容赦なく吹き付ける北風に、サスケは無意識に冷え切った両手を擦り合わせようとした。
 しかし小脇に抱えた荷物のためにそれは不可能で、ほんの少し考えた後、片手だけをポケットに突っ込む。
 元々暑さより寒さに強いサスケは暮れも押し迫ったこの時期にも関わらずかなりの軽装で、当然手袋もしていない。
 アカデミー生とはいえ忍者の卵、しかも卒業もさほど遠くない身としてはこれも修行のうちと、見ている方が寒くなるような服装を半ば意図的に習慣付けているのだが。
 この日の冷え込みは、なかなかに堪えるものがあった。
 それでも道行く人々が、寒そうに身を縮めつつ一様に楽しげな弾んだ表情を浮かべているのは、街を流れる明るいメロディーと華やかな飾りつけのせいだろう。
 今日はいわゆるクリスマスイブ。
 本来木の葉隠れの里には何の縁もゆかりもない神様の祭りのはずだが、既に年末を彩る一大イベントとして定着して久しい。
 おかげで夜だというのに往来の人の群れは優にいつもの倍はありそうで、人込みがあまり好きでない、というより積極的に大嫌いなサスケは、先程からかなり苛々していた。
 おまけに、普段ならばさっさといつもの店で夕食の買い物をして家に帰ればすむだけの話だが、今日はそういうわけにはいかない。
 サスケは、忌々しげに抱え込んだ荷物を眺めた。
 正方形の白い簡素な箱に、そこだけ鮮やかなピンクのリボン。
 重さはさほどではないが、中身はかなりデリケートな代物なのであまり乱暴な取り扱いは出来ない。
 これのために、ただでさえ他人と肩を触れ合わさなければ歩くこともままならないような人込みが、ますます通り抜けにくくなっている。
 こんなものどこかに捨ててしまおうかと思ったことは一度ではないが、その度に目の端を金の色がちらついて、どうにか思いとどまることを繰り返して。
 どうにか繁華街を過ぎると途端に通行量は少なくなり、サスケはほっと息を吐いた。
 振り仰げば夜空には月も星もなく、どんよりと重苦しい雲が垂れ込めている。
 もうじき雨が降り出すか、この寒さなら雪になるかもしれない。
 早く用事を済ませなければと、サスケは足早に歩き出した。
「確か、こっちでよかったよな………」
 目的地たるあの子供の住処は、里の西の外れ。
 周囲で一番高い建物で、景色がいいんだと言っていた。
 もっともそれは本人に直接聞いたわけではなく、他の奴と話しているのを小耳に挟んだことがあるだけというかなりあやふやな情報。
 とは言っても、盗み聞いたわけでは決してない。
 ただ、あのおしゃべりな子供は声もやたらでかくて、教室のどこにいても聞こえてしまうだけだ。
 あんまり騒々しいからうっかり慣れてしまって、声が聞こえるとついつい耳を傾けてしまうだけだ。
 胸の中でぶつぶつ言い訳しながら、それらしい建物を探して辺りを見渡す。
 ふと自分の滑稽さに気付いて、サスケは憮然とした。
 まったく、何をやっているのか。
 馬鹿らしくなって、引き返そうかと一瞬考えるが、意志に反して足は歩みを止めてくれない。
 ………本当に、自分らしくない。
 こんな日に、こんな物を持って、こんな所にいるなんて。
 約束をしたわけでもなければ友達ですらない、単なるクラスメートに過ぎないうずまきナルトに会いに行こうとしているなんて。






