空気さえ凍り付いてしまいそうな夜明け前。
 常ならば、大抵の者は暖かい布団に潜り込んで睡眠を貪る時間帯。
 だけど、年に一度のこの日は違う。
 塀の向こうを行き交う人々の気配を余所に、自宅の縁側に片膝立てて座り込む少年が一人。
 きっと見つめるその先は、藍色の闇が一際濃い影を造る山の端。
 やがて朝の光が徐々に稜線を露にし始めると、殆ど睨むような視線を向けて、白い息と共に小さな呟きを吐き出した。
 どうかどうか今年こそ
 そしてできれば来年は
 「・・・・・・ように」






 年の始めの





 
 「あけましておめでと。今年もよろしくってば!」
 玄関を開けるなり飛び込んで来たのは、まさしく輝くような笑顔。
 今朝方拝んだ初日の出なんか、てんで目じゃない眩しさだ。
 (今年の運、もう全部使い切ったんじゃないだろうか)
 新しい年が始まったばかりだというのに、一瞬本気でそんな事を考えてしまったうちはサスケ、13歳。
 「・・・ヨロシク」
 とは言うものの、相変わらず内心と直結しないサスケの表情は、いつも通りのスカシ面で。
 嬉しいとか照れくさいとかそんな感情気付かれたくなくて、かえって無表情度は高くなっていたりする。
 沸点の低いナルトの事、出会った頃ならこれだけでぷんぷん怒り出してケンカに発展していたものだけれど。
 「じゃ、そーゆーことで。またな!」
 気にした風もなく手を振るあたり、精神的に成長著しいのは彼の方かもしれない。
 いや、そんなことより。
 「待てよ」
 サスケは背を向けかけたナルトの腕を掴んで引き止める。
 せっかく向こうからやって来たってのに、これだけで帰られるのはいくらなんでもあんまりだ。
 「何だってば?オレ、これからあちこち行く所あるんだってばよ」
 イルカ先生、カカシ先生、サクラちゃん、火影のじいちゃん、それからそれから。 
 楽しそうに指を折るナルトにサスケはムッと眉根を寄せたが、幸いそれは気付かれなかったようだ。
 「みんなに今年もよろしくのアイサツしなきゃいけないんだってば」
 「年始回りは3が日のうちにすればいいんだ。今日中に全部回る必要はない」
 「え、そうなんだってば? でも早い方がいいってばよ?」
 「・・・それよりおまえ、メシ食ったのか?」
 見え見えの手だとは思いつつ、気を逸らさせるにはこれが一番と食べ物の話題を持ち出せば、案の定、返事するより先に、きゅるると腹の音が聞こえてきて。
 ふふんと笑うと、ナルトが真っ赤になって睨み付けてきた。
 「イ、イルカ先生とこで何か食わせてもらうからいいんだってば!」
 「うちにだって雑煮くらいある」
 「お雑煮? ・・・もしかして作ったのってサスケ?」
 「他に誰がいる」
 「・・・食えんの?」
 「・・・食いたくないなら、無理にとは言わねえよ」
 背を向けて家に入る素振りを見せれば、ナルトは慌ててサスケの服の端を掴む。
 「そんなこと言ってないってば!」
 「じゃあ、とっとと入れ」
 「おう、ごちそうになってやるってばよ!」
 何故だかやたら偉そうに、だけど裾を掴んだままぴったり付いてくる気配に、サスケはひっそりと笑った。
 
 
 

