聞くんじゃなかった。
 言った直後に、サスケはもう後悔した。
 その瞬間のナルトの表情に、心底そう思った。
 通常サスケは、対人関係でしまったと思うことは殆どない。
 そもそも、うっかり失言するほどの会話を誰かと成立させたことすら、ここ数年ない。
 だからこの感覚は、サスケにとって随分久しぶりのものだった。
 問いかけに、ナルトは唇を噛んだまま何も答えない。
 たかがパーティーに行く行かないくらいのことで何を深刻ぶって、と揶揄する気にはならなかった。
 何でもない言葉や一見どうでもいいようなことが、意外なくらい容赦なく傷口を抉ることがあることを、サスケは知っている。
「だってしょうがねーじゃん。どうしても外せない用事ができちゃったんだってばよ。行きたいのは山々だったんだけどさー。ほんっと残念だってば。サクラちゃんち行ってみたかったなあ」 
 ぱっと。
 いっそ見事なくらい先程までの表情を消し去って、ナルトは笑った。
 けれど、にいっと唇を引いた殊更誇示するようなそれは何故だかひどく目障りで、気がついたらサスケはまた、問い詰める言葉を口にしていた。
「嘘つけ。修行にも来ないで家でぐだぐだしてたくせに、用事なんかあったわけねえだろ」
「う、嘘じゃねーよ。用事、すっげー早く終わっちゃったんだってば」
 図星を指されたのだろう、うっすら顔を赤くしてナルトが言い募る。
 一本調子の反論には、当然ながら信憑性などまるでない。
 あからさまな不審の目に、ナルトはますますむきになった。
「ホントだってば。つーか、どっちだっていいだろ! サスケには関係ないってばよ!」
 それは多分、売り言葉に買い言葉的な言い草で、言葉ほどにナルトには他意はないのだろうけども。
 思いの外その言葉はサスケの胸に重く響いて、けれど面に出すことは辛うじて堪えた。
 確かに、パーティーの出欠なんてまったく個人的な問題だ。
 実際サスケ自身も行ってないのだし、面白半分に誰かに追求されたとしたら冗談じゃないと思う。
 ………いや。
(面白半分じゃねえよ)
 本当は、最初から気になっていた。
 それはパーティーを欠席したこと自体ではなく、行かなかったのなら、どうして。
 どうして、いつものようにいつもの場所に、修行に来なかったのか。
 サスケがいつも使っている演習場は、里の外れの森を少し入った場所にある。
 その更に奥にもあるにはあるのだが、あまりに奥深く危険であるため、少なくとも下忍以上でないとそこまで踏み込むことは許されていない。
 だから境目にごく近いその演習場は、正式な忍びは今更訪れず、普通のアカデミー生は中々近寄らない、一種の穴場だった。
 少なくともサスケは、ナルト以外の誰かを見かけたことがない。
 どちらが先に来ているかは日によって違ったけれども、人の殆ど来ないその演習場で二人は毎日のように顔を合わせていた。
 一緒に組み手をするわけでもない。話しかけることさえしない。
 ただ同じ場所にいるだけのことに過ぎなかったけれども、いつの間にかそれが当たり前になっていた。
 誰かと鉢合わせることが面倒でこの場所を選んだはずなのに、不思議とナルトの存在は鬱陶しくなかった。
 あれだけいつも騒々しい奴がこんな人気がない場所を好むなんて、こっそり意外に思ってはいたけれど。
 だから今日も多分来るだろうと思っていて、なのに来なくて、何故か気落ちしている自分に気付いて不快になって。
 パーティーのことを思い出してそっちに行ったんだろうと思ったらますます苛々して、修行にも身が入らない。なのにサクラはナルトは来なかったと言う。
 気が付いたら、サクラから受け取ったケーキを持ったままナルトの家に向かっていた。
 その衝動を、サスケは未だに説明できない。
 とは言っても、どうせ自分は甘いものは食べられないし廃棄するよりマシだろうと、道すがら自分に言い聞かせていた言葉は、言い訳に過ぎないことくらい薄々分っている。
 質実剛健を旨とするうちは家は、家族が健在だった頃さえクリスマスなんて行事は縁遠かった。
 ましてや、ここ数年まるっきり関わりない生活を送っていたサスケにとって、この日付は今更何らかの感慨を起こさせるものではありはしないのだけれど。
 それでもよりによって今日、見飽きたマヌケ面が見えないのが気になって、どうでもその顔を見なければ気が済まなくなって、こんな所まで来てしまった。
 その理由は多分もう、手を伸ばせばすぐ届くところにあるけれど、まだそうする決心はつかない。
 それに。
(何にしたって、こいつにはどうせ関係ないんだろ)
 ならば曖昧なままこの感情に蓋をしてしまえばいいと、自棄のようにサスケは思った。






