このお話は拙作「逆襲のバレンタイン」の続きです。先にこちらをお読みください。


 







 深謀のバレンタイン









 風に乗って鼻をついた甘い匂いに、サクラはふと足を止めた。
 折りしも明日はバレンタインデー、道行く女の子達のチョコレート携帯率は普段の比でないことは想像に難くない。
 しかし、ただ歩いているだけでこんなに漂ってくるものだろうか。
 考えながらいつもの癖でサクラは自らの髪を一房指に絡めたが、その時一際強くなった匂いに、発生源が自分であることに気がついた。
(ちょっと、冗談じゃないわよ)
 チョコは決して嫌いではないが、ここまで強烈な匂いとなると、ちょっと勘弁して欲しい。
 道理で先程からすれ違う人達が振り返って行くわけだ。
(こんなことならシャワー浴びてくればよかったなあ)
 バレンタインは明日といっても、準備だの何だの事実上の正念場は今日だ。特に手作りチョコをプレゼントしようと目論んでいるならば。
 サクラも御多分にもれず、朝から大量のチョコレートと格闘していた。
 ただ少しばかり事情が特殊なのは、それが自分のためではなく、親友のヘルプだったということ。
 いい加減アカデミー時代からだから付き合いもかなり長くなるサクラの親友、と言うよりは実感としては手のかかる妹といった方が的確なうずまきナルト。
 彼女と来たら、類い希なるおっちょこちょいかつ不器用者な上、それに輪をかけた負けず嫌いなのだ。
 普通の料理すらまともに出来ないくせに、バレンタインに彼氏へ手作りチョコレートをプレゼントしたい、なんてそれだけだったら健気な乙女に見えなくもないが、その実態は。
『今年こそ、ぜってーサスケを見返してやるんだってばよ!』
 自分より料理の腕が上の彼氏にリベンジを誓う少女は鼻息も荒く抱負を語ったが、気合で何事も上手くいくならば苦労はない。
 少なくとも今日一日のサクラの苦労と疲労は存在しなかっただろう。
 台所の神様に嫌われてるとしか思えないナルトを叱咤激励しつつ、途中からは主導権を奪い取って、曲がりなりにも日暮れ前に、それなりの味の、それなりの見栄えの物を完成させた自分を誉めてやりたい。
 サクラは、しみじみそう思う。
 見返りが全身から漂うチョコレートの匂いというのは、かなり有り難くない話だけれど。
 制作中、ナルトがあちこち跳ねとばしたチョコはことごとく避けたサクラではあったが、ほぼ一日中狭い台所でてんこもりのチョコと格闘していれば、匂いがついても無理はない。
 サクラとは反対に身体のあちこちに茶色い染みを作ったナルトについては、帰る前に風呂場に押し込んできたのだけれど、自分のことまでは気がつかなかった。
 ま、しょうがないかと、再び歩き出しながらサクラは、さてこれからどうしようと思案する。
 いつもの年なら、家族やそこそこ親しい相手に渡す分くらいは手作りしていたのだが、何しろ今日はナルトの家で、向こう数ヶ月分くらいに思える量のチョコを扱ってきたばかりだ。
 この上また、帰宅してまで同じことをするのかと考えるだけでうんざりする。
(適当に買ってきて済ませちゃおう)
 あの子と違って、どうしてもあげたい本命がいるわけでもないのだし。
 なんだかちょっぴり空しい気分になったけれど、気を取り直してサクラは繁華街の方へ足を向けた。





