--------------------------------------------------------------------------------
ステップワン
--------------------------------------------------------------------------------
サスケは、木の葉商店街を難しい顔をして歩いていた。
普段からあまり笑顔とは余り縁のない人物ではあるが、今日は普段に輪をかけて眉間に皺が寄っている。
といっても、機嫌が悪いと言うのではないようだ。
ここにサクラがいたのなら平然と話しかけ(スリーマンセルを組んで以来、随分と二人の関係はアカデミー時代とは変わってくだけたものになって、いまでは気の置けない友人にまでなっていることでいのをいたく羨ましがらせていたりする)、何があったのかを訊ねただろうが、今はサスケ一人だった。
それにしても、こんな場所に何をしに来ているのだろうか。
普段であればこんなウィンドーショッピングをメインにしたような若者が闊歩する一帯を歩くなんてことのない彼だけに、その存在はいささか浮いている。
(くそ………もう時間がねーってのに………)
サスケは小さく舌打ちしながらも辺りの店の中をチラッと見やるが、どうにもこれといったものがないことに苛立ちが重なっていった。
周囲から視線を集めていることさえ気づいていないのか、それともどうでもいいのか、そうまでしてサスケが捜し求めているもの。
それは、明日が誕生日の恋人へのプレゼンとだった。
出会ってから早六年、お付き合いなるものを始めてからは三年。
恋人と世間一般に言われる関係に持ち込むまでにどれほど苦労したかしれないが、それだけ晴れて念願叶った後は天国だった、のだけれども。
この日がやってくる度に、サスケはその明晰なる頭脳をもってしてもどうにもならない問題を抱えることになった。
あの破天荒な恋人に、いったい何を贈ったのなら喜んでくれるのか。
(わっかんねーんだよな)
多分、何を贈られたとしても喜ぶだろうと思う。
それは分かっている。
だが、サスケは心の底から喜ばせて、太陽みたいな笑顔を見たいと思うのだ。
「ちくしょー、どうしたらいいんだよ………」
ついには内なるサスケの声までもが漏れ出して。
いかに今の彼が追い詰められているのかが、それだけでも伺えようと言うところだろう。
(本当に、あいつは予想もつかないからな)
その予想のつかない相手、すなわちサスケにとって大切な恋人のうずまきナルトは、本当に昔から意外性の塊で突拍子もないことをしでかすことにかけては当時から右に出る者がなかった。
それは今でも変わっていない。
「あいつの欲しい物ってなんだよ………」
今まで、つまりお付き合いと呼べるようになるものを始める前からずっと誕生日には何がしかのものを贈ってきたサスケである。
恋人になったからにはと、三年前からは本腰いれて考えるだけ考えてプレゼントを選んだ。
確かにナルトは喜んで受け取ってくれたけれど。
サスケはしっかり気づいていたのだ。
誕生日のプレゼントを貰った時よりも、普段の任務や修業の合間にサスケから水筒の水を分けて貰った時や、くたくたに疲れた時に肩を貸してやった時、あるいは手料理を一緒に食べたりしてる時に見せる笑顔の方が、遥かにずっと嬉しそうな笑顔を見せていた事実を。
(あーもー!)
くしゃくしゃと乱暴に手で頭をかき混ぜて、サスケはうーっと唸り声を上げる。
周囲を歩いていた里人たちはそんなサスケに吃驚したように視線を向けていたが、それにさえサスケが気付いていたかどうか。
(あいつ、案外と物欲がねーんだよな)
何でも知りたがって何でも首を突っ込む割には、実際に形あるものを手に入れることについてはあまり積極的でないと言うのか意欲的でないと言うのか、ナルトはその辺りについてとても淡白なところがある。
おかげで、サスケは苦労する派目になっているのだが。
特殊な忍術の巻物をプレゼントしたこともある。
使い勝手が良くて人気が高く、手に入れるのに順番待ちな忍道具一式を贈ったこともある。
しかしどちらもサスケの望む結果は得られなかった。
今年はどうしようかと悩んでいるうちに、期日は迫って、気がつけばもう明日だ。
さあ、いよいよ追い詰められた。
いっそ一楽を買い上げてナルト専用の店にでもしてやろうか。
そんな突飛なことを思い付くほどに、サスケは行き詰まっているらしい。
まあ、お互い明日になれば二人とも十八になるわけで。
そろそろこうしたお付き合いも一つの区切りをつけて、新たに二人の居を構えてもいいんじゃないかな、なんて思っているサスケにしてみれば、誕生日のプレゼント如きで躓くなんてプライドが許せない。
今年こそは、いや今年だけは。
そう思うのに肝心の『もの』は見つけられないまま今に至っている。
だったら本人になにが欲しいか聞けばいいのに、なんて言ってはいけない。
