべく野菜を摂取させねばという使命感を持つサスケは、2回に1回はこのメニューを加えてくる。(具や味付けはその都度変わるけど)
もうひとつ、ドンブリの中でほかほかと湯気をたてているのは。
「・・・ほんとにラーメンだ」
「ラーメン作るって最初に言っただろう」
「そうだけど」
いつもなら一楽に食べに行こうと誘っても、夕食のリクエストに挙げてみても、あっさり却下されるのに。
今日に限って、頼んでもいないラーメンを作る理由がどうしても思い浮かばない。
しかも、きっちり鶏ガラからダシを取ったスープに手打ち麺。100%うちは印の手作りだ。
「おまえ、何か悪いもんでも食べた?」
こんな聞き方したら、答えの代わりに拳が飛んでくる。
分かってはいるのだが聞かずにはいられなくて、両手で頭をガードしながら恐る恐る口を開いてみたのだけれど。
いつまで経っても衝撃は襲って来なくて、そうっと様子を窺ってみると、サスケはひどく複雑そうな顔をしていた。
「サスケ?」
「・・・食わねーなら片付けるぞ」
「わあ、そんな事言ってないってばよ!」
何がなんだか分からないけど、最近ずっと食べさせてもらえなかった大好物、ここで逃す手はない。
「いっただきまーす!」
サスケが何か言う前に、先手必勝とばかりにナルトは元気よく両手を合わせた。
「ごちそーさま!」
「うまかったか?」
「うん、すっげうまかったってばよ」
「そうか」
満足げに腹をさするナルトに、サスケも笑みを見せる。
実際、ラーメンは素晴らしく美味しかった。
一楽とは少しばかり味が違うけれども、その分サスケの手作りという感じがして、一楽より美味しいかもと思ったことは内緒だ。
満足してごろんと床に転がるナルトを後目に、サスケはさっさとテーブルの上を片付け始めた。
いつもなら、手伝えとか食った後すぐ寝るんじゃねえとか、蹴りの一つでも飛んでくる所だが、不思議なことに今日は何も言われない。
やっぱり変だと思いつつ、ナルトはその場に寝転がったままだ。
おなかは一杯だし、床はひんやりして気持ちがいいし、サスケは何だか優しいし。
細かいことはどうでもいーやという気分になって、ふわあとひとつ欠伸をした。
ゆっくりと眼を瞑ると、台所の物音が子守唄のように聞こえる。
ぼんやりした意識の中で、微かに感じるひとの気配。
(サスケが、いる)
何だか、ひどく安心した。
(こーゆーのって、なんかいいかも)
家族を持ったことがないナルトにとってこんな経験は初めての筈なのだけれど、とても懐かしい気がするのは何故だろう。
「おい」
とろとろと心地よい微睡みを破る声。
しかしその声音はいつもよりずっと穏やかで、肩を揺する手も優しい。
(いつもは問答無用で蹴るよなあ)
今日のサスケはいつもと少し違ってて、だけど悪い気分じゃなかったから、もっとぐずってみたい気持ちを抑えて、素直に起きる事にする。
「ふわあ・・・あれ?」
ゆっくり伸びをしていると、テーブルの上に置かれた物が視界に入った。
「サスケ、これって」
テーブルにちょこんと置いてあったのは、少し小さめのホールケーキ。
果物やクリームがふんだんに使われたそれは、里でも有名なケーキ屋の物だと端に置かれた包装紙が示していた。
「食わねーなんて言うなよ? オレは食えないんだからな」
「何で食わないもん買うんだってば」
「おまえは食うだろ」
これは、本格的におかしい。
事ここに到って、ナルトはサスケの言動が明らかに異常だと認識する。
ラーメン作ってくれて、ケーキ買ってくれて、あんまり口も悪くないし、どつかないし。
そりゃちょっと優しくてラッキーなんて思ったけれど。
・・・こんなの、サスケじゃない。
不信も露にじいっと見つめていると、言いたい事を察したらしくサスケは深々とため息を吐いた。
ゆっくりと片手を上げて、壁を指差す。
つられて、ナルトもその方向へ目を向けた。
指の先にあるのは。
「カレンダー?」
「・・・今日は何月何日だ」
「えっと、10月の・・・え、ええっ?! も、もしかして・・・」
信じられないとばかりに叫ぶナルトを、サスケは呆れたように見遣って、もう一度ため息を吐く。
「自分の誕生日くらい覚えてろ、ウスラトンカチ」
誕生日。
つまり、この世に生まれて来た日。
「・・・忘れてたってば」
だけど、生まれたことを喜んでくれる誰かがいなければ、そんな日には意味がないから。
だから、なるべく思い出さないようにしていた日。
そのうちホントに忘れてしまった日。
ごくたまに、何かの届けを出す時に記憶の底から掘り起こす程度の意味しかなかった誕生日。
「・・・そっか。誕生日ってお祝いするものなんだっけ」
言った後にしまったと思ったけれど、サスケはちょっと眉を顰めただけで。
「別に必ず祝わなきゃいけねーもんじゃないけど、したって構わないだろ」
さらりと流してくれたから、ナルトもほっとして悪戯っぽい笑顔をつくった。
「で、お祝いがラーメン? そりゃオレ、ラーメン好きだけど」
