月の夜
その夜、もう春だというのに、空気はやけに冴え冴えとしていた。
闇の中、月の光に木々が白く浮かびあがる。
魔物が動き回るとしたらこんな夜。
静寂を破り、鋭い金属音が数回、短く響く。
闇の中、木の幹の小さな的に、手裏剣が5つ、深く突き刺さっていた。
黒髪の少年が姿をあらわす。
そして、的にあたるのは当然、といった態で刺さった手裏剣を引き抜く。
今日は卒業試験などと称して、なにも訓練できなかった。
あんなのは時間の無駄だ、と少年は思う。
昼過ぎに簡単な試験はあっさりと済み、ばかばかしくはしゃぐやつらを横目に、とっとと帰ってきた。
俺はあいつらとは違う、と思う。
大体、卒業するためにはいったんだから。当然のことをなぜいまさら喜ぶ?
それに。卒業するのが目的じゃないだろ。卒業するってことは、忍者になるってことで。
一人前になって、それから、死ぬかもしれないってことだ。
おれは、あいつを殺せたら、死んでもいい。
おまえらに、その覚悟が、ほんとにあるのかよ。
それと。
いたずらばっかりしてる、うざいどべ。おまえも。
そんなんで、がっかりしてんじゃねえよ。
こんなもん、たいしたことねえだろ。
(・・・今日は、このくらいに、しておくか。)
いつもなら、もう少し鍛錬していくところだが、どうにも、何かいやな感じがする。
帰ろうとして。微かに視界の隅で何かが動いた気がした。どこで?気配が消える。
その瞬間、反射的に横に飛びのく。今までいた場所にクナイがつきささる。
何が起こっているかはわからないが、このままではやられる。
ここでは、不利だ。とっさに判断し、木の枝に飛び移って相手を見ようとして。
地面に叩き落された。
鈍い落下音がして、上からねじ伏せられる。
「見つけたぞ、このガキ!」
「手間取らせやがって。」
「この、ばけものめ。」
わらわらと、5,6人ほどが出てくる。
さっきまで気配さえしなかったのに。この殺気。
(まさか、こいつら、暗部か。)
殺される。理屈ではなく、そう思ったとき。
「おやめ。」
凛とした女の声が、鋭く響く。
「しかし、紅!」
「そいつあ人違いさ。いきな。」
紅、と呼ばれた女が、けだるそうに答え、顔をあげると、もう、やつらはいない。
闇の中に、やけに赤い紅が映える。若い女がいた。
「わるいことしたね。」
「なにが、あったんだ。」
いやな、予感がする。
「いったろ、人違いさ。」
「・・・誰を、追ってるんだ」
「もう、かえりな。今日は子供が出歩くのには良くない日だからね」
そういうと微かに笑い、消えた。
木の葉の里は忍びの里。軍事拠点だから、いろいろと秘密がある。
たとえばいつのまにか消えた人。
うわさでは、死んだとも、幽閉されたともいうが、本当にはだれも知らない。
穏やかな暮らしには多くの戒律があり、自由に里の外に出ることもできない。
固く閉ざされた大きな門の中で、追われる子供が、助かるとは思えない。
闇の中、笑った女の赤い口がやけに焼きついていた。
サトノナカデオワレルコドモ。
俺くらいの年で。
不意に、黄色い頭のうざい奴が脳裏を掠めた。
(・・・まさか。)
殺されるようないたずらなんて、いくらなんでも。
・・・・いや。やりかねんか?
脳みそなしで、どべで、騒がしくって、馬鹿で間抜けでウスラトンカチ。
あんな奴、自業自得だ。放っておけばいい。
だいたい、あいつ、ナルトと決まったわけでもない。
また誰かに鉢合わせたら、間違いでも殺されかねない。
明日は卒業者の説明会で、上忍との顔合わせもある。
帰ったほうがいいのはわかっていたが。
「・・・馬鹿が。」
舌打ちして、サスケは走り出した。
街の中にも、行きそうなところにも、いなくて。
(あんなやつ、しんじまったとしたって、しかたねえのによ)
どうでもいいあいつのためになんか。
なんでおれはこんなにまで必死に探してるんだろう。
試験に落ちて、ひとりでしょぼくれてた背中。
あんなのが最後なんて、認めねえ。
だけど夜は、もう白みかけてる。
ちっぽけなあんな奴ひとりにさえ、おれはなにもしてやれない?
アカデミーの校庭に来ていた。
もう、学校に行くなら起きてる時間。タイムリミットだ。
暗部なら、仕事を済ませてしまっているだろう。
今日は、またいつものように学校に行って。
あいつがいなくたって、一緒なんだ。
「サスケってば、朝早いのな。」
うしろから、声がする。あの、ばかの。
振り返ると、泥と傷まみれのくたくたになったドベと、
不器用にぐるぐる全身を包帯で巻かれたイルカ先生。
あちこち血がにじんで、ナルトを支えにしてやっと歩いている。
それなのに、なんだか晴れやかな顔。
(・・・ああ、そうか)
ぴったりくっついて離れないウスラトンカチをみて。
(こいつが、たすけたんだ。)
生きてて良かった、安堵して。だけどなにか、ひっかかるもの。
無言で、会釈して。横を立ち去ろうとして。
イルカ先生がナルトには聞こえないように俺にいった。
「ありがとな、サスケ」
あんたに、いわれたくねえよ!のどまで、でかかる。
自分の気持ち。
あのドベに、分かることはないだろうけど。
まして自分が言うことも、多分ないだろうけれども。
「サスケ、俺!」
大声で呼びかけるから、仕方なく振り返る。
「卒業したんだってばよ」
嬉しそうににっと笑う。
「そーかよ」
なんで、うれしいんだよ、そんなこと。
だいたい、卒業したくらいで。
「俺ってばさ。絶対火影になるんだってばよ!」
「・・・そーかよ。」
「サスケは?」
「・・・」
「卒業しただけじゃ、イミないんだってばよ!」
えっへんと威張るドベに、調子に乗るな、とイルカ先生のゲンコツが飛んだ。
春の、やわらかい朝の光。
桜の散る中、おれたちは、校舎へと歩いていった。
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