強く抱きしめても
 こんなに傍にいても
 いつだって遠い瞳をしてる






 予感






 「よーし、今日はちょっと早いけどこれで終わりにするか」
 「やったあ!!」
 今回の任務は稲刈りの手伝い。
 相変わらず雑用まがいの任務に文句をたれつつ真面目に労働に勤しんだ結果、契約期間の最終日、日が沈むまでにはかなり間のある時刻に任務終了が告げられた。
 「うえー、ヘトヘトだってば」
 「あれだけペース配分考えないで飛ばしてたら当たり前だ」
 「・・・でも、おかげで早く終わったってばよ」
 「その分途中でへばってたでしょ、あんた」
 カカシは報告書提出のためあっと言う間に消えてしまい、残った面々はたわいもないお喋りをしながらのんびり後片付けをしている。
 やがて片付けを終えたサクラが、お先にと手を振りながら帰っていった。
 この場所からでは3人とも家の方向が別々のため、いつもならここで解散ということになるのだが。
 とうに帰り支度を終えていたサスケがそっとナルトの様子を窺うと、何か言いたげな視線とぶつかった。
 「サスケ、あのさ・・・」
 言いかけて口ごもる。
 普段のナルトらしからぬ仕種に、けれどサスケは見覚えがあった。
 今まで幾度か目にした表情。
 こんな時はきっと、ためらうように問いかけてくる。
 「えっと、この後何か用事ある?」
 「何がしたいんだ?」
 「うちで晩飯食ってかねーかなって思ったんだけど」
 一息に言って、ナルトはほうっと息を吐く。
 たったこれだけのことにひどく緊張していたらしい様子に、サスケは顔を顰めた。
 「だ、だめならいいんだけどさ」
 それをどうとったのか、慌てて言い募るナルトの表情は落胆と諦めのそれ。
 まるで断られて当たり前と自分に言い聞かせていたかのように。
 瞬間サスケの瞳に苛立ちが走るがすぐにそれを抑え込み、くしゃっと金色の髪をかき混ぜる。
 「またラーメン食わせるつもりじゃないだろうな?」
 「ラーメンのどこがいけないんだってばよ!」
 すかさず言い返しながらも、ようやくナルトがにかっといつもの笑みを見せる。
 その笑顔に、サスケの胸が鈍く痛んだ。



 商店街は里のほぼ中央に近い大通りに位置している。
 もっとも人通りの多くなる夕刻、一際賑わっているスーパーの中をサスケは歩いていた。
 この年齢の少年にしては鮮やかすぎる手際で淀みなく目的の品物をかごに放り込んでいくのは、長い一人暮らしの間に培われた技だ。
 育ち盛りの子供二人分の食料で、買い物かごはみるみる一杯になっていく。
 「どうせ、おまえんちの冷蔵庫にはろくなもんがないだろうが」
 図星を指されて黙り込むナルトを先に帰らせて、サスケが一人で買い出しに行く。
 ナルトの家で食事をする時は、ほぼ毎回このパターン。
 本当は、二人分の買い出しに一人で行くなんて随分味気ないけれど。
 「オレが買い物に行ってくるから、おまえは先に帰って部屋の掃除でもしてろ」
 サスケの言葉に、明らかにほっとした顔をしたナルト。
 その理由を知っているから、サスケは何も言えなかった。



