わけが分からないと最初は思った。
 何も悪いことを言った覚えなんかない。むしろ。
 ……なのにウスラトンカチのあの態度。
 勝手にしろと思った。まったく理不尽だ。
 けれど。
『一生、許してもらえないかもしれないぞ』
 ……それ程までに傷つけていたのなら、多分、こっちが悪いのだろう。
 けれど謝る機会すら与えられるずに、日々は過ぎ。
 いつまでも任務から戻らないチームメイトを探しに、上司から無理矢理聞きだした配達ルートを辿っていった最初の家で。
 そこで、目にしたあの光景。
 信じられないような悪意をぶつけられて、言い返しもせず、曖昧に笑う、
 うずまきナルト。
 






「さっきのあれは何なんだ」
 絞り出すような低い声は、むしろ静かにすら聞こえる。
 けれど燃えるような黒い瞳で真っ直ぐにナルトを見据え、サスケは一歩前に踏み出した。
 それに呼応して、ナルトが一歩あとずさる。
 二人の距離は変わらない。
 焦れたサスケが先に口を開いた。
「なんで何も言わない」
 ナルトの顔がくしゃりと歪む。
 やばいと一瞬思ったが、それでも胸に渦巻く怒りの感情が勝った。
 泣き出しそうな、と見えた表情はしかしすぐに消え、睨みつけるサスケを一瞬だけ見返すと、すぐにふいと視線を逸らす。
 関係ないと、口出しするなと、無言で示すかのように。
 それはここ最近、ナルトがずっと見せている拒絶の態度と同じもの。
 何度見ても、見慣れない。慣れたくない。
「あんな女にあれだけ言いたい放題させて、何で怒りもしないんだよ、てめえは!」
 一言一句まで思いだせる。どんな風にナルトを見たかも。心底厭わしげな目付き。
 思い出すたびに怒りで頭の中が煮えそうだ。
 あの時サスケがあの母親を睨んだ目付きも、あんなだっただろうか。だったら、ほんの少しでも思い知らせてやれただろうか。何も言わない、ナルトの代わりに。
 そう、ナルトは何も言い返さなかった。
 にこりと笑って、子供にプレゼントを渡しさえした。
 あれ程の暴言。サスケが言ったことなんて、まるで比較にならない程の。
「なんでだ……」
 やるせなさに、語尾が掠れた。
「オレの時は、あんなに怒ったくせに。ずっとずっと、言い訳もさせないくせに」
 なのに、赤の他人の女のことは、容易く許してしまう。
 ナルトは、はっとしたようだった。
 顔を上げて、初めて自分からサスケを見る。
 戸惑いを含んだ瞳がそれでもまっすぐにサスケを映して、我知らず鼓動が跳ねた。
 なかなか止まないその音を、サスケは苦い思いで聞いた。
(ちくしょう、何でこんな)
『サスケ』
 先刻あの家で、ナルトに呼びかけられた時もそうだった。
 髄分と久しぶりにその唇が自分の名を呼び、瞳が自分を映した。たったそれだけで。
 しかも、その相手は自分のことをこんなに、
「そんなに、オレのことが嫌いか」
 …………嫌っているというのに。