「・・・何欲しいって聞いたら、ラーメン食いたいなんてぬかしたのはてめえだろうが」
「えー、そんなのいつ聞いたってばよ」
ラーメン食べたいなんて、口癖のように言ってる覚えはあるが、サスケからそんな質問された覚えはとんとなくて、ナルトは首を傾げる。
「1ヶ月前」
「・・・・・」
「プレゼントなんて考えたってロクなの思い付かねーし、サクラとかに聞いても埒明かねーし。だったらとりあえず本人の希望に添うしかないだろうが」
不貞腐れたように呟くサスケに、ナルトはにこりと笑った。
「うん、ラーメンおいしかったってばよ。オレ、すっげ嬉しかったってば!」
フォローとかそういうつもりは全然ない。
ただ、本当にそう思ったのだ。
だって、1ヶ月も前から誕生日のお祝いを色々考えてたって事は。
(サスケは、オレが生まれてよかったって思ってくれてるんだ)
胸の奥がふんわり暖かくなる。
今まで感じた事がない暖かさで、もしかしてこれがシアワセってヤツなんだろうか。
そう思うと、自然に笑みが溢れてくる。
「べ、別に、これくらいどうって事・・・」
サスケにしては、歯切れの悪い反応。
無愛想でぶっきらぼうな彼が、素直な言葉には意外に弱い事を知ったのは最近だ。
「もしかして照れてるってば?」
「いちいち言うな、ドベ」
照れ隠しのように伸びてきた手が、金色の頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
けれど、力任せだったのはほんの一瞬。
すぐにゆっくりと前髪を梳くように絡められた指は、微かに洗剤の匂いがする。
その感触があんまり心地よかったから、サスケの顔が段々近づいてくるのに気付くのが遅れてしまった。
「サス・・・」
問いを発しかけた唇が、柔らかく塞がれる。
一瞬触れて、また離れて。
驚きに見開いた目を指がすっと撫でて、目蓋を閉じさせた。
「誕生日、おめでとう」
囁きと共に、また降って来た唇。
さっきより長く深く重ねられるぬくもりに、ナルトはそっとサスケの背中に腕を回した。
「・・・これも、お祝い?」
キスは初めてじゃないけれど、した後平然としていられる程慣れているわけでもない。
赤くなった顔を見られないように。
でもぬくもりが完全に離れてしまうのは寂しくて。
背中と背中をくっつけて座ったまま、ナルトはぽつんと呟いた。
「・・・サクラが」
明後日の方向を向いたまま、サスケが幾分躊躇いがちに口を開く。
「サクラちゃん?」
「何も考えつかねーならお前に直接聞くか、でなきゃ自分がもらって嬉しい物でもやっとけって」
「サスケがもらって嬉しい物って・・・」
唇に手をやって、ナルトは再び真っ赤になった。
「・・・おまえって、時々信じられねー・・・」
「ほっとけ。言っとくけど、返品不可だからな」
「・・・しないってばよ」
熱が増すばかりの頬を両手で押さえながら、ナルトは思案げに首を傾げる。
やがて思い切ったように身を起こすと、サスケの背中に抱き着いた。
反射的に振り向こうとするサスケの首に腕を回すと、ばふっと肩口に顔を埋める。
「あのさ、もひとつプレゼントお願いしてもいい?」
小さな小さな声に、引き剥がそうとしていたサスケの手が止まる。
代わりに顎の下で交差する腕を、促すようにあやすようにぽんぽんと叩くから、ナルトは思い切ってお願いを口にした。
「来年も、一緒にお祝いしてくれるってば?」
誕生日おめでとう、と。
生まれて来てくれて嬉しい、と。
来年もそう思っていてくれる?
一緒にいてくれる?
「・・・このウスラトンカチ」
かなりの勇気を振り絞ったお願いの答えは、いつもの悪態と乱暴な抱擁。
いきなり腕を引っ張られて床に倒れそうになった所を、息が止まりそうなくらい抱きしめられた。
「んな事、当たり前だろ。そんなお願いなんかしてんじゃねえ、バカ」
「・・・バカって言うなー」
「バカだからバカって言うんだろ。大体プレゼントになんねーよ。一緒にお祝いなんて、そんな事・・・」
オレだって、したいんだから。
耳元で囁かれた言葉に、ナルトは目を真ん丸にして。
思わずサスケの顔を覗き込もうとしたら、ますます強く抱き込まれて身動きできない。
しょうがないから何とか両手をサスケの背中に回すと、ぎゅうっとしがみついた。
「ありがと、サスケ。それから」
「だいすき」
10月に入ってからはっと思い出して書き始めた、ナルトお誕生日おめでとうSSです。いやー間に合うと思わなかったよ。ぎりぎりだけど。
サスケ誕生日は何も更新できなかったので、どうにかこれでリベンジできたかな。
とにかく急いで書いたので、なんかまとまり悪い。後日、気が向いたらちょこちょこ修正してるかもしれません。
しかし、ナルト視点にするとどうして性格おとなしめになるのかなあ。ちょっと不本意なんだけど。
ナルトのお祝いとか言いつつ結局サスケもいい目を見てるあたり、正直者な私です(笑)。
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