この話は、拙作「バレンタインにお願い」の続きのようなものです。
読まなくても分るとは思うけど、読んだ方が分りやすいかもしれません。
逆襲のバレンタイン
「よーしできた! かんっぺきだってばよー」
威勢良く言い放つと、ナルトは満面の笑みを浮かべた。
その顔はノルマを果たし終えた達成感に満ち溢れていて、小さく作ったガッツポーズも喜びの大きさを如実に表している。
とにかく長い道のりだった。
ゴールなんてないんじゃないかと途中でうっかり投げ出してしまいそうになったが、努力する者は報われるという言葉どおり、今、ナルトの前には満足すべき結果が燦然と輝いている。
ふうと満足そうに息を吐くと、ナルトは額にうっすら浮かんだ汗を拭おうとした。
その時、
「ナルト、汗拭くならちゃんと手を洗ってからにしなさい!」
鋭い声と共にぐいっと手を掴まれて、ナルトは驚いて声の主を見遣った。
「サクラちゃん?」
「チョコ、顔に付いちゃうでしょ」
「あ、そっか。忘れてたってばよ」
「この状況で、何で忘れられるのよ。まあ、そんだけ汚れてちゃ今更だけど」
呆れたように呟くサクラに、そうかなあとナルトは改めて自分の全身を見る。
白かったはずのエプロンは今や真っ茶っ茶に染まっているけど、こんなの洗っちゃえばいいし。
手や足にも何か色々付いてるけど、これもお風呂に入れば大丈夫だし。
「大したことないってばよ?」
「おバカ。見えないとこが、すっごい事になってるのよ」
ここに鏡があったら見せてやるのに、とサクラは少々焦れったい気分になる。
実際、ナルトの鼻の頭にもほっぺたにも、果ては二つ分けの金髪の端っこにまで、茶色い飛沫が飛び散っていて、ちょっとしたチョコレート人形のようだ。
よく見れば、ナルトだけでなく台所中、そりゃもうひどい有様で。
あちこちに飛び散ったチョコに加えて、流しに収まりきらない程の調理器具も散乱したままで、後片付けのことを考えると気が重い。
(いくらチョコを作ったからって、普通、ここまで汚すものかしら)
呆れたように辺りを見渡すサクラは、さすがというか、この凄惨な部屋の中で唯一無傷状態を保っている。
「ふーん? ま、いいや」
当のナルトは一向に気にかけた様子もなく、ひたすらにテーブルの上を見つめている。
いや、正確には、テーブル上の皿に置かれてるものを。
「ふ、ふふふふふふふふ」
俯き加減にそれを見つめる少女から、やがて低い笑い声が零れた。
「ナ、ナルト?」
「・・・・・これで!」
親友ながらも不気味な雰囲気に思わず引いてしまったサクラに気付くそぶりもなく、ナルトはこれまた唐突に顔を上げると、高らかに宣言したのだった。
「これで、明日のバレンタインはオレの勝利だってばよ! 覚悟しろ、サスケ!」
むしろ、それは宣戦布告だったかもしれない。
バレンタインデー。
片思いの女の子が好きな相手に告白する日。若しくは恋人同士がこれにかこつけていちゃつく日。
が、これに当てはまらない規格外のカップルも当然いるわけで。
木の葉隠れの里においては、うずまきナルトとうちはサスケがそれに当たる。
とんでもなく素直でない性格をしている二人は、際限なくひねくれた態度しか好きな相手に取れずにいて、この上なく周囲をやきもきさせていたのだけれど。
どこをどう間違えたのか、いや本来そっちの方が正しいとも言えるわけだが、とにかく今を去ること一年前のバレンタインデー、チョコを渡して告白という笑っちゃうくらい王道かつベタな経緯を経て、お付き合いを始めた。
ただ、王道と言えなかったのは、男の子であるサスケも女の子であるナルトにチョコを渡した、ということ。
しかもそのチョコが、ナルトのそれに比べてかなり凝っていて且つ味も極上だったということも、これまた王道でない。
普段は女の子の自覚があるのかないのか分らない程、あまりこだわりが見られないナルトであったが、さすがにこれにはプライドがいたく傷ついたらしい。
『絶対今年は、サスケをぎゃふんと言わせてやるってばよ!』
という目標の元、サクラに弟子入りしてこれまで修行に励んできたというわけだ。
その結果はと言うと、今、目の前に置かれている。
しっちゃかめっちゃかのテーブルの上、そこだけ片付けられた白い皿の上に整然と並んでいるのは、丸い小さなトリュフ。
多少いびつではあるものの、それなりに粒ぞろいで、中々の出来栄えだ。
もっとも、ナルトの努力と言うよりは、サクラの多大なる忍耐の賜物であるのだが。
勿論ナルトが努力しなかったわけではないが、努力が真っ当な実を結ぶとは限らないのだ
ちなみにナルトはもっと複雑かつゴージャスな物を作りたがったのだが、サクラが必死で止めた。
『もっと、ドーンと、バーンと、すっげーのが作りたいってばよ』
