温熱冷房

 

  
                       


 夏は暑いものと相場が決まっている。
 そんなことは改めて言われなくても、十二分に分かっていることだ。
 だから暑いなどと一々口にすることはかえって暑さを倍増させることにし
かならず、額から汗が滴り落ちようともその言葉は封印してしかるべきもの
だった。
 少なくとも、サスケはそう考えるたちの性格をしていた………と言うより
も、無駄なことはしたがらない性質だと言えただろう。
 だがしかし、そんなサスケのすぐ傍には、まったく正反対の性格を持った
サスケの努力を足蹴にしまくる人物が寝っ転がっていた。
「あーちーいーってばよー!」
 なるべく冷たい場所を探してゴロゴロゴロゴロと朝から畳の上を転がり続
けていたナルトの口から、そんな悲鳴が飛び出したのは、これが何度目のこ
とだったろうか。
「おい、うざいから叫ぶな」
「なんだよっ。暑いんだから暑いって叫んで何が悪いんだってばよ!」
「わざわざ叫ばなくても分かってることなんだから、叫ぶなってんだ! こ
っちまで気が滅入るだろ」
 はあ、とわざとらしいまでの溜息をついて、サスケは寝転がるナルトに背
を向けた。
 これがナルトには面白くない。
 膨れっ面になってその背中を睨む。
(だいたいさ、元はと言えばサスケが悪いんじゃん)
 この夏は記録的な暑さを誇る真夏日が幾日も続いて、木の葉の里はまさに
茹だるような状態であった。
 ここぞとばかりに電気店が大喜びするほどクーラーが売れたのは、その恩
恵に預かってのことであったし、氷屋が軒並み大盛況を誇ったのも無論その
お蔭に他ならなかったが、いかんせん、ここは忍の隠れ里、暑いから夏休み
にしましょう、なんて美味しい話などありはしない。
 アカデミーこそ世間一般なみに夏休みを堪能することは叶ったが、下忍と
もなった者にはそんな甘いことが許されよう筈もないわけだ。
 そんな毎日の暑さに耐えながら任務に勤しんでいたサスケやナルトたちが、
その日任務にあたったのはなんと電気工事の手伝いという内容で、しかも御
丁寧にクーラーの設置の手伝いだった。
 クーラーの売れ行きが良いのは嬉しい話だが、困ったことにそれを設置す
る作業が追い付かなかったらしい。
 何と言っても毎日暑い日が続いているのだから、買った方だとて何日も順
番が回ってくるのを待っていられるような状況でもなく、ついには忍に依頼
が回ってきた、と言うわけだ。
 暑い最中に室外機を取り付ける作業は、冗談抜きに、かなりしんどい。
 汗は吹き出るは日は照りつけるは、最後には気絶するかとナルトが思った
ほどだった。
 それでも、どうにかこうにか日が暮れるまでにノルマはこなし、三人はボ
ロボロの姿で報告書を提出に行き、そこで行き合ったイルカにひどく心配さ
れてしまったが、これに若いんだから平気ですよと応えたのは無論、上官の
カカシだ。
 三人は無言で、自分は日陰で休んでた癖に何言ってんだ〜! と言う目線
を向けたけれども、そんなもの何処拭く風の馬耳東風、カカシはただニコニ
コと笑っていた。
 ともあれ、一応長袖長ズボンという格好で日焼けは免れるようにしたもの
の、脱水症状を起してもおかしくない位に任務がハードだったと言うことで、
二日間のお休みを得られたことだけが三人にとっては救いだったろう。
「よかった〜。お肌が紫外線ですっかりやられちゃったから、お休みの間に
ちゃんとケアしなくちゃ。ゆっくり微温湯のお風呂に入ってのんびりしたい
し。ナルト、あんたも肌白いんだからちゃんとケアするのよ? サスケ君も
ね!」
「う、うん」
「紫外線を軽く見てると後で痛い目見るんだから。それから、クーラーは冷
やしすぎないようにしなさいね。あんたって加減なく冷やしそうだもの。あ
あ、でもサスケ君がいるからそれは大丈夫かしらね」
 クーラー、と言う単語に、ナルトがピクリと反応した。
 が、それにはサクラは気づかなかったようで、じゃあね、三日後にまたね、
と言い残して足早に自宅へと駆けて行ってしまう。
 無論、とっくにカカシはドロンと姿を消していたので、残ったのはサスケ
とナルトだけだ。
 日は暮れはじめたと言ってもまだ暑い中ぼんやり立っているのも馬鹿な話
で、二人もすぐに並んで歩き出したのだが、このあと二人は疲れた身体でし
ばし口論に陥った。
 それがまあ、現在をもってまだ引き摺っているわけで。