「え?」
 ナルトは、ひどく驚いたようだった。
 あれだけはっきり態度で示していたというのに、何を今更思いがけないことを言われたような顔をする。それとも、呆れているのだろうか。
 ひどく情けないことを言った自覚はあるので、サスケは自嘲的にそう考えた。
 本当に未練がましいと自分でも思っている。
 だけど、悔しい。どうしようもなく
 他の誰かにはあれだけ酷いことを言われても受け流してしまうのに、サスケの放った一言はいまだに許してもらえない。しかも、悪口ですらなかったのに。
 ナルトに好かれている、なんてさすがに思ったことはなかった。
 サスケは口がうまくない。女の子をどう扱っていいかなんて分からない。自分の感情を波風立てず相手に伝える方法なんて、皆目見当がつかない。
 けれど、ほんのちょっとした失言すら聞き流せない程、許せない程、嫌われているなんて。
「嫌いなら嫌いって、はっきり言えばいいだろ、ウスラトンカチ」
 それならもう、きっぱりと引導を渡される方がいっそ気が楽だ。
 吐き捨てるように言って、それでもその瞬間に向けられるナルトの表情を見たくなくて、サスケは顔を背ける。
 けれど次の瞬間訪れたのは、左頬へのどこか覚えのある衝撃だった。
「…………つっ」
 ご丁寧に前回と同じ場所に放たれた右ストレート。反射的に顔を逸らしたため、さほどのダメージは受けなかったとはいえ、じわりと痛みが湧いた。
 何をすると言い返す間もなく、今度は帽子が飛んできた。
 それを受け止めるか受け止めないかのうちに、更にナルト自身がめちゃくちゃに殴りかかってくる。
 曲がりなりにも忍者として戦闘術を修得しているとは思えない、子供が駄々を捏ねているようなそれに、サスケは戸惑いつつも容易く両手を押さえ込んで、ナルトの動きを封じた。
「はなせってばよ、バカサスケ!」
「バカはてめえだ、ウスラトンカチ!」
「うるさいっ、ばかばかばかばかばかさすけ! オレのこと嫌いなの、サスケの方じゃんか!」
「ああっ?!」
 心の底から思いがけないことを言われて、思わずサスケの手から力が抜けた。
 その隙にナルトは拘束から逃れると、息を弾ませながらサスケを睨みつける。
「オレのこと、きつねって言ったくせに!」
「言ってねえ! きつねみたいな髪って言っただけだろ!」
「おんなじだってばよ!」
「全然違う! 大体、きつねって言っただけで何で悪口って決め付けるんだ」
「悪口に決まってんだろ! だってみんなきつねダイッキライなんだから!」
「皆が皆そうとは限らないだろ! そうだとしても、なんで他の奴がそうだからってオレまで嫌いにならなきゃいけないんだ!」
「え……」
 不意を突かれたように、ナルトはぱちぱちと瞬きをした。
 大きな瞳を見張って、まじまじとサスケを見つめる。
 けれどサスケはその視線に気付かなかった。
 この、短気で早とちりな生き物の誤解を早く解かなければ、伝えなければ。
 気が急いて、頭に血が上って、周囲のことなど目に入らない。己が今から何を言おうとしているかすら、無意識だったかもしれない。
 言葉を選ぶ暇も無く、大きく息を吸い込んで、サスケはただ、浮かんだことをそのまま口にした。
「だってきつねは、可愛いじゃねえか!」







 金色でくりっとした瞳のふわふわした生き物。
 その姿を、サスケは今よりもっと小さい頃に見たことがある。
 以前住んでいたうちは一族の集落は里の外れの方にあり、山や森と近かったため、そこらで修行をしていると、時折見かけたのだ。
 可愛いなあ。もっと近くで見たいなあ。
 そう思っても、それはとても用心深く、サスケが近寄ろうとする素振りでも見せようものならあっという間に逃げ出してしまい、遠目に眺めるしかできなかったのがとても残念だった。
 ずっと昔、サスケが生まれるか生まれないかくらいの頃、狐の化け物が里を殆ど壊滅寸前にまで追いやったことは、もちろん知っていた。
 里人が今でもその化け物を激しく憎んでおり、その憎しみは僅かでもそれを思い出させるものにまで及んでいることも。例えば、化け物でも何でもない、単なる動物としての狐までも。
 けれど、それはあくまでも知識として、だ。
 他の家ではどうなのかは知らないが、サスケの今は無い家族は、事実を事実として教えたのみで、化け物に対する憎悪を露にすることはなかった。少なくともサスケの前では。
 当然、似ているというだけで何でもかんでも排斥するなんて思考とは、サスケはとんと無縁だった。
 だからあの時、ナルトの流れるような髪を目にして。
 幼い頃、触れてみたかったあの金色を思い出して。
 思わず滑り落ちてしまった言葉。
 それが、悪意を意味するものだなんて、カカシに言われるまで思いもしなかった。
『きつねって言葉すら嫌がる奴ら、結構多いんだよ。むしろ圧倒的多数派だな。そこへナルトのあの髪だ。小さい頃からあの子が、どれだけ嫌な思いをしてきたか分かるか?』
 カカシの言葉は結構な衝撃で、だけどそれならナルトの怒りも理由がつくと思った。
 けれどそれはあくまでも思っただけに過ぎなくて、実感を伴ってはいなかったのだ、ということが後に分かる。戻ってこないナルトを探しに行った先で見た、あの光景で。
『汚らわしい……出て行って!』
 あれ程の憎悪を事あるごとにぶつけられていたとしたら、確かにナルトにとって、狐という単語も自らの髪の色も到底いい意味にはなり得ない。
 今更ながらにカカシの言葉が身に沁みて、だけど同時に感じた絶望と憤り。
 サスケは確かにひどいことを言った。
 けれどあの母親に比べたらどうということはない。しかもサスケの方は悪意も憎悪もなく、むしろその反対の感情を持っていたのに。
 なのにナルトは、あの母親は許して、サスケは許さなかった。
 どうして。なんで。オレは、こんなに、おまえが……なのに。
 悔しくて眩暈がしそうで、でもナルトを責めるわけにはいかない。そのつもりもない。
「何それ、そんなのかわいーわけないじゃん……」
 サスケの言葉を受けて、ナルトがぽつりと呟いた。
 力ないその声は、けれどこれまでの拒絶する響きはないようにも聞こえる。
 それはサスケの願望かもしれないけれど。
「うるせえ、オレがそう思ってるだけなんだから、勝手にさせろよ」
 だけど。
 もしかしてもう遅いのかもしれないけれど、誤解を解くことができたなら。
 ちょっとでもナルトの心をほぐせる可能性があるならば。
「サスケ、きつねを見たことあるの?」
「ある」
「きつね、嫌いじゃないの?」
「嫌いじゃない」
「じゃあ、きつねのこと、ホントに可愛いって思ってるってば?」
「ああ」
 きっぱりと断言する。と、ナルトの顔が瞬時に真っ赤になった。
 着ている服にも負けないようなあまりにも急激なその変貌に、ふと我に返ったサスケが己の発言をよくよく顧みてみると。
「……あ」
 途端に、サスケの顔も同じ色に染まる。
 必死に言葉を紡いでいるうちに、ほとんど無意識に口走ってしまった。
 これではまるで、ナルトのことを可愛いと言っているようなものだ。
 ……それはおもいっきり本心なんだけど。
 どうしよう、とまず混乱し、次いで、正反対のことを言って誤魔化そうか、といつもの天邪鬼な性格が顔を出したけれど、どうにかそれを押しとどめた。
「だから、オレは……」
 ここで間違えたら、もう二度とナルトに許してもらえないだろう予感がサスケにはあった。
 今度こそ、今度だけは、本当のことを言わなければいけない。
「オレは、おまえが好きなんだ」







