台風襲来
木の葉隠れの里を久しぶりに襲った台風は、かなり厄介そうな代物だった。
気象情報によれば、中心気圧が非常に低く、おまけに大型で速度が遅い。
つまり、激しい風雨が長時間続くということだ。
そういうわけで今日の任務は昼過ぎで切り上げられ、サスケは速攻で家に帰ると台風の準備に追われていた。
物干し竿とか飛びそうな物を家の中に入れ、危なそうな箇所の補修をし、食料や水等の備蓄を確認して。
一息ついて外を見ると、雨はまだそこまで激しくないものの、吹き荒れる風に木々は左右に揺れ、今にも折れそうな程しなっている。
これでまだ暴風域にも入ってないというなら、直撃したらどうなることやら。
ドアの具合をもう少し見ておいた方がいいかもしれない。
思いついてサスケは玄関に向かう。
サスケの家は、幾星霜を越えてきた由緒ある家といえば聞こえはいいが、要するに古くてあちこちガタがきているので、いくら用心してもしすぎることはない。
心なしか廊下のきしみ具合もいつもより酷いような気がする。風で壁がうるさく鳴っているせいかもしれないが。
時折、何かが壁にぶつかっているらしい音もするので、どうやらこの強風で外では色々な物が飛ばされているらしいことが想像できた。
これじゃうっかり外に出られねーなと考えていると、サスケの耳にそれまでと明らかに違う音が聞こえてきた。
ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな、けれど規則的に何かを叩いている音。……玄関のノックの音。
一体誰が、なんて考える間もなく、サスケは足を速めた。
こんな日にわざわざ訪ねてくるなんて大ボケなことをやらかすような心当たりは、サスケには一人しかいない。そもそもサスケが自宅に来るのを許しているのは、そいつだけだ。
何より、隠そうともしていない玄関向こうの気配。
「何してんだ、てめえ」
「あ、サスケー、さっさと開けろってばよー」
扉を開けるとそこには、黄色いカッパを着たナルトが、満面の笑みを浮かべていた。
「だって暇なんだってば」
とりあえず家に上げ、風呂に入れて着替えさせて居間に通して。
出されたお茶をすすりながら、ナルトはあっけらかんとそう言った。
反射的にその金色頭に拳を振り下ろしてしまった自分は間違ってないと、サスケは思う。
「いってー! いきなり何すんだよ!」
「暇ってなんだ! 大体こんな天気でほけほけ出歩く馬鹿がどこにいる!」
「ここにいるってば! つーかオレは馬鹿じゃねえ!」
「馬鹿じゃねーなら、ウスラトンカチか!」
「それいっしょ!」
ぷうとナルトは頬をふくらませると、恨めしげな眼差しでサスケを見た。
「しょうがないじゃん、テレビのアンテナ壊れちゃってテレビつかないし、修行には行けねーし、することねーんだってば」
「…………」
「その点ここなら、面白そうな巻物もあるし、家も広くて探検できるし、サスケもいるし、退屈しないだろ?」
さらりと言われた言葉に、一体どう反応したものかサスケは悩んだ。ていうか、オレは最後なのか。
眉間に深く皺を寄せたサスケを、ナルトは窺うように小首を傾げて仰ぎ見る。
「えっと、メーワクだった?」
「んなこた言ってない」
「そっかー」
へろりとナルトが笑う。
畜生、ずるいじゃねえかと、サスケは思った。
さっきの言葉もこの笑顔も、計算づくのことだったら叩き出してやるのだけれど。
そうじゃないのは分かっているので、どうにも仕様がない。白旗を上げるしか術はない。
本当にこのウスラトンカチは始末に終えなくて、けれどそれをどこかで喜んでいる自分が一番厄介かもしれなかった。
「あのさあのさ、オレただ飯食いじゃないってばよ。ほら!」
そう言ってナルトが差し出したのは、持参の大きなリュックサックで、着替えや身の回り品が入っているのかと思いきやそれは。
「こっちが新製品でー、こっちは定番なんだけどでもやっぱここの味噌が一番ウマイんだってばよ。あ、もちろんサスケの分もあるからな」
意気揚々とナルトが広げている、リュックの大部分を占めていたそれは、一面のカップラーメン。
普段ならもちろん一喝するところだが、確かにこれは非常食としてまるきり不可というわけでもない。
なのでいつものように即座に却下するのも躊躇われたが、そもそもサスケはカップラーメンがさほど好きではないし、今日は大手をふってカップラーメン三昧だ〜とナルトが浮かれているのももろ分かりだったので、その通りにしてやるのも悔しい。
「……ありがたいが、非常食に頼らなくても食い物はあるから、それはしまっとけ」
「えー、せっかく持ってきたのに〜〜」
「まだ電気もガスも点くから、非常食に手を付ける必要はねえよ。いざという時に取っておいた方がいいだろう。台風はこれからもっと近づいてくるんだからな」
「むー」
「それより、冷蔵庫に入ってるモンを早く処分したい。傷みやすいものも入ってるから、停電になる前に始末しておかないとやばいだろう」
「……うーん、ならしょうがないってば」
不承不承ナルトは頷いた。
こういう時にばかり、立て板に水とばかりに言葉が出てくるのもどうかとサスケはこっそり考える。
この口が、普段でも発揮できれば苦労は少ないものを。
