夕暮れの街に賑やかな音楽が鳴り響く。
 見渡せば、どこもかしこも赤と緑と金色のディスプレイ。
 行き交う人々の弾んだ様子とは対照的に、空には灰色の雲が厚く垂れ込め、吹く風はひどく冷たい。
 天気予報どおり、今夜は雪になりそうだ。
 まったく絵に描いたようなクリスマスイブの光景だが、サスケにとってはそんなものはどうでもいい。
 異教の祭りに興味はないし、どこもかしこも浮かれ歩く人の群ればかり、鬱陶しい事甚だしい。
 さっさと帰って、修行のひとつも出来たらどんなにいいだろう。
 いっそ任務放棄してやろうか。
 そんな事を考え始めた時、つんつんと何かがサスケの服の裾を引っ張った。
 視線を落とすと、見知らぬガキ・・・いや、子供がじーっと見上げていて。
 「それ、ちょうだい」
 断られるなど欠片も考えていない仕草で手を伸ばす子供に、瞬間サスケは眉を顰めるが、目深に被った赤い帽子のおかげでその表情は見えなかったようだ。
 サスケは無言で肩に担いだ袋からある物を取り出すと、赤いブーツの形をしたそれを、そっけなく子供に手渡した。
 乱暴ですらあるその仕草は、普通だったらこんな幼い子供を怯ませるには十分だったろうが、浮かれた街の雰囲気と手渡された物に神経がすっかり集中しているらしく、子供はいささかも気にしたそぶりもなく、にっこりと笑う。
 「ありがとう、サンタのおにーちゃん!」
 嬉しげな声を、サスケはそっぽを向いて聞こえない振りをする。
 (・・・・誰がサンタだ)
 舌打ちひとつ。ついでにため息。
 「そんなシケた顔するもんじゃないぞー」
 「そうよ。心配しなくても似合ってるわよ、サスケ君」
 「ほら、お仕事なんだからスマイルスマイル。サンタのお兄ちゃんv」
 「・・・・うるせえ」
 振り向けば、いつも意味もなくヘラヘラ笑いを浮かべている上忍と、やたら意味ありげな含み笑いが得意技のチームメイトの少女。
 お揃いの白の縁取りの入った赤い帽子、赤い服を着た彼らがやたらにこやかに笑いかけるのを、サスケは苛立たしげに睨み付けた。
 おまけに自分も同じものを着ているとくれば、ますます忌々しい。
 「てめえらだってサンタだろうが」
 言い捨ててついと視線を動かせば、目に入るのはもう一人のチームメイト。
 先刻から一言も発しない彼は、やっぱり同じサンタ服を着ていて。
 これも一種のお揃いだけれど、喜ぶべきかどうかは甚だ迷われるところ。
 サスケの視線を感じてか振り返ったナルトは、目が合うと嫌そうに眉を顰めた。
 べーっと舌を出して、ぷいっとそっぽを向いて。まったくこれっぽっちも取り付くしまがない。
 深々と、サスケは今日何度目か分からないため息を吐いた。





 クリスマスだからって、任務がなくなるわけじゃない。
 むしろ、この時とばかりにいろんなイベントが行われる分だけ、別名・町の何でも屋さんとも呼ばれる下忍達はかき入れ時の大忙しだ。
 というわけで、7班の本日の任務はとある店先での客寄せ。
 クリスマスだから人通りが増える→その分お客さんも増やしたいな→とりあえず物で釣るか。
 という店側の至極真っ当な論理により、寒風吹きすさぶ中、風船やら駄菓子の詰合せ(当然入れ物はサンタ靴)やらを通行人に配りまくるという、ある意味かなりの忍耐力を試される任務だ。
 何しろサンタ服というのは一見暖かそうではあるが、本職(?)ならいざ知らず、12月になるとそこら中に発生するにわかサンタのお仕着せなんて、とりあえず見た目を取り繕ろいさえすればよく、あまり防寒に適しているとは言えない。
 要するに、生地の薄い安物だ。
 「この寒さの中、こんな服でほとんど一日中立ちっぱなしって、ちょっとした修行よりきついかも」
 「そうそう。どんな任務も修行の一環ってわけ。オレの親心、分かってくれた?」
 「・・・・先生が一人だけ風の当たらない所でイチャパラ読んでるんでなきゃ、信じてやってもよかったんだけど」
 「それに足元にミニストーブなんか置いててずるいってばよ」
 「はははは。オレにはおまえらと同じ修行をする必要はないからなあ」
 実に心温まる会話を余所に、サスケは黙々とひたすらサンタ靴を配りまくり、ノルマ消化に努めている。
 サスケが自分から会話に加わろうとしないのはいつもの事だが、普段なら適当に話を振ってくるサクラもカカシも、今日はそうしようとはしない。
 が、決してサスケを無視しているわけではなく、むしろ苦笑混じりで成り行きを見守っている節がある。
 ナルトはといえば、あくまでも、サスケとは目を合わせようとすらしない。
 (そろそろ仲直りしときなさいよ)
 サクラ達の内なる声が身に沁みるが、そんなことが簡単に出来るようなら、うちはサスケの人生の苦労は半分以下に減っている。
 思いを口に出せないどころか反対のことばかり言ってしまう、我ながらひねくれまくったこの性格。
 自覚はあっても、改善方法なんか分からないから、好きな相手に気持ちはちっとも伝わらず、怒らせることばかり得意になっていく。
 (大体、この任務がいけないんだ!)