 サスケがその少女と行き遭ったのは、数十分ほど前のことだった。
 行き遭うというのは正しくないかもしれない。彼女は、明らかな意図を持ってそこにいたのだから。
「あ、サスケ君!」
 嬉しそうに手を振るサクラに、サスケは足を止めると不審の目を向けた。
 この場所は里の中心をかなり外れた郊外で、この先にはもう、かつてうちはの一族が暮らしていた集落しかない。
 彼女が何処を、というより誰を目当てにここにいるのかはあまりにもあからさまだった。
 顔を顰めるサスケに気付かず、サクラが弾むように話しかけてくる。
「サスケ君、今日のパーティー来なかったでしょ? だから………」
「行かないって最初から言ってあっただろう」
 クラスの皆でクリスマスパーティーをすると知らされたのは、今日の昼休みのこと。
 突発で決まったらしい企画の割には殆どの者が参加の意を表明したらしく、目の前の少女が、断られると微塵も思ってない顔で誘いをかけてきたのだった。
 勿論そんなものにまったく興味のないサスケはその場で断り、授業が終わった後はいつものように森の演習場まで修行に出かけたのだ。
 だけど何故かまったく気が乗らなくて、普段なら易々とこなせることも何度も失敗する始末。
 どうやら日が良くないらしいと、早々に切り上げて帰ってきたのだけれども。
 おかげで厄介なことになったと心中ひそかにため息を吐く。
 が、すぐに、いやまだこの方がマシだったと思い返した。
 途中で行き遭わなかったら、サクラは家までやってくるつもりだったかもしれないのだ。
 ………冗談じゃない。
 一気に募った不快感に、知らず目付きが険しくなっていたらしい。
 サクラは一瞬怯えたように身を縮めたが、それでも果敢に胸に抱いた白い箱を差し出した。
「う、うん。分ってるわ。だからこれ、お裾分けにきたの」
「何だ、それ」
「ケーキ。私が焼いたの。結構上手く出来たと思うんだけど」
「………パーティってもう、終わったのか」
「ううん、まだ最中よ。こっそり抜けてきちゃった」
 だろうな、とサスケは口には出さず考える。
 一年で一番日が短いこの季節でさえまだ日が暮れ切っていないこの時分に、放課後から始まったパーティーがもう終わっているはずがない。
 みんなに黙って抜け出して、こんな遠い所まで、わざわざ手作りのケーキを届けに。
 押し付けがましいその態度にますます苛々して、サスケは無言で背を向けた。
「サスケ君!」
「持って帰れ。甘い物は嫌いだ」
「でもせっかくサスケ君のために………!」
 誰も頼んでなんかない。自分の都合を押し付けるな。
 いっそはっきりそう言ってやろうかと、サスケは険しい顔のまま振り返ったが。
「余ったなら、うずまきナルトにでもやればいいだろ」
 出てきた言葉は、自分でも思いがけないものだった。
 ほとんど口をきいたことすらないような、クラスメートの名前。
 サクラもひどく意外だったのだろう、先程までの傷ついた表情すら引っ込んで、訝しそうにサスケを見ている。
 何故かひどく失敗したような気がして、らしくもなくどうしようかと思案していると、サクラが戸惑いつつも口を開いた。
「ナルト? あいつなら、パーティーに来てないわよ」
 今度は、サスケが驚きに目を見張る番だった。






 目的地らしい建物は一向に見つからず、サスケは足を止めた。
 軽いはずの手の中の荷物が、ずしりと妙に重く感じてため息を吐く。
『一応はね、誘ったのよ。でも来ないって言うんですもの。無理強いしてもいけないじゃない?』
 サクラの言葉を聞いた途端胸の奥がざわめいて、気がつけば彼女からケーキの箱を受け取っていた。
 しかも、嬉しそうに帰っていく後姿を見送った後自宅に戻らずに、そのままこんな所までやって来ている。
 あの時ナルトの名前が出てきたのは無意識だったが、突き詰めて考えれば多分、唐突なことではなかったのだろう。
 サスケとナルトは同じクラスということ以外ほとんど接点はなかったが、それでも狭い空間でそれなりの時間顔を合わせていれば分ることも多少ある。
 いかにも甘いものが好きそうなツラをしてるし、好きな女からもらえるとなればバカみてえに喜びやがるに違いない。
 吐き捨てたいような気分で、その時思ったのだ。
 今になってみれば、サクラの姿を認めた時からずっと、あの子供の影が頭の中をちらついていたのだと思う。
 ナルトがサクラに好意を持っていることは周知の事実で、おまけに普段の様子からしてもこんなパーティーには真っ先に飛びつくに違いないと決めてかかっていた。
 その考えは何故かサスケにひどく苦い思いをもたらして、思えば最初からサクラに対する当たりがきつかったのもそのせいかもしれない。
 それを認めるのは、ひどく抵抗がある。というより認めたらいけない気がした。
 いつの間にか、すっかり人気のなくなった路地にサスケは佇んでいた。
 ………本当に、何やってるんだろう。
 何度目かの問いが頭に浮かんだ。
 これじゃサクラとやってることは変わらない。
 相手の意向を確かめもせず、自分の気持ち、あるいは衝動だけで行動して、招かれてもいない所へ押しかけて行くなんて。
 ………帰ろう。
 とうとう決心してサスケは踵を返した。
 帰って、このケーキはこっそり始末してしまおう。
 振り切るように足を踏み出したその時、
「うちはサスケ?!」 
 頭上から降ってきた甲高い声に、はっと顔を上げた。
 目前のアパートの最上階の窓から、暗闇の中でもそれと分る金色が見下ろしている。
「ナルト………」
 半ば呆然として見上げるサスケの顔に、冷たいものが降りかかった。
 雪が降り始めたのだ。
 



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(04.12.06)


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