ケーキはかなり甘かった。
定番の生クリームとイチゴに小さなサンタ人形が飾ってあるそれは、作った本人が言ってた通り素人にしてはそこそこの出来であったかもしれない。
けれど甘い物は天敵に近いサスケにしてみれば、ひたすら歯が浮きそうな代物でしかなく、おまけに。
「うっめー! サクラちゃんってば料理上手なんだな〜」
口いっぱいケーキを頬張るナルトの満面の笑みに、ますます面白くない心地になった。
サスケは無言で自分の分のケーキを口に運ぶ。
なるべくクリームが少ない部分を慎重に極薄カットした結果、殆どスポンジ部分しか残っていなかったが、それでも甘ったるさに胸が焼けた。
「サスケ、そんだけしか食わねーの?」
「甘い物は嫌いだって言ったろうが」
「せっかくサクラちゃんがつくってくれたのにバチアタリだってばよ」
「だから無駄にならないように、こんなところまで持ってきたんだろ。一応食ってやってんだからガタガタ言うな」
「うっわ、えらそー! つーか食ってるってほんのぽっちりじゃん。いいけどさ、サクラちゃんにはちゃんとお礼言っとけってばよ。オレ、言えねーからさ」
「何で言えないんだ」
引っかかる台詞に、サスケはフォークを持つ手を止めた。
けれど言った当人は、当たり前のような顔をして、相変わらずもぐもぐ口を動かしているばかり。
平然と聞き捨てならないことを言うのは、今日になって初めて知ったナルトの癖だが、それはサスケを苛々させた。
「だってこれ、おまえのケーキじゃん。オレも食ったって言ったら、サクラちゃんきっと怒るってば」
「馬鹿か、てめえ。そこまで遠慮なく食っといて、今更何言ってやがる」
気前よく食い散らかした皿を指差しながら指摘すると、ナルトはぐっと言葉を詰まらせた。
決まり悪そうに視線を泳がせた後、観念したようにぼそぼそと呟く。
「そ、そりゃそうだけどさ…。でもケーキうまいしサクラちゃんが作ってくれたんだし、それに………」
「それに、何だよ」
「………サスケが、持ってきてくれたんだもん。一緒に食いたいって思っちゃ悪いかよ!」
最後は逆ギレのように大声で叫ぶと、ナルトはあてつけのように大口開けてケーキを口に放り込んだ。
まるでフォークごと食ってしまいそうな勢いで。
けれどサスケには、それをのんびり眺めてる余裕はなかった。
瞬間飛び上がった鼓動と温度が急上昇した頬を押さえるのに、それはもう必死だったのだ。
(いきなり、心臓に悪いこと言ってんじゃねえよ!)
幸いに、ここ数年で身につけたポーカーフェイスは有効だったらしく、ナルトがそれに気付いた様子はない。
深呼吸してようやく息を静めると、サスケは言葉を絞り出した。
「………ウスラトンカチ」
「何だよ、そのウスラトンカチって」
「ケーキ持ってきたのもオレだし、食えつったのもオレだ。そんで一緒に食ったんだから、礼だって一緒に言えばいいだろうが」
「一緒に?」
思いがけないことを言われたかのように、ナルトは目を丸くする。
が、それは一瞬で、みるみるうちにその顔は綻んだ。
「そっか、一緒に言えばいいんだってば。サスケあったまいいんだなー」
よく考えなくても、こんな賛辞をナルトから受けるのは初めてで、今度はサスケが慌てて視線を逸らした。
無言のサスケを気にした様子もなく、ナルトはにこりと笑う。
「あのさ、クリスマスが特別な日ってホントなんだな」
「特別?」
「うん。だってサスケが変だもん」
「どういう意味だ、それは」
「変ってゆーか、親切ってゆーか、優しいってゆーか。とにかくいつもとぜーんぜん違うってば」
いつもは不親切で意地悪だというわけか。
反論したい気はするが、考えてみたらそのとおりのような気もしたので、とりあえずサスケは沈黙を守った。
それに、いつもと違うと言うのなら、ナルトの方こそそうだと思う。
やたらと素直で率直で、やたらよく笑って。
おかげで普段の喧嘩に発展しないのはありがたいのだが、調子が狂うのも否めない。
「………いいから、とっとと食え」
反応に困って、サスケはいつのまにか空になっているナルトの皿に新たなケーキを取り分けてやった。
ちなみにこの皿は、ナルトの部屋にあったものではなく、サクラが手回しよく箱の中に一緒に入れておいたらしい紙皿だ。
使い捨てフォークも添えてあったあたり何がしかの魂胆を感じるが、とりあえず今回はありがたかった。
カップですら一つしかなかったこの部屋にケーキ皿やフォークなんて洒落た物、あるはずなかったのだから。
「へへー、ありがと」
受け取って、くすぐったそうにナルトは礼を言った。
とても嬉しそうに。
「………邪魔したな」
ケーキを食べ終わってしまえば特にすることもなく。
雪があまり積もらないうちにと立ち上がったサスケを、今度はナルトは止めなかった。
「気をつけて帰れってばよ」
「誰に言ってる、ドベ」
「ドベ言うな!」
頬を膨らませつつも手を振るナルトに軽く頷きを返して、サスケはドアを開けた。
と、途端に冷たい風が吹きつけてきて、軽く身震いする。
ろくな暖房器具もない寒々しい部屋だと思っていたが、それでも外に比べると随分と暖かだったらしい。
いや、もしかしてそれは一緒にいた人間のせいだったかもしれない、とふと考えて、何を馬鹿なと首を振った。