 昆布といりこと椎茸で一晩とった出汁に、薄口醤油とみりんと酒を少々。
 餅は丸餅。軽くあぶって。
 鮭の切り身に白菜に豆腐。おまけにもやしと三つ葉を添えて。
 ウズラの卵も入れたい所だが、ちまちま皮を剥くのが面倒なので、鶏卵を茹でて半分に切って入れる。
 うちは家のお雑煮はかなり具沢山だ。
 盛り付けなんて考えずに適当にお椀にぶち込んでるあたりが、更にボリューム感を増していたりする。
 「うわー、ホントにサスケ作ったの? すげーってば」
 「食いながらしゃべるな。餅が詰まるぞ」
 「でもでもおいしいってばよ!」
 「んな慌てて食わなくても、足りなきゃいくらでもある」
 「・・・ほんと、いっぱいあるってばよ」
 サスケの言葉通り、鍋の中の雑煮は優に3日分はありそうだ。
 一人暮らしには多すぎるその量に、ナルトは問いかけるようにサスケを見る。
 「初めて作ったから、量を間違えた」
 はい、嘘。
 ここにもう一人のチームメイトがいたら、即座に突っ込まれていただろう。 
 確かに雑煮を作ったのは初めてだが、元々料理は決して不得手ではないサスケの事、ここまで豪快に量を間違えるなんてある筈がない。
 ・・・本当は、作り過ぎたという口実でこちらから押しかけるつもりだったというのは秘密。
 「へへー、サスケでも間違える事あるんだってば? でも、おかげでたくさん食べられるからいいや」
 口一杯に頬張りながら笑うナルトにサスケは目を細めた。
 「サスケ、食べねーの?」
 「食ってる」
 答えながら、サスケはそっと自分の腕を箸でつつく。
 箸の先には薄く切った紅白のなると巻き。
 スーパーで見付けて思わず買い込んでしまったサスケに罪はない。(多分)
 雑煮に入れても支障はなかろうとやたらと放り込んでしまったため、ただでさえ具沢山の雑煮がやたら賑々しくなってはいるが。
 それも正月らしくていいんじゃないかと思う。
 そんな思考に至るあたり、いい加減末期な気はするけれど。
 「おかわり!」
 勢い良く差し出されたお椀を受け取って。
 こんなこと一つがバカみたいに嬉しいんだからしょうがない。




 「それ、何だってば?」
 お腹一杯になって満足したのか、今更ながら物珍し気に辺りを見回していたナルトが、サスケの手元を見咎めた。
 サスケの手の中にあるのは小さな御猪口。
 中には透明な液体が入っている。
 顔を近付けてふんふんと匂いを嗅ぐと、途端にナルトは顔を顰めた。
 「うえー、もしかしてこれってお酒? おまえってば不良!」
 「馬鹿。こいつは御屠蘇だ。正月には飲む決まりだから飲んでるだけだ」
 「正月の決まり? じゃあ、なんでオレにはくれないんだってばよ」
 「一応酒だから」
 「サスケは飲んでるクセに!」
 不公平!と顔に貼り付けて睨んでくるナルトから、サスケはふいと視線を逸らした。
 こうなったら梃でも動かない性格はいい加減把握済だし、二人きりの家の中で睨み合いなんてしようもんなら、心臓やら理性やらいろんな物が保ちそうにない。
 「・・・分かった。ちょっと待ってろ。・・・ほら」
 「えへへー」
 目の前に置かれた徳利に、ナルトはわくわくした様子で手を伸ばした。
 が、一瞬先にサスケがそれを奪い取る。
 「何すんだってば!」
 「手酌なんかしてんじゃねえよ」
 「てじゃくって?」
 「いいからそれ持ってろ。零すなよ」
 言いながらナルトに御猪口を持たせ、サスケは要領良く六分目程まで中身を注ぐ。
 「一応、てめえも客だしな」
 「オレ、お客?」
 「一応だ、一応」
 ぶっきらぼうに答えつつ、耳が熱くなっている自覚はあるサスケ、気付かれなきゃいいがとそっとナルトの方を見遣ると。
 「・・・ありがとってば」
 普段の大口開けた笑い方(それはそれで可愛いが)とは全く違う、照れたような戸惑ったような、でもとても嬉しそうな笑顔がそこにあって。
 徳利を落としそうになるのを、サスケは辛うじてこらえた。




 