「あら、サスケ君」
 あーでもないこーでもないと、頭の中で義理チョコの予定をチェックしながら歩いていたサクラの前に、道向こうからやって来たのは、正に義理リスト最上位に位置する人物だった。
 顔よし家柄よしついでに忍びとしての才もばっちりと、同年代の女の子達の覚えもめでたい彼は、かくいうサクラにとっても実は2年前まではぶっちぎりの本命だったのだが、それはもう、そんな時代もあったねと大笑いするくらい過去のことだった。
 何しろ相手は、未練をかけるのもバカらしくなるくらいラブラブ中の彼女持ちなのだ。
 今ではすっかり事あるごとに、あの鈍感娘をゲットできたのは誰のおかげか思い出させてやる間柄で、思えば遠くに来たもんだと、遠い目になることもたまにある。
「………よう」
 呼びかけに答えはしたもののサスケはひどい仏頂面を向けてくる。もっともそれは彼の習性みたいなものだから今更気にすることでもない。
 それよりも、観察眼にも長けた彼女の目からすれば今の彼は、妙に気まずそうに見えた。
 まずい時にまずい相手に会ってしまったと、臍をかんでいるような。
「すごい荷物ね。どうしたの」
 サスケが片手にぶら下げている大きな買い物袋を指さすと、彼はますますしかめ面になった。
 そんなこと一切そ知らぬふりで、サクラがひょいと袋の中を覗き込むとそこには。
 小麦粉、生クリーム、種々のフルーツ、極めつけにはこれでもかと詰め込まれた高級チョコレートの数々。
 今日という日にこの買い物内容。これで何をするつもりかなんて、想像するまでもない。
「一応聞くけど、何の材料なのかしら、これ」
「見りゃ分かるだろ」
「………卵と牛乳とお砂糖は?」
「家にある」
 半ば開き直った言い草に、ああやっぱりとサクラはため息を吐いた。
 この程度の予想が当たったところで嬉しくも何ともない。
 実のところ目の前の彼は、バレンタインに手作りチョコで彼女をゲットしたという、あまり一般的でない実績の持ち主だ。
 念願かなって恋人同士になって初めて迎えるバレンタインに、張り切るのは分かる。分るのだが。
(それって、男としてどうなのよ)
 男性が女性にチョコをあげてはいけないという法はないし、男女差別をする気もないけれど、ついつい思ってしまうのは仕方ない。
 頭を抱えながら、サクラはふともうひとつの可能性を思いついた。
「………もしかしてまた、ナルトからチョコもらえる自信がないからとか言わないわよね」
 結果的に去年はそれが効を奏したわけだが、その時と今では状況が違う。
 この一年、里最凶のバカップルの名を欲しいままにしてきた片割れのくせに、よもやそれはあるまいと半ば思いつつも念を押すように尋ねれば。
「そういうわけじゃ………」
 あるんかい。
 口ごもりながら目を逸らすサスケに、今度こそサクラはほとほと呆れ返った。
 いまだに恋人という単語一つで真っ赤になるナルトもいい加減どうかと思ったが、その彼氏にしてこれなのか。
 結婚できる年齢になったら、即座に印鑑持って役所へまっしぐらだろうともっぱらの噂(しかも信憑性は極めて高い)だというのに、二人して妙なところでこの奥手っぷりは一体何なんだ。
 だからこそお似合いと言えるのかもしれないけれど。
「私、今日はずーっとナルトの部屋にいたの。何をしてたかなんて、言わなくても分かるでしょ?」
 挑むようなサクラの口調に、サスケは少し迷う素振りを見せた後、頷いた。
 サクラの全身から漂うチョコの匂いには、サスケも最初から気付いているに違いない。
 それがナルトの部屋でついたものならば、およそありえない不安はまったく杞憂に過ぎないことくらい、今度こそ分かるはずだ。
 ならば今からでも手作りチョコなんてやめてくれないかと、サクラは切実に願った。
 性格的には不器用極まりないが、手先はやたらと器用かつ完璧主義なサスケのこと、その出来映えも味もプロのパティシエに勝るとも劣るまい。
 あいにくとサクラはそれを拝んだことはないが、去年のナルトの悔しがり方と今年に異様なまでの熱の入り具合を見れば容易に想像できる。
 しかも、買い物袋から察するに、彼が作るつもりなのはそんじょそこらのチョコではなく、チョコレートケーキ、それもフルーツとクリームをふんだんに盛り合わせたゴージャスなものとみた。
 はっきり言って、本日四苦八苦してナルトに作らせたトリュフチョコとは勝負にならない。
 盛大に悔しがるナルトの姿を思って、サクラはいささかげんなりした。
「言っとくが、それだけじゃねえぞ」
 サクラのため息をどう取ったか、サスケはぼそぼそと口を開いた。
「あいつのことだから、オレにやったって自分も食べたがるに決まってる。けど、一度もらったもんを返すのもつまんねえだろ」
 要するに、ナルトからもらったチョコならば、当の本人に渡すのも惜しいということか。
 納豆と甘い物は食べないなんてぬかしていたのはどこのどいつだと、サクラは思った。
 まったく恋は人を変えるというが、いささか変わり過ぎじゃないだろうか。
「だからってそこまで豪華な物作らなくたっていいじゃないの」
「どうせ作るなら普通のじゃ面白くない。それに」
「それに?」
「これくらいしとけばあいつ、来年も作る気になるだろ」
「………ああ、そう」
 がっくりと、サクラの肩から力が抜けた。
