ジャストサイズ
「えっと、うーん、・・・・んー?」
隣から聞こえてくる唸り声に、サスケはペンを走らせる手を止めた。
これくらいも静かに出来ないのかと少々の呆れを交えつつ振り向けば、がりがりとボールペンのキャップを齧りながら手元の紙を睨み付けるナルトが目に入る。
「何をそんなに悩んでる」
「だってさあ、いきなりこんなん書けって言われたって、すぐには無理だってばよ」
「何で無理なんだ。テストでもあるまいし、単なる身上調書じゃねえか。自分のことも分からないのか、ウスラトンカチ」
「悪かったな!」
わざとらしくため息を吐いてみせれば、ナルトはぷいっとそっぽを向く。
勢いでくしゃっと握りつぶされた紙を取り上げ、丁寧に伸ばして机の上に戻すと、サスケは軽くナルトの額を小突いた。
「提出物を乱暴に扱うんじゃない、ドベ」
「いちいちドベって言うなってば!」
「少なくとも今現在の状況からすれば、おまえは立派なドベだ」
さらりと返せば、ナルトはひどく悔しげな顔を見せたけれども、言い返す事はしなかった。
今、サスケとナルトの目の前にある紙は、今日の任務終了後にカカシから手渡されたものだ。
『悪い悪い。うっかり渡すの忘れてしまってなあ。提出は今日の5時までだから、受付に出しとけな』
まったく悪いと思っていない表情で言われても、信憑性の欠片もない。
が、幸いというか不幸にもというか、7班のメンバーにとってこんな事は日常茶飯事で、今更大声で責め立てることもなく、ただただ冷ややかな視線を投げ付けるのみ。
そんな無駄な事をする暇があったら、とっととやるべき事をやった方が早いという合理的思考を否応なく身に付けてしまった子供達。
ある意味、カカシの放任主義的教育は実を結んでいるのかもしれない。(そんな高尚なモノあるか!とは7班その他の公式見解であるが)
というわけで、肉体労働の一日を終えた後、彼らは受付の片隅の机を借りて、黙々と身上調書を埋める作業に勤しんでいるのである。
下忍になる時に同じような書類を提出してるのだし、何でまた似たようなものを書かなきゃならんのかと、馬鹿馬鹿しくはあるのだが、規則だから守らなければペナルティがあるなんて言われてしまっては、大人しく従うしかない。
書類ものに強いサクラはさっさと片付けて帰ってしまい、サスケも大方は書き終えたのだが、ナルトだけが今だ難しい顔で考え込んでいる。
「で、何が書けないんだ?」
唸り続けるナルトに、サスケは更に問いかけた。
身上調書とは要するに、名前、住所、生年月日等の基本情報を書くものであって、少なくとも本人が分からないようなものはない筈だ。
「えっとさ、ここ」
「身長と体重? 何でそんなものが分からないんだ」
「だってこんなん最後に計ったの、アカデミーん時だってばよ。ふつー、もう覚えてなくたって当たり前だろ?」
ほとほと呆れたような口調に、ナルトはぷうっと頬をふくらませながら反論する。
柔らかそうなそれに、つついたら気持ちよさそうだなと、わき起こる誘惑をサスケは辛うじて押さえた。
「おまえ、月イチで測定義務あるの忘れてたのか」
「へ?そんなんあったの?」
「・・・・やっぱりな。いいか、忍者ってのは、潜入任務をやることもあるんだ。そん時外見に条件が付く場合もあるから、常にある程度のデータは報告しておかなきゃならない。それに」
「それに?」
「万が一の時には死体確認の参考にもなる。・・・・さてはおまえ、今まで全然やってなかっただろう」
じろりとサスケに睨まれて、ナルトは困ったようにぽりぽりと頭をかいた。
「えへへー」
「笑って誤魔化すな。特にオレ達は今成長期だから身長も体重もすぐに変わる。だから余計マメに報告しろって言われてるんだぞ。・・・・まあ、おまえはあまり変化なさそうだが」
