きつねいろのくつした
山にはしんしんと雪が降っています。
見渡す限り真っ白な野原の隅っこで、洞穴から金色の生き物がひょこっと顔を出しました。
大きな瞳をぱちぱちさせながら、じいっと空を見上げているのは小さな小さなこぎつね。
「つめたっっ!」
ぱたぱたと冷たい粒が顔にかかって、こぎつねのナルトは慌てて穴の中に首を引っ込めました。
けれど、またすぐにそうっと顔を出しては、舞い降りる雪を嬉しそうに眺めているのでした。
「もっと積もれってばよ」
ナルトは、いつもはあんまり雪が好きじゃありません。
寒いし冷たいし、お外に行けないからです。
ナルトのふんわりした毛皮はそれはそれは綺麗な金色をしていて、白い雪にとても映えるのですが、映え過ぎて、怖い人間や獣に見付かりやすくなってしまうのです。
だから、洞穴の奥でひとりぼっちで丸まっていなければいけない雪の日は大嫌いだったのです。
でも、今日は特別です。
「オレ知ってるってば。これ、ほわいとくりすますって言うんだってばよ」
ナルトの小さな身体はわくわくではち切れそうです。
「明日はとってもえらいひとが生まれたお祭りの日なんだってば。そんで、お祭りの前の晩には、いいこの所にプレゼントがくるんだって!」
物知りのふくろうのおじいさんにこの話を聞いてから、ナルトはずうっとずうっといいこにしていました。
悪戯もやめたし、巣穴も綺麗に掃除したし、木の実もたくさん集めました。
余った木の実を他の動物に分けてあげたりもしたのです。
きっと山で一番いいこです。
「早く来ないかなあ。プレゼント」
ナルトはふさふさした尻尾をぱたぱたさせながら、空を見上げてくふふと笑いました。
いつしか雪は降り止んで、丸いお月様が姿を現しました。
けれど、プレゼントはまだ届きません。
「遅いってばよ・・・」
ナルトは段々しょんぼりしてきました。
「オレってば、いいこじゃなかったのかなあ・・・」
リスさんに上げた木の実が小さかったからでしょうか。
(だって、おなかへってたんだってば)
シカさんの子供にちょっとだけ意地悪してしまったからでしょうか。
(だって、おかあさんと一緒でうらやましかったんだってば)
耳をぺたんと伏せて、尻尾もしゅんと丸まって、ぽろっと涙が出そうになった時、ナルトは大事なことを思い出しました。
「プレゼントは眠ってる間に来るって言ってたってばよ!」
きっとプレゼントは近くでナルトが眠るのを待ってるに違いありません。
「じゃあ、すぐ眠らなきゃってば!」
喜び勇んで眠ろうとして、ナルトはもうひとつ思い出しました。
「オレくつしたもってない・・・」
ふくろうのおじいさんは、プレゼントは靴下の中に入ってると言っていました。
けれど、考えてみたらナルトはきつねなので、靴下なんて持ってるわけがないのです。
ちょっとショックを受けましたが、気を取り直してナルトは一所懸命考えました。
うーんとうーんと考えて。
「オレがくつしたに化ければいいってばよ!」
素晴らしい思い付きにナルトはすっかり浮かれています。
「よーし・・・あ!」
すぐさま実行しようとして、またまた大変なことに気が付いてしまいました。
「でもオレがくつしたになっちゃったら、プレゼントをもらうオレがいなくなるってば・・・」
それは大問題です。
ナルトはもう一度一所懸命考えて、今度はすぐにぽんと手を叩きました。
「プレゼントが来たら、元に戻ればいいんだってばよ!」
これで完璧です。
ナルトは大張り切りで念じ始めました。
「くつしたくつしたくつした・・・えい!」
ぽん!