(せっかくあるのにさ、なんで使わないんだってばよ!)
 思い出した昨日の出来事にナルトはプウと膨れた顔で頭上を見上げた。
 すれば、そこには憧れの存在がひっそりとしてある。 
 今のナルトの最大の憧れの君………すなわち、それはクーラー。
 二人で暮らすこの3LDKのアパートは、里の東の端の方に最近できたば
かりの小ぎれいなもので、部屋はそれぞれの個室として二部屋を、一番奥の
畳の部屋を二人の寝室として使っている。
 まだ建てられて半年にもならないので室内も綺麗であるし、当然にしてク
ーラーも設置されていた。
 越して来たのは、二週間ほど前のこと。
 ナルトの長年暮らしていたアパートが取り壊されることになったのをきっ
かけに、サスケとの共同生活を始めるに至ったのだが、丁度その辺りから任
務が忙しくなって引越しの作業も急ぎ足だったなら、その後で荷物を解いた
り室内を整えたりするのも時間を見て少しずつなんとか終わらせて、正直な
話ここに越してからゆっくりと過ごすのはこの休日が初めてだった。
 クーラーの存在は勿論、知っていた。
 しかし荷物を片付けるのにあっちこっち部屋を行き来してドアを開け閉め
する状態ではつけても意味がないと諦め、夜は任務で疲れ果てて暑さなど問
題にする前に気を失うかのごとく寝てしまっていたからこれまた存在を忘れ
て、正直サクラに別れ際に言われたことでようやく自分もクーラーを使える
のだと歓喜していたのに。
 同居人は、クーラーをつける事をよしとしなかった。
 曰く、冷房は身体を冷やすからよくない、と言う。
 暑さでドロドロに解ける方が良くない、と主張しても、暴れたり無駄な動
きをしなければそうそう暑くもない。
 どうしても暑いなら団扇で扇げ。
 サスケのこの言いようにはナルトもありったけ反撃した。
 だか頑固さではナルトといい勝負のサスケである。
 ましてや正論をもって言い含めてくるのでは、ナルトに口で勝てる可能性
は皆無だ。
 よって、冒頭のごとくに畳の上をごろごろとして、暑い暑いと連呼すると
言う結果に落ち付いたわけである。
(あーあ、なんで休みなのにこんなあっつい思いして過ごさなくちゃなんな
いんだってばよ)
 仰向けになって額に滲む汗を腕でぬぐいながら、ナルトは一人ぶつぶつと
文句を言っていた。
「………そんなに暑いか」
「あたりまえだってばよ………」
 何を思ったのかそんな当たり前のことを聞いてくるサスケに、ナルトは力
のない声で応える。
 それきり、暫く沈黙が続いて。
(………あれ?) 
 ひんやりとした空気が、ナルトの上に降りて来た。
 風とは明らかに違うそれに吃驚して目を開けてみると、そこにはコントロ
ーラーを手にしたサスケと、吹き出し口の羽根が持ち上がったクーラーがあ
る。
「え? え? いきなりどうしたんだってばよ」
「暑さでやられて明後日の任務に支障をきたした、なんて言われたら俺も困
るから」
 ぶっきらぼうに言いつつ、コントローラーを置いた。
「設定温度、変えるなよ。これでも十分涼しいだろ。冷やし過ぎると逆に身
体に悪いからな」
「え、あ、うん」
 あまりに突然のことに目を白黒させるナルトをおいて、サスケは忍術書を
手に部屋を出て行ってしまった。
「どーしたんだってばよ、あいつ」
 俺があんまり文句言うんで諦めたのかな?
 そう思いつつも、クーラーの冷えた風に嬉しそうに目を細めて、極楽だっ
てばよ! などとご機嫌でナルトは畳の上をさっきまでとはまったく違う顔
で転がった。 
 そうして、何分が過ぎただろう。
「………サスケ、何してんだってばよ」
 一向に戻って来ないことに流石にナルトも不信を抱いたのか、もそっと立
ち上がり扉の前で首を捻った。
 きっと此処を開けたら暑いんだろうなあ、と分かるだけに些か躊躇われる
が、サスケがどうしているのかも気になる。
 よし、と心に決めたナルトは、まるで敵地に乗り込むかのような顔で扉を
開けた。
「うわ………あっち………」
 予想に違わず、外は熱気で蒸している。
 さっきまでそれと同じ中にいたのだが、一度冷えた空気の中に身を置いた
だけに受けるものは大きい。
 それでもなんとかナルトは意を決してサスケの捜索を始めた。
 たかだか3LDKの室内を、捜索するもなにもないのだが、ナルトとして
はまさにそんな心意気だったのだろう。
「あれ?」