「サスケ!」
振り切るように歩き出そうとしたところを呼び止められて、サスケは反射的に振り返った。
玄関先に上着も着ず裸足のままのナルトが立っていて、思わず早く中に入れドベと怒鳴りつけたい衝動にかられる。
が、相手の方が口を開くのが早かった。
「今日はさんきゅーな」
「あ、ああ」
「あのさ、今日、ホントはオレ、何も用事なんかなかったんだってば」
何を今更。
そんな最初からバレバレだったことを今頃蒸し返してどうすると正直思う。
けれど、見つめてくる表情はあまりにも真剣で、結果サスケは口を噤んだ。
「パーティーには行けないし、でも修行にも行きたくなくって。だって絶対サスケもパーティーの方に行っちゃったって思ってたから。………一人じゃ、つまんねーし」
寒さのせいか頬を染めながら、ナルトは早口でしゃべり続けた。
「だ、だからさ、今日来てくれて嬉しかったってばよ。そ、そんだけだってば。………じゃあなっ、サスケ!」
最後の言葉と同時に、サスケの鼻先で叩きつけるようにドアが閉められた。
建物と同じく古ぼけたそれは手荒すぎる扱いに悲鳴のような音を立てたが、すぐに静かになった。まるで、息を潜めるかのように。
サスケはその場に突っ立ったまま、しばらくそのドアを見つめていたが、やがてくるりと背を向けた。
反動のように大股で、常ならば習性で無意識に消すはずの足音すらドスドスと響かせながら、錆びた階段を駆け下りる。
随分歩いて、と言うより殆ど小走りで駆け続けて、すっかりナルトのアパートが見えなくなった頃、サスケはようやく立ち止まった。
寒さはまったく感じない。
頬も耳も頭の中も、どこもかしこも熱かった。
多分、今のサスケは、別れ際のナルトと同じ顔をしているのだろう。
………ずるい。
ただその言葉だけが、サスケの頭の中で渦巻いていた。
同じことを考えていたと、今頃分らせるなんてずるい。
自分が言えなかったことを先に言うなんて、ずるい。
おかげで。
(気付いちまったじゃねえか)
いや、違う。
本当はもうとっくに気付いてて、だけど必死に目を逸らし続けていたことを、認めざるを得なくなってしまった。
一体なんでこんなことにと、地団駄踏んでももう遅い。
気付いてしまった。分ってしまった。
ナルトが、好きだ。
(どうしよう。すげえ好きだ)
途方に暮れてサスケは空を見上げた。
相変わらず雪は止む気配もなく、頬にかかる冷たさがいっそ心地いい。
雪なんてこの里では珍しくもないけれど、クリスマスに降る雪は特別らしい。
理由なんて知らないが、少なくともサスケにとってこのホワイトクリスマスが忘れられないものになってしまったことは間違いなかった。
(ホントになんつーもんに気付かせてくれるんだ。まさかこれがクリスマスプレゼントなんて言うんじゃないだろうな)
有無を言わさぬうちにサスケの内に根を張ってしまったこの感情が、とんでもない厄介事なのか、それともいっそ奇跡なのか、それは分らないけれど。
どちらかと言えば厄介事の方かもな、と再び歩き出しながらサスケは考える。
とてものことに成就するとは思えないし、万が一したらしたで、色々問題山積みなのは確実だ。
本当に一体どうしていいやら、段々わけが分らなくなってきて、何だかもう、全部なかったことにしたいとすら思う。
けれど一方、そんなの絶対に御免だと、諦めるなんて冗談じゃないと叫ぶ自分がいることも、困ったことに真実で。
それならば。
ふとサスケは笑みを浮かべた。
それなら、いっそ賭けてみようか。
たとえば、アカデミーを卒業したら組まされるスリーマンセル。それであいつと同じチームを組むことにでもなったならば。
(そうしたら、信じてやってもいい)
これはまさしく奇跡なのだと。この先きっと二度と訪れないだろう幸運なのだと、信じてみてもいい。
心底でどちらを望んでいるかなんて分りきっている気もしたが、もう少しだけ答えを引き伸ばす猶予がほしかった。
「ま、あのドベじゃ、その前に卒業できるかも怪しいけどな」
声音に含まれていたのは、自嘲か希望か。
歩くサスケの肩に雪がはらはら舞い落ちる。
降り続ける雪は、子供の足跡を静かに覆い隠していった。
手も繋いでないクリスマス話ってどうだろう。
ま、それはいいとして(いいのか?)、予想より長くなっちゃって途中でどうしようと思いました。予定では3話、上手くいけば2話で終わるはずだったんだけど。
だって、サスケがナルトんち行ってケーキ食って帰るだけの話だよ? 長くなりようがないじゃん。と、ふつーなら思うわな。
サスケが、うだうだうだうだ考えてばっかいたのが諸悪の根元。だー鬱陶しい!男なら四の五の言わんと行動で示せ!と何度も怒鳴りつけたくなったです。
とにかくサスケ→ナルトな話を書きたかったのですよ。原作で色々あったし、こんな時こそ脳内妄想でもせんとやってらんねえや畜生って感じで。しかしサスケ、結局考えてるだけでナルトに殆ど何も言えなかったなあ。このヘタレ野郎(笑)。
読んでくださった方、感想くださった方、どうもありがとうございました。おかげさまで終わらせることが出来ました。
(04.12.25)