小さな煙が立って現れたのは、ナルトの前足ですら入りそうにない小さな小さな靴下。
「これじゃ何も入らないってば!・・・えい!」
次に現れたのは洞穴からはみ出しそうなほど大きな靴下です。
「こんな大きくても困るってばよ!・・・えい!・・・もー、これもちがーう」
何しろ化けるのは初めてなので、なかなかうまくいきません。
けれどナルトは諦めません。
何度も何度も繰り返して。
「・・・も、これでいいや・・・」
結局化けられたのは、ナルトと同じくらいの大きさの金色の靴下・・・というよりは、毛糸の固まりのようなものでした。
糸はあちこちほつれていて、足を入れるところも半分くらい塞がってしまっています。
けれどナルトはとても疲れていたので、そんなこと気が付きません。
ころんと横になると、すぐにも瞼がくっつきそうです。
「オレのプレゼント・・・はやくこないかなあ」
ナルトはふわあと大きな欠伸をすると、ことんと眠りに落ちました。
真っ白な雪原を皓々と照らし出す月を、サスケは忌々しげに睨み付けました。
普段なら闇に紛れるオオカミの真っ黒な毛皮は、夜とはいえ、こんな眩しいほどの雪景色の中ではとても目立つもので、遠くからでも一目で分かってしまいます。
おかげで、今日の狩はさっぱりです。
「しょうがねえ、出直すか」
空きっ腹を抱えて戻ろうとした時、風に乗って微かな匂いが漂ってきました。
「餌・・・にしちゃちょっと違うか?」
少し迷って、サスケは匂いのする方へ足を向けました。
どのみち餌は見つかりそうにないし、その匂いには妙に気を引かれます。
確認しないと済まないような、落ち着かない気分にかられてサスケは足を速めました。
しばらく歩くと、雪に半分埋もれているような小さな洞穴が見えました。
サスケは、それまでも足音を立てずに歩いていましたが、ますます気配を潜めて慎重に慎重に洞穴まで近付いて行きます。
なぜかドキドキしながら、そっと入り口から中を覗き込みましたが、そこにはまったく生き物の気配は窺えません。
がっかりしつつ、なおもきょろきょろと洞穴の中を見渡すと、奥の方に何やら丸っぽいものがあるようです。
「・・・毛玉?何でこんなとこに」
そっと近付いてみましたが、やっぱり黄色い毛糸の塊にしか見えません。
おまけに、あっちこっちほつれていて、穴まで開いています。
「ぼろっちい・・・」
けなしつつも鼻先でつついてみると、ふわんとさっきの匂いがしました。
何だか懐かしいような、ずっと嗅いでいたいような匂いです。
前足で触れてみるとぬくぬくした感触が伝わってきて、サスケは何だか眠くなってきました。
「どうせ空き家だよな」
外は寒いし、おなかは空いてるし、自分の巣まで戻るのは面倒です。
何より、この妙ちくりんな毛玉がどうにもこうにも気にかかって、ここを離れたくなかったのです。
サスケは、毛玉をしっかり抱えるとその場で丸くなりました。
毛玉はやっぱり暖かくて、ふわふわいい匂いが鼻をくすぐります。
(ああ、おひさまの匂いなんだ)
すっかりいい気持ちになったサスケは、毛玉を引き寄せて目を閉じました。
(なんか、あったかっいってば)
ふんわり包み込まれる感触に、ナルトは少しだけ目を覚ましました。
もっとも、まだ半分以上は夢の中なので、目をつぶったままぼうっとしている状態です。
すると、暖かい何かはますますぴったりくっついてきました。
気持ちよくて、思わずすり寄ると、とくんとくんと規則正しい音が聞こえてきます。
何だかとても懐かしくて、安心できる音。
「プレゼントだあ」
ナルトはすっかり嬉しくなって、ぽんと元の姿に戻りました。
「来てくれてありがとってば」
一所懸命起きようとしますが、眠くて眠くてどうしても目を開けることができません。
「あしたの朝でいいよね。プレゼントだもん。ずっといるってばよ・・・」
ナルトはぬくもりにぎゅうっとしがみつくと、またくうくう寝息をたて始めました。
夜が明けて、洞穴の中に朝の光が射し込んで来ました。
昨日とは打って変わって晴れ渡った空は、青い色が目に染みるようです。
「う・・・わっっ!」
けれど、目覚めたサスケの第一声は爽やかな朝には些か不似合いなものでした。
それも無理はありません。
何しろ目が覚めたら見知らぬこぎつねが腕の中で丸くなっていたのですから。
(毛玉がきつねに化けた?!・・・いや、逆か)
一瞬パニックに陥ったものの、サスケは割と冷静な性格をしていたので、速やかに事態を把握しました。
とは言っても、何できつねが毛玉に化けてたかなんて分かりませんが。
こぎつねも今の騒ぎで目を覚ましたらしく、目を擦りながら起きあがりました。
しばらく眠そうにぱちぱちと瞬きをしていたこぎつねは、サスケを見付けるとにっこり笑いました。
お日様のような笑顔を向けられて、サスケはとてもびっくりしました。
なぜって、大抵の動物はサスケを見ると慌てて逃げ出すか、喧嘩をしかけてくるか、メスだったらうっとりとうざい視線を送ってくるか、そんな反応ばっかりだったのですから。
なのに、この小さなこぎつねは、今朝の空のような瞳をまっすぐ向けて嬉しそうに笑いかけるのです。
「やっぱり夢じゃなかったってば!オレのプレゼント!」
叫びながら飛びついてきたこぎつねを避けることができなかったのは、きっとあんまりびっくりしたからでしょう。
思わずぎゅっと抱きしめ返してしまったのもそのせいだと、サスケは思い込むことにしました。
「クリスマス・・・って、じゃあ、あれは靴下のつもりかよ」