 台所にも居間にも洗面所にも風呂場にもトイレにも、その姿はない。
 まさかと思って玄関を見たが、靴はちゃんとそこにあった。
 出かけたわけでなく、共同スペースの何処にもいない。
 ではいったい何処に?
「………まさか」
 額に浮き出した汗を手の甲で拭ったナルトは、はたと思いついたその事実
に急ぎ足で回れ右をすると、ノックもなしにその扉を開けた。
「なんだ、どうかしたのか」
「………なんだって………」
 すれば、予想通りにそこにはこの部屋の主、すなわちサスケがさっき読ん
でいた忍術書を手にして椅子に座っている姿があったものだから、ナルトは
思わずあんぐりと口を開けてしまう。
 なぜ、せっかくクーラーを入れたと言うのに、その部屋をわざわざ出てこ
んな西日の差し込む暑い部屋で本を読んでいるのだろう。
 サスケの考えていることがさっぱりと分からず、ナルトは暫くの間ただそ
んなサスケをまじまじと眺めてしまった。
「ナルト? 暑いんだろ、用がないなら部屋に戻れよ」
「それはおまえだってばよ! こんなあっつい部屋になんでいるんだってば
よ? せっかくクーラー入れた部屋があるのに!」
 暑さを感じていないわけじゃないと、それはナルトにもわかった。
 サスケの額にはしっかり汗が浮き出ていたし、タオルもしっかり用意され
ている。
「俺一人でさ、もったいないじゃん」
「ナルト」
「おまえ、そんなにクーラー嫌なわけ?」
「嫌なんじゃねえよ、ただ………」
「ただ?」
 なんだか置いてきぼりにされた犬のような目をするナルトに、サスケは困
ってしまった。
 言うのは少々恥かしいが………しかし言わないでいるとナルトが傷つくだ
ろう。
 その両者を天秤にかけたサスケは、あっさりと後者に重きをおいた。
 この先ずっと一緒に暮らしていく以上、いつまでもナルトに黙っているわ
けにもいかないのだと言う理由付けも忘れずに。
「俺、冷房に弱いんだよ」
「弱い?」
「涼しいのは嬉しいんだが、体温がアッと言うまに下がっちまって、関節な
んかも痛くなる」
「えー? 知らなかったってばよ。サスケ、そんなに弱いの」
「体質なんだろ。最近はいくらか慣らしてだいぶ平気にはなったけどな」
 それでも、できるなら、あまり冷房のきいた部屋にはいたくない。
「暑くないってばよ?」
「んなわけないだろ」
 たとえ暑くて汗を流し続けることになっても、脱水症状を起さないように
水分補給だけは忘れず、敢えて冷房のない場所に身を置くサスケだったが、
無論暑くないと言うわけではなかった。
 正直言って、冷えた空気が喉から手が出るほど欲しいと思う時もある。
 ことにこの数日間の猛暑ときては、覿面だった。
 なにが立秋で、どこが暦の上では秋だと言うのか。
 暑さはむしろ悪化していると言うのに。
 眩暈がしそうな暑さの中を、それでも耐えているのは一重に冷房で弱った
自分をナルトに見せたくはなかったからだ。
 それにナルトをつき合わせる形になってしまったことは、冷房は身体に良
くない、と言う建前をもってしても申し訳ないと思わないでもなかったので、
とうとう今日はナルトの意志を尊重してクーラーを発動させたのだ。
「俺のことならいいから、おまえは部屋に戻れよ。汗、額に浮いているぞ」
「それを言ったらサスケのがもっと酷いってばよ」
 むむむ、とナルトはなにやら眉を寄せてサスケを睨んだ。
「なあ、サスケ」
「なんだ」
「おまえさ、体温が下がり過ぎるから、身体痛くなるの?」
 ナルトの意図するところは分からなかったが、取り合えずサスケは頷いた。
「ああ」
「んじゃさ、下がり過ぎなきゃいいんだろ?」
「毛布でも被ってろってか? それじゃあ意味ないだろうが」
「ちっがーう、俺いいこと思いついたもんね」
 ニシシ、と笑う顔がなんだか怪しいぞ、と思いつつ、サスケはやや引き気
味にナルトを見やる。
「いいことって、またしょうもねえことなんじゃねえのかよ」
「いいから、俺に任せろよ! ほら、立つ!」
「は?」
 いきなり腕を引かれて立ち上がるよりなかったサスケは、いったい何を思
いついたんだと確認する間も与えられずに部屋から引きずり出された。
 そして短い廊下を歩いて辿り着いた先は。
「おい、ナル………」
「とうっちゃーく!」
 扉が開かれ、二人の身体はその向こうに吸い込まれた。
 ただいま現在進行計で、クーラーが頑張っている部屋に。