「しょーがないからおまえんちの食料整理、手伝ってやるってば。何食わしてくれんの?」
そうと決まれば、早速目を輝かせているナルトの切り替えの早さに、サスケは苦笑した。
「冷蔵庫の中身次第だな」
そう答えつつ、サスケは頭の中で既にシミュレーションを開始している。
冷蔵庫の中身なんぞ、とっくに把握済みだ。
まず冷凍の魚を解凍して焼き魚、豆腐と油揚げと青菜で味噌汁を炊いて。牛蒡と人参のきんぴらも確かあったはず。一パック殆ど丸々残ってる卵は全部卵焼きにすれば、余ったって明日も食える。
素早く計画を立てると、サスケは立ち上がった。
期待を込めて見上げるナルトににやりと笑いかける。
「じゃあオレはメシを作ってくるから、おまえはこれ、頼む」
「は?」
唐突に渡されたものに、ナルトは目を丸くした。
「何これ」
「洗面器。そんなもんも知らねーのか」
「知ってるってばよっ。じゃなくてこれってふつー、風呂場にあるだろ? 何で居間になんか置いてあるんだってば」
「足りなきゃまだあるし、そっちにバケツもあるからな」
「だから何に使うんだってばよ」
「ウチは、古いんだ」
「はあ? どーゆー…………ひゃあっ」
ますますわけが分からないと言いたげに首を傾げるナルトの鼻先に、ぴちょんと冷たい水滴が落ちてきた。
咄嗟に首を竦めるナルトに、サスケは淡々と言った。
「さすがにこれだけの台風だと、雨漏りは避けられない。とりあえず寝る所だけは集中的に修理したから大丈夫だと思うが、それ以外はこれで」
と、サスケは洗面器を指差した。用意してある洗面器やバケツは、片手に余るほどの数はある。
「どうにかするしかない。とりあえず一回りして雨漏りしてる所に置いてきてくれ。それから、暗くなる前に窓や屋根の点検も」
「……えーと。わりーけど、オレやっぱ家んこと心配だし、差し入れもしたし、かえろっかなー」
あはあはと強張った笑いを浮かべながら、洗面器を床に置いてナルトは立ち上がろうとした。
その肩を軽く押さえると、サスケはそのままナルトを窓の方へ向き直らせる。
途端に窓の外でばきっと大きな音がして、折れた太い木の枝が右から左へ飛んでいくのが見えた。
「…………」
声もなく固まっているナルトを余所に、サスケは更にラジオのスイッチを入れた。
意外な程鮮明なアナウンサーの声が、台風情報を告げている。
それによると、里を流れる川が危険水域を越えたらしく、辺りの道路が封鎖されたらしい。
サスケの家もナルトのアパートも高台にあるので、浸水の心配はないけれど。
「おまえんち、川向こうだよな」
がっくりとナルトの肩が落ちた。観念したようにぼそりと呟く。
「……お世話になりますってば」
「じゃあ、これ」
「へーい」
再び手渡された洗面器を持って、ナルトは渋々ながらも返事をする。
当てが外れたようなその顔に、サスケはこっそりほくそ笑んだ。
ナルトはどう思っているか知らないが、サスケとしてはいつも振り回されているのは自分の方だと自覚があるので、意趣返しが出来たようで、ちょっぴり楽しい。
そんなこと、絶対に言わないけれど。
夕食を終え、雨漏り対策や最終点検で走り回り、どうにか大丈夫だろうという頃には結構な時間になっていた。
巻物見るか、とサスケは水を向けたが、ナルトは首を横に振るとぼすんと布団に沈み込んだ。
そのまま眠そうに目をとろんとさせているのを見て、サスケは電気を消した。幸い、今の時点では停電はしていない。
寝るにはまだ少々早いが、昨日までの任務は結構ハードだったし、今日も慣れない家仕事で多少疲労が残っているので、睡眠は多めに取った方がいい。
明日、ひょっとしたら明後日以降には、台風の後片付けの任務も入るだろうし。
暗くなった部屋で布団に潜り込む。
目を閉じると、外の物音がより一層大きく聞こえてきた。
木々をなぎ倒さんばかりに吹き付ける風の音、激しく雨戸を打つ雨の音、屋根も壁も柱もひっきりなしにきしみ、悲鳴を上げている。
経験上、音はすごいがこの程度じゃ家は壊れないと知っているから恐怖はないけれど。
うるさい。
その思いはナルトも同じだったらしい。
いつもは3秒で寝るような奴なのに、いつまでも寝返りを打っている。
しばらくして、ナルトが話しかけてきた。
「あーあ、こんなんならオレんちの方がマシだったかも」
「じゃあ次の避難所はおまえんちだな」
「え?」
驚いたような声。
サスケは、つとめて何気ない口調で続けた。
「食料くらい、持ってってやるぜ」
「……うん。えへへー」
「何笑ってやがる」
「何でもないってばよー」
ころりとまた寝返る音がして、ナルトがこちらを向いている気配がした。
見えないけれど、青い瞳がじっと見ているのを感じる。
「サスケぇ」
「ん?」
「おやすみぃ」
「……おやすみ」
気配はまた嬉しそうに笑ったが、すぐにその声は途切れた。
つられるように、サスケの目蓋も重くなる。
やがて、健やかな二つの寝息が聞こえてきた。
外の嵐も遠い世界の出来事ような、静かな静かな部屋の中で。
今現在、台風来てます。おかげでお仕事早く終わりまして。帰ってさよと電話してたら思いついたネタであります。
久しぶりに一気書きしたなあ。ある意味時事ネタなので、勢いが命。なので、推敲なしでのっけちゃいます。あしからず。(05.9.5)