『はいそこ、夢見てんじゃない!』
物心つくかつかないかの頃から一人暮らしだったナルトは、当然のようにまともな食生活とは縁遠い。正確には縁遠かった。
今現在は、足繁く通ってくるマメ男(ただし対象限定)な彼氏が、何かと面倒を見ているため、格段の向上をみたらしいが。
とは言っても、本人の腕前まで向上したわけではなく、まして件の彼氏がサスケときたら、お菓子方面まで手が回るわけもない。
しかし、ナルトの鼻息の荒さからして、市販のチョコを溶かして固めるなんて初心者向けでは満足しそうにないし(そのレベルで去年思いっきり失敗したことは記憶の彼方らしい)、となると、普通のチョコレートよりは多少ゴージャス感を漂わせつつ、多少形が崩れても手作りの素朴さ、なんて誤魔化しのききそうなもの。
味付けはサクラが付きっきりで見てればどうにかなるとして。
試行錯誤を重ねた結果、ぎりぎりの妥協案がトリュフだったわけである。
甘いものが嫌いなサスケ仕様にブラックチョコレートを使って甘さも控えめにして。
『もっと甘くした方が美味しいってば』と不満げなナルトを、サスケに食べさせるんだから自分の味覚を基準にしてどうする、と叱り飛ばしつつ。
何しろ人並み外れた甘党なナルトのこと、彼女が満足するまで甘くしたら、サスケどころか常人にはまず食べられない物になること請け合いだ。
まあ、それでも彼女の手作りというだけで、サスケは全部残さず食べるのだろうけど。
自分がついてて、そんな物しか作らせることが出来なかったのでは、春野サクラの沽券にかかわる。
そんなこんなで思い出したくもない艱難辛苦の末に、どうにか完成した手作りトリュフ。
台所の惨状を見るにつけ、この選択が正しかったかどうか今更ながら多少不安なサクラだったが、とりあえず見かけも味も満足すべき出来栄えだったので、まあよしとする。
ただ問題は。
「これならぜーったい、今年こそオレの勝ちだってば」
だから、バレンタインデーに勝負してどうする。
いや、一般多数の女の子にとっては至極真剣な勝負どころであろうが、仮にも両思いの相手にチョコを渡すのにそれはあんまりだろう。
やれやれと首を振るサクラに、ナルトが拗ねたような目を向ける。
「だってさ、サクラちゃん。サスケの奴、甘いものなんかダイッキライって散々言ってるくせに、チョコはめっちゃくちゃ旨いんだぞ。そんなのズルイってばよ」
「ずるいって、あんた・・・・」
「考えてみれば、あいつっていっつもそうだよな。つまんなそーな顔して、こんなのどうってことありませんって態度で、なのに何でもできんの。うっわー、なんか腹立ってきたってばよ」
いつの間にか手に持った泡だて器をボウルにぶんと振り下ろして、ナルトは頬を膨らませた。
ボウルの底にわずかに残ったチョコがその拍子に飛び散って、丸い頬にまた茶色い染みを作る。
「はいはい、分ったからそれくらいにしてよね。せっかくのトリュフ、台無しにする気?」
「あ、いけね。サスケと決着をつける大事なチョコだもんな。気をつけなきゃ」
いち早くトリュフを皿ごと非難させたサクラが咎めるように言うと、ナルトはぺろっと舌を出した。
言葉の割にはあまり反省の色の見えない様子に、サクラはほとほと呆れたように呟く。
「恋人にチョコレートを渡すのに覚悟とか勝負って、一体どーゆー思考回路してんのよ、あんたは」
仮にも付き合い始めてから一年、まあ喧嘩も多いけれど、それを補って余りある程のイチャパラっぷりも遺憾なく発揮してくれるお二人さんだというのに。
こう、色気というか情緒の欠片もないのは何故だ。
とんでもなく負けず嫌いの上、常人には計れない思考回路を持つ天然少女のせいか、それとも大事なことは言えないくせに余計な言葉はぽろっと出てしまう、シャイなあんちくしょうのせいなのか。
(両方に決まってるわね)
1+1=2。更に倍。というか10倍。
しみじみと馬鹿らしい気分になってサクラは嘆息する。と、
「こ、恋人?」
おうむ返しに呟いて、ナルトはぱあっと赤面した。
チョコでまだらになった頬が、一瞬のうちに赤くなる。
それはまったく、見惚れるくらいに鮮やかな変化。
「え、えと、それってもしかして、オレと・・・・・サスケ?」
最後の方はごくごく小声で、よく耳を澄ませなければ聞こえないくらい。
「当たり前じゃない。まさか、違うなんて言うつもり?」
「そんなことないってば!」
「だったら何でそんなこと言うの。サスケ君が聞いたら怒るわよ」
「だって、だってさ、改めてそーやって言われると、なんか恥ずかしいってばよ・・・・」
頬に手をあてて、そっと俯く。
まるで某日向家の跡取り娘のような、まさに「恥らう乙女」を地でいく様に、サクラは先程とは違う意味でため息を吐いた。