「確かに、関係ないな」
 静かな部屋の中に響いた言葉は、我ながらひどく冷たく聞こえた。
「おまえの言うとおりどうでもいいことだ。考えてみたらオレも、パーティーなんて行かなかったしな」
 言いながら立ち上がると、ナルトが慌てたように顔を上げる。
 その目はどこか縋るようで。
 先に関係ないと言ったのはそっちのくせに、そんな目をするのは卑怯だ。
 理不尽な思いにかられながらも、それを見ないようにしてサスケは白い箱をナルトの方へ押しやった。
「何?」
「ケーキ。サクラが焼いたらしい。クリスマスケーキってやつじゃねえか?」
「え、サクラちゃんが?!」
 途端にナルトが目を輝かせた。
 わーすげーと歓声上げながら早速嬉しそうに箱を開けるのを、苦い思いで見つめる。
 今まで散々普段と違う態度を取ってたくせにこんな所ばかり予想通りなんて、とことんずるい。
「パーティー来なかった奴に配ってるらしい。おまえにも渡すように頼まれた。……じゃあな」
 前もって用意しておいた台詞を吐いて、サスケは玄関に向かって歩き出したが、数歩も行かないうちに後ろからぐいと引っ張られて足が止まった。
「何でいきなり帰るってばよ」
「いきなりじゃねえよ。渡すもん渡したから帰るだけだ」
「せっかく来たのに、すぐ帰ったらつまんねーじゃん」
「つまるつまらねえの問題じゃねえ。用事があって来ただけなんだから、それ以上いたって時間のむだじゃねえか。………お互い」
「無駄じゃねえ! 少なくともオレは思ってないってば!」
 ナルトはきっとサスケを睨みつけた。
 その手は、サスケの服の裾を握りしめたままで。
「おまえってばほんっとつまんねー。多分そう言うだろうなって思って、だからオレ、なーんも聞かないでおいたのにさ」
「何だそれは」
「だって用事が終わるまでは、サスケ帰らないってばよ?」
「……………」
「今日ってクリスマスってゆーんだろ? そんでクリスマスって楽しい日なんだろ? だったら、ちょっとくらいゆっくりしてってもバチはあたんねーってば」
 懸命に言い募るナルトに、サスケは気ぜわしく瞬きを繰り返した。
 もしかしてこれは。
 ………引き止められているんだろうか。
「おまえ、オレといて楽しいのかよ」
「えと、それはまあ、ちょっとびみょー? でも一人よりは断然いいってば」
 ………前言撤回。
 要するにあれか。代用品とか次善の策とか最後の砦とか、誰でもいいということなのか。
 そんなものは真っ平御免と、サスケはナルトの手を振りほどいた。
「だったら今からでもサクラんとこに行けよ。オレを巻き込むんじゃねえ」
 言い捨てて、再びサスケはナルトに背を向ける。
 けれどすぐには歩き出さず、そのままそこに留まった。
 多分、最後のとどめの罵詈雑言を思い切りよくナルトが浴びせてくるに違いない。
 そうしたらこっちも思う存分やり返して、それから出て行けばいい。
 そうすれば明日からまた元通りの日常が始まる、そう予測して。
 だけど、いつまで経っても背後は静かなままだった。
「………行けないってば」
 ぽつんと呟いた声に、はっとする。
 振り返るとそこには、先程パーティーに行かなかった理由を問い詰めた時と同じ顔をしたナルトがいて。
「オレ、人がたくさんいるとこ行きたくない」
「てめえが人見知りする柄か。大体、クラスの奴らばかりだろう」
「サクラちゃんのおとうさんとかおかあさんとか、きっと一緒だろ? オレ、大人がいるとこ行きたくないんだってばよ」
 深く深く俯いたナルトの表情が見えなくなった。
 きゅっと握りしめたてのひら。
 泣いているんだろうか………まさか。
 ナルトと涙なんて、およそ合わない取り合わせで、結び付けて考えることは容易でない。
 けれど無下に否定できないのも確かだった。
 大人たちがナルトに対してきつい態度を取っているのを、時々見かけることがある。
 悪戯でもして叱られているんだろうと最初は思っていたが、あまりにもそれは頻繁で、しかも憎んでいるのかと思うくらいに激烈だった。
 その理由が気にならないわけではないが、ナルトもおそらく知らないのだろうし、知っていたとしても言わないことをいちいち聞くのも憚られる。
 この反応を見れば分る。これはおそらくナルトにとって一番触れられたくないことだ。
 同じものをサスケも持っているから分る。
「おい………」
「それにさ!」
 だけど今何と言っていいものやら見当がつかなくてサスケが言いよどんでいると、不意にナルトが顔を上げた。
 そこに涙のあとはなく、代わりにあるのはやっぱりさっきと同じ笑み。
「サスケまだまだ帰っちゃダメなわけがあるってばよ」
「何だと?」
「ほら、これ」
 大威張りでナルトが差し出したのは、小さな薄紅色のカードだった。
 異国の文字でメリークリスマスと書かれた次の行には。
「おまえの名前が書いてあるってば。このケーキ、おまえ宛じゃんよ。オレにじゃなくて」
 サクラからケーキは受け取ったものの、サスケはそれ自体には何の興味もなかったので、うっかり調べることを怠ってしまったのだ。
 それにしてもカードを見落とすなんて。
 ………しまった。
 今夜、一体何度そう思ったことか。しかもこれが最大の不覚かもしれない。
「だからさ、これはサスケが食べなくちゃダメなんだってば」
 さぞ怒るかと思われたが、意外にもナルトは機嫌よくそんなことを言い出した。
 ほっとしたものの、一応サスケは反論する。
「言っとくが、オレは甘い物は苦手だ。だからてめえに食わせようとしたんじゃねえか」
「うん、だから一緒に食べればいいってば」
 これで万事解決とばかりにナルトは言い切った。
 けれど自信満々なその口調とは裏腹に、その目はどこか伺うような不安の色がかすかにのぞいている。
 畜生、負けたと、サスケはため息を吐いた。
「………しょうがねえな」
「しょーがねーってばよ」
 再び椅子に座り直すと、ほっとしたようにナルトが笑う。
 その笑みはさっきの作り笑いとはまったく違っていて、まあいいかと、サスケは思った。
 次善の策でも最後の砦でも、ナルトがサスケにいてほしがっているのは確かなようで、何よりも。
 サスケ自身、ナルトと一緒にいるのは嫌じゃなかったから。
 それを認めるのは、まだちょっと………かなり、悔しい気持ちはするのだけれど。
 

 

 

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(04.12.23)



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