 以前、渋るナルトを街に連れ出したことがある。
 あれはまだ想いを伝えてはいなかった頃、明らかに嫌がる様子に一緒に歩くことさえ嫌なのかと腹立ちもあって、殆ど無理矢理引きずり出した。
 少しでもサスケから離れて歩こうとするナルトの真意が分かったのは、大通りに入ってから。
 他の誰も持ち得ない金色の髪の子供が現れた瞬間、四方八方から突き刺さる視線。
 その場にいる大人達のほぼ全員から発せられるそれは、悪意なんて可愛い物ではなかった。
 視線に力があるのならば、おそらくこの小さな子供くらい何度も殺せるだろう、それ程の憎悪と蔑み。
 ナルトが里の大人達に疎まれていることは知っていた。
 そのせいで、同年代の子供達からも遠ざけられていたことも。
 けれど、ナルトはいつでもバカみたいに賑やかで騒々しくて、軽やかに笑ってみせたから、サスケはその時まで気付かなかったのだ。
 ナルトがずっとぶつけられてきた、里人の憎しみの深さを。
 サスケの知らない所でナルトがこれまで受けてきたのだろう仕打ちを。
 腹の底から湧き上がる怒りのままに周囲を睨み付けたサスケを、ナルトは首を振って止めた。
 「おまえまで目を付けられることないってば」
 そう言って小さく笑った顔を、忘れられない。


 
 「お、夕飯の買い物か?」
 ぽんとサスケの肩を叩きながら声をかけた主は、アカデミー時代の担任。
 サスケが黙って頷くと、カゴの中を覗き込んでいたイルカはくしゃりと笑った。
 「ナルトと一緒なのか」
 カゴの中身は一人には多すぎる生鮮食品と、サスケ自身はまず口にすることのないカップラーメンとお菓子が少し。
 非常食にと自らに言い訳しながら放り込んだそれらは、しっかりナルトのお気に入りのメーカーで、見る人が見れば一目瞭然。
 「あいつは偏食が多いから、迷惑かけるな」
 言いながら頭に置かれた手をさり気なくよけて、サスケは首を振った。
 「別に迷惑じゃない」
 「そうか? ならいいんだが。まあ、あまり甘やかしてくれるなよ」
 そう言うイルカ自身もナルトには相当甘く、普段は彼の方が同じことを言われている。
 己でもそれを自覚しているらしく、言った後にすぐ苦笑を浮かべた。
 ナルトが誰よりも信頼しているこの教師に心穏やかでない頃もあったが、善良を絵に描いたような彼自身には悪意を持つ理由もない。
 サスケはぽつりと呟いた。
 「これくらい、甘やかしたうちには入らないだろう」
 「サスケ?」
 「あんたやオレがあいつを死ぬ程甘やかしたって、それじゃ全然足りない」 
 あの子供を癒すには、哀しい程に全く。
 「あんたも分かっている筈だ」
 挑戦的に見上げてくるサスケに、イルカは些か戸惑いを見せるが、やがてきっぱりと言った。
 「それでも、ナルトの傍にいてくれるんだろう?」
 「・・・ああ」
 「頼むな」
 素っ気ない、けれど紛れもない本音にほっとしたように笑うイルカに、サスケの胸に苦い思いが湧き起こる。



 『ナルトの傍にいてくれるんだろう』
 言われなくても、誰よりも何よりも。
 けれど
 それだけじゃ足りないことを知っている。
 だってあいつは、信じてくれない。



 サスケはふと壁の時計を見た。
 それは本当に無意識の行動だった。
 夕食の後は二人して忍術書を広げていて。
 いつもはナルトが何だかんだと邪魔することが多いのだけれど、今日は珍しく静かで。
 集中して読みふけっているうちに時間の感覚を忘れていた。
 あまり遅くなると明日の任務に響く。
 そう思って、何気なく時間を確認しただけに過ぎない。
 だけどその瞬間、ナルトはぴくりと肩を揺らして明らかな動揺を見せた。
 「サスケ、喉乾かねえ? オレお茶入れるってば」
 慌てて立ち上がると、サスケの返事も聞かずに台所へ向かう。
 ああ、まただ。
 サスケは小さく舌打ちして立ち上がった。
 いつだってナルトはサスケが帰る気配を見せると、お茶を入れたり食べ物を出してきたり新しい忍術書を見せようとしたり。
 そんなことしなくたって、ただ一言。それだけでいいのに。
 どうして、こいつは。
 「ウスラトンカチ」
 ガス台の前の小さな背中を抱きしめる。
 驚いたように振り返ろうとするのを押さえて、細い肩に頭を乗せて。
 「おまえ、こんな時間にオレを外に放り出すつもりじゃないだろうな」
 耳元で囁けば、びくっと震えて、けれどみるみる強張った顔が綻んだ。
 「しょうがねーから、泊めてやるってばよ」
 口調とは裏腹にほっとしたようにナルトが笑う。
 ナルトがこんな表情を見せる時、サスケはいつもどうしたらいいか分からなくなる。
 だから、今日もいつもどおり
 そっと抱きしめて唇を落とした。
 