 サスケは忌々しげに自らが纏う赤い服を睨み付けた。
 八つ当たりだと分かっちゃいるが、当たらずにはいられない。
 そもそも、このクリスマスコスプレって奴が悪いんだ。





 ただ物を配るだけじゃつまらないから、やっぱり見栄えもそれなりにしなくちゃね。
 と、これまた店側の真っ当な論理により用意された衣装が、サスケ的には諸悪の根元だった。
 真っ赤な上着に真っ赤なズボン、もひとつおまけに真っ赤な帽子。
 肩に袋をかついでみれば、あっという間にサンタさん。
 これはまあ、ありがちだ。
 他の時期ならいざ知らず、今の時期同じような格好の人間は町中溢れかえっているし、多少の羞恥心に目を瞑れば浮き上がることはない。
 しかし、店が用意したのはサンタ服だけではなかったのだ。
 裾の長い白い服に作り物の白い羽。
 頭にわっかを乗っければ、ほうらあなたも天使様。
 確かに、この装いもクリスマスの定番だ。
 それにサンタと天使とくれば、見た目も紅白と実に華やか、めでたい組み合わせではある。(そんな歌もどっかにあったような気もする。)
 ゆえに、店側のこのチョイスはさほど間違ってはいなかった。この時点では。
 「サクラちゃんはどっちにするってば?」
 「天使も憧れだけど、サンタ服も可愛いし捨てがたいわよね」
 「うんうん、サクラちゃんだったらどっちも似合うってばよ、絶対」
 「ありがと。でもそう言われるとますます迷うわねー」
 楽しげに品定めをするナルトとサクラを横目で見ながら、サスケはさっさと自分の分を確保する。
 サクラが羨ましいなんて思わないわけなかったが、素直に口に出せる筈もなかったし、そう思うのも悲しいことにいつものことで慣れっこだ。
 無言で赤い服を手に取ったサスケに、サクラは軽く目を見張る。
 「あら、サスケ君はサンタにするの?」
 「ああ」
 どっちも着たくない事に変わりはないが、まだサンタ服の方がマシだ。
 とりあえずズボンの形はしているし、ヘンな羽やらわっかやら付けなくてすむし、何より。
 「でも、とりあえずこっちも考えてみたら?」
 「いらん。オレはサンタでいく」
 「そう? 天使の格好も似合うと思うんだけどなあ」
 「うんうん、オレも見てみたいってばよー」
 余計なお世話だと一蹴するより先に、ナルトのにっこり笑顔が目に入る。
 イルカやらカカシやらサクラやらには惜しみなくさらけだされるんだろうその顔がサスケに向けられたことなんて、片手の指でも余る程だったりするわけで。
 早い話が見惚れているうちに、対応が遅れた。
 あっという間もなく間合いを詰めたサクラが、手に持った天使服をサスケの肩に当てる。が。 
 「ほら、似合・・・・」
 不意に言葉が途切れた。
 そのまま数瞬、気まずい沈黙が流れた後。
 サクラとナルトは、同時にそっとサスケから視線を逸らした。
 見てはいけないものを見てしまったかのように。
 「・・・・似合わない、わけじゃないと思うんだけど」
 「・・・・なんか、ニセモノっぽい?」
 「てゆーかパチモン?」
 「あ、でもでも、羽つけてみたらまだマシかもしれないってば!」
 「そ、そうね!」
 気を取り直して突っ立ったままのサスケの背中に羽をセットするが、またしても絶句。
 「・・・・やっぱり、似非くさい」
 「えせくさいってなに?」
 「ものすごーく、アヤシゲでうさんくさいってことよ」
 「さっすがサクラちゃん、すっげーぴったりだってばよ!」
 「てめえら・・・・」
 (だから着たくなかったんだ!)