訂正。付き合って一年経つのに、ここまで初々しいのははっきり言って反則だ。
彼氏にとっては堪らないだろうが。
「ほんっと今更よねえ」
あれだけ四六時中イチャイチャしてるくせに、と、ツンと鼻を指で弾くと、びっくりしたようにナルトは一瞬目を瞑り、やがてへへっと笑った。
照れたような、幸せそうな笑顔に、サクラも顔を綻ばせる。
「さ、とにかくその顔どうにかしなきゃ」
「あ、うん」
「・・・・・まったく、どうしてこんなとこまで飛ばしてんのよ。髪にまで付いてるじゃない。ヘンなとこで器用なんだから」
言いながらサクラは、濡らしたタオルでナルトの顔をごしごしと拭き始めた。
「いて、いてーってば、サクラちゃん!」
「こんなにあちこち汚してるあんたが悪い。ほら、その手もどうにかしなさいよ」
拭きながら別のタオルを投げてやると、ナルトはまだじたばたしつつも、とりあえず大人しく自分の手を拭き始めた。
さすがにべたついた感覚が気持ち悪かったらしく、拭き終わると目に見えてさっぱりとした顔になる。
「よし、綺麗になったところで、最後の仕上げに入りますか」
おもむろに言うと、サクラはトリュフの皿を持って居間に移動した。
その後についていきながら、ナルトは訝しげに問いかける。
「最後の仕上げって、何?・・・・・わ、すっげー。キレーな紙とリボンが一杯だってば」
いつの間に準備したのか、居間のテーブルの上は色とりどりの包装紙やリボンで溢れていた。
華やかな色彩にさすがにナルトも心奪われたようで、楽しげに目を輝かせる。
「でもさ、こんなに一杯いらないってばよ」
「バカね。全部使うわけないじゃない。この中から一番いい色と素材を決めるに決まってるでしょ」
「えー、面倒だってば」
「何言ってるの。サスケ君をぎゃふんと言わせたいんなら、見た目もうーんと凝って驚かせなきゃ。そうねえ、普通は贈る相手のイメージに合わせるってのが一般的だけど、サスケ君だと黒か紺になっちゃって地味だし。あんたのイメージで青とか金色ベースにした方がいいかも。その方がサスケ君も喜ぶだろうし」
一気に捲くし立てられて、ナルトは目を白黒させる。
おそらく言われたことの半分も理解してないだろうが、それでもようやくサクラが言葉を切った隙に口を挟んだ。
「でもサスケ、そーゆーの分んないと思う」
オレが分んないんだから、きっとあいつもそう。
相変わらず何が根拠かよく分からない発言に、サクラはじろりとナルトを睨みつけた。
「いいから大人しく選びなさい。じゃないと、あんたにリボンを付けてプレゼントにしちゃうわよ!」
「う、うん」
やっぱりサクラの言ってること自体はよく分っていないようだったが、異様な迫力に押されてナルトがとりあえずこくこくと頷く。
ぶんぶんと思い切り良く振られる髪から、ふわりと甘い香りが立ち上った。
少し鼻にかかるような甘いチョコの匂い、すっかり彼女にも染み付いてしまったよう。
(いっそこのまま、サスケ君の前に差し出すってどうよ?)
甘い物が苦手な彼でもさぞかしおいしく頂いてしまうことだろうと思わず考えてしまったが、あまりと言えばあまりなオヤジ思考に、サクラはすぐさまカットをかけた。
(それに、そんなことする必要ないわよね)
「えと、これはどうかなあ?」
「そうねえ、こっちもいいと思うけど」
「うー、難しいってばよう」
らしくなく眉間に皺まで寄せて考え込むナルトの指先には、これまでの武勇伝を物語る絆創膏の山。
可愛い彼女がこんなに一所懸命つくったバレンタインチョコ、これに感動しなかったら男じゃない。
少なくともチョコごと彼女を頂くくらいには、ハートに直球ど真ん中の筈。
(なんつーか、やってらんないわ)
今更ながらバカップルに付き合う馬鹿馬鹿しさ加減に、サクラはふと遠い目になったが。
「サクラちゃーん、どうしようってばよ」
この頼り切った眼差しに弱いのは悔しいが事実で、その点ではサスケを笑えない。
「・・・・しょうがないわね」
その言葉をナルトと自分の双方に向けて、サクラは肩を竦めて微笑んだ。
バレンタイン話、実は書く気ありませんでした。(って去年も言ったな)
11日夜、布団に入った後にいきなりネタが浮かんでしまい、12、13日で一気に書いてしまった、あらゆる意味で突発話です。ので、とっても荒いですが、ご容赦を。しかもサスケがまったく出てこない。不本意。
しかし、こんなおバカなタイトル付けたの初めてかもしれない。元ネタは「逆襲の○ャア」ってことにしときますが、当たり前だが内容とはまったくこれっぽっちも関わりありません(笑)。
(04.02.14)
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