「む、失礼な奴! オレだってちゃんと大きくなってるってばよ!」
「へえ?」
「・・・・多分」
小さな声で呟くナルトに、サスケはこっそり笑いを噛み殺した。
勿論それをナルトに悟られるようなヘマはしない。
元々表情が乏しいせいもあるが、負けず嫌いのナルトにそんな火に油を注ぐような真似をしたら、ますますムキになって、しまいには絶交なんて叫ばれかねないからだ。
事実そうした事は過去に何度かあり、その度にサスケは寿命の縮む、と言うよりいっそ殺せと言いたくなるような思いをしてきたわけで、結果ちょっとやそっとじゃ崩れない見事な鉄面皮が出来上がる。
『そのいらんこと言いの口をどうにかすれば、一番いいんじゃない?』
なんて事情通の周囲からのこの上もない正論は、慎んで却下。
(人間、出来る事と出来ない事があるからな)
努力した事がないわけではないらしい、うちはサスケ。開き直ると厄介だ。
「分からないならどっかで測ってくればいいだろう。アカデミーの保健室でも行って来い」
机に突っ伏すナルトの頭を鉛筆で軽く小突きながら、サスケはとりあえず建設的意見を出してみる。
が、ナルトは如何にも億劫そうに顔を向けて、
「アカデミー遠いし、時間ないじゃん。それに面倒だってばよー」
確かに、限界まで体力を使った単純労働の直後に苦手な書類書きとくれば、元々我慢強い方ではないナルトが、いい加減嫌気が差すのも自然な成りゆきと言えなくもない。
サスケは肩を竦めて立ち上がった。
「サスケ?」
首を傾げるナルトの手を引っ張って、目の前に立たせる。
不思議そうに見上げてくるのに、サスケはおもむろに口を開いた。
「バンザイしてみろ」
万歳とはあれですか。お祝したり何か讃えたりする時、両手を上に上げるあれ。
そういえば、ホールドアップにも似てるかも。
突然の台詞に、ナルトは目を丸くする。
一体何事かと疑問を口にするよりも早く。
「ほら、とっととやれよ」
「え、えと、バンザイ」
サスケのあまりにも偉そうというか当たり前な様子に押されてか、反射的に両手を大きく上げた。
すると、すかさずサスケが無防備に空いたナルトの両脇から背中に腕を回して、自分の方に引き寄せる。
予想外の動きにナルトが呆然と固まってるうちに、きっちりしっかりホールディング完了だ。
「うわわわ、何すんだってばよーっっっっ!」
「暴れんな」
「暴れるってば!」
ようやく、じたばたと暴れ始めたナルトにサスケはちっと舌打ちしたが、もちろん逃がすような真似はしない。
がっちり腰をホールドしたまま回した腕に力を込めて持ち上げれば、浮き上がった爪先に慌てたナルトが反射的にサスケの首にしがみつく。
いわゆる抱っこの体勢だ。
と言っても、そう体格が変わらない二人の事、大人が子供にするそれとはかなり趣は違っている。
胸も足も腰もどこもかしこもぴったりと密着して、おまけに僅かに高くなったナルトの目線は、サスケの顔とごく至近距離にあって。
目が合った瞬間、丸い頬がぽんと真っ赤になった。
「はははは、はなせってば〜〜〜っっっっ」
耳元で喚かれて、サスケが僅かに眉を顰める。
そして、何かを確かめるように腰を抱える腕に一瞬力を込めた後、唐突に離した。
「いって〜、いきなり何すんだってば」
「離せつったから離したんだろ」
ようやく解放されたものの、勢いで床に尻餅をついてしまったナルトの文句もサスケはさらりと聞き流す。
それでも手助けするかのように差出された手は、しかしナルトに振り払われた。
「サスケのバーカ」
立ち上がり様、思いきり舌を出すナルトに、サスケは苦笑する。
顔を顰めながらもナルトの頬はまだうっすら赤くて、言葉程に怒っているわけではなさそうで。