そんな反則技を使うなぞ、冗談ではなかった。
「ああもう………どうしろってんだよ」
ブツブツと呟くその背中は、酷く哀愁を帯びていて。
木の葉の里の買い物メインストリートは、この日一日中、空の青さとは反比例してどうにも暗い雰囲気を抱えていたと言う。
それではたして目的のものを、その原因であるサスケがゲット出来たのかと言えば。
朝から良く晴れ渡った空の下。
結局何も買う事の出来なかったサスケは、手ぶらのままでナルトの家を目指して歩いていた。。
どうにもこうにも、ナルトの喜ぶものが分からなずじまいで今日と言う日を迎えてしまったその苦渋ぶりは、眉間に浮かんだ皺が物語っている。
けれど、もうどうすることもできない。
こうなったら、サスケに出来る事は一つしかなかった。
多少の問題点はこの際、無視するしかないだろう。
そう心に決めるや、これから勝負を挑みに行くのではないかと思わせるような顔で歩調を速め………いや、まさしく走って、目的地へと向かった。
早朝、まだ空も白々として人も目覚めきってはいない空気も肌に冷たい中をサスケは一気に駆け抜けて、薄汚れたアパートの一室の前に立つ。
その頬に赤味がさしているのは、けして走ってここまで来たからでも、空気が冷たいからでもない。
ちょっと躊躇ってから、持ち上げた手で扉をノック。
思えばこんな太陽が顔を見せ始めたばかりの時間に、ナルトが起きているかどうかを疑わなかったと言うのは、それだけサスケが舞い上がっていた証拠なのかもしれない。
しかし、意外にも最初のノックで反応があった。
ガタガタと音がして、それから『はーい』と声がして。
内鍵を外してチェーンを外す音に続き、少し歪んだ扉が軋むようにして開く。
「あ、サスケ。おは………」
「ナルト」
眠たそうに目をこする、その手を取って。
サスケは一つ息を吸うと先を続ける。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうってばよ」
ここ数年、と言うかお付き合いを始めて以来、今日と言う日にこの言葉を最初にナルトに言ってくれるのはいつもサスケだった。
このあと、きっと物凄く考えたんだろうプレゼントを渡してくれる。
それはとても嬉しいことで、ナルトはいつも喜んで受け取っているのだが、ナルトには実は欲しい物がたった一つだけあって、それは今だに貰えていない。
(今年はなんだろ)
昨日休みだって言うのに一日中でかけていたらしいから、きっとプレゼント探ししてたんじゃないのかなあ、なんてことをナルトが思った時だった。
握られていた手に、より強い力が込められる。
「?」
「あのな」
「うん」
「………」
何を考えているのか、一瞬間が空いて。
「好きだ」
「!」
「俺と、一緒に暮らそう」
吃驚したように見開かれた青が、そのままゆっくりと嬉しそうに微笑んだ。
それこそ、サスケが見たいとずっと思っていたもの。
「やっと、くれたってばよ」
「え?」
飛び付いてきたナルトの身体を受けとめて、今度はサスケが吃驚する。
「おまえさあ、俺と付き合い始めた時にたった一回だけしか、言ってくれた事ないってばよ、好きだって」
「そうだったか?」
「そうだってばよ。まあ、おまえがそうゆー言葉口にするの苦手だって分かってるし、言わなくても態度とかでサスケの気持ちは分かるんだけどさ、やっぱこうさあ、欲しいじゃん? 見えないけど形のあるものってゆーの?」
ニシシ、と笑うナルトに、サスケは改めていかに自分が言葉足らずかを思い知る。
そう言えば、ナルトは事あるごとに好きだと言ってくれていたのに、自分はさっぱりだった。
気恥ずかしいと言うのか、元来そういう性格をしてないこともあって、サスケはけして意識して避けていたわけではないのだが、やはり色恋に関わる面ではどうにも弱い部分が出てしまうらしい。
「すまなかったな」
「いーってばよ。ちゃんと言ってくれたし」
あ、でもだからって毎年一回だけってのはなしだってばよ、と付けたして、ナルトが笑う。
それに笑みを返しながら、サスケはそっとその唇へ自分のそれを落とした。
「で、応えは貰えないのか?」
「ああ、んーとね、じゃ、それは来年のサスケの誕生日に、ってのどうだってばよ?」
「………冗談だろ………」
どんよりとした表情になって本気で落ち込んでしまったらしいサスケに、プッとナルトは吹き出す。
「冗談に決まってるってばよ」
そしてサスケの手を引っ張って、家の中に引っ張り込んだ。
「今日は一日かけて引越しだってばよ。サスケはその手伝いな! あとご飯もサスケが担当だってばよ! 俺の誕生日なんだから」
そこで玄関の扉が締まってしまったので、はたしてサスケが何と応えたのかは定かでない。
ただ、サスケの願いもそしてナルトも願いも叶ったことは間違いなかった。
太陽はやっと里全体を見下ろせる位置にまで上ってその光を差し伸べている。
木の葉の里に小さな命が産まれてから十八回目のその日に、穏やかな朝が訪れようとしていた。
|