 ごく幼い頃から、サスケは白い服を着たことが殆どない。
 亡き母が何度か着せようとした事はあるが、その度に決まってため息を吐いては首を横に振ったものだ。
 が、正確には、サクラも言っていたとおり決して似合っていないわけではない・・・・のだろう、多分。
 ただ、年の割には大人びた、ふてぶてしい、斜に構えた面構えが、まったく雰囲気にそぐわないだけで。
 なまじ整った顔立ちが、余計にその違和感を際立たせるだけで。
 「えっと、それじゃあナルトなんかどうかしら?」
 身体からおどろ線を放射し始めたサスケに気付いたサクラが、素早く話の方向を変える。
 しかもナルトに話を振るあたり、実にその方向性は正しい。
 どんな状況であれ、ナルトに関することをサスケが無視できるわけがないのだ。
 思わず引き寄せられるように向けた視線の先では、突然服を押し付けられたナルトが目をぱちくりさせていて。
 これっぽっちも邪気のない表情と、金色の髪、青い瞳、白い服の組み合わせがそれはもう。
 「・・・・これはまた、腹立つくらい似合うわね・・・・」
 ぼそっと呟くサクラに、内なるサスケは一も二もなく同意する。
 が、それが表情にこれっぽっちも出ないのがサスケの不幸なところ。
 いや、それだけならまだいいのだが。
 「こういうオメデタイ格好だけは、似合うんだな」
 誓って言うが、サスケには悪口を言っているつもりはこれっぽっちもない。
 ないのだが、その妙に抑揚のない口調や、最後にふっと口の端を上げるような笑みが、この上もなく何か含んでいるようにしか見えないのが、サスケの真の不幸であったろう。
 案の定。
 「何だとー!」
 サクラの言葉に照れたような表情を浮かべていたナルトは、途端にきっとサスケを睨み付けた。
 「それってば、どういう意味だよっ」
 「どういうもこういうも、頭の中身が同じだからこんなイカレた格好が似合うんだろって意味しかないだろうが、ウスラトンカチ」
 いや違う。こんなことを言いたいんじゃなくて。
 すごく似合うし、めちゃくちゃカワイイって事が言いたい筈なのに、何でこうなる。
 そう思いつつ、一旦口から出た言葉を消去できるわけもない。
 どうしてこういう時だけ、しかも思ってもいないことばっかりに口が回るんだ。
 そんな自分を殴りたい思いに駆られるのは、もうこれで何度目か分からなかった。
 傍ではサクラが、またやったわねと呆れた目で見ていて。
 これは、きっと来る。
 サスケは心の中でそっと覚悟を決めた。
 何度聞いても聞きたくない言葉が、やって来る。
 「おまえってば、ほんっとヤな奴!だいっきらいっっ!」





 そういうわけで。
 完全に怒ったナルトは天使服を断固として拒否し。
 元よりサスケはそんなもの着るつもりは全くないし。
 サクラは自分よりナルトの方が似合うのにそんなの着るのはプライドが許せないと語り。
 じゃあオレが天使になろっかなというカカシの言葉は全員で力一杯却下し。
 結局のところ、7班のメンバーは揃いのサンタ服で任務に励んでいる。
 一見平和的解決に見えても、サスケの心中は平穏からは程遠い。
 目が合うたびに思いっきりナルトにあっかんべーをされるこの状況、はっきり言ってとてつもなく辛い。
 自業自得の自覚はこの上もなくあるものの、やっぱり思わずにはいられなかった。
 ・・・・・クリスマスなんか、だいっきらいだ。
 






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