「で、これがおまえのいい考えってヤツなわけか」
「おう! だってこれなら身体冷え過ぎないってばよ?」
「………」
 それは確かにその通りだったので、サスケはすぐには言い返せない。
 しかしそれにしても、この状況と言うのは………
「おまえって、もしかしなくても分かってないだろう」
「はい? なにを?」
「………いい、なんでもねえ………」
 がっくりと肩を落とすサスケの今の恰好をこと細かに表記するのなら。
 まず、本人は畳の上に膝を立てるようにして座っている。
 その肩の上に覆い被さるようにのしかかっているのは、ナルトの腕。
 しかもナルトがサスケの背中から覆い被さっている、のではなくて、しっ
かりとサスケの腕の中に収まる恰好でサスケに腕を回しているのだから、見
ようによってはただいまラブラブなお時間を過ごしております、ってなもの
以外の何者でもない。
 しかし、別にキスもしていなけりゃエッチに及んでいるわけでもないのだ。
(何も考えてないのは分かってるんだけどな)
 分かっちゃいるんだか、しかし辛いものがある。
 サスケの身体が冷えないようにするためにナルトがとった手段とは、自ら
の体温でもって暖めること、だったのだが、しかしながらこれがサスケにと
ってはまったく違う意味で辛い。
(確かに身体は冷えないかもしれないが………)
「なあなあ、サスケ、身体冷えないだろ?」
 ずいっと身体を伸ばしてサスケの顔を覗き込むナルトに、サスケは返事に
困る。
 確かに冷えはしない。
 いや、ナルトに抱きつかれていると言うだけで、すでに体温は上昇しまく
りだから冷えたくたって冷えないだろう。
 そんな気持ちを必死に押えて、ナルトの方を見ないようにしながらサスケ
は話を変えた。
「おまえはどうなんだよ。せっかくクーラー入れても俺にくっついてたら暑
いんじゃないのか?」
「大丈夫だってばよ。さってサスケの体温低いからさ、別に暑くないし」
 えへ、と腕の中で笑うナルトに、サスケはくう、眩暈を覚える。
 可愛いじゃねえか、どうしろってんだ、こんちくしょう。
「あーやっぱり、夏はこうやって冷房きいてる部屋でゴロゴロするのが一番
幸せだってばよ〜」
 おまえは幸せかもしれないが、俺はちっとも幸せじゃないぞ。
 いやある意味で幸せかもしれないが、別の意味では非常に辛いんだぞ。
 そこんとこ分かってないだろう、てめえは!
「俺、眠くなちまったってばよ………」
 ふああ、と大きく欠伸をして、葛藤渦巻くサスケをよそにナルトは幸せ一
杯の顔ですりすりとサスケに擦り寄り目を閉じてしまう。
「おい、ナルト………」
 返事はない。
 かわりにくかー、すかーっと寝息が響いてくるではないか。
「………おまえ………」
 俺にこのままおまえの布団になれと言うのかてめぇは。
 いや、布団はこの場合おっ被さってるおまえだから、俺は敷布団なのか。
(って、アホか俺は!)
 よっぽど慌てふためいているのか、焦っているのか、妙に冷静な判断を下
す自分に自分でツッコミを入れつつもサスケは溜息を一つこぼし、そのまま
自分にくっついているナルトを緩く抱き締めた。
 一人だけ涼しい思いをするのが嫌だったのか、いつになく強引な手段で自
分をこの部屋に連れ込んで。
(色気はまったくねぇけど)
 気を遣ってくれているのだろうことが分かるから、とりあえず今日は好き
にさせてやろう。
 心地良い温もりを腕の中に、サスケもゆるゆると眠りに落ちた。
 いかんせん、この暑さでまともに眠れない日が続いていたのだから無理も
ない。
 気がつけばぱたりと二人はお互いを抱き締めたままで畳の上に横になり、
本格的な昼寝に入る。
 しっかり途中で目を覚ましたサスケが、タオルケットを自分たちの上に一
枚かけたことは流石というべきなのか。





「サスケー、一緒に寝ようってばよー!」
 その翌日から、お誘い下さるナルトを前に、どうしたものかと困りまくる
サスケがいたとかいないとか。
 残暑よ早く立ち去ってくれ。
 サスケの心の声は、五月蝿く鳴き続ける蝉の声に掻き消されてしまうのだ
った。





 

 「午睡紀行」の鹿埜様が配付された素敵な残暑見舞いです。

 こちらのサスケ、とっても気配りさんで、しかも空回りしてるっぽい所が大好きですv
 特に敷布団サスケ(笑)、そりゃナルト安眠できるでしょうねー。サスケにはとことん忍耐レベルを上げてもらうことにして(笑)。
 ナルトのどこかずれた一所懸命さも可愛いなあ。(あゆりん)

 暑くたって寒くたって絶対サスケと一緒がいい!そんなナルトがかわいくってたまりません。(さよ)

 鹿埜様、どうもありがとうございました。


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