 しまった。また言い過ぎた。
 咄嗟にサスケは自分の口を押さえたが、もう遅い。
 究極的に言いたいことには違いないのだが、いくらなんでも順番をすっ飛ばしすぎた。
 見るとナルトは、目をまん丸にして、口も半開きのままひたすらに固まっている。
「うそ…………」
 呆然とした響きがそこから零れて、サスケはカッとした。
(人の一大告白をウソとはいい根性じゃねえか、てめえ)
 開き直りにも似た心情が生まれ、サスケはぎろりとナルトを睨みつけると憤然と口を開いた。
「ウソじゃねえよ、どこに耳ついてんだ、ドベ」
「だ、だって、そんなん聞いてねーもん……」
「言ってないから当たり前だろ」
「そしたらサスケの方が悪いんだってば!」
「んなこと簡単に言えるか! とにかくこれでおまえの思ってることは全部誤解で間違ってるってことは証明したからな! そのうすっぺらい脳みそによく刻みこんどけ!」
「うすっぺらいって何! つーかオレのどこが間違ってるんだよ!」
「オレはきつねが嫌いじゃないし、可愛いと思ってるし、おまえのことはすげえ好きで、すげえ可愛いって思ってるんだ。分かったか、このウスラトンカチ!」
 一気に言い終えて、サスケは大きく肩で息をした。
 どうだコンチクショウという気持ちと、ヤバイとうとう言ってしまったという気持ちがせめぎ合い、思わずこの場から走り去りたい衝動にかられる。
 それをぐっとこらえて、勇気を振り絞ってナルトの顔を正面から見据え、……ようとして、サスケはぎょっとした。
 ぽろり、ぽろりと、青い瞳から零れ落ちる水の雫。
「ナルト?」
 おそるおそる問いかけると、ナルトはぐすんと鼻をすすった。
「オ、オレ……おまえ、に、きら、われ……てる、おも……って。しかたない……けど、あ、たりまえ……なん……だけど、しかた、な、い……けど、でも…………でもっ」
 ひくっと大きくしゃくり上げる。
 見かねたサスケがその肩に手を置いて止めようとしたが、ナルトは頭を振ってその場にしゃがみ込んだ。
「………………た」
 膝を抱えて座り込んで、しかも俯いたまま泣きじゃくっているために、声がくぐもってよく聞き取れない。
 聞き逃したくなくて、サスケはその向かいに膝をつき、耳をそばだてた。
「さすけ、おれのこと、きらいじゃない…………よかった」
 そこから先はもう言葉にならず、ただ、うええんと小さな子供のように無防備な泣き声しか聞こえなかった。
 どうしよう。
 金色のつむじを見ながら、サスケは呆然と考えた。
 泣いている女の子を前に不謹慎かもしれないけど、それでも。
 どうしよう。すごく、嬉しい。
 ひくっ、ひくっと、嗚咽の声と共に小さな肩がいつまでも揺れている。
 短い髪から覗く襟足が白くて、ひどく寒そうに思えた。
 サスケは少し逡巡すると、思い切ってそうっと両腕を伸ばした。
「泣くな」
 冷たい外気から守るように、ナルトの頭から背中まで覆うように抱きしめる。
 ナルトの身体は一瞬大きく震えたが、宥めるように背中を撫でると少しずつ大人しくなった。
「髪、ごめん」
 ふるふるとナルトがまた頭を振った。
 金の髪にそっと頬を寄せる。細く冷たい感触が心地よい。
 そのまま、ナルトの泣き声が止るまで、サスケはずっと動かずにいた。