大体において、ナルトはスキンシップに弱い。
時と場合を選べばさほど嫌がりはしない。(今が時と場合に合っているかは、この際おいといて)
その証拠に、ちょいちょいと手招きをすれば、訝しそうにしながらも、とことこ近付いてくる。
学習能力がないのか警戒心がないのか、どちらにせよ。
(だからてめえは目が離せないんだ)
そんな事を考えながら、サスケはおもむろに金色の頭に手を置いた。
柔らかな感触を確かめるように、ぽんぽんと何度か軽く叩いてみる。
その度にふわりと立ちのぼるお日様の匂いにこっそり目を細めていると、焦れたようにナルトが睨み付けてきた。
「今度は何なんだってばよ〜」
「動くんじゃねえよ。ちゃんとまっすぐ立ってろ」
言いながら、ナルトの肩を掴んで姿勢を固定させる。
そして、ナルトの頭の上に置いたままだった手を自分の方へスライドさせると、それは丁度サスケの目の高さ程の位置に来た。
「・・・・まあ、こんなもんか」
「だからさっきから何やってんだってば!」
ぎゃんぎゃん喚くのに目もくれず、サスケはペンを取ってさらさらとナルトの用紙に何やら書き込んだ。
「あ、てめー、何勝手に書いてんだってばよ!」
「おまえが書けないっつーから代わりに書いてやってるんだろうが。感謝されても文句言われる筋合いはない」
「代わりに?」
慌ててナルトが用紙を覗き込むと、空欄だった身長体重欄は綺麗に埋められていた。
しかもmm単位、0.1kg単位まできっちり書き込まれている。
「さっきのってもしかして、オレの身長と体重、測ってたわけ?」
「それ以外の何だと思ってたんだ、ウスラトンカチ」
「・・・・セクハラ」
全身密着状態で拘束された挙句、腰を支えていた手はそれより下の方をさまよっていた気もするのだけど。
疑いの眼差しで見つめるナルトに、しかしサスケは平然と。
「ふーん? 御希望なら、別の場所で応えてやってもいいんだぜ?」
「ええええ遠慮するってば!」
にいっと嫌な笑みを浮かべられて、ナルトはぶんぶんと激しく首を振った。
「ま、どっちでもいいけどな」
ずざっと後ずさるナルトをそれ以上追求もせず、サスケは軽く肩を竦めると席につく。
まだ納得いかないような顔をしながら渋々と隣に座るナルトに見付からないよう漏らした笑みは。
『やっぱセクハラだろう』
見る者が見ればそう感じさせる要素、ありありだった。
「でもこの体重、軽すぎねえ? それに身長も! こんなにおまえと違わないってば」
「不服があるなら、自分で測って来いよ」
そう言われても、今更計測器のある場所まで行くのは時間的にも体力的にもかなりきついわけで。
大いに不満そうにしながらも、ナルトは渋々と矛を納める。
「しょうがないから今回はこれで我慢してやるってばよ」
「そりゃどうも。・・・・ところでナルト」
「ん?」
「また測り損ねたらいつでも言え。きっちり測ってやる」
さらりと言ってのけたサスケの表情は、実に楽しそうで。
「遠慮する! 何が何でも遠慮するってばよっ!」
真っ赤になったナルトが絶叫しても、それが消える事はなかった。
ちなみに。
サスケ測定のナルトサイズは、誤差5mm未満、100g以下だったらしい。
「な、何でだってばよ・・・」
呆然と立ち竦むナルトに、
「まあこんなもんでしょ」
上司とチームメイトは肩を竦め、
「当たり前だろ、ウスラトンカチ」
当事者の片割れであるサスケは、したり顔で頷いて見せたのだった。
・・・・おかしい。
最初は、少なくともサイトを始めた頃は、「口と愛想は悪いが性格はさほど悪くない」ってのがサスケのイメージだった筈なのですが。なんか最近、意地悪サスケがデフォルトになってるよーな気がします。
しかもこーゆーサスケ、結構書きやすいんだな。どうしたもんか。