 多分こんな事になるような気はしていた。
 数十分後、炬燵に潜り込んだまま熟睡するナルトを見下ろして、サスケはひとつため息を吐く。
 たかが御屠蘇と言っても、立派に酒だ。
 飲酒なんて初めてだろうナルトの為にお湯で割ったりみりんで甘味を出したりしたのが、かえってアダになったらしい。
 甘い口当たりと飲んだ後のほわほわした感覚がいたくお気に召したらしいナルトは、幾度もお代わりをせがんた。
 勿論サスケは途中でストップをかけたのだが、ちょっと目を離した隙に、いつの間にか徳利は全部空けられてしまっていて。
 気がつけば、お子様はすっかり撃沈。夢の中。
 やばいと思ったが、顔色はいいし吐きそうな様子もないので、単に眠ってるだけだろうと判断してほっとする。
 ほんのり赤いほっぺたの寝顔はあんまり気持ち良さそうだったから、そのまま寝かせておくことにして、はみ出した肩が冷えないようにサスケはそっと上着を着せかけた。
 「むー・・・」
 その拍子にナルトは何やらむにゃむにゃと呟きながらごろんと仰向けになるが、目を覚ます気配はない。
 ほっとして寝顔を覗き込むと、すぴょすぴょと軽い寝息が耳を打つ。
 一瞬くらりと来たのは、微かに酒の香の混じる吐息の所為か、自身も飲んだお屠蘇の所為か。
 ナルトの、髪よりほんの少し濃い色をした睫毛は意外なくらい長くて。
 ゆっくりとそれが近付いてくるのを、サスケは不思議な思いで見つめた。
 近付いていってるのは自分の方だと気付いたのは、柔らかそうな唇がすぐ目の前に迫った時だ。
 はっとして動きを止めた時には、触れあうまで残り数cm。
 途端に跳ね上がる心臓を必死で押さえて、どうせ相手は寝てるんだし後ちょっとだろなんて内なる声もどうにか押さえて。
 ぎくしゃくと身を起こそうとしたら、何故か身体が動かない。
 やはりカラダは理性の言う事なんか聞いてくれないのか、なんて焦りの為かさんざん思考を空回りさせた挙句、サスケはようやく自分の髪に絡むナルトの指に気が付いた。
 気付かれたかと冷や汗が流れたが、閉じられた目蓋が開く気配はなく、どうやら完全に無意識の行動のようだ。
 嬉しいには嬉しいが反面非常に辛くもあるこの接近遭遇、どうしたもんかとサスケはしばし途方に暮れる。
 しょうことなしに髪を掴む指にそっと触れるとそれは呆気なく離れたが、代わりに。
 「・・・・!」
 クナイを持つには些か柔らかすぎるような指が、サスケの指をぎゅっと握って。
 未だ眠りの淵に漂っているにも関わらず、赤ん坊のような日だまりのような顔でナルトが笑った。
 躊躇ったのは一瞬。
 サスケは、細心の注意を払って身を起こす。
 繋いだ指が、離れないように。
 そうして今度はゆっくりとナルトの傍らに横たわり、小さな体をそうっと抱き寄せる。
 無意識にしがみついてくる子供の体温は暖かくて柔らかくて、ひどく心地よかった。



 
 
 
 新しい年の初めての太陽に願った事は。
 どうか今年はもっとあの子の近くに行けるように。
 そしてできれば来年は、この景色を一緒に見られるように。
 一見ささやかに見えてその実途方もなく遠大な道程のような気がしたものだけど、どうやらまるっきり無理な夢でもなさそうで。
 だって、里の端と端に位置する二人の家。
 その間にはアカデミー教師やらうさんくさい上司やらチームメイトの少女やらの家が軒を連ねているというのに。
 『今年もよろしくってば!』
 白い息を吐きながら、鼻の頭を真っ赤にして、何より眩しい笑顔と共に。
 誰より一番真っ先に、この自分に会いに来てくれた。
 多分それは気紛れか、でなけりゃ新年の御利益ってヤツで、ホントに今年の幸運を全部かき集めただけなのかもしれないけれど。
 運を運で済ませないように、願いが叶うかどうかはこの先の努力次第。
 その努力が報われる可能性は、もしかしてもしかしたら、小さくないのかもしれない。
 「期待しちまうぞ。このウスラトンカチ」
 呟いて、サスケはナルトの額にそっと口付けた。
 これくらいは雑煮と御屠蘇の駄賃にもらってもいいだろうと心の中で言い訳しながら。
 

 








 新しい年を迎えるにあたって、初心に戻ってみました。ヘタレサスケで片思い。やっぱ基本でしょう!
 しかしやたらポジティブ思考・・・。ポジティブなサスケって何かすげー違和感覚えるんですが(笑)。
 何にせよ、やる気があるのはいいことです。・・・ということにしておこう。

         感想お絵かき。なんかでかくなっちゃった。







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