 すたすたと歩きながら、ふと立ち止まる。
 きっかり三歩後ろの足音も、同じタイミングで立ち止まった。
 くるりとサスケが振り返ると、ナルトは慌てて下を向いた。
 二人ともようやく落ち着いてどうにか帰り道を辿りだしたはよいけれど、延々これの繰り返しで、サスケはいささか途方に暮れ始めている。
 あれだけ派手に泣いた顔を見られるのが恥ずかしいのだろうと、察しはつく。
 その気持ちはサスケも分かるから、殊更その顔を覗き込もうとか、ましてからかおうなんて気は更々ないが、ナルトとしては、そういうわけにはいかないらしい。
 どっちかと言えば、気まずいのはこっちの方だと、サスケはこっそり考えた。
 だってまだ、サスケは答えをもらっていない。
 さっきはとにかくナルトの涙に気圧されて、どうやら嫌われてはいないらしいとほっとして、舞い上がってしまって気付かなかったが。
 考えてみれば、ナルトからはっきりした言葉は何一つもらっていないのだ。
 今更蒸し返すのもどうかと思うし、向こう1年分くらいの勇気はもう使い切ってしまったような気もする。
 情けねえと内心ため息を吐き、それでもサスケは今持てる分の勇気を振りしぼって立ち竦むナルトに手を差し出した。
「サスケ?」
「早く帰らないと、サクラとカカシが心配してる」
「え、ホント? 二人とも待っててくれてんの?」
「今頃凍死してるかもしれねーぞ」
「う…………」
 茹蛸のような顔で、ナルトが思い切ったように手を伸ばした。
 犬の子がお手をするように差し出されたてのひらを、ぎゅっと掴む。
 掴んだ手ごとぐいっと引っ張ると、勢いで、ナルトはとてとてっとサスケの隣までやってきた。
 そのままのポジションで歩き出せば、今度は一緒に大人しく歩き出す。
 手が振りほどかれる様子もないのでほっとしていると、やがてナルトがぽつりと言った。
「あのね、サスケ」
「何だ」
「オレ、サスケに嫌われてなくてよかった」
「…………」
「オレ、サスケにだけ嫌われてないんだったら…………それでいいや」
 本当は。
 サスケは薄々気付いている。
 きつね
 その言葉に対する、ナルトの、そしてあの母親の、激烈な反応。
 カカシの半ば茶化すような言葉では説明しきれない何かがそこにあると、確信めいて思う。
 知りたくない、筈がない。
 だけど。
 てのひらから伝わるぬくもり。
 目が合って、ほのかに笑う。
 だけどそれはナルトが絶対に知られたくないこと、そして無理強いすれば、今手にしたものをきっと容易く失ってしまうから。
 だから、これでいい。少なくとも今は。 
(オレは、おまえにだけ好かれていれば、好きになってもらえれば、いいんだ)
 その言葉は胸の中だけで呟いて。
 サスケは、繋いだ手に力を込めた。
 
 
 
 
 










 えと、まずは。これまでお読みくださった方、ありがとうございました。どうにか終わりました。
 今回とうとう、クリスマスに間に合わないという失態をやらかしてしまい、すみませんでした。ついですね、今までの経験上、追い詰められた方がさくさく書けるのー、と甘ったれたことぬかしやがってたのが敗因であります。
 したら25日、いきなり朝から発熱し、起き上がれない状態になりまして。ああ、これって世の中そんなに甘いもんじゃないよーんというカミサマの仰せだったのでしょうか。でも、あんたにんなこと言われる筋合いないよ、わたしゃ平均的な日本人としてきっちりと平和的無宗教貫いてんだからさ、カミサマ! ……だからか。
 話の内容についても少し。実は元ネタは「赤○のアン」。
 ギル○ートって、○ンに石版でぶったたかれて惚れてるよね、うわヘンなヤツ。とゆーイメージで出来たお話だったはずなんだけど、跡形もなし。ま、いつものことだ。
 とりあえず、年内には間に合ったということで、お許しくださいませ。
(05.12.27)




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