 今度こそサスケをぎゃふんと言わせてやると意欲満々のナルトがこんなゴージャスなチョコレートケーキをプレゼントされた日には、そりゃあ来年は今年の比じゃないくらい闘志を燃やすことだろう。
 しかし、そこまでしてチョコをもらえる保障を取り付けないと気が済まないとは、よっぽど用心深いのか、単に自信がないだけか。
 サスケがナルトと思いを通じ合わせるまでの悪戦苦闘振りはいまだ記憶に新しく、無理ないかもとうっかり思ってしまいそうになるけれど。
(まーた、私が巻き込まれるわけ?!)
 今回サクラがナルトから相談を受けたのは2月に入ってからだが、下手すると来年は年明けくらいから泣きつかれる羽目になるかもしれない。
 バカップルの痴話喧嘩に人を巻き込むのはいい加減やめてくれと心底思うが、腹立たしいことに、金色頭のあの子に縋られて断れたためしもないのだ。
 きっとまた、サクラの意見など顧みずハイレベルなチョコを作りたがることだろうが、1年やそこらであの壊滅的な料理の腕が向上するとは思えない。
 というか、バレンタインってそういうもんじゃないでしょ!と叫びかけて、サクラは口を閉じた。
 この二人には、好きな人に思いを込めるという、バレンタイン本来の意義というものがすっぽり抜けているとしか思えない。
 サスケには多少なりともそういう部分もあるのだろうが、それでもかなり世間様とはズレているように見えるのは気のせいではないだろう。
 が、そんな諸々をサクラはぐっと飲み込んだ。
 言うだけ無駄なら、言わない方がましというものだ。
「作るには作ってもねえ。あの子のことだし、結果はどうかしら」
「味や見栄えなんざ問題じゃない」
 心構えは立派だが、はっきり言って人間が口に出来るレベルまで持っていけるかどうかも怪しいとサクラは思う。
 しかし、本人がそこまで思い定めているのならば、もはや余人が口を出す問題ではない。
「………分かったわ。それじゃ頑張ってね。引き止めてごめんなさい」
「いや」
 軽く首を振ると、サスケは何事もなかったようにさっさとサクラの横を通り過ぎる。
 そのまま見送ろうとして、サクラはふと思い直した。
「イチゴはともかく、リンゴやバナナはすぐ色が変わっちゃうわよ。それに生クリームは日持ちがしないし。ガトーショコラとかパウンドケーキくらいにしといたら?」
 味が極上なのは仕方ないとして、せめて見た目だけでもシンプルなケーキにしてくれれば、ナルトの腹ももうちょっと収まるだろうと、微かな期待を込めての提案だったのだが、やはりそれは無駄だったらしい。
 振り返ったサスケは少しも動じず、あっさりと言った。
「あいつは見た目も華やかなの好きだからな。同じような味なら、とりあえず派手な方がいいだろ。それに、ケーキの1ホールくらい、あいつなら一晩持たねえ」
 これっぽっちも否定できない言葉を残して、サスケは再び背を向ける。
 今度こそ何も言えずにそれを見送り、やがて黒い背中が見えなくなると、サクラはどっと疲れた気分になった。
 何というか、これはもう。
(勝手にやってちょうだい。もー知らないったら!)
 それはおそらく、自分以外の彼らを知る人々だったらとうに出していただろう結論。
 サクラとてそう思ったことは一度じゃないが、どちらも大切な友達だし、からかって返って来る反応はとんでもなく楽しいし、まいっかと流してきたのだけれど。
 今度こそやってられない。
 砂を吐きそうどころか吐いたコンクリートで鉄筋5階建てくらい建ちそうな奴らになんか、付き合うだけ無駄というもの。
 そう思いつつも、心の隅でサクラはこの決意はそう長くは持たないだろうと確信している。
 きっと負けず嫌いの彼女が子犬のような目で縋ってきたらついつい肩入れしてしまうだろうし、仏頂面の彼がこっそり途方に暮れていたとしたら、ちくりちくりと苛めつつ背中を押してしまうことだろう。
(まったく損だわ、私って)
 憤然としながらもサクラの口元には、微かに笑みが漂っている。
「さ、私も早く行かなきゃ。めぼしいチョコなくなっちゃうわ」
 ただし、ささやかな意趣返しに頭の中の義理チョコリストから今しがた出会った彼をこっそり削除することにしても、罰はあたるまい。
 もっとも、当の彼氏はまったくどうということもないだろうけれど。
 くすりとサクラは含み笑う。
 そして、纏わりつくチョコの匂いを振り切るように頭を数回振ると、己を鼓舞するように勢いよく歩き出した。

 

 


 
 
 
 




 最近、この部屋バレンタインものしかアップしてません。
 男同士でバレンタインって読むのは好きなんだけど(私、読む分には大抵のものはおっけーです)、自分で書くのは何となくこっぱずかしい。ので、これ系の話書くときは勢いナルコになってしまいます。
 とか言いながら、ナルトが出てきません(笑)。そして去年はサスケが出てこなかった。だってサクラ視点って書きやすいんだもん。
 第三者の無責任な視点ってのは、余計な書き込みいらない分気楽に書けていいです。

 ・・・・いろんな意味ですごいよサスケさん! 笑ってあきれて通り越して感心しちゃったよ!
 うちはサスケ純情可憐青春まっしぐらー♪ 当日のナルコとのやりとりが目に浮かぶようです。(さよ)
(05.2.14)



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