 

 『帰らないで』
 『一緒にいて』
 そんなささやかな望みすら、言えない。
 言ってくれない。
 むしろサスケの方が何よりも望んでいるのだと、一体どうすれば信じてくれるのだろう。



 狭いベッドで寄り添って眠る。
 安らかな寝息。穏やかな寝顔。
 小さな手はサスケのパジャマの端をぎゅっと掴んで。
 寝乱れた髪をそっと指で梳けば、無意識にすり寄って来る。
 眠りの中ではこんなに素直に求めてくれる。
 安心しきった表情を見せてくれるのに。



 目覚めてしまえば、ナルトは明日を信じない。
 今だけしか信じられずに、怯えた瞳をして縋り付くように手を伸ばす。
 ・・・本当は、それでも構わなかった。
 試しながら、怯えながら、それでも求めてくれるなら。
 口付けて抱きしめて、傍にいると囁けば、嬉しそうに笑ってくれるなら。
 それだけでも良かったんだ。
 だけど、抱きしめれば抱きしめる程、遠くなっていくようで。
 不器用に気持ちを確認しては安心したように微笑む瞳が、ためらいがちに差し出される手が、
 いつか消えてしまうような
 そんな予感が消えない。




 本当は、いつだって怯えているのはオレの方。
 やっと手に入れたこの存在を失うことがこんなに怖い。
 いっそこの胸を切り裂いて、内臓ごと全部さらけ出して、目に見える証を差し出すことができたなら、おまえは消えないのだろうか。
 決して裏切ることのない骸を手に入れて、安らいでくれるのだろうか。
 誘惑は時折耐え難い衝動になり、オレを苛むけれど。
 だけど、おまえはきっと泣く。
 生命の消えた身体の傍らで涙を流す。
 そして、おまえの涙を拭うのはオレでなくては許せない。
 ・・・だから、結局何もできない。




 ぎゅっと力を入れて抱き込めば、応えるように身を寄せる。
 布越しに感じる暖かな体温。
 このぬくもりを失わないためなら、きっと何でもする。できることもできないことも何だって。
 だけど現実にできるのは、ただ傍にいることだけ。
 馬鹿みたいにたったひとつ、繰り返し繰り返し願うだけ。
 



 オレを
 明日を
 この先の未来を
 信じろとは言わない
 いっそ、信じてくれなくてもいい
 ただ求め続けてほしい
 どうか望みを捨てないで
 幸せになりたいと望む心を、諦めてしまわないで




 お願いだから
 夢のように消えて行かないで







 おいて、いかないでくれ






 どうやら今月はシリアス強化月間(こいぬ比)だったようです。
 しかしサスケ、シリアスだろうが何だろうが所詮めろめろ君だということが判明。まあ、それ以外のサスケ書きたくないし、つーか認めてないし。 
 冒頭とラスト、懐メロをちょっともじってみました。(またかい) 昔々一世を風靡したとあるジャンルのとあるカップリングにおいて一般常識ですらあったとあるグループのとある歌なんですが、分かる方お友達になってください。(いねーだろ。原形あまり留めてないのに) 分からなくて気になる方、いらっしゃったら気軽にお問い合わせ下さい(笑)。
 
 
なんだかんだいって、ナルトの好きなメーカーのカップめんを買ってしまうあたりがなんともへたれくん。
懐メロさよわかりません。なーんて。嘘です。もともとさよはこのジャンルで本とか作ってたし。
あの頃は素養こそあったがパンピーだったんだよな。あゆりんは・・。(とーいめ・・・)(さよ)



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