愛だとは呼べず 恋と決めず
 ただ君を 心から










 雨音が絶え間なく鳴り続けている。
 サスケは僅かに眉を顰めて、手にしたタオルでがしがしと濡れた髪の毛を拭いた。
 雨に降られて冷えた身体を風呂でようやく暖めた筈なのに、ひんやりした空気は容赦なく体温を奪っていく。
 サスケの暮らすうちはの屋敷は、旧家らしくやたらだだっ広い上に、屋根が高く夏でもかなり涼しい。
 まして春とはいえ今日のような雨の夜には、確実に季節が1ヶ月は戻ったような感覚を起こさせた。
 シャツの上に上着を羽織り、湯を沸かして茶を入れる準備をする。
 急須に1人分の茶葉を放り込み食器棚から湯呑みを取り出したところで、サスケはふと手を止めた。
 少し考え込んだ後、改めて棚の奥の客用湯呑みを手に取る。
 長いことしまいっぱなしだったそれは、多少埃っぽくはあるもののきっちり洗えば特に支障はなさそうだ。
 これが使われるのは何年ぶりだろうかとサスケは思う。
 この家に住まうのがサスケ1人きりになって以来、彼以外の者がここに足を踏み入れる事は殆どなく。
 まして、サスケが自ら他人を招き入れる事など一度もなかった。
 今日までは。
 ドベでウスラトンカチなチームメイト、うずまきナルトを連れてくるまでは。





 今日は朝から天気が怪しかった。
 低く垂れ込めた雲は知らず知らず気分も重くさせるのか、日頃から多いとは言えないサスケの口数はますます少なくなる。
 「あ、雨の匂いがするってば」
 「え、ホント?! やだあ、早く任務終わらせなくちゃ」
 「手伝うってばよ」
 「てかここはあんたのノルマ!」
 もっとも普段からテンションの高い性格をしているナルトとサクラは、相変わらず小うるさく騒ぎつつもそれなりに仲良く任務をこなしていたが。
 むっと眉間に皺が寄るのに気が付いて、サスケはさり気ない風を装いつつ視線を逸らした。
 最近、あの二人を見ていると訳もなく苛々する事が多い。
 その度に、きっとあの騒々しさがうざいからだと自分を納得させる事を繰り返している。
 けれど、消し切れないわだかまりが、日々胸の底に段々積もっていくような気がしていた。
 それが何なのか分からないし、分かりたくもなかった。
 だから、今日も不快な光景を見ないよう背を向ける。
 そうして任務に戻ろうとした時、空からぽつりと水滴が落ちてきた。
 水滴はあっという間に大粒の雨になり、程なく視界すら霞む程のどしゃぶりになったため、即刻、任務中止即時解散が告げられた。
 その時すぐに、脇目もふらずに帰ってればよかったのだ。
 なのに、サスケはうっかり振り返ってしまい、そして見てしまった。
 空を見上げながら途方に暮れたように立ち尽すナルト。
 雨に打たれていつもより更に一回り小さく感じられる後ろ姿。
 そして思い出す。
 ナルトが一人暮らしだという事を。
 傘を持って迎えに来てくれる人も、暖かい家で待ってくれる人も、持っていない事を。
 自分と同じように。 




 サスケの家はここからごく近い。
 対するナルトの家は里のほぼ反対側。どんなに急いでも30分は雨の中。
 だから。
 「雨宿りしていけよ」
 そう誘うのはチームメイトとして当たり前の事。
 むしろ放っとく方が不自然だろう。
 風邪なんか引かれたら結局迷惑被るのは自分達なのだから。
 ナルトに声をかけながら心の中でそんな言い訳を並べ立てていたのは、きっと他の人間相手なら決してこんな事は言わないだろう己を、多少なりとも自覚しているからだ。
 「えっと、でも‥‥」
 「さっさと来い」
 突然の申し出に驚くナルトを急き立てるように、手を引いて走り出す。
 掴んだ手首はやたら細くて、何故だか胸の奥が軋むような気がした。