はしゃぎ回るこぎつねをどうにか宥めて、事情を把握したサスケは、思い切り不審そうな声を上げました。
「それ以外の何に見えるんだってばよ、ほら!」
ナルトと名乗ったこぎつねは、心外そうに頬を脹らませて、その場でぽんと一回転しました。
ぱっと一瞬煙が立って目の前に現れたのは、やっぱり黄色い毛糸の塊にしか見えません。
「どうだってばよ!」
「・・・まあ、そう言われればそうかもな」
「そうだろ?だから、おまえがオレのクリスマスプレゼント!」
元に戻ったナルトは嬉しそうににっこり笑います。
いかにも得意げに胸を張る姿に、サスケはため息を吐きました。
もちろんクリスマスのことは知っていますが、あれは人間のお祭りで、山で暮らす動物達に何の関係もあるわけありません。
けれど、はしゃぐナルトを見ているとそんなことを言うのは憚られました。
それに。
(大体オレだったから良かったものの、あぶねー奴が来てたらどうするつもりだったんだ!・・・いやそうじゃなくても)
もしかして他の誰かにナルトのあんな笑顔が向けられていたかもと考えると、サスケはすっかり気分が悪くなってしまいました。
ちなみに自分が獲物を物色中だったことはすっかり忘れています。
「でもさでもさ、すげーってばよ!ちゃーんとオレの一番欲しいものが来るんだもん!」
「欲しいものって何だよ?」
喜び一杯のナルトにちょっと気分が浮上して、サスケはドキドキしながら尋ねます。
「おかあさん!」
即答されて、サスケは途端にがっくりしました。
「・・・誰がおかあさんだ!」
「じゃあ、おとうさん」
「・・・あのな」
「それもダメ?プレゼントのくせに注文多いってばよ」
ぶつぶつ言いながらもナルトは一所懸命考え込んでいます。
その様子を眺めながら、サスケはふと、一体自分は何をしてるんだと思いました。
誤解を解いてとっとと出ていけばいいのに、どうしてそうしようとしないのでしょう。
(だって、こいつ絶対泣くだろう)
あんなに目をキラキラさせて喜んでたのに、結局プレゼントなんてないことを知ったら、どんなにがっかりすることか。
それに、ここで出て行ったら二度とこのこぎつねと会うことはないでしょう。
そう考えると胸の奥がとても痛むのです。
かといって、おとうさんやおかあさんの代わりなんて真っ平なのですが。
「むずかしいってばよう・・・」
ナルトは考えすぎて途方に暮れてしまいました。
早くぴったりなのを考えないと、この綺麗な真っ黒いオオカミはどこかに行ってしまうかもしれません。
(そんなのダメだってば!)
だって、ずっとずっと欲しかったプレゼントなのです。
そのためにいっぱいいっぱいがんばったのです。
「おまえな、自分の欲しいもんだろ?むずかしいって何だよ」
呆れたようにサスケが呟きます。
そう言われると、ナルトはますます焦ってしまいました。
「だってオレが欲しかったのって『ずっと一緒にいてくれるひと』なんだってば!それって、『おとうさん』か『おかあさん』って言うんでしょ?」
その言葉に、サスケの耳がぴくんと揺れました。
ひどく驚いたような、そのくせ何か妙に納得したような黒い瞳が、じいっとナルトを見ています。
あんまりまじまじと見つめられて、ナルトは何だか照れてしまいました。
「ど、どうしたんだってばよう」
「・・・そんなの父親や母親以外にもあるだろ」
「え、そうなの?」
「それなら、なってやってもいい」
「ほんとに?!」
「その代わり、おまえも『オレとずっと一緒にいる奴』になるんだぞ」
「そんなのあたりまえだってばよ!」
ナルトは満面の笑みを浮かべてもう一度サスケに抱きつきました。
真っ黒い毛皮はビロードのように滑らかで、少しだけひんやりとしています。
嬉しくて、気持ちよくて、ナルトはすりすりと顔を擦り付けました。
「じゃあさじゃあさ、おまえはオレのプレゼントで、オレはおまえのプレゼントなんだってば」
見上げる眼差しにサスケは少し顔を赤くして、
返事の代わりにぺろっとナルトの頬を舐めました。
「ところでさ、『おとうさん』でも『おかあさん』でもない『ずっと一緒にいてくれるひと』って、何て言うんだってば?」
「・・・そのうち教えてやる」
「そのうちっていつだってば?」
「いつか」
「何だってばよ、それ!」
「しょうがねえだろ、まだ時期じゃないんだから」
気を逸らすように目の前で尻尾をぱたぱた振ってやると、ぷうっと頬を膨らませていたこぎつねは、たちまち目を輝かせて。
(こんなんで誤魔化されているうちは無理だよな)
夢中になって尻尾とおいかけっこをするナルトを見ながら、サスケはちょっと気が遠くなりかけましたが。
「捕まえたってば!」
ばふっと尻尾にしがみついてにっこり笑う姿に、まあいいか、と思うのでした。
元ネタは同タイトルの絵本です。
本屋で立ち読みして、これは使える!と思ったはいいが、私が童話風書くとどうしてこうエセくさくなるかな。
ナルト=こぎつねはともかく、サスケ=オオカミってどうよ。巷では奴は黒ネコらしいが(私も黒ネコサスケ好きだけど)、雪山にネコは辛かろうということで。
元ネタどおりだとサスケは可愛いウサギちゃんになってしまうので、それも却下(笑)。
可愛いお話だと思うんだけどね。
目の前で尻尾とか振られるのって絶対すっごい楽しいよね。サスケ、心得てんじゃん。(さよ)
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