 窓を叩く雨の音は弱くなる気配もない。
 サスケは急須に茶葉を足しながら、そういえばナルトは牛乳が好きらしいという事を思い出した。
 一瞬冷蔵庫の中身に思いを巡らせ、それを切らしていた事に気が付いてちっと舌打ちひとつ。
 (って別にあいつの好物出してやる筋合いないだろうが)
 ため息を吐きながら時計を見ると、ナルトが風呂に向かってから、かなりの時間が経過していた。
 お互いぬれねずみの状態でサスケの家までようやく辿り着いて、まずナルトを先に風呂に入れようとしたら頑として拒まれた。
 「いいってばよ。止むまでちょっとだけ雨宿りさせてもらえれば、すぐ出てくし」
 「すぐ止むような雨じゃねえだろうが」
 「でも‥‥やっぱいいってば」
 遠慮というにはあまりに頑迷な拒否に、好意を無にされた形のサスケはかなりカチンとくる。
 が、ここで口論を始めるには二人ともあまりにも冷えきってしまっていた。
 サスケはナルトにタオルを投げると時間の節約とばかりにさっさと風呂場へ向かった。
 出来る限り速やかに湯を使い終わると、タオルをかぶって震える子供を風呂場に放り込んで。
 「きっちり温まるまで出るんじゃねえぞ」
 そう言いおいてきたのだが、ナルトはそれをきっちり守っているらしい。
 単に風呂を堪能しているならいいけれど、まさか居眠りなんてしてるんじゃないだろうか。
 いやあのドベならあり得るかもしれないと思い、様子を見に行こうかと腰を浮かしかけた所で、サスケは我に返った。
 (何やってんだ、オレは)
 さっきからひどく気分が上擦っている自分を自覚して、サスケは頭を抱えたい気分になる。
 そもそも雨宿りとはいえ他人をこの家に入れてしまった事自体、まったくもってらしくない。
 原因なんて分かりきっている。それくらいは気付いている。
 無口無愛想無感動。おまけに排他主義。
 強くなる事だけを目的として生きるために作り上げてきた「自分」が、ナルトの前では容易く崩れてしまう事なんか、とっくに気が付いていた。
 何故かなんて理由からは、ずっと目を背けているけれど。




 「サスケ、お風呂上がったってばよ」
 ぺたりぺたりと足音がして、やがて待ち焦がれてたんだかそうでないんだかよく分からない声が聞こえてくる。
 一瞬にして跳ね上がった心拍数を悟られないように、殊更ゆっくりと振り向いて。
 すうっとサスケの目が細まった。
 「・・・てめえ」
 「な、なんだってばよ?」
 部屋に入るなり据わった目で睨まれて戸惑うナルトに向かって、サスケは思いっきり怒鳴り声を上げていた。
 「何だ、その格好はっ! 風邪引きたいのかてめえ!」
 湯上がりのナルトが身に纏っていたのはサスケが用意しておいた着替えではなく、雨で濡れたままの服だったのだ。
 さすがにある程度絞って水は切ってあるらしいが、見事に皺々になってしまっているし、じっとり湿った服が肌に貼り付いている様は見てるだけで気持ち悪い。
 第一、せっかく温まった体温がまた奪われてしまうのは目に見えている。
 「着替えは置いといただろうが」
 「う、うん・・・でも・・・」
 「でも何だよ」
 珍しく歯切れの悪いナルトの物言いに、サスケは苛立ちを押さえられない。
 準備しておいた着替えは、ごく普通の洗い晒しのシャツと短パン。
 今現在、この家に他に住人はなく、当然ながらそれはサスケのものだった。
 「オレの服なんか着たくないってことかよ」
 まさかそこまで嫌われてないだろうとは思いたいが、それ以外に理由なんて思い付かない。
 低い声音は、憤りと共にほんの僅か傷付いた色を帯びている。
 自分でそれに気付いたサスケが舌打ちするとほぼ同時に、ナルトは慌てたように首を振っていた。
 「違うってば! だってあの服サスケのだろ? もったいないって思っただけだってばよ」
 「もったいない?」
 意表を突く言葉に気が削がれてナルトの顔を見直せば、酷く真剣な表情をしていて冗談を言ってる素振りではない。
 しかし、洗濯はしてあるとはいえ着古した服のどこがもったいないのかと、目線で続きを促すと、ナルトは束の間躊躇ってから口を開いた。



 「オレが触った物は、汚いから捨てなきゃいけないんだって、みんな言ってる」








 →後編




 サスケが『微妙に前向き』になる前の話です。
 といっても、この話が終わるまでに前向きになるかといえば・・・どうでしょう?
 しかしこのシリーズ、もしかしてテーマがナツメロなのか? 今回はチャ○アスなんですけど。
 ちなみに後編、ドラマティックな展開はありません(断言)。
 ので、前後編にするのは大変心苦しいのですが、最近あまりにも更新滞ってるので邪道に走ってしまいました。ごめんなさい。(しかもめちゃくちゃ季節外れ・・・)
 後編は、まあ追々。
 



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